5-21 違える道 Ⅲ

 魔族――とは一概に言うものの、その見た目はどうやら百人十色とでも言うべきか、それぞれに異なっている。

 人の姿を持つ者は高位の魔力保有者という差はあるものの、種族特性とでも言うべき力――要するに手を八本も持つ者達などは、それらを武器にする事も可能である為、それが強さに直結する事はない、とはエキドナの言である。


 魔王城はかつて真治らが召喚されたファルム王国の王城よりも広く、どこか物々しい空気に包まれていた。


 城内へと足を踏み入れた真治らに向けられる魔族達の視線は、千差万別。

 好戦的な目を向ける者、忌々しげに睨みつける者、恐怖に後退る者。


 それらの視線に居心地の悪さを感じつつも、真治らは魔王城の奥へと向かって言葉数少なくエキドナの後ろをついて歩いていく。


「――この先にいらっしゃるわ」


 しばし魔王城内を歩いた先、大きな扉の前でエキドナが振り返る。

 頷く真治らの反応を見てくすりと小さく笑ったエキドナが扉を叩くと、扉はひとりでにゆっくりと開かれた。


 扉の向こうは、謁見の間。


 周囲には誰一人隠れられるスペースもなく広がる、長方形の空間。中心部を貫く赤い絨毯の先、数段の階段を上がった先に置かれた玉座に――彼はいた。


「――やあ、久しぶりだね」

「悠!」

「ユウ様……?」


 再会を喜び、喜色を浮かべて駆け寄る真治ら一行。

 そんな彼らとは対照的に、エルナだけは何か違和感を覚えたらしく、眉を寄せて訝しげに声をあげた。


 真治らが駆け寄り、悠との距離もあと数メートル程の距離となった所で――


「そこまでよ。これ以上は行かせないわ」

「えぇ、ここまでだわ。陛下に対して無礼にも程があるわ」


 ――――左右に突如姿を現した二人の少女、エミリとエメリの二人が大鉈を思わせる武器を互いに交差させるように、真治らの動きを遮った。


「……悠を返してもらうぜ」

「返す? ねぇ、エメリ。この子殺してしまってもいいと思わない?」

「えぇ、エミリ。勘違いも甚だしいわ。返すも何も、すでに陛下は我々の味方だわ」

「フザけんな! 悠を拐っておいてどの口が――!」

「――悪いけれど、僕はキミ達とは帰らないよ」


 一触即発の空気に包まれるリンダール姉妹と真治らの声を遮り、玉座に座ったまま薄い笑みを浮かべた悠が告げた。


「悠、何言って……!」

「――お待ちを、シンジ様」


 問い質そうと声をあげる真治らの後方から、エルナが悠をまっすぐ見つめながら続けた。


「……は、誰ですか?」


 エルナの問いかけに目を見開く真治ら一行に対し、玉座に座る悠は薄い笑みを浮かべ、リンダール姉妹や悠の後方に佇むもう一人の魔族――エヴァレスは表情を一切変えようともしない。


