5-9 『傀儡』のリンダール姉妹 Ⅱ
「……まぁ、『
「そうみたいですね」
しばらくヴィヘムを放置しながら作業を続け、とりあえず自室に篭もるのであれば襲われる事もないだろうと、ヴィヘムさんが部屋を去った後、また新たな来訪者がやってきた。
今度やってきたのはゼフさん。
どうやら安倍くんと小林くんのどちらから、直属の上司という立場にあるゼフさんには色々と報告がされたようだ。
相変わらずの筋骨隆々の逞しい身体で、椅子が窮屈そうに見えていた。
リンダール姉妹の暴走についてもヴィヘムからアルヴィナへと告げられる事になったらしい。
どうにも僕を害そうとした行為はアルヴィナの逆鱗に当たる可能性があるらしく、そういう意味でも報告せざるを得ないみたいだね。
無事だったから良い、とはいかないみたいだった。
――でも、どうにもあの時の殺気。
部屋に入ってくる一瞬――いや、どうにも僕に気付かせる為に向けられたような気がしているんだよね。
本当に殺す気だったら、それこそ僕に気付かせるような真似をしなくてもできそうな程度に、あのリンダール姉妹は感情を平坦なままに動けそうな気がする。
仮にも〈十魔将〉であり、相当な実力者なのだ。
あれはわざと気付かせる為にやったように思えてならない。
――何か真意があったんじゃないか。
そんな考えが浮かんでは消えているけれど――ともあれ、僕は目の前の話し相手であるゼフさんに意識を戻した。
「それにしても、まさかゼフさんが〈十魔将〉の一角だったとは思いませんでしたよ」
「隠すつもりはなかったが、な。そもそも、俺のような〈半端者〉が〈十魔将〉に身を置いている事自体が異例中の異例だ」
ゼフさんが言う半端者――それはつまり、魔族と人のハーフであるという意味だ。
本来、純粋な魔族には総じて角のようなものが生えている。
人族の大陸へと潜り込む際にはそれを隠すようにしているらしいのだけれど、ゼフさんの場合はそもそも角が生えてこなかったらしい。
アイリスとエイギルの二人がフードを目深に被っていたのも、一応はそれが理由だったそうだ。
一応、簡単な魔法で隠蔽しているらしいのだけれど、それでも髪の毛が不自然に見えてしまうらしい。
円形脱毛症みたいになって見えたりするのかな。
ちょっと気になる。
ともあれ、ゼフさんはそんな境遇にあるにも拘らず、それでも〈十魔将〉に上り詰め、人族の大陸で冒険者として活躍しながらも、魔族側に情報を流すという役割を果たしていたようだ。
名前を売る事で、かえって信頼が高くなるというのが冒険者だ。
それを利用して、一般人じゃ手に入らない情報を、周りから勝手に集めようと考えたらしい。
まぁ、ゼフさんの身体じゃ斥候とかみたいな動きは、ね。
僕だってステータスがもっと高かったりさえしたら、そういうのやってみたかったんだけどなぁ。
たまに細野さんとかが羨ましく思えてならないよ。
思わずサムズアップしてくる細野さんの姿を思い浮かべて苦笑すると、ゼフさんが呆れたように嘆息した。
「まったく、危機感のないヤツだ。ともかくリンダール姉妹がお前を狙っている以上、あの二人を護衛にしていても意味がない。大人しくヴィヘムの言う事を聞いている事だ」
「そう言えばあの二人、随分とあの双子が苦手そうな雰囲気でしたけど……」
「あの二人を初めてここに連れて来た時に、ちょっとな」
「あぁ、なるほど……」
僕の場合は二人で僕一人を狙うからこそ、あんな風に動きが止まったりもしてくれたんだろう。でも、安倍くんと小林くん二人に対してってなると、僕の時みたいに素直に止まる理由もないからね。
なんとなくだけど、どんな流れになったのかは想像がつくかもしれない。
