5-4 『神の卵』にできる事 Ⅰ

「――ホント、すんませんっした!」


 僕の目の前には今、二つの黒い後頭部。 

 椅子に座っている僕の目の前で深々と、もはやこれ以上は折り曲がる事もないレベルで、完成された土下座を披露されていた。


「……頭をあげてよ、二人とも」


 僕の言葉に二人の肩がぴくりと動いたのは何故だろう。

 僕が土下座を強要している訳でもなければ、むしろ土下座から解放してあげようと思っている程だと言うのに、なんだか酷く失礼な反応じゃないだろうか。


 ともあれ、土下座ペアは僕の言葉を無視するつもりはなかったらしい。


 顔をあげて、相変わらずどこか引き攣った顔をしている二人。

 彼らは元々僕のクラスメイトであり、あのファルム王国の地下牢にぶち込まれ、アルヴァリッドでは魔狼の少女ファムを連れ去った二人だ。


 僕から見て右手側にいるのは、筋肉質な身体に引き締まり、以前までのなよなよとした印象からは一転して、ぼさぼさで長かった髪もすっかり短くなった安倍くん――安倍あべ 泰示たいし

 その反対側には、安倍くん程じゃないけれどもそれなりに身体が引き締まり、けれど線の細い、相変わらず長いぼさぼさの髪の毛を揺らしている小林くん――小林こばやし 暁人あきと――である。


 何故かどこか引き攣った表情を浮かべたまま僕を見ている二人に向かって、僕はにっこりと、優しく迎えるような笑みを浮かべて告げた。


「――やっちゃったね、黒歴史おめでとう」

「のおおぉぉぉ……っ!」

「ぐは……っ、て、的確に心を抉りやがる……!」

「『俺の女になれば守ってやる』だっけ? それに侍女さん達にも随分と言い寄ってたみたいだけれども……うぷぷ、何それ痛い。ねぇ、どんな気持ち? それを得意気に、モブ臭全開で言ってた挙句に衛兵に捕まった時って、ねぇどんな気持ち?」

「最悪だ! こいつやっぱ最悪だ!」

「悠の鬼! 鬼畜!」


 僕らと一緒にファルム王国に召喚されて以来、僕らとは別行動していたのだけれども、こうして面と面向かって話せるとなると、色々言いたい事だって出てくるものだよ。

 しょうがないね、うん。自業自得だもんね。


「あはは、やだなぁ。これでもラティクスの御礼分ぐらいは控えてる方だよ?」

「あれがなかったら俺らどうなってんの!?」

「それでこの仕打ちってどうなんだよ!?」

「どうって、そうだなぁ。とりあえず洗い浚いを叫びながら魔王軍の女性限定で広めるとか?」

「こ、こいつ、マジなのか……」

「マジだよ、これだから悠は……!」


 さしずめ、そうなったらまずはアルヴィナから始まって、テオドラに。ついでにアイリスとかに言ってみるのもいいかもしれない。


 まぁ、アルヴィナとかテオドラはどういう反応をするのかは分からないんだけれど、まず間違いなくアイリスあたりは本気で毛嫌いすると思う。


 あれ……?

 それ、ちょっとどうなるか見てみたいかもしれない。


 まぁ、それはさて置き。


「それにしても、二人の身元が魔族側に完全にバレてたなんてね」


 二人がわざわざこんな所にやって来たのは、何も魔族側にバレないように忍び込んできただとか、僕を助けようとしているとか、そういった経緯があった訳じゃない。


 単純に、正式に僕の護衛兼手駒という形で命令されてやってきたのである。


「正直、俺達もバレてたとは思わなかったんだけどな」

「まさか最初にゼフさんに拾ってもらった段階で、なんて……」

「ゼフさんは気付いてたけどね。アルヴィナとかテオドラとか、あの辺りは知ってたらしいし、そもそもテオドラに助言されて安倍くんと小林くんを仲間にしたみたいだね」


 魔族側に入り込み、どうにか情報を探るというスタンスを取ろうとしていた二人がゼフさんに拾われ、そのままゼフさんと行動。ラティクスでのあの戦いの時はリジスターク大陸にいたらしいけれども、あれから二人はこの魔界にやって来ていたそうだ。


