4-17 赫月の一日 Ⅰ

「朱里、緊張してない?」

「んー、どうかな? 緊張はしてるんだけど、楽しみの方が強いかも?」


 橘さんに向かって佐野さん達が「応援してる」だったり「絶対観に行く」だったりと声をかけている、そんな光景を未だに寝ぼけた頭のまま見つめつつ、僕は朝食のスクランブルエッグを口に運んでいた。


 今日の夜、橘さんのコンサートが行われる。

 ファルム王国の有力貴族の多くが招待されていて、しかもファルム王国内最大にして最高の環境とも言える劇場――ディートフリート劇場で行われる事もあって、町でもかなりの話題になっているらしい。


 実は話題になっているって聞かされたのは、ランドルフさんの弟子であり、僕に突っかかってきていた女性――ハンナさんからの情報だ。


 彼女は今日、コンサートを観に行くのだと自慢気に周りに語っていたのだ。

 どうもアルヴァリッドでのあの文化侵略っぷりはかなりの話題になったみたいだね。


 当の橘さんも、以前までは身内以外に対しては普通に話しかけるのも緊張し易いタイプだったけれど、場数を踏んできたおかげかあまり緊張しているようには見えない。


 凄いなー、絶対僕は人前で大きな声で歌うなんてできないけど――とか考えていたら、橘さんのくりっとした目が唐突に僕に向けられた。


「悠くん、今日は観に来れる?」

「うん。今日は引っ越しとかするぐらいだから、昼過ぎぐらいには手が空くんじゃないかな?」

「そっか……! じゃあ、楽しみにしてるね!」

「あはは、それは僕のセリフじゃないかな」

「……あれ? えへへ、そういえばそうだね」


 恥ずかしげに笑う橘さんの姿に、みんなもくすくすと小さく笑った。


 僕らに贈られたお屋敷の改装なんかも昨日の内に終わったらしく、僕らは今日はそっちに引っ越す予定になっている。

 なんだかんだで僕らの家とも呼べるお屋敷の件や、魔導書関連でスキルを憶えたり、僕は僕で〈星詠み〉を相手に結界魔導具の設置に動いたりと慌ただしかったけれど、みんな今日を目処にある程度は落ち着く。


 惜しむらくは、相変わらず〈星詠み〉が何を考え、何を狙っているのかが未だに掴めていないという点についてだけれど、こればっかりは考えるだけ考えても袋小路に嵌まるばかりで答えが見つからないしね。


 一応、貴族派の動きを察知できるようにオルム侯爵家や王家の暗部の人達が見張りを強化してくれているのだけれど、新しい情報が手に入るまでは待つしかないというのが実情だ。


「朱里、そろそろ行くわよ」

「あっ! 待って、楓っちゃん! 一緒に行くよ!」

「護衛頼んだぜ、咲良」

「……赤崎に言われるのは、不服」

「なんでだよっ!?」


 朝からリハーサルや衣装合わせ、最終チェックにと忙しい橘さんと、衣装担当の西川さん。それに二人に変なちょっかいをかけるような輩がいないとも限らないので、二人と仲が良い細野さんが護衛役を買って出ているため、その三人は朝食を食べ終えて寛ぐ間もなく慌ただしく出て行った。


