4-16 王都の中心


 ――――橘さんの公演もついに翌日へと迫っていた。


 この数日はリティさんやエルナさんと一緒に仕事を優先して動いていたのだけれど、特に貴族派からの妨害もなければ、職人達との軋轢も大きなものにはならず、順調すぎる程に仕事も進んでいる。


「――では、この調子ならばあと四日程で結界の設置は完了する、と?」

「そうだね。作動実験と、エルメンヒルデさんを通して騎士団を王都内のあちこちに配備して、結界が対象とする魔族を捕らえる準備を同時に進めつつ、一網打尽にするつもりだよ」

「なるほど、初動を制するのですね」


 ミミルとウラヌスで結界作動に冠しては何度もシミュレーションを繰り返しているし、結界の設置にも失敗がない事は確認している。この調子なら結界は問題なく作動するだろう。

 その時、先手を打って潜伏している魔族は捕まえておきたいからね。


「それにしても、ここまですんなりとやらせてくれるとは思いませんでしたね」

「まぁ僕も何か仕掛けてくるとは思っていたけれど、ね。王都内の器物損壊の真相は相変わらず不明なままだし」

「でもでも、それって妨害の目眩ましの可能性があったんじゃ?」


 僕とエルナさんのやり取りを聞いていたリティさんが思い出したかのように訊ねてきたけれど、僕はそれに対して頭を振った。


「今回のプロフェクト――魔導結界設置の妨害という線については、ある意味最も可能性は低いと見ていいと思うんだよね。って言うのも、そもそも開始時期から今に至るまで、事前に僕が魔導結界を張りに戻ってくる可能性なんてものは存在すらしてなかった訳だしね」

「そうなんですか?」

「うん。僕が結界を作れるようになったのも、それをこの王都で展開するっていう話が持ち上がったのも、だからね。そう考えると別の狙いがあったって考える方がよほど正しいんだよ」

《するってーと、女王様の求心力の低下ってヤツを狙ってるただの騒動だってことですかい?》

「いや、それも違うだろうね」


 クーリルが言っている可能性については僕も考えたけれども、どうにもそれは無理がある。


 王都内の器物損壊事件を起こさせる事で、「新女王は王都の治安すら守れない」と糾弾しようとしている可能性も確かに浮上していた。でも、そもそも王都内でここまでの事件が続いてしまえば、それは女王に責任を問うよりも先に、騎士団や警邏隊などに矛先が向けられるのは必至だ。

 詰まるところ、そもそも「新女王アメリア陛下の求心力を削ぐための行動」という可能性は、貴族派の懐刀とでも言うべき騎士団も無傷では済まなくなってしまう以上、こんな下手は打つはずもなく、結局この可能性に関してはほぼ捨ててしまっても良い。


「そうですね、ユウ様の言う通りです。だとしたら、「何故貴族派がわざわざこんな事件を起こしているのか」が問題ですね。その可能性として高いのが……」

「〈星詠み〉が裏にいるという点から考えて、魔族の介入だね。ただ、具体的には何を狙っているのかは未だ見えてこないんだ。貴族派と魔族が結託しているとはさすがに思えないから、貴族派も騙されている可能性もあるね」


 かと言って、可能性があると思われる『空白の時代』に使われていたという魔導言語やら魔導記号やら、リンデさんが解読してくれたものと照らし合わせようにも、まだまだ落書きの全容を掴みきれていない。


 まぁ、もっと言ってしまえばそもそもただの落書きであるという可能性だって否めない訳なのだけれども。


「ハッキリしないんですねぇ……」

「後手に回っているのは否めないけれどね。でも、ラティクスの時だってそうだったけれど、後手に回りながらできる事だってある」

「それが、【敵対者に貸す呪縛】の設置、という訳ですね」

「うん。魔族が絡んでいる以上、対魔族の対処法はどうしたって必要になるからね」


 リンデさんのおかげで、落書きの可能性よりも『空白の時代』に関係する可能性は高まっている。放置しておける問題じゃないのに手が出せないというのは歯痒いけれど、こればかりは時間がかかってしまうし、仕方ないだろう。