「それにしても、運が良かったな」
「はい?」
「お前に目をつけたのがリンダール姉妹だったという事が、だ」
「どういう意味です?」
さすがに殺しにかかるような相手の名を出されて、何も良かった事なんてないんだけど――と訝しむ僕に、ゼフさんは真面目な表情を浮かべて答えた。
「あの姉妹がお前を標的にした以上、他の魔族はお前に手出しできなくなった、という訳だ。奴らは自らが標的に定めた獲物を横取りされる事を、何よりも嫌う。そういう意味で、お前は奴らさえ注意していれば、おかしな事は起こらない」
「……そういう意味ですか」
見えない相手、知らない相手といった不特定多数に生命を狙われるよりは、リンダール姉妹だけに気を配っておけばいい。
――なるほど。
そういった理由があったからこそ、あの姉妹は僕を狙った、と考えるべきかな。
あの向けられた殺気にも合点がいく。
恐らく、あの二人を仕向けたのはアルヴィナだろう。
僕を守る為に一芝居打たせ、リンダール姉妹っていう〈十魔将〉の有名所を利用した、と考えるべきかな。
そんな答えに行き着いた僕を他所に、更にゼフさんは続けた。
「アレらは自分達の世界の中に生きているが、ある程度は話が通じる相手だ。だが、そうじゃない奴らも少なくない。――特に、エキドナを倒したお前が相手となれば、それこそ陛下の意向に背いてでも手を出してくる奴がいるだろう」
「エキドナ、ですか」
魔王軍、『焔』を冠する魔族エキドナ。
僕らに標的を定め、牙を剥いてきた彼女との戦いは避けて通れないものだった。
殺される訳にはいかないのだから、彼女を倒した事に後悔なんてした事はないし、それで狙われるのも仕方ないとは思う。
けど――だ。
「そう言われても、エキドナは死んでいないはず、ですよね?」
「……ほう?」
「僕はあの戦いの後で意識を失ってしまいましたけど、あの程度で死んだとは思えないんですよね」
ゼロ距離で放った、〈特異型ノ零〉。まさに一撃必殺が可能とされる代物が生んだ一撃。
けれど、魔族の――それも最上位に近いエキドナを相手に、あの一撃で倒しきれたと考えるのは、些か都合が良すぎる気がする。
一応それを念頭に置いているからこそ、【
いくらエキドナがアルヴィナ程じゃないにしろ、その実力は折り紙付きだった。
あの時、そのまま死んでくれているとは思えなかったのだ。
僕が倒れた後、エキドナが本当に死んだのかは誰も確認していなかったからね。傷だらけで倒れた僕を、同じく〈特異型ノ零〉によって倒れたエキドナを放置して運び出したんじゃないかと思っている。
そう考えると――あの戦いの顛末を知っている、目の前のゼフさんこそ、エキドナを回収した張本人である可能性が高い。
「――なるほど、察しているのならわざわざ隠す必要もないだろう。お前が言う通り、エキドナはこちらで回収した。エキドナは今も生きている」
「なら、彼女も僕を狙ってくるんじゃ?」
「……それなら、良かったんだが、な……」
全然良くはないんだけどね。
ともあれ、なんだか遠い目をするような、そんな目でどこか虚空を見つめてゼフさんが言葉を濁した。
……なんだろう、思ってたリアクションと違うような。
「会ってみるか?」
「へ? エキドナにですか?」
「あぁ。どうも、今度は被虐趣味に目覚めたらしくてな」
「…………は?」
……えっと、ちょっと待ってくれないかな。
エキドナって言えば、かなり頭がおかしい
だからこそ、僕を操ってクラスのみんなを殺そうとしたり、対峙している時の態度や言動も、痛めつけるだけ痛めつけて悦んでいた。
そんなエキドナが、正反対の趣味に走った……?