 部屋に残されたのは、僕と赤崎くんに加藤くん。そして佐野さんと小島さん、佐々木さんである。


 なんだか珍しい組み合わせになったような気がする。


「そういや、引っ越しの荷物ってあの三人の分は大丈夫なのか?」

「あの三人の荷物は私達で分担するつもりだから問題ないわ。それより、悠くんの方が問題じゃない?」

「ん? 僕?」

「だって悠くん、屋敷の場所とかまだ知らないんじゃなかった?」


 言われてみれば、僕は屋敷が大体どの辺りにあるのかは知っているけれど、細かい場所までは知らない。

 改装するとか色々やってるのは知っていたんだけどね。


 ちなみに屋敷には、エルナさんとリティさん、それにアメリア女王様からの厚意から使用人の斡旋もしてくれているため、その人達も数人ばかり住む事になっている。


 エルナさんはあくまでも僕らの付き人というスタンスを崩すつもりはないらしいし、特に否やはないんだけれども、新しく使用人を雇うっていうのは知らなかった。

 まぁさすがにオルム侯爵家の使用人から人を引っ張る訳にもいかないし、屋敷だけもらっても管理できないからね。


「今日から数名の使用人を住まわせる事になるので、私とリティはそちらを迎えに行きます。シンジ様、ユウ様の護衛、宜しくお願いします」

「分かった、引き受けるよ」


 赤崎くんに護衛されるって言われると、リティさんと同じぐらいそこはかとない不安を感じるのは僕だけなんだろうか。









「荷物は【召喚】と【送還】で運ぶ必要はないしな。必要なものを買う時もそれで対処すりゃいい」

「大きな物は大体買い揃えてあるし、搬入も頼んであるの。引っ越しって言っても、それ程やる事はないのよね、実際。それにしてもかなりお金がかかったけどね」

「まぁ祐奈や楓は工房作ったり色々と仕事で使う道具とかを買い揃えたりってあったしな。俺や真治は大した事ねーけど」


 件の屋敷に向かっている最中、赤崎くんと佐野さん、それに加藤くんがそれぞれに屋敷の状況を教えてくれた。


 色々な魔導具を利用して調薬を行う佐野さんと、在庫や布なんかを保管しておいたりもしなくちゃいけない西川さんは、今回の屋敷の改築でどうもかなりの金額が飛んだらしい。

 赤崎くん達は装備品を用意したりもしているみたいだけれど、この前報酬でもらったアーティファクトもあってか装備は少し強化されたみたいだ。


 一緒になって戦闘に参加したりしていない僕は、どんなアーティファクトを手に入れたのかまでは知らないけれども。


「ちなみに悠の分はエルナさんから出してもらってるぞ、工房代」

「え、なんでエルナさん?」

「悠くん、魔導具の売上を全部エルナさんに丸投げしてるでしょ……。ほら、前に作った『魔力計測器』とか、アルヴァリッドに設置した結界とかの報酬」


 言われてみれば、実際に僕の報酬関係はどうなっているのかと言うと、エルナさんが一時的に管理し、今回パウロくんを救出する際に名前が出た「よろず屋」の方に全て移動されていた――ような気がする。


「私達の中で一番のお金持ちは楓だけど、次点で悠くんなのよね……」

「悠くんお金持ちだよねー」


 佐々木さんと小島さんの二人から漏らされた衝撃の真実だよ、それは。

 僕自身、自分がどれぐらいのお金を持っているのかさえいまいち理解していないのに、二人が知っているっていう意味で。


 小島さんが最近、何故か目を輝かせて僕を見上げてくるんだけれども、こんな会話の後じゃお金に惹かれたようにしか見えないからやめてほしい。真っ黒にしか見えない。


 なんだかんだと話しながら歩いている内に、僕らは目的地の屋敷に着いた。


 王城から近い程に貴族としてのステータスが高いという、僕には理解し難い価値観――だって、仕事場に近いとすぐに呼び出されたりしそうなイメージがあるし――はともかく、確かにそこは貴族街と城下町のちょうど境目あたりにあった。


 アルヴァリッドにあるオルム侯爵邸に比べれば敷地面積は確かに狭いかもしれないけれど、それでも十分過ぎるスペースを確保していて、庭を通り越して林すら思わせるような広い敷地がぐるりと周囲を囲んだ広い場所だ。


「ずいぶん広いね」

「一応ここは城下町で何か起こった時に避難の受け入れ先も兼ねているらしいぞ。こんだけの広さがありゃ、結構な人数を受け入れられるんじゃないか?」


 貴族街は城下町とは隔壁で仕切られているような造りをしている。


 赤崎くん曰く、アルヴァリッドのオルム侯爵邸も役割を担っているんだけれど、万が一魔物が城下町に入り込んだ際や、魔族が攻めてきた際には貴族街側に民を受け入れるらしい。


 赤崎くん達に促されて大きな門を潜り、林の中を貫くように伸びる道をしばらく進むと、ようやく僕らが住む屋敷が見えてきた。


 僕らが住む屋敷の外観は、シンメトリーデザインの横に広い屋敷だ。

 外観は暖色系のレンガ造りにも見える……けど、僕の目を惹いたのは、そこじゃない。

 一番外側の左右に位置する背の高い尖塔状の部分からは、二階部分にも渡り廊下が設けられているみたいで、手前の右手にある館と繋がっている。


「あの渡り廊下って……」

「右側が使用人用の館に繋がっていて、左側が工房棟に繋がってる。ちなみにあの渡り廊下は祐奈と楓の提案でつけられた」

「……なんだろう。様式美に真正面から喧嘩売ったね、あの二人」

「……そうか?」


 せっかくのファンタジー要素とでも言える屋敷で、ジョージアンスタイル的な造り。

 だと言うのに、それを覆しにかかっている佐野さんと西川さんのやり方は、ファンタジーに真正面から喧嘩を売っているように思えてならないのは僕だけなのだろうか、解せないよ。


