5-18 召喚の真相 Ⅲ
――深影さんから告げられた、僕らがこの世界へとやって来る際の真相。
そして、僕でありながら僕ではない存在――エスティオという一人の魔法使いの生涯を締め括る物語。
その名を――エスティオという名を、僕は知っている。
リティさん達〈
深影さんの話、アリージアさんとリュート・ナツメの関係性から察するに、結界を製作したのもまたエスティオだったのだろう。
一つずつ情報を噛み砕きながら、全てが止まった世界で僕は――お世辞にも冷静なままでいられる、なんて事はなく。
ハッキリと言ってしまうのなら、僕は困惑している。
まさか僕――いや、『高槻悠』という存在は、そもそもこちらの世界に生きていた一人の魔法使いであり、その存在によってこちらの世界に来る事になったなんて、思いもしなかったのだから。
それでもどうにか、情報を整理していく。
目を白黒させる僕を見つめる深影さんは、なんだか楽しげにそんな僕の様子を見ているようだけれど、今は放っておこう。
深影さんの話によれば、“向こうの世界の僕”――つまりエスティオは目の前で魔法を使ってみせ、その結果として彼女を含めて赤崎くん達までもが救われ、この世界へとやって来た、という事になる。
まぁ、普通は目の前で魔法だのなんだのをいきなり使われても、信用なんてできないだろう。
意識が朦朧としている中だったからこそ、衝撃はまだ小さかったと考えられる。
そうなると、“『異界の勇者』の召喚は、そもそもこちらの世界の神々にとっても唐突で、予想外な出来事だった”という可能性が高くなる。
深影さんから聞いた話から察するに、エスティオはそもそも事件を予見した訳でもない。
突発的に――或いは衝動的と言っても良い程度には唐突に、『異界の勇者』に該当される赤崎くん達や、目の前の深影さんをこちらの世界に送還した、という事なのだから。
まずはこれが一つ目の、明らかとなった情報だ。
次に――まずは時系列を追って考えてみる。
「深影さんがこっちの世界にやって来たのは、いつなの?」
「もうこちらの世界に来て、二十年近く経っているわ。私があなた――いえ、エスティオと別れてから、次に目が覚めたのはその頃だったから」
「それって……赤ん坊として生まれてきた、って事かな?」
見た目だけなら僕らとそう変わりそうにない、十代中盤から後半に差し掛かる程度といった見た目をしているのだ。そう考えると、普通に考えれば赤子から転生した、と考える方が妥当なのではないか。
そんな僕の考えを、深影さんはあっさりと否定して頭を振った。
「私がこの世界に生まれ落ちたのは、確かに二十年近く前。でも、赤子とか子供になった訳じゃないの。私は今の姿のまま目覚めたと言った方が正しいわ」
「……なるほど」
それは予想外だったけれど、あながち理解できない話でもない。
深影さんの話の中で、エスティオは「時間軸を指定した」という言い回しをしている。
僕らがフォーニアに召喚された時間と深影さんがこちらの世界に転生した時間にズレが生じているのは、大して珍しい問題でもないのだろうと考えられる。
それが多少の誤差なのか、それとも真意なのかはエスティオや他の神しか与り知らない所ではあるのだろうけれど。
「じゃあ、深影さんが会いたがっていたのは僕じゃなくて、エスティオだったという事で正しいんじゃないかな? 僕にはエスティオとして生きた記憶はないし、僕が持っている記憶のピースは赤崎くん達が知っている情報から構築されたもの、という話だ。なら、僕とエスティオは別人とも言えるはずだよね?」
――なのに、どうしてそんなにも再会を喜ぶような素振りを見せているのか。
その理由は、僕にも分からなかった。
「その理由は簡単だわ。私は約束を果たしたいの」
「約束……?」
「そう。エスティオに託された一つの約束。私は今、ようやく彼との約束を果たせる」
祈るように両手を合わせて、深影さんは胸元に手を寄せる。
すると、彼女の動きに呼応するように一つの光の塊が彼女の胸元から球体となって浮かび上がり、そっと開かれた深影さんの手のひらの上に収まった。
刹那――真っ白に弾けた眩い光に、思わず目を閉じる。
そうしてようやく目が慣れてきて、ゆっくりと目を開ければ――辺り一面が真っ白に光り輝いたまま。
いや、こうして目を開けれる程度には眩しさも収まってはいるのだけれど、それでも世界は白く塗り潰されているように思える。真っ白な空間に、自分だけが佇んでいるかのような、そんな場所だ。