 王都内で起きた事件の位置関係に規則性があるならばともかく、それらしいものがどうにも見えないし、こちらにできる事はどうしたって限られているからね。


 せめてそれさえ割り出せたなら、もう少し手を加えたり、或いはこちらが次のポイントを割り出したりもできたのかもしれないけれど、アイゼンさんが用意してくれた地図を見ても飛び飛びの場所があったりしていてさっぱりなのだ。


「んー。それじゃ、〈星詠み〉を女王様命令とかで突き出させるように指示したりはできないんですか?」

「〈星詠み〉自体が何かをした確証がある訳じゃないし、貴族派が反発する可能性もあるからね。何より、こっちが大々的に手を打とうとして反撃されたらマズいっていうのも本音だよ」

「にゃあぁぁ~~、ゴチャゴチャしてきますぅ……」

「あはは、リティさんに頭脳労働は期待してないよ」

「なんか馬鹿にされてる気分ですっ!?」


 そう言われても、実際リティさんは門外漢じゃないかな……。

 まぁ僕も頭脳労働が得意とは言えないし、何かに造詣が深いタイプという訳でもないけれども。


「ところでユウ様、今日はよろしかったのですか?」

「うん、作業も解読も一段落ついてるし、新しい屋敷の方は佐野さんと西川さんが色々と率先してやってくれてるからね」


 今日は特に何かをする予定がない。

 魔導陣制作は昨日で一段落してしまっているし、今は騎士団との折衝をエルメンヒルデさんにお願いしている状態で、新しい家になる屋敷は佐野さん達が色々と手配してくれている。

 赤崎くん達に至っては、魔導書のおかげで得たスキルのテストをしたいとかで王都近郊に狩りに出かけてしまった。


 なので僕は今、リティさんとエルナさんと一緒にオフェリアさんの孤児院に向かっている最中であった。


「オフェリア様が是非ユウ様に感謝を伝えたいと仰っていたので同行していただけるのは嬉しい限りなのですが、連日色々とお忙しく動いていましたから。少しはゆっくり休んでも……」

「……ねぇ、エルナさん。僕、レベルは確かに一だけども病弱になった記憶はないんだけど」


 何故か過保護な母親を思わせるようなエルナさんの物言いにツッコミを入れてみると、エルナさんがすっと目を逸らした。

 僕に対して過保護になっているという事については、どうやら自分でも自覚しているらしい。


 ラティクスに黙って出かけたりもしておきながら、さらにそのまま魔族と交戦し、魔王にまで目をつけられ、さらには邪神アビスノーツとの繋がりまで生まれたという僕の暴走ぶりに対して、エルナさんはラティクスから戻って以来、過保護ぶりに拍車がかかっているように思える。


 でも正直なところ、アビスノーツは危険な相手だ……とは思えない。


 僕の場合、干渉が全て【スルー】によって弾かれているので、たまに勝手に話しかけてくるだけのちょっと面倒な相手といった印象の方が強かったりもするし、僕が地下牢で少しおかしな感覚に陥った時とかは、彼女に助けられた気がする。


 僕から声をかけてもほぼ反応しないし、繋がりが生まれたとは言ってもいつも僕と繋がっている訳ではないのかもしれない。

 この辺りはミミルとウラヌスを使って僕自身をモニタリングしつつ、繋がっているかいないかを判断できるようにならないかと試行錯誤中だけども。


 色々とやるべき事がある状況ではあるのだけれど、ウラヌスがしっかりとメモしてリストを作ってくれているおかげで忘れずに済んでいる。


 せめて〈星詠み〉が何を企んでいるのかはともかくとしても、何かをしでかそうとしているその妨害ぐらいできれば――なんて考えている内に、僕らは孤児院に到着した。


 孤児院は相変わらず外観は酷く傷んでいる建物だけれど、以前訪れた時のようなドス黒い何かが荒れ狂っているような印象は綺麗に消えていた。

 子供達の笑い声が響いてくるのを聞いていると、なんだか小学校の近くにやって来たような気分になってくる。


 子供達に挨拶されるリティさんとエルナさんと一緒に、以前オフェリアさんと話した一室へと向かって歩いていると、一人の男の子――パウロくんが突然曲がり角から駆けてきて、僕とぶつかりそうになった。

 刹那、エルナさんに襟首を掴みあげられ、パウロくんが猫のようにぶらぶらと中空に持ち上げられたかと思いきや、すでにエルナさんが手刀を突き立てるかのようにパウロくんの首元で寸止めし、慌てて手を下げた。


 よく見たらリティさんまで臨戦態勢に入って上体を下げ、いつの間にやら僕の前に出てきてるし、何事……?


