5-20 違える道 Ⅱ

「……悠が、魔王?」

「まぁ、悠は勇者って言うよりはむしろ魔王の方が似合ってるような気はするが」

「えぇ、分かるわ」

「悠くん、魔王になっちゃったんだ……!」


 偵察から帰ってきた咲良によって齎された、エキドナの語った言葉。

 本来ならば誰もが困惑しかねないはずの情報であったが、しかしきょとんとした表情で訊ね返す真治はともかく、昌平や瑞羽、美癒の反応は、ある意味では彼ららしい反応とも言えた。


 ――とは言え、エキドナから唐突に告げられたこの言葉に返ってきてほしい反応は、そういうものではない。


 好き勝手に言い出す面々に嘆息して、咲良はエルナへと視線を向けた。


「……エルナ、どう思う?」

「ユウ様が魔王、ですか。魔王の名を手に入れるというのは予想外ですが、ユウ様ならやりかねないとも思えてしまいますね……」

「ん、私もそう思う」

「……それでも、予想していたとは言え、無事で良かった」

「……ん」


 悠が攫われたのならば、殺されている可能性は低いと踏んでいたのは事実である。

 しかし、それでも魔族と人族は戦争状態であり、悠が囚われてしまっている以上、どんな仕打ちを受けているかは分からなかった。


 最悪の場合、虫の息でかろうじて生かされているような状況である可能性も捨てきれなかったのだ。


 真治らが軽口を叩いてみせたのも、なんだかんだで無事らしい事が確認できたからこその軽口であるとも言える。


「とは言え、気になりますね。エキドナ――彼女が生きていたというのはともかく、一体どうしてユウ様が魔王になったなどという事態に陥ったのか」

「その答えが知りたいなら、ついて来い。エキドナはそう言っていた」


 悠が魔王となったという話を聞き、安堵しつつも角やら牙やらが生えたのではないかと軽口を続けていた真治ら。

 もしもこの場に悠がいたのなら、恐らくは満面の笑みで「キミ達、本当に僕の事を心配していたんだよね?」と言いたくなるような光景である。


 そんな彼らも、さすがにエルナと咲良の会話にそれどころではないだろうと空気を読んで押し黙る。


「一つは、私達を嵌める罠の可能性」

「ん、それが一番可能性としては高い」


 悠を誘拐した理由をエルナ達は知らない。悠が魔族にとって――いては魔王アルヴィナにとって必要とされる存在だからこそ、誘拐されたであろう事は推測できるが、その目的までは理解していなかった。


 アルヴィナにとって悠が必要だと言うのなら、当然ながらに悠を奪還しに来た真治らは邪魔な存在となる。罠にかけようという判断を下すのは当然な流れであった。


「でも、わざわざ罠にかける必要があるのかしら?」

「うん、私もそれが不思議かな。だって、ここは魔族にとってみればホームとも言える場所なんだし、だったら総力戦でぶつかってしまった方が手っ取り早いと思わない?」

「いや、被害を最小限に食い止める為に罠を仕掛けるって可能性もあるだろ?」


 瑞羽と美癒の会話に真治も続く。

 魔族が『異界の勇者』である真治らを警戒しているのならそれも有り得る。

 可能性としては捨てきれないのは事実だ。


 しかし、美癒はそんな真治の言葉に首を傾げた。


「そうかもしれないけれど……。でも、こう言うのもなんだけど、私達って平凡だよね? レベルが上がったし強くはなったけど、ラノベとか小説の主人公みたいな理不尽な力なんて持ってないし、そもそも戦う力はない方だと思う。それは魔族に知られてるって考えた方が無難じゃないかな?」


 この異世界にやって来て、誰一人として突拍子もないようなスキルもなければ、圧倒できるような強さも持っていなかった。

 更に付け加えるのであれば、この場にいる誰もが戦闘に向いている【原初術技オリジンスキル】を手に入れた訳でもない。


 そういった諸々は、さすがにすでに魔族にも知られているだろうと美癒は考える。


 エキドナが生きているともなれば、『異界の勇者』である真治らが、一度はエキドナと対峙したものの、弄ばれるだけで手も足も出なかった事実は報告されていると考える方が、いっそ自然であるからだ。