 ラティクスでの魔族に対する裏切り行為にお咎めはなかったみたいだけれど、それでもバレるんじゃないかと戦々恐々としていたらしく、それでも周りから責められたり言及される事もなかったからバレていないと思っていたみたい。


 ……まぁ実際のところ、バレバレだったらしいけれども。

 そう思いながら生温かい目を向けていた僕の視線に居た堪れなくなったのか、安倍くんが視線を泳がせた。


「そ、そういやぁ、悠。俺らが護衛につくって言ってたけど、お前のレベルってどれぐらいなんだ? つか、俺らお前の〈オリジナルスキル〉知らないんだけど」

「あぁ、王城にいた頃は僕らを完全に見下してたし女子にしか興味もなかったもんね。知らないのも無理はないね、うん」

「うぐ……。お、お前、俺らの事まだ許してなかったり……?」

「あはは、どうだろうね? あぁ、そうそう。僕のスキルは【スルー】だよ。レベルは一のまま」

「…………は?」


 さすがに二人にはスキルの件を何も伝えていなかったし、これまで僕や他のみんながどういった生活をしていたのかまでは知らなかったらしい。


 僕らがこれまで関わってきた事件なんかを説明していき、ついでにラティクスではアイリスやエイギルという魔族の中でもトップに近い〈十魔将〉などがいた事なんかを伝えていくと、二人は顔を蒼くした。


「え、何、それってもしかしてあのまま俺達が残ってたら……」

「鉢合わせで逃げれないどころか、俺達死亡フラグじゃん……!」

「アルヴィナは知ってたみたいだけど、〈十魔将〉は知らなかったみたいだからね。うん、危なかったかもね」


 正直、アイリスやらエイギルやらのレベルや強さがどれぐらいのものなのかは分からないけれど、赤崎くん達よりも圧倒的に強いのは間違いない。

 赤崎くん達より戦闘に特化していると思われる安倍くん達の方が強いのかもしれないけれど、僕にはまだ判断できる程の情報もないし。


「ところで、二人のステータス見せてもらっていい? 僕のも見せるから」

「あ、おう」


 それぞれにステータスを呼び出し、虚空に浮かび上がる半透明のウィンドウを見せ合う形で安倍くんと小林くんのステータスも見せてもらった。


――――――――

名前:安倍 泰示

Lv:37

職業:魔剣使い


STR:86

VIT:25

AGI:66

DEX:41

INT:17

LUK:2


オリジン:

【内弁慶】

オリジナル:

部屋の中なら最強ルール・オブ・ルーム

限定的強者リミテッド・パーフェクション

感情赴くままにモード・バーサーカー


称号:

〈黒歴史を紡ぐ者〉

〈壁ドンの使い手〉

―――――――――


「――ぶっ! おま、何この上級神見習いとか……!」

「ツッコミ入れたいのは僕の方なんだけど」


 まずは安倍くんのステータス。


 うん、なんていうか……ステータスの数値だけで見る感じ、攻撃特化でどうにもバランスが悪いような気がする。

 称号とかスキルについてはまぁ、なんとなくどんなものか想像つくし、あまり深く突っ込んで訊かない方が良さそうだね。


 全体的に引きこもりっぽい要素がすごく出てるんだけれど、それについては触れないであげよう。


 ともあれ、次は小林くんのステータスだ。


――――――――

名前:小林 暁人

Lv:38

職業:奇術使い


STR:18

VIT:17

AGI:43

DEX:67

INT:92

LUK:3


オリジン:

【模倣】

オリジナル:

技巧模倣スキルコピー

偽魔法フェイク・マジック

属性変換エレメンタル・シャッフル


称号:

〈黒歴史を紡ぐ者〉

〈奇を衒う者〉

〈魔法の申し子〉

―――――――――


「どうよ、俺のスキル凄くね?」

「うん、スキルは凄いんじゃないかな。称号に負けず劣らずだね」

「……いや、うん。調子乗ってすんません」


 ドヤ顔気味に声をかけてきた小林くんにしっかりと釘を刺すのを忘れない。

 二人揃って持っている〈黒歴史を紡ぐ者〉っていうのはきっと、こちらの世界にやって来るなりやらかしてしまった二人に与えられたものだと思うし。


 それでも、実際のところ小林くんのスキルは面白そうだ。

 ラーニング系というか、スキルを【模倣】できるっていう意味でもそうだし、成長率は高いんじゃないかな。


「このスキル構成なら、天狗になるのも仕方ないかもね」

「……ほんっとすんませんっした……!」


 素直に感心しながら笑みを浮かべて告げてみたのだけれど、何故か小林くんは泣きそうなレベルで顔を歪めて再び萎縮してしまった。

 ……別に他意はなかったんだけれども、そういう反応されると余計に追い詰めたくなるのは気の所為って事にしておこう。


 それにしても、小林くんと言い、安倍くんと言い。

 ステータスはどうもピーキーな数値を叩き出している。


 赤崎くん達もそれなりに長所に合わせたステータスの成長はしていたけれど、安倍くんや小林くんの場合はとことん攻撃力に特化したというか、そんな印象を受ける。


 考えられる要因として、赤崎くん達はパーティとして味方同士で欠点を補いつつ戦っていたし、そういう意味では結構バランスがいいステータスに育ったという点が関わってくるんじゃないかな。

 そう考えれば、攻撃に傾倒できる二人の【オリジンスキル】は、確かに戦闘に向いているし、こういうステータスになるのも頷ける。


「まぁ、僕のステータスとかを見てもらったら分かると思うんだけれど……」

「分からねぇよ!? なんだよ、この意味不明な称号の数とか、上級神見習いとか!」

「うるさいから黙ってくれる?」

「あ、はい」


 赤崎くんのツッコミだったらスルーしていられるんだけれど、安倍くんのツッコミはちょっと喧しい。

 笑顔で訴えてみたらあっさり黙ってくれたので、一度咳払いをして続けた。


「ともかく、僕は戦闘にこれっぽっちも向いてないんだよね。魔族と正面と戦うどころか、真正面から戦ったら幼女にも負けるんだよ」

「幼女って……あぁ、うん。こりゃ負けるわな」

「だからって、看過できる問題じゃないんだよね、この世界の状況ってさ」


 例えばスローライフを過ごすだけなら戦闘能力なんていらないし、僕の性格的にはそれも悪くはなかった。けれど、生憎僕はエキドナに絡まれた時点で戦乱に身を投じてしまっているのだ。


 ――ましてや、僕は色々と知ってしまったから、ね。









 ◆








「――聞いているんでしょう、アビスノーツ」


 二度目の問いかけに返ってきたのは、折れる事も譲るつもりもない僕に対するもの、だったのだろう。

 呆れたような、そんな深いため息だった。


《……強情なヤツね》

「お互い様じゃないかな。キミだって沈黙してやり過ごそうとしている訳だし」


 目の前のテオドラにも会話が分かるように、僕が聞いているアビスノーツの声はウラヌスの能力を使って生み出された、可視化されたウィンドウに文字として起き上がり、テオドラの目の前に表示されている。

 どうやらテオドラは僕がアビスノーツと会話までできる事までは知らなかったらしく、驚きに目を丸くしながらも声をあげまいと口を押さえていた。


《それで、何を聞きたいのだ?》

「色々あるけれど、単刀直入にいこうか。――キミが邪神になった理由、なんてどうかな? 例えば、『〈管理者〉のシナリオに逆らったから』、とか」

《――……ッ》


 果たして僕の問いかけは、どうやら正鵠を射たものであったようだ。

 判り易い程に言葉に詰まったアビスノーツが気を取り直すその前に、僕はさらに畳み掛けるように続けた。


「そもそも”邪神”なんていう存在が生み出されるのだとしたら、本来ならそこには間違いなく〈管理者〉が関与しているはずだ。世界のシナリオを、『星の記憶』なんてものがあるのなら、”邪神”なんていう便利な駒を使わないはずがない。けれど、どうにも〈管理者〉は”邪神”という駒を使う気はないみたいだしね」