「こ、怖っ……!」

「院内を走るのは許されていないはずですよ、パウロ」

「は、はいっ!」


 エルナさんに釘を刺されて涙目になりながら返事をするパウロくんを他所に、僕はリティさんの腕をつんつんと突いた。


「ねぇ、今二人とも凄い速さで動いてたような気がするんだけど」

「あははは……、つい、刺客が襲ってきたのかと……」

「……刺客?」

《ユウの旦那、お嬢はエルナの姐さんにユウの旦那の護衛の心得ってーもんを叩き込まれてるんでさぁ。条件反射ってヤツですぜ》


 クーリルに言われてようやく意味を理解した。

 エルナさんもリティさんも気を抜いていたのか、僕に向かってくるように走ってきたパウロくんを子供としてではなく、僕を狙った刺客か何かではないかと判断した、のかな。


 ……いや、うん。守ってくれるのは確かにありがたいよ。

 今のスピードでぶつかられたら、僕の場合は軽く悶絶していた可能性もあるから。

 けれど、男の子としてはなんとも言い難い気分だよ……。


「あーっ、お前あの時の性格悪いヤツ――ぐぇっ!」

「馬鹿言ってんじゃないよ! 助けてもらったんだ、礼を言いな!」


 勢い良く振り下ろされた拳骨に、パウロくんから蛙が潰されたような声が漏れた。

 拳骨を落としたのは、パウロくんの後方からやってきて、静かに般若を思わせるような形相で立っていたオフェリアさんだった。


 未だに痛みに頭を擦るパウロくんの頭を強引に掴んで、オフェリアさんが一緒になって頭を下げた。


「ユウって言ったね? 今回はお前さんの魔導具が決め手になったってエルナから聞いているよ。本当に、ありがとう。この馬鹿を助けるために力を尽くしてくれたこと、アタシは本当に感謝しているんだ。ほら、パウロ。あんたも言う事があるだろう」

「痛ってぇよ、クソババア!」

「誰に物言ってんだい、バカタレ! ちゃんとお礼を言いな!」

「分かってるっての! その、兄ちゃん、ありがとな!」

「……まぁ、その、顔をあげてもらえませんかね」


 エルナさんとリティさん、それにミミルがにっこりと微笑みながら僕らのやり取りを見ているという、なんともむず痒い空気。

 僕としてはこんな風にストレートに感謝の気持ちをぶつけられてしまっては、なんだか恥ずかしくなる。

 微笑ましい光景を見ているかのようなみんなからの視線もあるし、顔をあげたオフェリアさんもちょっとした悪戯に成功したかのような顔をしている。


 恐らく、僕がどんな性格をしているのか、エルナさんから聞いているのだろう。


 ともあれ、僕は顔をあげたパウロくんの肩をポンと叩いた。


「――貸しイチだね」


 ………………。


「へ?」

「お金を請求したりはしないけれどね。ほら、一応僕としても見過ごせない問題だったから、それをするつもりはないから。でもその代わり、貸しとしてキミにツケておこうかなって」