「――ともかく、だ。今こうして見つかった以上、俺らに取れる選択肢は二つに一つだ。ここで引き下がるか、敢えてエキドナの誘導に乗るか、だな」

「そうね。エキドナを倒しても、魔族側にそれが伝わる可能性は高い。かと言ってエキドナから逃げたとしても、私達の存在は知られてしまっているものね。悠くんに会いに行くか、手を引くか。この二択しかないのは確かだわ」


 口数の少ない咲良や美癒に代わって女性陣を代表する瑞羽が、真治の言葉を引き継いだ。


「だったら、答えは一択だな。俺らは悠を助ける為にここまで来たんだ。今更引き下がれる訳がねぇよ」

「うん。罠かどうかはともかく、それでも情報が手に入るなら乗るしかないと思う」


 ならば、迷う必要などなかった。そもそも悠を見捨てて帰る――などという選択肢は、そもそも彼らにはないのだから。

 昌平と美癒が言う通り、この枯れ果てた大地を無闇に当てどもなく歩き続けるよりは、罠であろうとエキドナの誘いに乗じる方が情報を得られると考えて、真治は改めて咲良を見つめた。


「それで、エキドナはどこにいるんだ?」

「あっちの崖の向こう。連れてきた部下に撤収の命令を下してるから、決まったら来るように言われてる」

「なるほどな。監視すらする気配もねぇって事は……」

「どっちに転んでも構わない、という事なのでしょう。裏があるにせよ、ここは進むしかありません」

「なら、決まりだ。咲良、エキドナのとこに案内頼む」




 そうして、咲良に引き連れられた真治達が向かった先では、部下が撤収作業を行う横で、エキドナが退屈そうに大きな荷物に腰掛けていた。


 気怠げに遠くを見つめる姿は、やはり『傾城傾国ミス・コラプション』の通り名に相応しく、圧倒的な強さと恐怖を叩きつけられる形となってしまったはずの真治や昌平ですら思わず見惚れて動きを止めてしまう。


 そんな二人の脛を蹴飛ばす瑞羽の一撃で我に返った二人が漏らした声に気が付いたのか、エキドナが咲良達へと視線を向けた。


「あら、素直に来たのね」

「……悠のもとへ、案内してくれるのか?」

「えぇ、そう言われているからね」


 かつて手も足も出なかった相手と対峙する事になった真治らの表情は硬く、いつでも戦えるようにと一定の距離から探るようにエキドナへと問いかけていた。


 そういった姿に、嗜虐的な趣向の持ち主――であった、という過去の話を知る者はここにはいないが――であるエキドナは、くつくつと肩を揺らしながら立ち上がった


「ふふふ、可愛いわね。そう緊張しなくていいのよ? 別に取って食おうなんて思ってないもの」

「連れて来いと命令されているんだろう? なら、下手に手を出したらそっちがマズいんじゃないのか?」

「えぇ、そうね。でも、ハッキリ言ってあなた達が逃げてくれようが、私が連れて行こうが、私にとってはどっちでもいいのよね」

「なんだと……?」





「だって、どっちにしても私にとってはだもの!」





 花が咲くような満面の笑みを浮かべて、エキドナは続けた。


「もしもあなた達を連れて行ければ、私は正式に褒美を与えられる。そうすれば、心ゆくまで罵ってもらえばいい! でも、もしも命令通りに仕事をこなせなくても、それはそれであの笑っていない瞳で蔑むような視線を向けてもらえるわ!」


 恋する乙女もかくやと言わんばかりに、恍惚とした笑みを浮かべながら高らかに告げるエキドナ。そんなエキドナを、きょとんとした顔で見つめる真治と昌平。そして、発した言葉の意味を理解し、明らかに引き気味になって見つめる女性陣。


