5-7 手がかりを求めて

 私――アルシェリティア――の故郷であるラティクスまでの道のりは、以前と同じくユウさんが作ってくれた魔導具、『魔導浮遊版マギ・フロートボード』を使ったおかげもあって、王都から四日程で戻る事ができた。


 これだけ早く戻って来られたのも、改良してユウさんが私の分にと作っておいてくれたおかげだった。


 本来魔導具は魔石を核に、魔石に溜まっている魔力を動力にする。

 けれど、それだとどうしても消耗品としてしか使えないし、いざという時に魔力切れで使えないんじゃ意味がない。


 そこで、クーリルと私の魔力を解析して、その魔力のみを吸収して動力へと変える、専用魔導具なんていうものを作ってくれた。


《――相変わらず、どうにも常識ってモンがねぇ御方だぜ》

「あはは……、ユウさんだもんね」


 私の相棒である、契約精霊のクーリルが呆れながら口にした言葉に私も思わず苦笑する。


 私の相棒である風精霊のクーリルは、私が小さい頃からこの姿のまま。

 声もなんだか凄く渋い感じなんだけれど、見た目が小さくてつぶらな瞳っていう事もあってか、どうにも不似合いな印象を受けてしまう。けれど、クーリルは話しかける相手を選ぶから、あまりこの声を知らない人も多い。


 クーリルが言うには、念話っていうのはお互いの魔力を繋ぐ行為らしくって、どうしても相性が良くないと繋ぐ事さえ難しいんだって。ユウさんと念話で話す事ができるのは、ユウさんが普通の人じゃないから、らしい。


 ユウさんはなんだか不思議な人……?

 うん、人、だよね?


 上級神見習いで、それも邪神なんていう危険な存在と繋がってしまったらしい見習い神様みたいなユウさんだけれど、発想というか考え方が常に斜め上にいっているような気がして、面白い。

 クーリルが呆れて口にしたのも、使用者の魔力を解析して専用で使えるようにするなんていう、魔導具としての一般常識を大きく逸れた方法を取ってみせたからだった。


 さすがに私も予想してなかったよ……。


 ともかく、私はラティクスに着くなり顔見知りの人達に挨拶しながら、ハイエルフであるアリージア様と、お母さんがいる最奥のお屋敷へと向かって行った。






「――ふむ。ユウ殿が魔王に拐かされたとはのう」

「遂に魔族の懐へと飛び込んだという訳ですか。さすがは勇者なのでしょう」

「うむ。さすがはリュートの跡を継ぐ者じゃ」


 ……なんか思ってた反応と違う。


 もうちょっとこう、焦ったり驚いたり。

 そういう反応を期待していた私を他所に、アリージア様はなんだか呆れたように呟いているし、お母さんは「さすがですね」と呟きながら感心してる。


 ……あれっ? 私がおかしいの?


「え、えっと……。なんでそんなに落ち着いてられるんですか……?」

「む? そうは言っても、ユウ殿であろう?」

「えぇ、ユウ様ですからね」

「で、でも、ユウさんはレベルも上がらないし、魔族なんかに捕まっちゃったら、さすがに……!」


 他の皆さんから聞いた話でも、ユウさんは魔族を相手に色々な事をやっていて、敵対している。

 そんなユウさんが捕まってしまったら、レベルも上がらないユウさんじゃ対抗なんてできっこないのに……と、焦る私と二人の温度差が、なんだか大きいような……。


「ふむ、リティよ。どうやらお主はちぃとばかし勘違いしておるようじゃの」

「え……?」

「あぁ、なるほど。そういう事だったのですね」

「うむ。リティよ、ユウ殿は殺されたのではなく、拐かされたのであろう?」


 困惑する私に向けられた問いかけ。


 ――だからそう言ってるのに! ラティクスを助けてくれた、大恩人の窮地なんだよ!

 思わず声を荒げそうになりながらも私が頷いてみせると、アリージア様は苦笑した。


のじゃ」

「どうして、ですか?」

「うむ、魔王の力はハッキリ言って格が違った。それこそ、誰がいたところでアレにはあっさりと消されかねない程に、の。そんな魔王が、わざわざ連れ帰ったと言う所に気が付くべきじゃな」

「アリージア様の仰る通り、殺さない理由があったからこそ、連れ帰ったのは自明の理。いっそ何か、ユウ様にしかできない何かを依頼されている可能性もあります。私達がユウ様に、新たな結界を作ってもらったように」


 あ……エルナさんもその可能性があるって言っていた。


「まぁお主が急いておるのは分からなくもない。しかし、リティよ。今のお主が焦ったところで、何ができる訳でもあるまい。魔族と戦った時、誰よりも早く死ぬ事になりそうなのは、間違いなくお主じゃ」


