5-13 突入
「――ここよ」
あれから数日。
アルヴィナに案内され、僕とリンダール姉妹、それに安倍くんと小林くんという五人は、魔界の〈門〉があるという魔王城の地下へと続く扉の前へとやって来ていた。
鉄扉にはおどろおどろしい赤黒い魔法陣が描かれている。
解析してみたけれど、どうも封印系統の魔導陣が刻まれているみたいだ。
見た目の威容もあるけれど、それ以上に扉の向こう側からはまるで殺気立った獣の前に立っているかのような、殺気とでも呼ぶべき代物が封印越しにさえこちらに届いてくるのが分かる。
正直言って、あまり入りたいとは思わない場所だなぁ、というのが僕の本音である。
不気味で、良くないものがこの先にある事を暗示しているようにさえ思えてくるのは僕だけではないらしく、安倍くんと小林くんもまた表情を強張らせている。
リンダール姉妹二人は気負う様子すらも見せずに佇んでいるあたり、どうもこれが平常運転といったところなのだろう。
「ここから先は、魔界にも人界にも存在していないような魔物が跋扈しているわ」
「魔物が?」
「えぇ。ここは〈門〉として確かに使われてこそいるけれど、その本質は違うの。世界が歪んで出来た、謂わば裏道のような存在なのよ。ただ同時に、この場所に巣食う魔物は普通の魔物とは訳が違うのよね」
「大丈夫よ、ユウ。私達があなたを守ってあげるわ」
「そうよ、ユウ。そっちの二人はどうでもいいけど、あなたは私達が守ってあげるもの」
正直に言ってしまうと、僕の【スルー】がある以上は魔物とかも僕に構う事はないだろうし、実は一人の方が楽だったりするんだけどね。
むしろ守ってあげた方が良さそうなのは、ここ数日で自尊心とか色々とキミ達二人が心を折り続けた安倍くん達の方じゃないかなと思うよ。
あの二人、なんだかんだで自尊心というか、プライドだけは高い傾向があるのに。
まぁ、例え僕がそう言ってもエメリとエミリの二人が素直に話を聞くとは思えないけども。
そんな事を考えていたら、ふと目の前にアルヴィナが近づいてきて僕の手を取った。
「ごめんなさい、旦那様。私も行ければ良かったんだけど……」
「いえ、気にしないでください。むしろ魔王っていうトップであるあなたがいなくなるなんて聞いたら、ヴィヘムさんがうるさそうですし」
あのアルヴィナ崇拝ぶりを見ていると、僕と何処かに行っていると聞いただけで大騒ぎしそうなイメージしかないからね。
さすがにそんな面倒事に巻き込まれるのは勘弁してほしい。
今もアルヴィナに同行して付いて来てる訳だけど、アルヴィナが僕の手を握ってる事に呪い殺す勢いでこっち見てるし。
「気を付けて、旦那様。絶対に無事に――」
アルヴィナが言葉を言い切るよりも早く、エメリが僕の手を横から掻っ攫うかのように引っ張り、エミリが僕の背中からべったり張り付くように引っ付いてきた。
「私達がついているから心配ないわ、ねぇエミリ」
「当然心配なんていらないのよ、ねぇエメリ」
「……ねぇ、あなた達。私の旦那様にずいぶんと馴れ馴れしいんじゃないかしら?」
「あら陛下。私達の未来の夫よ?」
「そうよ陛下。私達なら二人でユウを可愛がってあげられるのよ?」
「どっちのものでもないよ。というか、いちいち引っ付かないでもらえるかな、暑苦しいし」
最近――というより、リンダール姉妹用に魔導具を作ってあげてからというものの、どうにも二人のスキンシップが過剰になっていて困る。一応僕だって健全な男の子な訳で、当然ながら色々と意識が向いてしまうのだ。
まぁ、それ以上に鬱陶しさの方が大きかったりするのは事実なんだけどもね。
こういう過剰なスキンシップは僕の好むところではないし、慎み深さって大事だと思うんだ。
「……なぁ、暁人。あんな美少女双子と美女魔王に奪い合いみたいな事されてるのに邪険にできるとか、悠って勝ち組なのか? もしかして異世界ハーレム築いちゃってたりするのか?」
「いや、それは……くっ、ないとは言い切れない……ッ! だが待て、泰示。もしかしたらあれだって、悠なりに恥ずかしいからそうやって邪険に扱ってるのかもしれないだろ」
「そこの二人、くだらない事言ってると、黒歴史晒すよ?」
「「すんませんっした!」」
「そっちもさっさと言い合いやめてもらえない? 人挟んでケンカされるとか、うるさいんだけど」
綺麗な土下座をしてみせた二人に嘆息しつつ言えば、リンダール姉妹とアルヴィナの三人も何やらショックを受けたように静まり返った。
当事者とは言えないのに僕を理由に口喧嘩されても困るし、なんだか三人の空気が一触即発にでもなりかねないような空気だったからね。
