5-12 信用と信頼と

 リンダール姉妹から製作を頼まれて三日程が過ぎて、僕もアビスノーツの力とやらに段々と慣れてくるのを感じていた。


「むーん、どうしようかな……」

「何がどうなのかしら?」

「どれがどうなっているのかしら?」


 充てがわれた自室で、思わず独りごちるつもりで呟いた一言。そんな僕の独り言に律儀に返してきたリンダール姉妹のエメリとエミリ。

 左右対象に首を傾げる二人には一瞥すら返さず、僕は僕でウラヌスの映し出した画面と向かい合ったまま思考を巡らせていた。


 エメリとエミリの二人に頼まれた、『魔導傀儡マギ・マリオネット』と名付けた人形の製作。

 趣味と実益を兼ねた『魔導装甲マギ・アーマー』の完成を目標とするよりも、むしろ護衛をしてくれるという二人の依頼品の製作を優先している訳だけれども、実はこれが非常に難しかった。


 魔導具というのは、結局のところ魔力を動力に動く不思議便利道具だ。

 確かに魔法っていう不思議な力のおかげで色々な効力を発揮できるのは事実だけれども、それを操縦したり操ったりするのは簡単じゃない。


 決められた魔導陣と呼ばれる〈式〉に対して、その〈式〉が示す効果――〈解〉が発動すると考えるのが魔導具だ。

 それは非常に便利ではあるのだけれども、これが自由に動かしたり、限定的に能力を分けたりするとなると、かなり複雑な代物に変わってくる。


 言うなれば、「利便性は非常に高いのだけれども、自由度は低い」というのが僕にとっての魔導具という代物に対する考え方でもある。


 例えばこれまで僕が作ってきた魔導具は、せいぜいが二つの〈式〉を重ねたものだ。”範囲内の魔力の解析”、”該当する魔力所有者に対する攻撃の指定と持続化”の二つが主になっている。


 これだけならばどうにでもなるけれども、自由に操りたいという僕のロボ魔導具とかリンダール姉妹の人形魔導具となると、圧倒的に自由度が足りていないのだ。


「操るのは私がやるわ」

「操るのは私もやるわ」

「それはそうなんだけど、それで自分の動きが疎かになる可能性があるかもしれないじゃないか。戦いの中で隙を見せるのはあまり良くないし、ならある程度は自律的に動けるようなものを作りたい。というか僕がそういうのを作ってみたい」

「ねぇ、エミリ。この子ってばちょっと頑固かもしれないわ」

「ねぇ、エメリ。この子ってばちょっと我儘かもしれないわ」


 そう、僕がそういうものを作ってみたいっていう考えがあるからこそ、今の状況に満足していないのだ。だって、製作者としてはそういった機能を持たせてみたいじゃないか。


「単純に操るだけの人形なら作れるけれど、それだと単体で強いものは作れないっていうのもあるね」

「どういう事かしら?」

「どういう意味なのかしら?」

「アルヴィナに貰った素材は、流れる魔力量で強度や伸縮性が大きく変わるものが多いんだ。だったら、魔力を使って強化できるような機能も取り付けてみたいし、それをするのならある程度は自律的にそういった機能を発動させる方が、僕が……術者が楽できるからね」

「……ねぇ、エミリ」

「……えぇ、エメリ」

「「今、確かに自分が楽したいって本音が聞こえていたわ」」

「あはは、気のせいじゃない?」


 戦いに集中しながら、かつ何かをするなんて器用な真似は僕にはできないよ。都合良く並列思考なんて代物もないし。

 もしかしたら、その気になればウラヌスやミミルにそういった管理をお願いする事もできるだろうけれど、それじゃ困るのだ。


 だっていずれ、ミミルとウラヌスに操縦させる機体と合体とかさせてみたいんだもの……!