 それは、アリージア様に言われなくても分かっていた。


 ユウさんの仲間である皆さんは、『制作班』の人達はどうか分からないけれど、『勇者班』の人達は確実に私より強い。

 レベルもそうだけど、何より周りとの信頼関係や動き方が、それこそ十全に理解しているからこそできるような連携を可能にしているように見えた。


 私は、まだ何もできてない。

 護衛役を頼まれたはずなのに、今回だって。


 ――私がずっとユウさんと一緒にいたら……って、思わなかった事なんてない。


 気が付けば拳を強く握り締めていたらしい私の手を見て、アリージア様が目を眇めた。


「ふむ。クーリルよ、リティならばと思うか?」

《今のお嬢なら、以前よりはでしょうぜ》


 突然クーリルと話し始めたアリージア様にきょとんとしていると、クーリルは正座している私の足に小さな手を置いたまま、アリージア様へと視線を向けて答えた。


 何の話だろうと思っている私に向かって、アリージア様は真剣な表情を浮かべながら続ける。


「リティよ。精霊の力は何で決まるかの?」

「えっ? えっと、術者の魔力、じゃ……?」

「うむ、それは正しい。じゃが、それだけが全てという訳ではない」

「ど、どういう事ですか?」

「本来、精霊の力は人の身に宿す事などできぬ程に強大で、激しい。術者との契約によって力が制限される事で、初めて力を使う事が許されておるのが精霊という存在なのじゃ。お主のような――いや、妾とお主の母であるルシェルティカ以外の者達のように、己の魔力しか使えぬ内は、〈第一階梯〉しか扱えておらぬという証左じゃな」


 初めて聞いた言葉に、私は思わず言葉を失った。


 私はもちろん、そんな話は多分、他のエルフの人達もきっと知らない。

 精霊は契約者の魔力を使ったしか使えないっていうのは、暗黙の了解みたいなものだったのだから。


「精霊との契約には、〈第三階梯〉までの能力があるのじゃ。もっとも、これに至るには相当の修練が必要なのじゃが、お主ならば〈第二階梯〉に辿り着けると、そうクーリルは判断しておる」

「〈第二階梯〉……?」

「うむ。精霊が持つ本来の魔力を、術者が受け入れ、精霊が扱える魔力へと変換させる。しかし己の魔力とは全く違う代物を受け入れるというのは、かなりの精神力と親和性がなければ難しい。が、その威力はお主が知る〈第一階梯〉のそれとは訳が違う。それこそ、魔族と渡り合える程度には強くなるじゃろう」

「……魔族と、渡り合う……」

「うむ。多くの者はこの理にすら触れられるまま生涯を終えるものじゃが、の」

「それを、私が使えるようになるんですか……?」


 正直に言えば、私だってそんな力が手に入るなら、欲しい。

 何もできないまま、このまま足手まといのままでいる訳にはいかないのだから。


 でも、私がそんな凄い事を、本当にできるのか。

 そう思うと、やっぱり不安な気持ちの方がよっぽど大きく感じる。


 ――怖い。

 お世辞にも、私は決して賢くも強くもないから。


 安穏と生きてきただけで、本当の強さを――心が折れるぐらいの状況でもなお、真っ直ぐ前を見ていられるような、何者にも染まらないユウさんのような本当の強さが、私にはない。


 そんな私が力を得ても、しっかりと扱いきれるか分からない。


 そんな風に思えてしまう私には――と、そう考えていたその時だった。

 クーリルが、俯いた私の顔を覗き込むように見上げていた。


《お嬢。怖いって思う事は、間違っちゃあいないんですぜ》

「……クーリル……?」

《あっしら精霊の力ってぇのは、自分で言うのもなんですが、そりゃあ強ぇもんでさぁ。それを手に入れてしまう事を怖いと思えるのは、自分の弱さを知ってるって事ですぜ。成長したって事でさぁ》

「えぇ、クーリルの言う通りですよ、リティ。あなたは確かに強くなっています。それは母が保証しましょう」

「お母さん……」


 目頭が熱くなる。

 お母さんは〈森人族エルフ〉の中でも最上位の実力者だ。

 そんなお母さんに認めてもらえるのは、嬉しい。


 お母さんは優しく微笑んだまま、私を見つめて続けた。


「ユウさんを助けに行くと言うのなら、まずは強さを手に入れなさい。あの方はこれから先も、大きな問題に直面するでしょう。その時、あの方が手を出せない場所を、あなたが補うのです。良き妻とは、そういう役目を果たすものですよ」

「……はい……って、へ? 妻!?」

「あら、せっかくついて行ったのに何も進展がないのですか。ヘタレですね、リティは」

「ちょ、ちょっと、お母さん! 一体なんでそんな……!」


 そ、それは私だって、ユウさんは特別だと思うし……。

 でも、それはなんていうか、その、やっぱりお兄ちゃんとかそういう感じっていうか……!