「……ユウ様、それはちょっと黒すぎるような……」

「世の中、タダより怖いものはないんだよ。いやぁ、勉強になったね、パウロくん」


 にっこりと微笑みながら告げてみせると、パウロくんは埴輪のように目と口を丸く開けたまま固まってから、ようやく意味を理解したのか顔を赤くして怒り出した。


「お前、やっぱり腹黒いヤツだったんだな!」

「そんなに褒められても」

「褒めてねぇし! あの牢屋ん中でも思ったけど、お前性格悪いぞ!」

「あはは、手癖が悪いせいで今回みたいな事態になったキミに言われてる筋合いはないかな」

「な……ッ! クッソ、お前なんかに感謝したオレが馬鹿だったよ! 貸しって、何すりゃ返せるんだよ!」

「さぁ、それはキミ次第かな」


 まぁ、貸しだなんて言ったところで、僕としてもパウロくんに何かを返してもらおうとかそんな風には考えていないけれどね。


 残念な目で僕を見るエルナさん達には色々と物申してやりたい所もあったけれど、それよりも気になる言葉がパウロくんの口から飛び出してきた。


「じゃ、じゃあオレが耳にした情報でどうだ!?」

「情報?」

「おう! 牢屋ん中にいる時、騎士のヤツらが言ってたんだ。もうすぐ王都の中心でナントカが発動するって。そしたら、この国だけじゃなくて大陸全部が手に入るとかなんとかって!」

「パウロ。アンタ、まさか適当なこと言ってんじゃないだろうね?」

「嘘じゃねぇよ! アイツらが言ってたんだ!」


 王都の中心と聞いて、僕はエルナさんにそれが何処なのかと訊ねるように視線を向けた。


「王都の中心と言えば中央広場ですね。多くの民が行き交う場所ですし、初代国王の彫像がある場所です」

「……行こう。パウロくん、貸しはチャラにしてあげるよ」

「そりゃいいけど……信じてくれんのかよ」

「キミは確かに悪戯小僧なのかもしれないけれど、少なくとも変な嘘を口にするような真似、しないはずだ。そうでしょ?」

「……ッ、あぁっ! もちろんだ!」


 例えばただの子供だったならば、僕だって鵜呑みにするような真似はしなかっただろう。けれど、苦痛の続く拷問にすら負けずに、真実を貫き続けた少年が相手となれば、当然ながらに話は変わってくる。


 この情報の真偽を確かめる必要なんてなかった。

 





 以前この王都に結界を作る時も思ったけれど、この王都は俯瞰すると歪な形をした長方形だ。エルナさんが町の中心と聞いて思い浮かべたのは、地にある初代国王の彫像が佇む中央広場だ。

 早速とばかりに早足で――と言っても僕のステータス的には全速力で――中央広場へと着いた僕らは、呼吸を整えながら行き交う人々の雑踏で賑わう中央広場で、それぞれに周囲を見回した。


「王都の中心と言えばここです」

「何かがここにあるんだとしたら、それらしい仕掛けが隠されていると思う。二人はこれを持って行って」

「探してみましょう! クーリル、がんばろ!」


 二人にかつて作った『魔力計測器』を手渡すと、エルナさんは無言で頷き、リティさんもまたクーリルと共に周辺の捜索を開始した。

 そんな二人と別々に、僕もまたミミルに協力してもらいながら人の波に流され、時には逆らいつつ何かおかしな仕掛けが施されていないかを探っていく。


 現代で魔導具に使われている魔導陣にも言える事だけれど、魔導陣はどうしたって陣の中心部で全ての魔導言語や魔導記号が持つ『式』の『解』を発動させやすい。


 もしも王都内での器物損壊事件の全てが、僕の知らない『空白の時代』に使われていた魔導言語と魔導記号を用いたものであったとしても、発動の中心と思しきこの場所ならば、なんらかの痕跡があるはずだ。


 時折休憩がてらにお互いの進捗を確認しては再び捜索を開始してと、地道な作業が続く。

 けれど冬の王都は陽が出ている時間も短く――気が付けば太陽は傾き、更に時間が経つ程に人通りもまばらになり、空は藍色の夜空が徐々に広がりつつあった。


 ――結論から言ってしまえば、何かが見つかる事はなかった。


「パウロが聞いたという言葉は、間違いだったのでしょうか……」

「結構長いこと探してましたけど……」


 二人がぼやくように呟く言葉を聞きながら、それでも僕はパウロくんが耳にした言葉を疑う気にはなれず、ただただ思考を巡らせていく。


 ――わざわざ嘘の情報をパウロくんに掴ませた?

