4-8 貴族派の役割

 ヴェルナー・エルバムの登場に、僕らは面倒な事態になったと一様に顔を顰めたい気分であった。

 貴族派筆頭である公爵家の嫡男であるヴェルナー・エルバムが、わざわざ地下牢に顔を出すような事は滅多にないと踏んでいたのだ。まさか地下牢に騎士団長が姿を見せるとは思っていなかったというのが本音だ。


 ――もしやコンラートさんが僕らの動きを密告したのか。

 そんな予測が脳裏を過ぎり、ちらりとコンラートさんを見てみるけれども、どうも彼も寝耳に水とでも言うべきか目を丸くしている。


 うーん……あまり演技ができそうなタイプではなさそうだし、密告したというのなら表情が何かを物語りそうなものだけれど、どうにもそうは見えないかな。


 動揺と困惑に包まれている内に、ザームエルと呼ばれていた騎士がヴェルナー団長さんに事の次第を説明していく。

 瞑目したまま説明に耳を傾けていたヴェルナー団長さんは、イーヴォと呼ばれた犯罪者が素直に全てを告白したという件について聞くなり、「なるほど」と情報を吟味するかのように呟いたかと思えば、ゆっくりと目を開けた。


「コンラート。この者達の信用性は?」

「問題ない。おかしな魔導具を扱うような商会ではない」


 コンラートさんが差し出した紙を受け取って、ヴェルナー団長はちらりと僕らを一瞥した。


 あれ……? この人、貴族派の筆頭である公爵家の人間だ。なのに、騎士団塔に入ってきてから誰もが向けてくるような見下すような色も見えなければ、ましてや不快げに眉を顰めるような悪感情も見えない。


 ちらりとエルナさんに確認するために視線を向けてみると――なんだか分かりきっている光景を目にしているような、そんな表情を浮かべている。


 ……知り合い、なのかな?


「なるほど。ならばそのアーティファクト、使ってみせよ」

「な……ッ! ヴェルナー団長!?」

「なんだ、ザームエル。貴様が捕まえてきたのがそこの子供であろう。よもや、証拠もなく連れて来たとでも言うつもりか?」

「……ッ、そんな……」


 ……まさか、ザームエルを切り捨てた?

 いや、裏を返さずともザームエルを信頼しているとも取れるけれども、その真意がどうしても見えてこない。

 そう思ったのは僕だけではなかったようで、コンラートさんがヴェルナー団長さんへと尋ねる。


「いいのか?」

「愚問だ。そのようなアーティファクトがあるのなら、即刻使っていくべきだ。騎士の人数は限られているのだからな、取り調べで時間ばかり食ってしまうより余程良いではないか」

「それはそうだが……」


 そこまで言われてしまっては、さすがにどうとも言えない。

 貴族派の筆頭であるエルバム公爵家の次期当主と目されているヴェルナー団長さんが、まさか不祥事を隠蔽しようとするどころか、いっそ暴いてしまおうとしている、のかな?


 ――――どうにも真意が見えないけれど、この状況は僕らにとっても好都合だ。


 コンラートさんに確認の意味を込めて視線を向けると、コンラートさんは頷いてからパウロくんがいる地下牢の鍵を開けた。


「さて、さっきのアーティファクトの効果は見ていたね?」

「やってねぇって言ってるだろ……! それ使ったって、やってねぇもんはやってねぇからな……!」


 強い子だ、と思わず感心させられる。

 オフェリアさんが見ていた孤児院の子達も決してふくよかな身体とは言えなかったけれど、やせ細ってはいなかった。けれどパウロくんは、一見して判る程にやせ細っている。

 この地下牢での数日間は、彼のような子供にとってどれだけ苦しいものだったか、筆舌に尽くしがたいものがあったはずだ。


「やっていないのなら、何も怖がる事はないよ。さぁ、これを見て」


 魔導具を起動させると、先程のイーヴォと同様にパウロくんの眼に魔法陣が浮かび上がる。その光景を後方から見つめているヴェルナー団長さんの視線は、ただただ感心しているかのような、不快感など一切感じられないものだ。


 こうなってくると、本当にヴェルナー団長さんは敵側――貴族派だとは到底思えないけれど、その真偽はとにかく後回しにして、コンラートさんが質問を投げかける。


「パウロよ。お前はこの町の石畳を割ったか?」

「割って、ない」

「ならば、割れた石畳の裏に落書きを施したり、民家の壁に落書きを施したりした事はあるか?」

「……やってない」


 王都内の器物破損事件とやらの犯人が、パウロくんではないという事。

 それが今、証明される形となった。


「ザームエル」

「――は、はい……ッ」

「貴様は、この私に嘘を吐いていたのだな?」


 一連の流れを見つめていたヴェルナー団長さんが、ザームエルを睨みつけて一言。その一言で、ザームエルはまるでこの世の終わりに立ち会ってしまったかのように腰を抜かし、その場にへたり込んだ。


 嘘の報告……? 一体、この人の真意は何処にあるんだ?