 うん、ほら。ロマンって大事だと思うんだ。

 そういう考えじゃなかったら、〈特異型ノ零〉なんていうアーティファクトを選んだりしてないもの。


「そういう訳だから、ちょっと二人の戦い方を解析させてくれないかな?」


 正直言って、この申し出は断られると思っている。


 いくら魔王軍側とも協力体制を築いているとは言っても、僕が【敵対者に課す呪縛デイブレイカー】という拘束型の魔導具を作ったりした事は、すでに知られているはずだ。

 そんな相手に魔力の動き方や戦い方を見せるなんて、普通に考えたら弱みを見せてしまうようなものだから。


「別に構わないわよ」

「えぇ、別に構わないわ」


 ……あれ、僕がおかしいのかな。


「えっと、一応言っておくけども、僕って魔力を解析したら色々と使えるようになるけど?」

「言いたい事は分かっているわ、ユウ」

「言いたい事ぐらい察しているのよ、ユウ」


 二人の独特な間もあって、てっきり理解さえしていないのかと思い込んでいた僕を他所に、二人は特に気にする様子もなく答えてみせた。


「だったら、どうしてそんなにあっさり承諾なんてできるのさ」

「短い付き合いだけれど、手に取るように分かるわ」

「短い付き合いでも、十分過ぎる程に分かっているわ」

「「あなたは、無意味に誰かと争ったり貶めたりはしない」」


 ……いや、僕ってアルヴァリッドじゃ『陥れのユウ』なんて呼ばれてるんだけどね。


「あなたが何かをやる時、それはあなたの自己満足の為じゃない」

「あなたが何かをすると決めた時、それはあなたが何かを守る為」

「私達は知っている――」

「――あなたは私達と、似ている」

「「じゃなきゃ、あなたはわざわざ労力を割こうとはしない」」


 二人の目はまっすぐと僕を見つめていて、その瞳には一切の疑いの色もない。ただただ純然たる事実を口にしているとでも言いたげな程に、迷いさえも見えなかった。


 これは――どういう事なんだろうか。


 そこまでの信頼を向けられる程、僕は二人を知らないというのに。

 何故、二人はここまでまっすぐ僕を信じてみせると言うのか、僕にはいまいち理解できなかった。


「それで、私達は何をすればいいのかしら?」

「お誂え向きにあの二人がいるもの。あの二人と軽く手合わせすればいいかしら?」

「えっ!?」

「お、おい、悠……! まさか、俺達に……?」


 リンダール姉妹に僕が何かを答えるよりも先に、さっさと二人はそんな言葉を口にしながら安倍くんと小林くんを見つめていた。

 なんだか安倍くん達にとって、リンダール姉妹はちょっとしたトラウマ対象というか、そんな印象を受けてはいるんだけど――まぁいいよね、うん。


「そうだね。二人とも、協力してくれるかな?」

「お前今一瞬何か考えてただろ……! なのになんでそんな爽やかな笑みで言ってきてやがんだ……っ!」

「アイツ絶対俺らの事まだ恨んでるぜ……!」

「あはは、何言ってるのさ。恨んでなんていないよ」


 恨むも何も、別に二人にどうのこうのなんて感情を抱いた事は特にないしね。

 ただちょっと、ゲームしてる声がうるさいなって思った事があるぐらいなもので、そこまで親しかった訳でもなければ仲が良かった訳でもないし。


 まぁそもそも、僕は僕であって、本当の意味で『高槻悠』という少年ではないらしいんだけどね。


 ともあれ、僕とリンダール姉妹は、なんだかんだと文句を言いつつも付いてきた安倍くんと小林くんを連れて、アビスノーツの力を受け入れる為に何度も足を運んでいる地下訓練場へと向かう事になり、部屋を後にした。


「おや、ユウ様ではありませんか」


 すでに通い慣れた地下訓練場へと歩いている最中、前方から見知った人がやってきたかと思えば、〈星詠み〉のテオドラであった。


「こんにちは」

「今日はずいぶんと大所帯なのですね。いかがなさいました?」

「あぁ、ちょっとこれから地下訓練場で――」

「お前には関係ないわ」

「そう、お前には無関係なのよ、〈星詠み〉」


 僕が言葉を続けようとしているのを遮って、リンダール姉妹がすっと僕の前へと歩み出る。

 その声色は警戒心か敵愾心のような代物を孕んだもので、纏う空気すらも先程まで感じていたそれとはまるで異なっていた。


 明らかな敵意をぶつけられて、どこか困ったような――なのに柔らかく口元に笑みを象って、テオドラは眉根を下げた。


「……相変わらず、お二人は私の事がお嫌いなようですね」

「好きか嫌いかで言えば、迷う事なく嫌いの部類に分けれる程度には嫌いだわ」

「エメリの言う通りだわ。私達はお前を仲間だなんて思った事なんてないわ」

「そうですか。そう言われてしまうのも仕方ありませんね。――それではユウ様、また」


 リンダール姉妹の対応ぶりも、どうやら今に始まった事ではないらしい。

 テオドラは二人の態度には慣れているように見えた。


 去っていくテオドラを見送ってなお動こうとしなかいリンダール姉妹と、何がどうなっているのか分からない僕。安倍くんと小林くんに至っては、なんだか萎縮さえしているらしく、僅かな沈黙が流れる。


 そんな中、エメリが僕に近づいてきて、ぽつりと小さな声で告げた。


「――〈星詠み〉を信用しないで、ユウ」


 どこか無感情に喋るいつものエメリとは違う、まるで懇願するかのように告げられたその一言。


 リンダール姉妹が、どうして僕をこんなにも信頼してくれるのか。

 そして二人が何故、こんなにもテオドラを警戒し、僕に向かって懇願するかのようにこんな言葉を向けてきたのか。




 ――――もしもこの時、僕がそれらが持つ意味さえ理解できていたのなら。




 僕はもう少しだけ、面倒事を避けられたんじゃないかな。











 ◆ ◆ ◆










 薄暗い石造りの廊下を、悠らと別れたテオドラは相変わらず薄い笑みを浮かべながら進む。その表情には先程のリンダール姉妹の棘のある態度など一切気にした様子も見られなかった。