ここはどこだろうか、と思考を巡らせるよりも早く、声がかけられる。
「――会いたかったよ、悠」
声がする方向へと振り返る。
そこには、鏡に映り込んだかのような、僕と顔をした少年が立っていた。
「キミが、僕の大元となった存在……――エスティオ?」
僕の問いかけに笑みを浮かべつつ、パチリと指を鳴らすような仕草をしてみせる、もう一人の僕。
すると、彼の瞳は赤く染まり、髪は徐々に色が抜け落ちて、僅かに銀色がかっているらしい白い髪色へと切り替わった。
「これでようやく、初めまして、という事になるかな。魔族の身でありながら神の座へと至った存在――エスティオだ」
「魔族……?」
「そうだよ。おっと、勘違いしないでくれよ。竜斗に討たれた魔王のような、無意味な争いには興味なんてなかったし、魔導の研究者と生きていたんだ。そんな中で竜斗と出会い、彼と意気投合したのさ」
リュート・ナツメと呼ばれる初代の勇者――夏目 竜斗。
その名を口にした瞬間、エスティオの表情には温かくも、どこか寂しげな色が滲み出ているように思えた。
「……それにしては、ずいぶんと若いんですね、見た目」
「この見た目かい? 色々理由はあるんだけどね。そもそも〈
常識的に考えて、初代勇者――リュート・ナツメの死を見送るまで生きていたというのなら、それなりに年齢も重ねているはずだとは思っていた。
エスティオの言い分から察するに、そもそも彼は〈
「というか、敬語はやめてくれよ。僕から見れば、キミは僕の血を受け継いだ子供のようなものだからね。まぁ見た目から考えると、双子の兄弟といった方がしっくり来るかな。――……いや、そんな微妙だとでも言いたげな顔しないでくれるかな……」
いや、兄弟だとか親だとか、同じ顔をしている相手に急に言われても困るし。
なんとも言い難い気分を表情から察したらしいエスティオが、苦笑を浮かべながら頬を掻いた。
それにしても。
確かに僕とエスティオは見た目が同じだ。髪や瞳の色はともかくとして、だけど。
いくら僕の大元となった存在であるらしいとは言え、見た目はともかく纏う雰囲気や空気のそれは、僕自身とはずいぶんと違っているような気がする。
これじゃあ、僕と彼とが同一人物であるという事に違和感を覚えそうなものだけれど。
「僕は基本的に、魔力の回復を優先して眠っていたからね。周りと関わり合いにはならなかった。そういう意味では、周りを欺くにもある意味ちょうど良かったとも言えるだろうね。見た目の年齢に不相応らしい事は、竜斗にも何度も言われていたからね」
どうも僕の疑問を察したらしい。
そこまで表情に出ていないはずだけれど、疑問に思った事に当たりをつけて答えた、と考えるべきだろうか。
「顔の造形そのものまで変えた、という訳ではなかったんだね」
「あぁ、もちろん。顔の造形まで変える必要がない事は、竜斗の言葉のおかげで確信していたからね。もっとも、中学生としてあちらの世界に潜り込んだ時は、多少なりとも子供っぽくは見せていたけれど、ね」
聞けば、どうやら初代勇者はエスティオと初めて会った際にも、自分と同じ転移者か何かだと思い込んでいたらしい。
何度説明しても、自分は向こうの世界の事なんて知らないと信じてくれなかったと苦笑してみせるエスティオは――しかし、困ったような表情を浮かべつつも嬉しそうな、そんな表情を浮かべていた。
「じゃあ、向こうの世界にいると“僕が記憶している”両親と兄という存在は……」
「書類上の、というヤツさ。そちらの世界は情報やら何やらで管理されているし、色々と面倒があったけれどね。実際に存在していた訳じゃあない。周りにはそういう情報を与えていたから、周りの情報を基に作られたキミは、そういうものだと思い込んだのだろうね」
僕が“向こうの世界にいた高槻悠”ではない事は、アーシャル様からもしっかり聞かされている。
両親と兄がいる、という事実だけは知っていたけれど、肝心の顔ややり取りまではさっぱり思い出す事すらできなかったのは、それが原因だとも思っていたけれど……どうやらそうではなかったらしい。
まさか僕――いや、高槻悠という存在がそんな事情を抱えていたなんて、当然ながらに深影さん以外は知る由もないだろう。
でも――そうなってくると、だ。
「――おかしい」
思わず口を衝いて出た言葉に、エスティオは小首を傾げてみせた。
「何がだい?」
「深影さんから聞いた話から察するに、キミは神々と知己を得ていたはず。だったら、どうして神々は僕と会った時にその事に触れなかったんだろう、ってね」