「んで、悠。お前の部屋は適当に決めちまったけどいいか?」

「うん。別に構わないけれどどうしたの?」

「いや、どうせお前は工房で寝るだろうってエルナさんから聞いてるから」


 ……いや、さすがにエルナさんに色々と世話になっているのは否めないけれど、まさかそこまでバレてるとは思わなかったよ。

 実際に僕がやりかねないっていう意味だと、そっちの方が可能性は圧倒的に高いだろうし。


「なんなら自室っていらないかも」

「そう言うだろうと思って、工房の方に仮眠用のベッドを運び込んであるわよ」

「さすが佐野さん」

「……私もそうなっちゃいそうだから、自室は後回しにしたもの。ほら、作業中で待ち時間とかに仮眠したり、通しで観察したりしなきゃいけないものもあるから……」

「…………そっか」


 気配りっぷりに感心したと思ったけれども、どうやら佐野さんも僕と似たような性格をしているからこそ、同じような最適解を導き出したらしかった。

 同志を見つけた気がして佐野さんに温かい視線を送ってみせると、佐野さんが渇いた笑いを浮かべていた。


「とにかく、私は悠くん連れて工房の方を案内してくるわね」

「じゃ、俺達は美癒と瑞羽の荷物の整理でも手伝うか?」

「え、いらないわよ。下着とかだってあるし」

「あー、まぁそうだな。んじゃ、俺達は俺達で自分の部屋の整理してくるか。昼飯はエルナさんとリティさんが買ってきてくれるらしいから、一段落して昼頃になったら食堂に集合な」

「了解。いきましょ、悠くん」


 佐野さんに連れられて、僕は屋敷の正門ではなく、工房棟とでも言うべき建物に取り付けられた扉へと向かった。


 屋敷の入り口もなかなか大きな扉だったけれど、どうやらこっちはもっと大きいらしく、足下も造りが違う。屋敷側は扉の前が階段にもなっていたけれど、こちらは小さな段差が申し訳程度に存在しているぐらいみたいだ。


「ここが工房棟の入り口よ」

「ずいぶんと大きいね」

「雨に濡れたりしたら困るから、この内側まで魔導車を入れるようにしているの。ほら、見て」


 佐野さんがそう言いながら扉を開けていけば、どうやらこの扉は観音開きにはならずに横開きタイプらしい。


 中もしっかりと足下が舗装されていて水を流すホースまで設置されているみたいで、どうやら商会の倉庫を流用した造りしたみたいだ。

 ガレージを通って横の階段を昇り、二階からが工房として作られていると言えば分かりやすいかもしれない。


「一応、二階は楓の工房にしているの。ほら、あそこの天井部分、開くようになってるでしょう? あそこから魔導車の荷台に直接服を落としたりする予定」

「あぁ、服を大量に持って歩くのは大変だもんね」

「そういう事。ステータスが上がってるって言っても、視界が確保できないし限度があるからね」


 荷物量を考えたら、西川さんは布を運んだり完成させた服を運び出したり、僕らとは違って大変になる。そういう事情もあって、どうやら西川さんの部屋を二階部分に持ってきたようだ。


「ん? 二階部分が全部西川さんの工房?」

「えぇ、そうよ。どうしても一般的な工房とかだと階を分けたりしなくちゃいけなかったけれど、なるべく階段の昇り降りを減らしたいっていう私と楓の希望があったから、かなりの広さだけれど」


 いや、この工房棟の広さって、普通に学校の教室が四つぐらいは並びそうな広さなんだけど……。それをまるまる使うんだね……。


「三階は悠くんの工房よ」

「……僕、そこまで大きなスペースって必要ないんだけど」

「そう言うと思ってたんだけれど、悠くんだって大きな物とか作ってみたくなるかもしれないじゃない? ほら、凄い長さの大砲を改造したり」

「……なるほどね。盲点だったかも」


 そういえば、僕のステータスじゃどうしても強くなれないし、力作業だってできない。それらを克服するべく服を魔導具化するなんていう暴挙に躍り出てみた訳だけれども、それならいっそ搭乗型のロボット的な魔導具を作ってみたりするのも有りなのかもしれない。

 今までは携帯できるものっていうのと、あくまでもファンタジーをイコールして「生身で使えるもの」っていう枠組みばかり考えていたけれど、そもそもそんなルールに甘んじている必要はないのだ。


 ふふふ、何もファンタジーにSF要素を持ち込んじゃいけないなんて理由はないんだし、これは悪くないんじゃないかな……!