 ううん、それはないと思う。


 もともと、パウロくんが地下牢に収監されてしまった際、僕らというイレギュラーが動かなければ、パウロくんは器物損壊事件の犯人に仕立て上げられ、最終的には口封じも兼ねて殺されていたのだ。


 わざわざ嘘の情報を握らせる必要性が生じていたとは考えられない。

 順当に考えて、情報は本物だろう。


 ――なら、「王都の中心」の位置が間違っているとしたらどうだろうか。


「エルナさん、王都の中心って言われてここ以外に思いつく場所ってないかな?」

「ここ以外に、ですか? ……いえ、残念ながら王都の中心と言えば、立地的にもここ以外には考えられません。中央広場の名を冠していますし、恐らくは誰に訊ねてもここが浮かぶと思われます」

「……そっか」


 ……うーん、まいった。

 情報は間違いなく本物だろうとは思うし、パウロくんが嘘を吐いているとも思えない。なのに、王都の中心であるはずのこの場所からは、何も見つかっていない。

 何かが分かるかもしれないと考えていただけに、期待値が高まっていたここでの空振りっていうのも、なかなかキツいものがある。


 そんな事を考えつつ天を仰ぎながら一つ長く深い溜息を吐き出せば、白い息が虚空に消えていった。


 エルナさんも僕の吐いた息の行方を追いかけ、光る月を見上げてふと口を開いた。


「そういえば、明日は赫月かくげつですね」


 軽く落ち込んでいる僕の気分を変えようとしたのか、エルナさんがそんな聞き覚えのない単語を口にする。


 ……うん、どうにも気を遣わせてしまったらしい。

 目を向けて謝罪の言葉を口にしようとすると、柔らかく微笑みながら小さく首を振られてしまったので、僕は一つ咳払いしてから改めて口を開いた。


「赫月?」

「はい。一年に一度、月が赤く染まる日が訪れるのです。アカリ様の公演日はちょうど赫月に行う予定でしたし、この雲の少なさでしたら、明日は綺麗に赫月が見えることでしょう」

「赤い月、ねぇ」

「へー、〈普人族ヒューマン〉の人達は気にしてないんですねー。私達〈森人族エルフ〉にはあの赤い月は不吉の象徴と言われているので、外に出ないように言われる日なんですよー」


 僕の価値観でも赤い月なんて聞くとどちらかと言えば不気味というか、何か不吉な出来事でも起こりそうっていうリティさん達の考えの方が近いかな。

 でもエルナさんにはリティさんの言う不吉という言葉はなんとなく理解できたようで、「そうですね」と続けた。


「不吉の日、というのは分かるかもしれません。実際、赫月の夜は魔物が凶暴化するとも言われていますし、アルヴァリッドのダンジョンでも魔物の数が普段よりも余程多くなるとかで、冒険者達は赫月の夜にはダンジョンに入らないようにしているそうです」

「赫月と魔物の強化に何か関係があるのかな?」

《魔物の強化って言うより、『魔素酔い』で暴走してるってトコでさぁ》

「魔素酔い?」

《へい。あの赤い月の日はどうにも魔素が濃くなっちまうんでさぁ。なもんで、あっしら精霊も魔力には敏感なんで、ちょいとキツいんでさ》

「あ、そう言えば昔そんなこと言ってたね。明日はお休みした方がいいね、クーリル」


 要約すると、赫月っていうのは魔素――要するに酸素みたいに中空に漂う魔力の源とでも言うべき存在の濃度が濃くなる日って事なのかな。

 クーリルも体調が悪くなるって言っているし、そう考えるとミミルも気分が悪くなるかもしれない。明日は僕の中で眠っていてもらう形になりそうだ。


「さあ、何も見つからなかったのは残念ですが、ここで立ち止まっていても仕方ありません。明日はアカリ様の晴れ舞台ですし、体調を崩さない内に帰りましょう」

「うん、そうだね」

「はーい」


 結局、何も見つからず、進展すらできぬまま――僕らは橘さんのコンサートの当日を迎える事になるのであった。

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