そうなのだ。エスティオではなく、僕がこれまで出会ってきた、『叡智』を司る神であるところのルファトス様や、『精霊神』であるアーシャル様の態度は、少し違和感が残る。
それに付け加えて言うのなら、アリージアさんも、だ。
彼ら彼女らはまるで僕に初めて出会ったかのように最初は接してきた訳だし、僕とエスティオの顔が同じなのだとしたら、それに気付かない事なんてあるのだろうか。
百歩譲って、アリージアさんは分かる。
彼女の口から出てきたのはリュート・ナツメという初代勇者の話ばかりで、エスティオの名は語られていなかった。
詰まるところ、アリージアさん自身、エスティオと出会っていない可能性もあるのだから。
だけど、神々に関して言うのならそれは少しおかしい。
そんな風に考える僕を見て、エスティオは小さく笑った。
僕と同じ顔をしているのに爽やかさすら感じられる笑みを浮かべられるのは、なんとも言い難いものがあるけれども――それはさて置き。
「そういう事か。幾つか理由はあるけれど、まず一つ。彼らはさして外見に興味を持たないんだよ。彼らが相手を選別する基準となるのは魂の色や形だ。存在といったものを形成する上で、外見なんてものはさして重要なファクターであるとは言い難い。良く言えば見た目なんてどうでも良くて、悪く言えば無頓着とも言える」
「それでも、見た目が同じなら気が付きそうなものだけど」
「そうだね、それは正しい考えだよ」
答えを促すようなエスティオの物言いに応じて思考を巡らせ、行き着いた一つの結論。
「つまり……知っていた、という事かな」
思わず視線を向けると、エスティオは嬉しそうに笑みを浮かべて頷いた。
「そうだよ。アルツェラを通して、こうして僕の目の前にいる
なるほど。
神々にとってみれば、例え見た目が一緒でも“高槻悠として生きていたエスティオ”と、“みんなの想いが生み出した、精霊とも言えるような存在である僕”は、全く異なる存在、という事なのだろう。
ある程度の話は理解できた。
けれど、そうなってくると――どうして深影さんは僕に出会った時、あんなにも感極まっているかのような、そんな反応をしてみせたのかという疑問に回帰してしまう。
考えられる理由としては――――
「……キミは僕のこの身体を乗っ取ろうと考えている……?」
――――導かれる答えはこれではないだろうか。
僕の身体を乗っ取り、再びエスティオが演じる高槻悠となれば、ある意味全ては元通りになると言える。
そもそもの話、僕という存在が存在としてはイレギュラーであったというのは事実なのだから。
けれど――――
「え? 何それ?」
――――真剣味を帯びた僕の問いかけに、エスティオは文字通り目を丸くして問いかけてきた。
「え、何? まさか僕が再びそちらの世界に生きる為に、キミの身体を乗っ取るとでも? あはは、ないない。大体、キミはキミとしてすでに確立しているし、今更ながらに僕がキミの身体を乗っ取ったところでメリットも理由もないじゃないか」
……なんだろう、ちょっとムカついた。
僕も相手を小馬鹿にする事はあるけれども、エスティオのそれは口元に手を当てながらニヤニヤするという、実に分かりやすいレベルで僕を小馬鹿にしているかのような態度だ。
イラッとした僕に気が付いたのか、エスティオはくつくつと肩を揺らしながらも軽い調子で続けた。
「ごめんごめん。あんまりにも突拍子もない発言だったものだから、ついね」
「突拍子もないって、そんな事はないと思うけど。むしろさっきの深影さんの態度を見れば、誰だってそう考えるのが当たり前じゃないかな」
彼女は明らかに、僕ではなくてエスティオに惹かれた存在だ。
エスティオを取り戻す、ぐらいの考えを持っていたっておかしくはないし、むしろその方が自然であるとも思える。
「それはないよ。僕が彼女に託したものは――悠、キミが〈管理者〉と戦う為に必要になるであろう、力の欠片だ」
「……どうして、それを?」
何故僕が〈管理者〉と戦うつもりでいる事を知っているのか。
どうして神の側であるはずのエスティオが、僕に協力するつもりなのか。
そういった意味合いを持つ問いかけに、エスティオは先程とは打って変わって真剣な面持ちで頷いてみせた。
「キミもある程度、理解はしているはずだ。〈管理者〉と神は切っても切れない関係にある。だからこそ、表立って〈管理者〉に反抗する訳にはいかない。かと言って、神々が〈管理者〉の決定に妄信的に従うなんて事はないんだ。――そうだろう、アビスノーツ」