 絵に描いたような悪役、絶対的な強さを持つ埒外の存在。

 そんな、いかにも動かしやすい駒があったのなら、そもそもアルヴィナを起点に世界の終焉とやらを演出しなくたって、”邪神”を復活させてしまった方が早いような気がする。

 神の一角と呼ばれる程なら、それぐらいの力があったっておかしくはないんだし、むしろ神と敵対するって言うなら、そっちの方がむしろ使はずだからね。


 それでも〈管理者〉が”邪神”を使わない。

 そこには何か理由があるように思えてならない。


「推測なんだけれど、キミは〈管理者〉にとってもイレギュラーな存在だったから、『神格を持ちながらも邪の道へと堕ちた事にされた』んじゃない?」

《…………》

「答えにくいのなら答えなくていいけれどね。でも、があったからこそ、この世界に現存している神々は『表立っては反抗できない』んじゃないかな」


 先程から引っかかっていた疑問。

 神々が何故、僕らのような、要するに『勇者召喚が似合わない存在』を容認した、本当の理由があるとするのなら。


 それは――人族にとって『都合の良すぎない存在だったから』、ではないだろうか。


 さっきも考えたけれど、そもそも神々が〈管理者〉に絶対服従であるのなら、まず間違いなく『勇者召喚が相応しい存在』を召喚するはずであって、僕らのような存在は非常に非効率的なはずだ。

 付け加えて、これまで僕が出会った神様はお世辞にも魔族を嫌悪し、絶対に滅ぼそうとしているといった決意を持っているようには見えなかったし、どちらかと言えば僕に対してどこか好意的だった。


 だって、僕に〈加護〉を与えたりと力を貸してくれているのだから。


 ――でも、それはそもそもおかしい。


 僕は精霊のような存在であって、精霊神ことアーシャル様曰く、放っておけばそう遠くない未来に消滅していたはずの存在だ。

 さらに〈管理者〉が関与している『星の記憶』をスルーしてしまう僕のような存在を、はたしてわざわざ神として生き永らえるような選択肢を与えたりするだろうか。


 答えはやっぱり、の一言に尽きる。


 もしも神々が〈管理者〉の従順な下僕だったとしたのなら、僕を神の一柱に引き上げる理由は考えにくい。放っておいて消滅させてしまえばいいんだから。


「――つまり、アビスノーツ。キミという存在があったからこそ、神様は表立っては〈管理者〉に反抗していないし、従順なフリをしているんじゃないかな」

《……なんの為に?》

「さてね。考えられる可能性としては……キミという存在のように全ての神が”邪神”となってしまったら、〈管理者〉の暴走を食い止める抑止力が消えてしまうから、とかどう?」









 ◆








 ――――結果として、アビスノーツからの明確な返答はなかった。

 けれど――いや、だからこそ、僕の推測は恐らく当たりとまではいかずとも、それなりに近いものなんだろうかと踏んでいる。


 差し当たって、僕はテオドラと手を組む事にした。


 僕の目標はまず、〈管理者〉が紡ぐ『星の記憶』を完全に崩壊させて、かつ神々に近い、ステータスなんていう便利でありながら理不尽な代物が関係しない場所へ――けれど、神そのものにはならない程度に自分を昇華させる必要がある。

 万が一の時にアルヴィナを止めるためにも、ステータスっていうルールの外側に行く為に。


「で、俺らは何すりゃいいんだ?」

「ゼフの旦那にゃ護衛とは言われたんだけどな。何すりゃいいのかまでは言われてねーんだわ。まぁ、そりゃ護衛はするけどさ。レベル一なんてちょっとした事故で死にかねないし」

「あはは、余計なお世話だよ?」


 アルヴィナは〈十魔将〉はもちろん、魔族に僕という存在を隠し続けるつもりはなかったらしく、ゼフさんの部下であり同郷である二人が僕の護衛としてつく事になった。

 裏を返せば、魔族に敵対するべき立場にいる監視対象を一箇所に集めているとも言えるかもしれないけど、ね。 


「自由にしてくれてていいんじゃない? 僕は僕でやる事あるし」

「自由って言われてもなぁ。っていうか悠、お前何するつもりなんだ?」

「とりあえず邪神とやらの力を手に入れるところから、かな」

「「……は?」」


 ……二人って反応が似てるよね。 

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