冗談でじゃれ合うならいざ知らず、レベルの上がらない僕の目の前でケンカなんてされても困る。
ともあれ今の内に、固まっている三人から逃げ出すべく、鉄扉の近くへとさっさと近づいていった。
「――行こうか」
僕の一言を合図に、アルヴィナはこくりと頷いて僕の隣りへと並び立った。
鉄扉に刻まれた魔法陣に手を触れたアルヴィナが魔力を流し込んでいくと、魔法陣は光を消して――やがて扉がひとりでに開いた。
「旦那様、無事に帰ってきてね」
ぽつりと祈るように向けられた声に、僕は小さく頷きを返して足を前へと踏み出した。
扉の先は、空はもちろん窓なんてあるはずもない。
本来なら光すら届かないような場所だけれど、幸いにも魔鉱石と呼ばれる淡い青白い光を放つ石が周囲の壁面には散りばめられているみたいで、ぼんやりと淡い光が辺りを照らしている。
「……まるでダンジョンだね」
「やっぱそう思うだろ? とりあえず気をつけろよ、悠。ここの魔物は厄介な性質をしてるからな」
「厄介な性質?」
僕が安倍くんに訊ね返すとほぼ同時に、唐突に激しい音が後方から聴こえてきた。どうやら扉が閉まったらしく、その音に思わず振り返った僕の肩を安倍くんが叩いてきた。
「この中にいる魔物は狡猾に外へ出ようと狙い続けているんだ。扉を開けたら――ほら、おでましだぜ」
言われるまま再び前方へと視線を向ければ、真っ黒な――そう、体毛がどうとかそういうのじゃなく、本当にただただ黒い靄がそのまま集まったような異形が迫ってきている。
四足歩行型――狼を思わせる魔物が、いきなり四匹。
凄まじいスピードで迫るそれらを見つめながら、安倍くんが口を開いた。
「【
早速とばかりに左右の手に構えた日本刀もどきを持って、上体を下げた安倍くんが疾駆する。
踊るような剣舞で異形の魔物を斬り裂くと、ほぼ同時に小林くんの放った炎が中空に舞う影の残滓を焼き払った。
やっぱりあの二人のスキルは戦闘寄りというか、かなり攻撃面に秀でたものなんだね。
安倍くんが【内弁慶】で、小林くんが【模倣】だったかな。
まぁなんとなく、あの二人の【
「今のがここの魔物?」
「えぇ、そうよ。影が実体化したような魔物だわ」
「えぇ、そうなの。すぐ再生するのよ」
「そういう事だ。ああやって魔法で跡形もなく消して、初めて勝ちって訳だ」
なるほど、安倍くんと小林くんのオーバーキルは意味があったらしい。
「安心しなさい、ユウ。あなたは私達が守ってあげるわ」
「心配ないわ、ユウ。私達はあなたを守るって決めているのだもの」
「――だから、そっちの二人には一応言っておいてあげるわ」
「――気を抜くのは早いのよ、と」
視界の端を、煌めく銀線が踊る。
あぁ、なるほど――と納得する僕が振り返れば、エミリとエメリの二人がお互いに背を合わせながら佇み、その周囲には今しがた二人によって切り裂かれた影の魔物の残滓が散っていく。
「ユウ、これは扱いやすくて素敵だわ」
「そうね、エミリ。これは凄くいいものだわ」
二人の左手の甲につけて、手甲のように見えるそれ。
それぞれの指にはリングが嵌められ、それらは全て手甲のそれと連結されている。
か細い二人の指先から伸びる白い糸が、周囲の淡い光に照らされているせいか青白く煌めいているのが見えた。
「お、おい、なんだよ、あれ」
「僕が作った魔導具――〈魔操糸手甲〉だよ」
「まそうし、てっこう?」
あれはリンダール姉妹の攻撃力不足――僕にはとてもそうは思えないけれど――を解消する為に作った、二人だからこそ扱える武器だ。
あの中心部に光る水の属性魔石と、内部に埋め込まれたイビルグランドスパイダーと呼ばれる魔物の核が埋め込まれている。
元々蜘蛛の糸は、タンパク質分子の連鎖で出来ている。
体内では液状で存在するそれが、排出される事で空気と応力に触れて繊維状の糸として放たれる、だったかな。
けれど、イビルグランドスパイダーという魔物は魔力の濃度と【水魔法】で生成した糸を操り、粘土や強度、細さを変化させる。加えて、最大の攻撃は斬撃に使う糸を凄まじい速度で発射するという危険な魔物だ。
アルヴィナから報酬として受け取った魔物の死骸の中にこの魔物を見つけ、ヴィヘムさんからそんな情報を得た時、僕は思わずロマン武器を作れるのではないかと考えてしまったのだ。
「首尾は上々みたいだね」
「えぇ、実に素晴らしい武器だわ」
「私達好みの武器だわ。私達の思うがままに動いてくれるのだから」
そう言えるのも、二人の魔法の操作能力があまりにも高いからこそ、なんだけどね。
これを魔導具化した事で、僕が二人の為に作ったアレを操り易くなるんだけど、あれ単体でも十分過ぎる程の武器となるし、幸いにして失敗作にはならずに済んだ。