「え?」
エスティオがその名を口にした途端、僕の身体から光が溢れた。
それはやがて人の形を象って、目の前には一人の――幼女が姿を現した。
「……ふぅ。どうやらここには〈管理者〉の目も届いていないみたいね」
アリージアさんのような「のじゃロリ」とは違う。
幼女は幼女であるのだけれど、その姿と醸し出す雰囲気は全く異なっていて、ちぐはぐな見た目であると言えた。
「ぷっ、くく……っ!」
「む? 何を笑っているの?」
「あはははっ! アビスノーツ、その姿……!」
「え? ――えぇっ!?」
エスティオの言葉に、今更ながらにアビスノーツは自分の姿に気が付いたらしかった。
「……どうしてこんな姿に……」
目の前で絶望に打ちひしがれる、暗い灰色の髪を揺らす幼女。
どうやら彼女――アビスノーツにとって、今の姿は何と言うか……どうやら不本意極まりないものであるらしい事は、彼女の態度と言動を見ていれば分かる。
「ぷふっ、くっくくく……っ! アビスノーツ、キミが悠の中に潜り込ませた力の因子はそう大きくないんだ。しょ、しょうがないんじゃ、ないかな……ぷふーっ」
「……エスティオ……! あなた、久方ぶりに会ったと言うのに、失礼にも程があるんじゃないかしら!」
「あっははははっ!」
幼女がぷんすか怒ってみせたところで、それは大した迫力には遠く及ばない。
エスティオはアビスノーツの額を押さえて動きを止め、アビスノーツはアビスノーツで一生懸命エスティオを殴る――いや、叩こうとして空振っている。
……なんだろう、このシリアスが壊れた感じ。
さっきまで、深影さんの独白から続いてシリアスが続いていたっていうのに、今じゃそんな空気を醸し出していた事さえ遠い過去の出来事にさえ思えてくるよ。
「ユウ! 言っておくけど、本当の私の姿はこんなんじゃないから! それはもう凄いんだから! 男神は私を見て、鼻の下を伸ばさずにはいられないぐらいの美貌なんだから!」
「へー」
「むっきー! どうでも良さそうな返事しないでよ!」
いや、幼女にそんな事を言われても、将来の自分自慢をされているような気がするだけで反応に困るよ。
「まぁ確かに、アビスノーツの姿は、それこそ傾城傾国を通り超えたものがあるだろうね。もっとも、遠くから見るに限るって感じかな。性格は高飛車で負けず嫌いだし、自分勝手とも言えるぐらいに我が道を往くタイプだし」
「あ、あんたねぇ……!」
言いたい放題なエスティオに声をあげて反論しようとしたアビスノーツ。
けれど、エスティオはそんな彼女を手で制して、更に言葉を続けた。
「――だからこそ、アビスノーツは信用できるんだ。〈管理者〉の理不尽な決定に異を唱え、神としての座を追われる事になったというのに、彼女は謙る事も頭を下げる事もしようとはしない。例え、己が消滅させられそうになった今であっても、ね」
神の上に立つ存在である〈管理者〉にさえ、頭を垂れようとはしない。
それは確かにエスティオが言う通り、〈管理者〉に対して反抗しようとしている僕にとっては心強い味方である。
エスティオの賞賛にちらりとアビスノーツへと視線を向けると、彼女は――フンと鼻息を荒くしながら腕を組んでみせた。
「はあ? 何言ってるのよ、アンタバカなんじゃない? 己の気持ちを殺してまで従って、それで生きてるって言えると思ってんの?」
「消滅させられないだけマシ、と思うのが一般的な見解じゃないかな?」
「私は嫌よ、そんなの。己を殺してまで媚び諂うなんて、そんなの消滅するのと何ら変わらないじゃない。それなら、消滅した方がマシなぐらいだわ」
アビスノーツの行動理念は実に堂々としていて、実に的確過ぎるものだった。
己を曲げてまで従うのなら、それは死んでいるのと同義。
そう語る彼女の目は、一切の驕りや意地などで語っているようなものではなく、ただただ純然たる真実を語っているに過ぎないと物語っていた。
思わず素直に感心している僕に、エスティオはゆっくりと振り返る。
「――さて、悠。そろそろ本題に入ろうか」
「本題?」
「うん。僕が深影さんを通してまでキミに接触した理由は他でもない」
にっこりと笑って、エスティオは告げた。
「――ちょっと、〈管理者〉をぶっ潰してもらおうと思ってるんだよね」
僕と同じ顔をしているエスティオ。
彼はまるで、近くのコンビニに買い物でも頼むかのような軽いノリで、そんな言葉を口にした。
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