 互いに互いの出方を窺うような僅かな沈黙を破ったのは、玉座に座った悠であった。


「誰も何も、僕は僕――高槻悠本人だよ。もっとも、あなたとはと言った方が正しいけれど、ね」

「……どういう意味ですか」

「言葉通りの意味で、だよ。――そうだね、キミ達にも無関係って訳じゃない。ここは一つ、真実を教えてあげよう」


 そう端を発して悠が語り始める。


 真治ら一行がこの世界へと召喚されたのは魂としての存在であり、その肉体は神の力によって作られたおかげであるという事。

 そもそも“高槻悠”という少年は、こちらの世界の一人の魔族であり、魔法を極めたエスティオと呼ばれる存在が、異世界の日本という国へと渡ってから生きていた事。


 そして、彼らがこちらの世界にやって来て以来、共に行動してきた“高槻悠”は、この場にいる真治らの思念によって生み出された精霊のような存在であるという真実を。


「――つまり、ボクこそが高槻悠本人であり、かつての名を語るのであればエスティオと呼ばれる存在そのもの、という訳だよ」


 あまりにも唐突過ぎる真実を、悠は――否、エスティオは淡々と締め括った。


 これまで悠は、それらの真実を敢えて語ろうとはしなかった。

 隠していたのも、決して真治らを騙そうとした訳でもなく、ただただ単純にそれを語る必要性を感じていなかった、というのが本音である。


 とは言え、それらの真実を知らなかった真治らからしてみれば、エスティオが語る真実はまさに青天の霹靂とでも言うべき内容であった。

 普段から表情を変えようとはしない咲良でさえ、驚愕に目を剥いている辺りを見れば、その驚きは見て取れる。


 真治らが言葉を失う姿を見ながら、エスティオは更に続けた。


「そういう訳だから、ボクが魔族側にいるのは自然の摂理、とでも言うべきじゃないかな。キミ達人族側に戻る必要なんてない訳だしね」

「……でしたら、ユウ様は――私の知るユウ様はどうなってしまったのですか……?」

「アレかい? 元々はボクという存在の代替品のようなものだったんだからね。当然――


 刹那、エルナが手に短剣を握り締め、憎悪に表情を染めながらエスティオへと迫る。

 当然、そんな動きをすればリンダール姉妹や傍に控えていたエヴァレスがエルナを止めようと動く――と思われたが、誰一人として微動だにしようとはしなかった。


 しかし、エルナの短剣はエスティオの心臓へと突き立てられるその寸前で、ピタリと動きを止めた。


「……答えてください。私の知るユウ様を取り戻す、方法を」

「そんな方法は存在していない、と言ったらどうするんだい?」

「ユウ様を滅したと言うのなら、当然あなたは仇。――殺します」

「やれるのかい? 彼とボクは同じ顔をしているし、ボクが化けている訳でもない。正真正銘、この身体はキミが知るものだよ?」

「心が違うのなら、迷うつもりはありません」

「なるほど。ならここは一つ、面白い情報をあげよう――」


 目の前にまで迫るエルナにしか聞こえない程の小さな声で、エスティオはぽつりと何かを語る。


 その効果は劇的であった。

 あと少しのところで身体へと突き立てられる程の位置にまで迫っていた短剣をしまって、エルナがエスティオの身体から離れてその場に佇んだ。


 そんな変化に何が起こったのかと訝しむ真治らが声をあげるより先に、エスティオが口を開いた。


「さて、キミ達にここまで来てもらったのは他でもない。神の尖兵であるキミ達を、この魔王城で拘束させてもらおうと思ってね」

「な……ッ!?」


 ぱちりと軽快に鳴らされた指。その音に呼応するように、左右に佇んでいたリンダール姉妹とエヴァレスが真治らの周囲を取り囲み、後方の扉の前には薄青色の髪を揺らし、何やら目を爛々と輝かせた少女――ヴィルマの姿と、その横に佇むヴィヘムの姿があった。


「お兄様、わたくしと組むなんて珍しいですわね?」

「確かに珍しいが、今は余計な事を喋るな。相手は神の尖兵。いくら〈魔界〉が神にとっては干渉できぬ地であるとは言え、神の力によって生み出された者達が相手だ。油断すれば何が起こるかわからん」


 この場にいる者達は、全て魔族の中でも最強の名に近い者達であった。

 いくら真治らの実力がかつてエキドナと対峙した時よりも強くなっていようとも、この場にいる者達を相手取るのは無理があるというもの。


「どうする?」

「どうするって言われても、悠くんが救えないんじゃ……」

「そう、だよな……」


 ――悠を助ける。

 そういった目的でやって来たものの、悠がエスティオによって身体を奪われてしまったとなれば、明確な目的を見失ってしまっているのもまた事実である。


「大人しく投降してもらえるかな? ここで戦ったとしても、無事で済むとは思えないよ?」


 玉座に座るエスティオの一言に、真治達はこの場は諦める事を選んだようだ。

 力なく項垂れながら武器を下ろす姿を見て、エスティオはヴィルマを見やる。


「じゃあ、予定通りに部屋に連れて行ってあげて」

「かしこまりましたわ」

「あぁ、そうそう。牢屋じゃないからって下手に脱獄とか考えないようにね。それと、あなたには少し話があるから残ってくれるかな?」


 エスティオはエルナへとそう告げて、連れて行かれる真治らを見送った。










 ◆ ◆ ◆










「――ふぅ、疲れた」

「おい貴様。さっさとその玉座から降りろ。そこはアルヴィナ様が座るべき場所だ」


 連れて行かれる赤崎くん達を見送ってため息を吐く僕に、ヴィヘムが忌々しげに告げてくる。

 まったく、僕だって一仕事終えたばかりなんだから、そこまで急かさないでほしいものだよ。


「それで、今のを本当に『異界の勇者』達は信じたのか?」

「まぁ信じていると思うよ。僕が普通じゃないって事は、僕のステータスを知っているみんなもなんとなくは気付いていたと思うし、嘘を言う為にも色々な真実を話した訳だしね」


