5-11 双子姉妹の頼み事

 翌日の夕方。

 いつも通りに地下訓練場でアビスノーツの力を受け入れる特訓を終えた後、僕は充てがわれた部屋に戻って作業をしていた。


 一応、安倍くんと小林くんが護衛として残ってはいるんだけれど……今まさに、彼らが護衛として再び使い物にならない時間が訪れている。


 安倍くんと小林くん、それに僕という三人組は盛大に顔を引き攣らせて、部屋に突然やってきた目の前に立つ二人組――全く同じような見た目をした二人の少女達を前に立ったまま固まっていた。


「今日はよろしくね、ユウとそのお供」

「今日からよろしく、ユウとその連れ」


 ……確かに今日、僕は安倍くんと小林くん、それに他にもアルヴィナが用意してくれるという護衛と一緒に、この魔界にあるという〈門〉の調査に向かう打ち合わせをしよう、とは話したよ。


 でもまさか、用意してくれたっていう護衛が目の前に二人の少女――エメリとエミリという、〈十魔将〉の一角を担う『傀儡マリオネット』のリンダール姉妹だなんて、予想だにしていなかった。


 とりあえず部屋に招き入れてから、僕は改めて口を開いた。


「……えっと、なんで二人が?」

「私達はユウの護衛よ」

「私達はユウだけの護衛なのよ」


 やっぱり護衛役なんだね……って、僕、だけ?


「それって、この二人に対してはどうなんです?」

「そっちの二人については知らないわ。いなくたって構わないぐらいよ」

「そっちの二人なんかいても邪魔だわ。私達だけで十分だもの」


 なかなかに酷い扱いをされているね、安倍くんと小林くん。

 まぁ、僕は僕の事を言われている訳じゃないから言い返すつもりもないけれど。

 安倍くんと小林くんに至っては、どうにも顔を蒼くしているらしく、言葉を発しようともしないし、これが通常運転なんだろう。


「ねぇねぇ、安倍くん小林くん。二人ってこの双子に何かされたの?」

「……ゼフさんがいなかったら……」

「……あぁ。俺達、確実に殺されてたよな……」


 ゼフさんが言っていた通り、リンダール姉妹は二人を当初は本当に狩る対象として見ていたらしく、相当な恐怖を味わったらしい。そういった負の印象が拭いきれなかったりするみたいだ。


 とりあえず安心させる為に、僕はにっこりと笑って目の前にいた安倍くんの肩に手を置いた。


「大丈夫だよ、二人とも。そういうのって、時間が経てば案外忘れられるものだから」

「悠……」

「二人がファルムの王城でやらかした、人としてどうかと思うレベルのゲスっぷり極まる行為が生んだ負の印象だって、僕はすっかり忘れてこれっぽっちも思い出したりしないよ」

「おま、え……!」

「それ絶対忘れてねーヤツじゃねぇかよ……ッ!」


 あれ、おかしいな。

 僕としてはフォローのつもりだったんだけれども。


「そっちの二人はどうでもいいとして、始めていいかしら?」

「そっちの二人はどうなってもいいとして、説明を始めるわよ?」

「あ、はい。どうぞ」


 白目になっているかのような、どこか遠い目をしたままの安倍くんと小林くんを他所に、エメリとエミリの二人と僕は円卓を挟んで向かい合うような位置に腰掛けた。


「お茶も出ないのかしら?」

「お菓子ぐらい出してくれるわよね?」


 二人の視線が、未だ突っ立ったまま動かない安倍くん達に向けられ、二人は慌ててお茶やお菓子を取りに向かって行った。


 ……顎で使われるっていうのも憐れだね、なんとなく。


 なんて事を考えていると、ふと二人の目がまっすぐ僕を捉えている事に気が付いて、僕は首を傾げてみた。


「ねぇ、ユウ。私達だけが護衛で、何か不満があるというの?」

「私達だけじゃなくて、あんな冴えない二人もついていないと不安だとでもいうの?」

「まぁ戦力は多い方がいいとは思いますけど。なんせ僕、レベル一で上がらないですし」


 僕の言葉に、二人はぽかんと丸く口を開けたまま動きを止めた。


「……変よ、変だわ」

「おかしいわ、おかしいのよ、この子」

「だったらどうしてあの時、私の一撃を避けられたというの?」

「だったらどうしてあなた、エメリの殺気に気が付けたというの?」

「さぁ?」

「「……さぁ?」」


 わざわざ答えるつもりもない僕の答えに、二人が左右逆側に首をこてんと傾けながら呟いた。


 僕にだって正確な理由は分からないけれど、当たりをつけているものがない訳じゃない。


 多分これは、レベルが低いからこそだと思う。


 弱者であるという認識があるおかげか、僕は意外と周囲の気配に割と気を配っている。幼女にすら劣る運動能力が限界値である僕の場合、気を抜くというのは文字通りに死に直結しかねないのだから、それは至極当然だけども。