 カツカツと踵を踏み鳴らしながらテオドラが進んだ先――そこには、一人の男が壁に背を預け、腕を組んだまま立っていた。


「――ゼフ」

「……相変わらずリンダールの双子には嫌われているようだな」


 先程の悠らとのやり取りを見ていたようなゼフの物言いに、テオドラは僅かに苦笑を浮かべた。


「仕方ないでしょう。あの子達は私を疑っているのだから」

「だろうな。人族の――しかも〈星詠み〉の一族となれば、あの二人にとっては仇敵だ。いくら陛下の下についているとは言えど、お前を信用するつもりなどあるまい」

「あら、言うのね。――〈〉のあなたが」

「誰が聞いているとも思えない場所でその名を口にするな」

「ふふふ、ごめんなさいね。でも、こうしてあなたが私に接触しているのだから、周りには誰もいない事ぐらい察せられるわ」


 柔和な表情を浮かべているイメージが強いテオドラにしては珍しい、ころころとした笑みを浮かべながら、テオドラはゼフを見つめて続けた。


「ねぇ、ゼフ。別にいいのよ?」

「何がだ」

「あなたはに反対している。でも私は止まるつもりはない。いつまでもに――に捕らわれている必要なんて、ないわ」

「……無理な話だな」

「大丈夫。例えあなたが私に反目しようと、契約を解除するつもりもない。あなたはあなたの道を進めばいい」


 今しがたテオドラが言葉にした〈星守ほしもり〉。

 これは〈星詠み〉が物心ついた頃に命じ、本人が了承した事によって与えられる契約者の呼び名であった。


〈星詠み〉が『星の記憶』を読み取り、〈星守り〉は〈星詠み〉を守る騎士のような役割を果たす。

 この契約を承諾する事で、〈星守り〉は常人とは隔絶した力を持つ事となり、ゼフは人族とのハーフでありながらも〈十魔将〉にまで上り詰めたのである。


 しかしテオドラは言う。

 もしも自分と敵対しようとも、ゼフに与えられた力を奪い取るつもりはない、と。


「〈魔熱病〉の件で確信したの。このまま手を打たなければ、『星の記憶』は確実にユウ様の手によって打ち砕かれる、と。そう予想した通り、『星の記憶』は確実に狂い始め――世界の滅亡を映し出した。それを阻止するのは確かに私も願うところよ。でも――

「……当初の既定路線へと戻す、か」

「えぇ、そうよ。だから私は陛下に進言した。ユウ様ならば、あなた様の願いを叶えてくれる。愛してくれる、救ってくれる、と。〈星詠み〉としての助言を信じてくれている陛下は、実際にユウ様を拐う事に賛同してくれた」


 ――『異界の勇者』の中で、最も重要とも言える役割を果たしている中心人物を。

 テオドラがそう付け加えると、ゼフは僅かに眉を寄せた。


「人族は確かに一時停戦へと動いた。でも、まだ終わりじゃないわ。――予定通り、ユウ様には。そうすれば、『異界の勇者』達は失意と怒りの中で、神の尖兵となって魔族を滅ぼしてくれる。そうすれば、わざわざ〈管理者〉が陛下を暴走させて世界を破滅させる必要などなくなる。全て既定路線に戻るはず」

「馬鹿げている。そんなもの何も確証はない。第一、陛下の御力はすでに常識など通用しない所にあるのだぞ。『異界の勇者』が神々の力を得たところで勝てる見込みなどない」

「えぇ、そうね。でも、かつての『勇者』もまた、そういった逆境を跳ね返した存在であったわ」

「……過去に縋るなど荒唐無稽もいいところだ。今俺達がするべき事は『星の記憶』の回避だ。その最後の切り札でもあるユウを死なせるなど、俺は認めんぞ」

「分かって欲しい、とは言わないわ。私は私の道を進み、あなたはあなたの道を進めばいい。もしも私を止めたいと言うのなら、この場で私を殺してしまえばいいわ。それだけであなたが選んだ道へと進めるのだから」


 両腕を広げてみせるテオドラ。

 しかし、ゼフが背負った大剣へと手をかける事はなかった。


「……止めてくれないのね」


 短く、しかし悲しげに告げるテオドラに言葉に、ゼフは何も答えようとはせずに小さく舌打ちしてその場を立ち去っていく。


「……心配しなくてもいいわ、ゼフ。私がユウ様を手に掛けるのは、だもの」


 遠く離れていくゼフの背を見送りながら、テオドラは小さな声でそう呟いたのであった。

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