魔法操作能力が低い僕が〈魔操糸手甲〉をテストして使おうとしても、糸はぴくりとしか動いてはくれなかったのだ。
リンダール姉妹に見惚れて固まってしまっている安倍くんや小林くんが使おうとしても、あんなにも自由自在に動かせる代物じゃない。
あまりにもピーキーというか、使う人を選ぶ魔導具ではあるけれど、これはこれで僕にとっても有用性のある魔導具だ。今後、ロボットを作る時にこの〈魔操糸手甲〉の技術は役立つからね。
「さあ、行きましょう。ここで時間をかければかける程、魔物は次々に襲いかかってくるわ」
「安心なさい、ユウ。私達がこの素晴らしい武器を持つ限り、あなたには魔物なんて近づけたりもしないわ」
リンダール姉妹がどこか恍惚とした色を滲ませながらも笑顔で声をかけてきてくれてはいるのだけれど、僕としてはすでに一切の緊張感のかけら失ってしまっている。
――『魔物がスルーしました』。
ウィンドウを頭上に浮かべたミミルが、特にミミルが何かした訳でもないのに僕の目の前でドヤ顔してるからね。
ともあれ、僕らは奥に向かってようやく進み始めた。
先頭を安倍くん、その後ろに小林くん。後方を注意しながら、エミリとエメリの二人が僕の斜め後ろを歩くような状態で奥を進んでいく。
道中の魔物の頻度は、それこそダンジョンよりもいっそ多い程だ。
黒い影の集合体とでも呼ぶべき異形の魔物はあちこちから突如として湧き出しては、次々に四人によって鎧袖一触に葬られていく。
前方では安倍くんと小林くんの無双状態が続いている。
あの二人、あんなに無茶した戦い方しててバテたりしないのだろうか。
そんな事を考えながら、僕は小首を傾げた。
「ここの魔物、何かおかしくない?」
「えぇ、その通りよ」
「その通りね。ここの魔物の多くは、思念体だもの」
「思念体?」
僕の問いかけに、エミリとエメリがお互いに顔を見合わせて頷き合った。
何か通じ合うものがあったらしく、エミリだけが僕から視線を外して、エメリが僕に向かって説明してくれた。
「ここは〈門〉の役目も果たすけれど、同時に〈門〉としては不安定なのよ。世界の境界が不安定なせいで、あちこちの世界から色々なものを呼び寄せる場所」
「あちこちの世界から?」
「えぇ。それに思念体は強力な力を持っているわ。放っておけば、共食いして強大な代物さえ生まれかねない。それを阻止する為にも、こうして自らを餌として飛び込んで思念体を間引いているのよ」
「……それって、なんだか〈
アリージアさん達〈
そして魔族は、こちら側の〈門〉からあの黒い影――思念体を表に出れないように間引くという。
そういう意味で、やはり〈
「〈
「どうして?」
「〈
うーん、そういうものなのかな。
魔王城にやって来て結構経つけれど、魔族ってそこまで邪悪な存在ではないような、そんな気がしてるんだよね。
もちろん、強さは尋常じゃないし、なかなかエキセントリックというか、ぶっ飛んだ性格をしている人が多いというか、そういう印象はあるけれども、毛嫌いする程の理由にはならないような気がしてる。
もちろん、これは僕が僕だから、なのだろう。
アルヴィナには旦那様と呼ばれ、リンダール姉妹には何故か妙に気に入られているし、ね。
でも、こうしてここで過ごしている内に、僕は正直――迷っている。
魔族を救う事とか、〈管理者〉とかの問題はどうでもいいとして――はたして僕は、その後になって魔族と人族の間を取り持つような真似はできるのだろうか、と。
取らぬ狸の皮算用というヤツでしかないけれども、人族と魔族の間にある溝は、きっと僕なんかが思っている以上に深い。
殺し殺され、そういう戦争を行っていた以上、〈管理者〉の陰謀を止める事ができたとしても、その溝は「じゃあ平和になりましょう」なんて簡単に済むものじゃないのだから。
でも少なくとも、以前までのように魔族をイコールして「敵である」と認識していられるなくなってしまったのは事実な訳で、僕としてはどちらかに傾倒した考えを持てなくなった。
どうにかして、お互いに距離を近づけられればいいんだけど……。
「おい、どうした?」
「悠? なんか顔怖いぞ?」
「あはは、真顔を怖いとかゼフさんに失礼ですよ? 後でしっかりと伝えておくから、謝らなきゃダメだよ?」
「「言ってねぇよっ!?」」
二人をからかって気持ちを切り替える。また後で考えればいいかな。
今はまず、この先に進む事からだ。
改めて、僕はみんなと共に足を進めた。
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