「ふむ。どうやら相変わらずのようですね、つまらない」

「んなぁっ!? つ、つまらない!?」

「そんな風に顔を赤くするぐらいなら、自覚ぐらいあるのでしょう? リティ、あの方の周りには色々な女性がいるではないですか。何をダラダラやっているのです。勝てませんよ?」

「えっ!? 私が悪いの!?」

「えぇい、やめんか、お主ら。ともあれリティよ、お主はクーリルの力を使えるように訓練じゃ。〈門〉ならば心当たりもある。妾がアーシャル様に訊いておくからの」












 ◆ ◆ ◆











「――魔族が、引いた?」


 リジスターク大陸北東部。

 この大陸は「く」の字を横に右に傾けたような形をしていて、その右上部分こそが現在魔族との戦いが行われている最前線、オルビナ王国。

 その中心部に位置する交易都市アグレアは、魔族との戦いの補給基地のような役割も行っているため、屈強な戦士達を多く見かける。


 女性陣がアルヴァリッドでレベル上げをしている最中、俺――赤崎 真治――は相棒の昌平――加藤 昌平――と共にアグレアの酒場へと情報収集しに来ていた。


 と言うのも、今はエルナさんもレベル上げに参加しているんだけど、咲良――細野 咲良――と二人で前衛をこなすと、俺と昌平の戦い方は合わないんだよな。その点、俺と昌平ならバランスはいいし、二人で別行動ついでにこの町に来たのだ。


 来たんだが――なんだかおかしな事になってやがる……。


「あぁ、なんだか急に攻めて来なくなってよ。何かと思ったら、一気にこの大陸から逃げちまいやがったんだよ」


 この町にやってきた俺達は、違和感を覚えたのだ。

 と言うのも、激しい戦いの最前線にほど近いアグレアだと言うのに、どうにも緊迫感というか、戦いが近い気配みたいなものが感じられなかったからだ。


 酒場で一杯の酒を奢る代わりに情報を教えてもらおうと考えたのだけれど――まさかこんな情報が手に入るとは思ってもいなかったな。


「何か思い当たる理由はないのかい?」

「んなもん知らねーよ。魔族の連中は本気じゃあなかった。〈十魔将〉の連中すら投入して来なかったんだぜ? 本気で攻めて来るんなら、〈十魔将〉はもちろん、他の名のある魔族だって来てたはずだからな。特に『傀儡』のリンダール姉妹が来たら、それこそあの二人に全滅させられる可能性だってあったぜ」


 悠が攫われてから、俺達は初めて魔族と魔王、それに魔族の中でもかなりの実力者として知られてる連中について教えてもらった。

 これまで俺らは魔族とか魔王とか、そんなのとは戦うつもりなんてなかったけれど、悠が攫われたってんなら話は別だったからな。


 魔王軍は魔王アルヴィナを筆頭に、実力ある魔族が存在している。

 魔王軍のトップである〈十魔将〉と、それぞれ『焔』と『氷』、『嵐』と『大地』を司る魔法を得意とする者達。もっとも、『焔』のエキドナは悠のおかげで倒れたけどな。


 この〈十魔将〉と属性の名を冠する魔族に関しちゃ、ただの魔族なんか比じゃないって話だ。まともに正面から向かい合おうってんなら、レベル八十は必要だって聞いてる。


 はっきり言って、エキドナとの戦いは偶然の勝利だった。

 エキドナが俺達を相手に遊んでくれなければ。悠が、【スルー】なんていうメチャクチャなスキルを持っていなければ、俺達はまず間違いなく、エキドナとの戦いで死んでいた。


 ――そんな連中が来たら、今みたいに均衡を保ってなんていられなかったんじゃないか。

 そう考えてはいたけれど、どうやら〈十魔将〉は動いてなかったらしい。


 まったく……、悠には恐れ入るよ。

 レベル一。一応、向こうの世界じゃごく一般的な身体能力で、よくあんな化け物相手に正面から突っ込むなんて真似して生きてるよ、悠のヤツ。


「――真治」

「ん、おう。ワリィ、考え事してたわ」

「みたいだな。んで、とりあえず今のトコ魔族との戦いは落ち着いてるって話だ。けど、『大洞穴アビスホール』のある島まで船を出してくれるなんていう物好きはいねぇって話だぜ」