 この場には、かつての対峙した時以上とも言える混沌とした状況が生まれていた。

 無論、こんな混沌は真治らが想像していたはずもないが。


「……えっと……」

「あら、ごめんなさいね。ついつい想像して、滾っちゃって」

「そんなの知った事じゃない。さっさと案内して、変態」

「ふ、ふふふ、なかなかお嬢ちゃんもいいもの持ってるわね……!」


 咲良がエキドナによって標的にされた瞬間であった。








 予め想像していたような罠もなく、特に襲いかかるどころか堂々と前を歩くエキドナら魔族に連れられて歩き続ける事、およそ三時間。

 ようやく真治らは〈魔界〉の奥であり、結界によって守られている場所――本当の意味で魔族の領域とも言えるその場所へと足を踏み入れていた。


「――らっしゃいらっしゃーい! 安いよー!」

「お、エキドナ様じゃねぇですかい! どうですか、今朝採れた果実ですよ!」


 魔族の町。

 そんな言葉が相応しいとも言えるその場所は、どうやら市として機能しているらしい。

 まるで人族の営むそれと変わらない、けれど魔族によって商いが行われているその光景に、真治らはもちろん、エルナもまた大きく目を見開いていた。


「……これが、魔族の町……?」

「これじゃない感、ぱない」


 真治と咲良が思わず呟くのも無理はない。


 人族側に伝わっている魔族の情報と言えば、謂わば魔族はイコールして悪魔のような存在である。


 この様に文化を営むような姿など知られていなければ、このような活気溢れる市場などあるはずがない――というのが、真治や咲良らはもちろん、エルナの知る魔族像というものである。


 いっそ、先程まで見てきた荒れ果て、枯れ果てた大地こそが相応しいぐらい、というのが一般的な印象であった。


「何を驚いているの?」

「……まさか魔族が、こんな風に町を築いているなんて想像してなかったんだ」

「ふふふ、そうでしょうね。人族は私達魔族の事を徹底的に悪の権化にしたがっているもの」

「悪の権化に?」

「えぇ、そうよ。何かが起これば魔族のせいにして、ね。そうやって何百年と続いてきて、今では都合良く自分達を正義だのなんだのって、耳障りの良い言葉で正当化してきているわ」


 ――もっとも、寿命の短い〈普人族ヒューマン〉じゃ知らないでしょうけど。

 エルナをちらりと一瞥して、エキドナは呆れたように嘆息して続けた。


「神もそうだわ。〈人界〉――つまりあなた達の世界を守る為に、この〈魔界〉に棲まう私達を敵として、排除するべき対象として見定めた。別に私達が何かをしようとしなくても、それは変わらなかったわ」

「ちょっと待ってくれよ。先代勇者のリュート・ナツメがこの世界にやってきたのは、そっちの――魔族の魔王が攻め込んできたからだろ?」

「えぇ、そう見えていたでしょうね。私達を纏め、滅びの宿命に立ち向かう事を決意した悲劇の魔王。それが、初代魔王と呼ばれる御方さえも」

「……悲劇の、魔王?」

「そちら側に伝わっている話では、どうせ悪逆非道の限りを尽くした魔王とでも語られているでしょうけどね。私達魔族にとってみれば、あの御方は英雄だった」


 エルナにとってはあまりに衝撃的な内容であるその言葉は、しかし真治ら『異界の勇者』にとってはなんとなく理解できる内容であった。


 勝者こそが正義。淘汰された者の背景は隠され、語られるのは表面的な部分。

 それらはいつどんな時代にも、地球でもいくらでも存在していた筋書きの一つである。


「――あなた達は知らないでしょうね」

「え?」


 ぽつりと紡がれたエキドナの言葉を聞きそびれて、真治らが訊ね返す。

 しかしそれ以上の言葉をエキドナが口にする事はなく、エキドナはただただ真っ直ぐと――町を抜けた森の先、崖の上に佇む城へと彼らを連れて歩き続けた。

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