「――お前が原因だぞ、ユウ」
「はい?」
「お前がレベル一だというのに、エキドナに勝利してみせただろう。あれが何か、エキドナの琴線に触れる結果になったらしくてな。魔王城に来たと聞けば、すぐにでも姿を――」
「お断りします。僕そういう趣味は持ってませんし」
「……まぁ、それはそうだろうな」
それはそれで悦びそうだが、とぼそりと呟いたゼフさんの声なんて、僕には聞こえない。
放置プレイとかそういう趣味はないんだよ、やめてもらいたい。
「まぁエキドナはどうでもいいとして、注意した方が良さそうですね」
「あぁ。特に『氷』を冠するヴィルマは、エキドナの豹変ぶりに最も激怒した女だ。アイツとだけは鉢合わせないように気を付けるんだな」
「『氷』のヴィルマですか」
「そうだ。エキドナに心酔し、崇拝すらしていた魔族の女だ」
エキドナの『焔』に対して『氷』のヴィルマね。
なんだか相反する属性って事で、あまり仲良くなさそうな気がしてたんだけど、ちょっと予想外だったなぁ。
いずれにせよ、だ。
アルヴィナの指示で動いてくれたらしいリンダール姉妹もいるのはありがたいけれど、それでもしばらくは周りを警戒した方が良いっていうのは事実かもしれないね。
……エキドナにだけは、絶対に会わないようにしよう。
◆ ◆ ◆
「――そう。旦那様は殺気に対してしっかりと反応してくれたのね」
「そうよね、エミリ。あの一瞬の殺気だけでも、十分に対処できていたわ」
「そうよね、エメリ。あなたの一撃をあっさりと躱してみせたのだから、十分に対処できているわ」
魔王城に設けられた、私の執務室。
目の前にいる双子の姉妹、エメリとエミリ。魔族の中でも珍しい、左右対称を持った二人で一つの存在は、私の部屋へとやって来ていた。
「でも陛下、陛下はあの子を守るべき対象として見ていると聞いているわ」
「そうよね、エメリ。何故守るべき対象を襲うなんていう、突拍子もない命令をしたのかしら?」
「力がなくとも、自由に動き回ってしまう方だから、よ。魔王軍内に危険な存在がいる事を知ってもらう為にっていうのもあるけれど、いざという時にしっかりと反応できるかを確認したかったっていうのも本音ね。それに、あなた達が旦那様を狙っていると知れば、誰も横から下手な手出しはしないでしょう?」
なるほど、とお互いの顔を見合わせながら頷き合うリンダール姉妹の気配を感じつつ、私は私で手元にある書類に目を通していた。
そこに書かれているのは、魔王軍の中でも人族に対して積極的に戦いを挑もうという、謂わば強硬派の面々の名。
今のところ、魔王軍内で不穏な動きを起こしている者は、まだ表立っては出てきていないけれども、だからと言って油断するつもりはない。潜在的に〈管理者〉によって利用されやすそうな種族や、勇者という存在や人族を毛嫌いする者を徹底的に洗い出している最中だった。
しばらくは時間がかかりそうだけれど、いざという時に旦那様に危害が及ぶのだけは許さない。
今回は私の指示でリンダール姉妹にも動いてもらって、旦那様に密かにつけている”影”にも動かないように厳命してあったけれど、それでも殺気に反応できるという点については私も確信があった。
〈
あの時出会った旦那様は、確かに私の殺気にしっかりと反応してみせていた。
動物的とでも言うか、旦那様はどうにもそういった、悪意や殺気といったものに対して、随分と敏感に感じ取る性質をしているらしい。
敵とすれば厄介だけれども、護衛対象と考えると悪くない。
それに、どうにも旦那様は悪意や殺意がない相手には、自分からも牙を剥こうとはしないらしい。敵対さえしなければ無関心、とでも言う方が分かりやすいかもしれないわね。
「ところで、これから陛下はどうするつもりなのかしら?」
「私達は何をすればいいのかしら?」
二人が訊ねてきたのは、これからの魔族の動向について。
人族との戦争を一時的に止めた事で、魔族側は今、一つの大きな目標を失った状態にある。そのせいか、戦いの中に身を置いていた者達にとって今の状況というのは、何をすればいいのか判らなくなってしまっている。
もっとも、戦争だけが全てじゃない。
魔界を安定させつつ、人族との睨み合いを行って時間を稼ぐ必要があるし、そう考えるとやる事なんていくらでもあるような状態なんだけれど、そういった所までは考えつかないらしい。
無理もないわ。
この二人は、ちょっと特殊すぎる事情を抱えているもの。
「二人は、旦那様の事をどう思ってるの?」
「嫌いじゃないわよね、エミリ」
「嫌いじゃないわ、エメリ」
「……珍しい事もあるものね。あなた達が魔族以外の存在を嫌わないなんて」
その答えに、私は驚きを禁じ得なかった。
リンダール姉妹の築いた世界は、酷く閉鎖的なもの。
自分達だけの世界に、唯一魔族だけが許されるような子達だ。
まさか旦那様を拒絶しないとは、正直に言っても予想外の一言に尽きる。
「まさかとは思うけれど、私の旦那様だからとかじゃないの?」
「そんな事ないわ、陛下」
「関係ないわ、陛下」
「あの子が放つ空気は不思議だもの」
「あの子が放つ空気は心地良いもの」
比喩的過ぎて何を言おうとしているのか、いまいち分からないけれど……ともあれ、旦那様を嫌っていないというのなら、二人にお願いできる事もある。
「ねぇ、二人とも。一つ仕事を頼まれてくれないかしら?」
左右対象の二人が、それぞれ逆側に首を傾げて私の言葉を待つ。
そういう所は別々の行動を取ったりもするんだなと、そんな益体もない事を考えながら、私は二人にとある仕事を提案する事にした。
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