「……ま、そりゃそうだろうな」


 世界樹の〈門〉とか、王都フォーニアで使われた大規模魔法なんかを使わない限り、本来ならば世界は繋がらないはずだった。

 けど、この世界と〈魔界〉を繋ぐ、開き続ける〈門〉の役割を果たす大穴――『大洞穴』が突如として現れ、初代勇者のリュート・ナツメとやらは魔王と戦う事になったらしい。

 現存する世界と世界を繋ぐ〈門〉の役割を果たしているのは、この『大洞穴』のみだ。


 悠を迎えに行く以上、『大洞穴』を使わなくちゃならないんだけど、さすがに魔族の本拠地に乗り込むなんて危険を冒すには、それこそかなりの人数を用意して、艦隊ってレベルで攻め込まない限りは攻め込みようがない。


 正直、手詰まりだったりするかもしれない。


「どうする?」

「……どうするも何も、諦めるつもりはないからな。とりあえず、俺達は港町まで進んでみようぜ」

「だな。――っと、定時連絡忘れてたわ」

「あぁ、リティさんの状況も確認したいからな。そっちは頼むよ」

「おう」


 今、リティさん――アルシェリティア――はエルフの国であるラティクスにいる。ハイエルフと呼ばれるエルフの長ことアリージアさんから修行をつけてもらうついでに、世界樹と同じように〈門〉となる場所を調べる為だ。

 アルヴァリッドにいるエルナさん達を中継して、『冒険者の腕輪』と『冒険者カード』を使ってリティさんとも情報を共有しようという話だ。


 悠が携帯電話みたいな魔導具を作ってくれるって話だったんだけど、今はそれどころじゃないしな。フォーニアにもらった屋敷での生活が始まったら作ってくれるって話だったんだけどなぁ。


 そもそも、せっかく屋敷が手に入ったってのに、屋敷暮らしみたいなセレブっぽい事もできてないなんて、ツイてねぇ……なんて愚痴ったりしたら、きっと女子陣から呪い殺すぐらいの勢いで睨まれるだろうから言わない。


「届いたぞー。なんかリティさんはラティクスにしばらく残るらしいけど、〈門〉の情報があったらしいぜ」

「お、マジか! って、ラティクスに残る?」

「あぁ、そうらしい。あんま詳しく書いてなかったんだけど、なんか契約精霊の育成? みたいな事するんだってさ」

「ふーん。時間が経ったら大人になるっつー訳じゃねーんだな。まだ子供なんだっけ……声だけはダンディーな声らしいけど」


 リティさんが契約してる精霊のクーリルは、見た目がオコジョとかプレーリードッグとか、そんな見た目をしている緑がかった白い体毛の精霊だ。

 なんでも悠が言うには、見た目とは裏腹にかなりダンディーな声をしているのだけど、生憎俺達は声を聞いた事はない。というのも、どうもクーリルは誰にでも話しかける訳じゃないらしい。


「今は見た目は小さいけれど、成獣になったら結構大きくなったりするのか……?」

「さぁ。精霊ってぐらいだし、時間が経って自然と大人になるって訳じゃないなら、もしかしたら見た目が変わったりもするのかもしれないぞ」

「……せめてダンディーな声とやらが似合う見た目になってくれないと、俺多分腹抱えて笑う事になる」

「おいよせやめろ。俺もあのつぶらな瞳でダンディーな声を聞くのは耐えられないぞ」


 俺も昌平も、どうにもそういう不意打ちなやり方には弱いらしかった。


「ま、まぁ、ほら。魔族が引いたっていう情報も手に入ったしな。俺らは俺らで、一応港町まで行って情報集めてみようぜ」

「……なぁ、真治」

「あん? なんだよ、いきなり真剣な顔して――」

「今の俺達なら、色街に行っても誰にもバレなくねぇ?」


 ……盲点だった、ぜ……。


「……なんだかんだで、俺ら行けてないんだよな」

「……せっかくの異世界だってのに、はっちゃけた記憶はないな……」

「でもよ、俺ら今、悠助けようとしてる訳じゃん?」

「悠がそう簡単にくたばったりするか? むしろ魔族が引いたのも、案外悠が向こうで何かやらかしてるからとか、そういうのじゃね?」


 ……なんか有り得そうだな、それ。って、いやいやいや、今はそれどころじゃねぇって。


「女子陣にバレたら、殺されんじゃね?」

「……男同士の秘密ってもんがあるだろ?」


 ……なぁ、悠。

 俺、大人になってもいいかな、この状況で……!




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