 で、この世界の強者が放つ殺気っていうのは、まさに重圧を伴うような代物となって襲いかかってくるからね。だからこそ、気が付きやすいとも言えるだろうと僕は解釈している。


 まぁ、確証がないんだからそうとも言い切れないけども。


「まぁいいわ。それじゃあ説明を始めるわね」

「この魔界の〈門〉は、魔王城の地下遺跡の奥深くにあるの」


 エメリとエミリの説明は、そんな言葉からリレーのようにお互いに引き継ぐ形で始まった。


「魔王城の地下は、かなり凄まじい魔素が溜まる魔素溜まりなのよ」

「つまり魔物が大量にいるという事ね。でも心配は要らないわ」

「私とエミリの二人で魔物は処分できるもの」

「私達はあなたを私達では行けない場所に連れて行く」

「あなたは私達が待ってる間に調べればいい」


 お互いに言う言葉を理解しているかのように、つらつらと並べられる言葉。立て板に水を流すかのように、お互いにお互いの次の説明を引き継いで喋るあたり、僅かな声の違いがなければ全く同じ人が喋っているようにさえ聞こえる。

 よく説明が被ったりしないなぁ。


「その二人が行けない所っていうのは、魔物はいないんです?」

「あんな所で生きていける生物はいないわ」

「あんな所に入ったらすぐに気が狂って死ぬわ」


 何その場所……。

 入ったらすぐに気が狂うとか、どう考えても不安しかないんだけども。

 いくら【スルー】があるからって、進んで行きたいとは思えないような場所じゃないかな。


 いかにも嫌だと言いたげな空気を放って微妙な表情を浮かべている僕を無視して、エメリが僕の向こう側へと視線を向けた。


「――ところで、そっちのは何かしら?」

「なんだか不気味なものが転がっているのだけれど」

「あぁ、ですか。魔導具ですよ?」


 ちょうど僕の後方にが気になっていたらしい二人の問いかけに答えてみせると、二人は今まで一切表情を動かす事さえなかった二人には珍しく――明らかに表情が引き攣った。


「……変よ、変だわ、この子」

「おかしいわ、おかしいのよ、やっぱり」

「そうですか? 僕はロマンが詰まっていて嫌いじゃないですけど」

「……分からないわ、男のロマン」

「……理解できないわ、男のロマン」


 二人揃って言いたい放題である。


 そりゃあ、僕の後ろにのは、確かに魔導具にしてはかなり大きな代物だとは思うけれども、そこまで変じゃないと思う。

 安倍くんと小林くんなんかは目を輝かせて見つめていたしね。


 きっと女の子には理解できない代物なんだろうね、うん。


 そんな事を考えている僕を他所に、なんだかんだで興味があるらしい二人は僕が作っている最中のへと近づいて行って、興味深そうに眺め始めた。


 これはもしかして、意外と興味が沸いたりしたんだろうか。


「これはどう使うの?」

「乗り込むというか、装着する感じかな」


 そう、目の前にあるものは魔導具ならぬ『魔導装甲マギ・スーツ』とでも呼ぶべき代物だった。


 いずれはロボットみたいなのを作ってみたいというのが本音なんだけれど、まだまだ構想が固まりきっていない。そこで作ったのが、基盤となるであろう『魔導装甲マギ・スーツ』。

 サイズ感としては高さ三メートルに届かない程の、骨格と筋肉を取り付けたかのようなフレームがむき出しになったような状態だったりするから、まぁ見た目はあまりよろしくなかったりもするんだけどね。


「まだ未完成だけど、これに自分の魔力を通して動かせるようにしてるんだ」

「……面白い、わね」

「えぇ、面白い」


 先程までの怪訝そうな雰囲気から一転して、二人は僕の説明を聞くなり、何かが琴線に触れたのか真剣なものへと目つきを変えた。


 今回僕が作った『魔導装甲マギ・スーツ』は、今僕が着ているような西川さんに作ってもらった、「服を魔導具化する」といった概念に似た構造をしている。

 幸い、僕はこの世界にある魔力という存在を【精霊化アストラル】を覚えて以来、精密に感知し、操れるようになった。それこそ手足を動かすように、さして意識しなくたって動かせる程度に動かせるからこそ、魔宝石ジェムを使った攻撃方法なんかを思いついたのだ。