 そう、僕――つまり僕自身がエスティオに身体を乗っ取られた、なんて事はない。さっきまでみんなと話していたのも、こうして答えているのも紛れもなく僕自身が、意図的にああやって話す必要があったからやった、というだけの話だ。


「……どういう事、ですか?」


 僕の横に立つエルナさんの問いかけは、実に感情の篭っていない平坦な物言いだった。

 ……これは、うん。怒られそうだ。


「さっきまで僕が話した内容は、ほぼ全てが真実だよ。僕の大元になったのはエスティオっていう存在で、僕はこの世界に来てから生まれた精霊のようなものだった、という所はね」

「……では、あなたは私が知るユウ様で間違いないのですね?」

「うん、そうだね。相変わらず幼女にも駆けっこしたら負ける僕だよ」


 そこまで言うと、エルナさんが深い深いため息を吐いて――僕をゆっくりと抱き締めた。


「……お会いしたかったです、ユウ様」

「うん、心配かけてごめんね」


 ファルム王国王都フォーニアで別れて以来、実にかなりの日数が経過している。

 アルヴィナの言葉からも考えて、目の前で僕が拐われた事に対して責任を感じているだろう事は分かっていただけに、僕としてもなんだか申し訳ない気分になる。


 エルナさんの背に手を回そうとして――――


「旦那さまから離れなさい」

「そうよ、私達の旦那さまから離れてもらおうかしら」

「そうね、私達の旦那さまだもの。抱き締めたいのはこちらなのよ」


 ――――僕の後方で姿を消していたアルヴィナと、エミリとエメリの三人が一斉に近くへとやって来るなり、エルナさんと僕を引き剥がした。


「……魔王アルヴィナ」

「久しぶりね、小娘。まさか本当にここまでやってくるなんて、少しは骨がありそうね」

「あなたに褒められても嬉しくなんてありませんが。そもそも、あなたがユウ様を誘拐したりしなければ、こんな所まで来るつもりはありませんでしたしね」


 まさに一触即発といった空気が流れる中、アルヴィナがエルナさんをまじまじと見つめ、やがて小さく笑った。


「この短期間でずいぶんと強くなったみたいね。私とこうして対峙していても言葉を失わないなんて、あの時とは大違いじゃない」

「当然です。ユウ様を取り戻す為には、あなたと殺し合う事も覚悟してきましたから。あの時と同じはずがありません」

「ふぅん。そういうの、嫌いじゃないわよ」


 なんだろう、この蚊帳の外にいる気分。

 どう見てもこれ、僕が捕われのヒロインでエルナさんが奪還しに来た主人公みたいな、そんな空気になっているような気がする。


 ……まぁあながち間違ってもいないんだけど、なんだかこう僕の男の子な気持ちとしては、なんとも言い難い気分だよ。


 ともあれ、さすがに玉座の間でいつまでもこうして話していても埒が明かない。

 そんな訳で僕とエルナさん、それにアルヴィナとリンダール姉妹、そしてエヴァレスの六人で、一度場所を変える事にした。


 やって来た場所は、僕に充てがわれている部屋だ。


「――それで、何がどうなって、あんな演技をしたのですか?」


 開口一番に問いかけてきたエルナさんの質問。

 僕らの話し合いは、当然ながらにそんな内容から始まった。


「それは私も聞かせてほしいわね。〈門〉から帰ってくるなり、いきなり協力してくれなんて言われるんだもの」


 アルヴィナの言う事ももっともである。

 何せ僕らが〈門〉の調査へと向かったのは、つい昨日の事なのだから。


「そうだね。なんだかんだで説明していなかったし、話そうと思う」


 僕もまた僕で、の話をする必要があった。





 エスティオに持ちかけられた提案、そして必要なピースを求めて旅をするハメになった二週間。







 そして――僕が『異界の勇者』である彼らを何故騙さなくてはいけなくなってしまったのか。








 全ては――エスティオから告げられた提案から始まった。




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