「ちなみに悠くん。新しく巨大なガレージを建てるとかって希望があるなら、ちゃんと早めに言ってね」

「建てようと思う」

「……まぁお金はエルナさんと相談してもらえばいいけれど、それならここよりも屋敷から離れた位置にしてね。ホントに凄まじいもの造るなら、試運転とか近くでやらないでほしいもの」

「あはは、さすがにすぐには作れないよ、うん。ウラヌス、搭乗式の魔導ロボみたいなものを作りたいから、魔導陣の試案を幾つか挙げておいて」

「……ホント、近くでやらないでね」


 佐野さんが疲れた顔をしながら言ってくるけれど、僕の心にはすでにロボ計画に傾いているよ。


「ありがとう、佐野さん。僕だけファンタジーから逸脱しそうな気がしなくもないけれど、最初っからファンタジー要素の方からスルーしてくれてるんだし、常識に捕らわれる必要なんてなかったんだね!」

「常識を忘れていいとは言ってないわよっ!?」

「あはは、やだな。僕は常識人だよ?」


 佐野さんのジト目が絶対零度な気がするけれど、もはや僕の進む道は決まった。


「はぁ……。で、四階は朱里の練習室と、私の調合室にしてるからね」

「へぇ、佐野さんはそこまで大きなスペースは要らないの?」

「私は大体、冒険者カードと腕輪で荷物は運ぶから。それに朱里の防音に壁を厚くする必要もあったし、私も何かあった時の為に壁を厚くしたいっていうのもあって、同じ階が都合良かったのよ」

「なるほどね、なら都合が良かったんだね。でもこっちの工房棟は隣の建物よりちょっと背が高いぐらいなのに、四階まであるんだ」

「あっちの屋敷は一階ずつの高さが異常に高いからね。こっちは大体日本基準だもの、外観以外は」


 言われてみれば、屋敷も王城もやたらと背が高いもんね。

 まぁ、僕の場合は日本基準でも天井に届くはずもないし、頭を打つような身長もないから問題ないけれども。

 背の高い知り合いが頭を打って痛そうにしている姿を見ていると、なんだか悔しさが滲み出たりなんてしないし、うん。


「――ここが悠くんの工房よ」


 僕が素直な想いを密かに呟いている内に、僕らは三階の――僕の工房として用意された部屋に着いた。


 階段を上がってやってきた三階部分は、階段部分以外は柱が剥き出しになったまま全部の部屋が繋がった広間のような造りになっていて、奥には机と大きな黒板が置かれていて、長方形の重厚感すら感じさせる机が壁際に堂々と鎮座している。

 さっき言ってた仮眠用のベッドも隅の方にあるみたいで、病院のカーテンを思わせるような簡単な仕切りで囲われてるみたいだ。


 剥き出しの柱も幾つかはあるけれど、柱そのものはそこまで邪魔にならないような建物の造りになっているし、ファルム王国は地震も起こらないためか、柱自体が日本のそれに比べれば少ないのかもしれない。


「悠くんが何を使うのか、何を作るのかはいまいち分からないから、とりあえず悠くんがストックしてる魔石なんかはリティさんとエルナさんが運んでおいてくれたみたいよ」

「あー……そうなんだ」


 なんだかどんどんエルナさんに頭が上がらなくなってきたんだけれども、どうすればいいんだろう……。


「じゃ、私も自分の工房の整理と部屋の荷物整理しちゃうわね」

「うん、分かった。ありがとね」


 短くお礼を言って佐野さんを見送ろうとしていると、佐野さんがふとこっちを見て振り返った。


「ねぇ、悠くん」

「ん?」

「……王都内のゴタゴタとか、大丈夫、よね?」


 これまであまり触れてこようとしなかったけれど、やっぱりその辺りは佐野さんも気になっていたらしい。


 正直に言えば――気休めに大丈夫、とは言えない。


 今は〈星詠み〉が何かを仕掛けてこようとしているのかもしれないし、それまでに僕らの魔導結界が完成すれば、手を打てるかもしれない。

 ハッキリ言って、僕にだって判らないのだ。


「――大丈夫だよ」


 ――それはきっと、以前までの僕ならば絶対に言わなかった言葉だ。


 気休めの言葉を口にしたって、結果がうまくいくかどうかなんて変わらない。

 僕は自他共認める程度にはドライな性格をしているから、いつもならまず間違いなく肩を竦めて、「どうだろうね」と短く告げただろう。


 けれど――なんだか僕は、少しばかり変わった、のかもしれない。


「何か仕掛けてきたって、みんながいるからね。僕だってタダじゃやられたりしないし、やらせるつもりはないから」


 それは多分、僕が、僕自身に対して課した枷みたいなものかもしれない。

 これだけは絶対に、どうにかして成し遂げたいっていう、気合か、或いは気負いだったんだろう。

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