「――魔石を組み込めば遠隔操作もできるようになるんじゃないかなって思ってるんだ」


 説明をそこで締め括ってみせると、二人が一斉に僕に向かって振り返った。


「ユウ、頼みがあるわ」

「えぇ、エメリと同じ頼みが私にもあるわ」

「頼み?」

「私達に、魔力を使った人形を作ってほしいの」

「私達は『傀儡マリオネット』。その力を活かしきれるだけの人形がほしい」


 普段の無表情とは少し違う、真剣味を帯びたまま向けられた二対の瞳。

 切実さとも取れる視線の色には、けれど同時に好奇心が宿っていて、なんだか輝いて見える。


 しかし、人形、ねぇ……。


 うん、素材的には無理な話じゃないんだ。

 アルヴィナは昨日の今日で色々な素材を僕に渡してくれたし、さすがにエスティオの結界で使われていた程の大きさや純度の魔石はお目にかかれていないけれど、上質で潤沢な量の魔石だってある。

 伸縮性もあって、なのに強靭であるという筋肉代わりに使える魔物の素材だったりもあるし、鋼よりも軽くて頑丈な素材なんていうファンタジーならではの素材だって余裕がある程だ。


 頭の中でそんな事を考えていると、二人は一つずつの人形……人形?

 なんだか歪で不気味さすら感じられるような代物を、僕に向かって差し出すように見せてきた。


「私達の戦いは、人形を使ったもの」

「けれど、人形の一つ一つは弱いわ」

「だから、私達は数を用意して一斉に操る」

「個の力が足りないのよ」

「あれ? でも僕に襲いかかった時、鉈みたいなの振り回してましたよね?」


 正直、僕にはあんな刃物を片手で楽々振り回すような力なんてない。ステータスが上がらない以上、僕は一介の高校生に過ぎないのだから。


「あんなもの、子供でも振り回せるわ」

「あんなもの、上位の実力者には一切意味がないわ」

「……あ、そうですか」


 なんだろう、この悪気もないだろうし意図もないだろうけれど、凄く僕が弱いって突き付けられた気分。


 ともあれ、僕は二人の人形を受け取って、一つをテーブルの上に置いてミミルに解析してもらいながら、もう一つを手にしたままウラヌスを起動した。


「……うーん、魔力の流れ方がちょっと歪ですね……。僕の力じゃ絶対に破る事さえできないですけど、それは素材の良さがあるからって感じで、素材の良さを活かしきれてるとも言えませんね。それに見た目も微妙ですし」

「…………」

「あれ、どうしたんです?」


 なんだかズーンと重い空気が流れてきた気がして振り返ると、なんだか二人が若干涙目になりながら僕をじとっと睨んでいた。


「それは私達が作ったのよ」

「それをあなたはボロクソに言ったのよ」

「あはは、他意はないですよ。純然たる事実を口にしただけですから」

「……ねぇ、エミリ。この子酷いわ」

「ねぇ、エメリ。この子の性格は確かに酷いと思うわ」


 二人の恨めしげな視線はさくっとスルーしたまま、僕は人形を手にしたまま考えを纏めていた。


 そもそも僕、人形を縫うとかそういう裁縫は苦手なんだよね……。

 一度だけ西川さんの手伝いをしようとして、思いっきり足手まといにしかなれなかったんだよ。あの時の西川さん、笑顔なのに青筋立ってたし。


「基盤作りは手伝えると思いますけど、裁縫は苦手なんですよね。誰か得意な人とかいません?」

「……私達が――」

「あ、上手い人でお願いします」


 にっこりと微笑んで答えたら、二人のジト目ぶりが更に温度を下げた気がする。


「いる事はいるわ。陛下の服を作っているのが」

「えぇ、いる事はいるわ。陛下の物だけは自分がやるって宣言しているのが」

「……それってまさか……」

「えぇ、ヴィヘムよ」

「ヴィヘムは裁縫も得意なのよ」


 ……主夫にでもなりたいのかな、あの人。

 あの冷徹系イケメンっぽい人が、マンガなら花を飛ばしながら裁縫をやっている姿を想像したよ。


「……えっと、服飾職人とかいないんですかね?」

「いるけれど、面倒だわ」

「だから私達が――」

「却下で」

「ねぇ、エミリ。この子やっぱり酷いのよ」

「ねぇ、エメリ。この子やっぱり性格が最悪だわ」


 いや、自分が携わるんだったら見た目にも拘りたいし。

 物を作るって、そういう事だよね?

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