 訝しむ僕の視線を受け流して、ヴェルナー団長さんはパウロくんの身体を見て顎に手を当てた。


 イケメンがやると画になるのがちょっと羨ましい。


「ふむ。コンラート、その子を釈放する前に治療師に見せよ」

「分かった」

「身体もろくに洗っていない上に、栄養も足りていないだろう。他の者に食堂に温かな食事を用意させ、運ばせる。その子の事が落ち着いたら、私の執務室へ来い」


 こくりと頷いて、コンラートさんがパウロくんを抱き上げて駆けていく。

 残された僕らの前で、ヴェルナー団長さんはザームエルを再び一瞥した。


「貴様には訊きたい事がある。それまで、ここでしっかりと頭を冷やしているが良い」


 それだけ告げて、僕らの方を見て地下牢の外へと出るように顎で指示をしてきたので地下牢から出ると、ヴェルナー団長さんはザームエルを地下牢の中に閉じ込めるように鉄格子の扉を閉め、鍵をかけた。


「――さて、諸君らにも事情を聞かせてもらおうか」

「事情と言われましても、僕らはただの商人ですが?」

「なるほど、あくまで態度でいるつもりか。ならば、先程のアーティファクトの件で商談がしたい。代表者だけで構わん、付いてきてもらえるな?」


 あっさりと僕らのスタンスを理解した上で、ヴェルナー団長さんが有無を言わさないような態度で僕らに背を向け、歩き始めた。


「ユウ様、いかがなさいますか?」

「……行こう。なんだかあの人は、敵には見えない」

「なら、私も一緒に。の事は、私も知らない相手ではありませんので」


 エルナさんの物言いから察するに、やっぱり知り合いなのかな。


「えっ、悠の事だから丸投げするのかと思ったわ……。じゃあ俺らは三角石馬コイツを運んで先に帰ってもいい……」

「ん? 赤崎くんは代表なんだから行くに決まってるじゃない。僕は付き添いって形でついてくから」

「いやいやいや、俺が代表かよ!?」


 今回ばかりは赤崎くんに丸投げする訳にもいかないし、僕自身もヴェルナー団長さんの真意が気になっているからね。

 ともあれ僕と赤崎くん、それにエルナさんの三人が代表という立場になって、ヴェルナー団長さんの後をついて歩いて行く。






「さて、適当に座ってくれ」


 騎士団塔の最上階にある、ヴェルナー団長さんの執務室。

 実利だけを優先しているような、豪奢さよりも頑丈さと利便性を追求したような重厚な机や椅子が置かれている。

 僕と赤崎くんは二つしかない椅子をエルナさんに勧められ、執務机の向こう側に腰掛けたヴェルナー団長さんと向かい合うように椅子に腰かけた。


「……そちらの椅子を使ってくれても構わんのだぞ?」

「いいえ、私の事は構わず」

「やれやれ。相変わらずだな――エルナ」


 短く告げられた名前に、僕はともかく赤崎くんがぴくりと肩を動かした。

 まったく、隠し事とか腹の探り合いとか、赤崎くんにはとことん向いていないらしい。ヴェルナー団長さんは僕らのどちらかが反応を見せると踏んでいたらしく、赤崎くんの反応をしっかりと見られてしまった。


「隠し通そうとするのも無理、でしょうね」

「そうだな。髪や瞳の色をどうやって変えたのかは知らんが、お前の顔を忘れる訳はない。――何せ、昔は婚約していた相手なのだから」

「白々しいですよ、ヴェルナー様。そもそも、それを破棄する方法を教えてくれたのはあなたではありませんか」

「フッ、それもそうだったな」


 ……エルナさんが、婚約?

 なんとなく胸にもやっとした感情を覚えつつも話を聞いていると、エルナさんが呆れたように嘆息してみせた。


「瞳と髪の色を変えたのは正解だったな。俺以外では正体に気が付く可能性は低いだろう。そもそも、お前は令嬢としての役割を棄て、表舞台から消えていたという事もあるし、そちらの――勇者シンジ殿も、顔の印象はあまり残っていないだろうからな」

「相変わらずなのですね、あなたの魔眼は」

「魔眼?」

「あぁ、『鑑定眼』と言う。ステータスが見えるのだよ、私の眼ならば。もっとも、名とステータス数値ぐらいなものだがな」


 僕らなんかよりよっぽどチート持ちって言葉が似合う人だ、この人。

 なるほど、確かにそんな眼を持っているんじゃ髪や瞳の色を変えたって、むしろ変装したって意味もないかもしれない。


「だが――どうやら私の魔眼が通用しない相手もいるようだな」

「……僕、ですか」

「そうだ。貴殿のステータスだけはどうも見えないらしい」

「……ミミル」


 僕が声をかけると、僕の服の胸ポケットからひょっこりとミミルが顔を出した。

 目を丸くするヴェルナーさんと僕の間に飛び上がり、ミミルがログウィンドウを見せてきた。


 ――『鑑定眼の効果をスルーしました』。


 久しぶりに見たような気がするよ、【スルー】の効果。

 エキドナの魔眼をスルーしたという過去もあるし、見えなかったっていうのも予測はしていたけれども。


「精霊、なのか?」

「えぇ、そうですよ」

「なるほど。色々な意味で異質な存在、という訳か」


 そこまで言われる程の事じゃない……とは思わないわけにもいかないけれど、ただミミル、なんでそんなに嬉しそうに照れているのか、僕にはさっぱりなんだけども。


「さて、本題に入ろう。今回の件、よくやってくれた」

「えっ? えっと、ヴェクター団長さん、貴族派っすよね……?」

「あぁ、その通りだ。だからこそ、よくやってくれたと言える立場にいるとも言えるのだがな」


 赤崎くんの質問に対する答えは、僕らにとっては首を傾げざるを得ないようなものだった。

 そんな僕らを見て、ヴェルナー団長さんがエルナさんを一瞥して何かを確認するような素振りを見せ、エルナさんもまた頷いて返した。


「私は――いや、俺は確かに公爵家の嫡男であり次期当主だ。だが、だからこそ今の貴族派が抱えている問題も、彼らが企むはかりごとも見過ごす訳にはいかないのだよ」

「つまり、あなたは貴族派の筆頭でありながら、貴族派を危惧している、と?」

「あぁ、その通りだ。いや、いっそと言った方が良いだろう。とは、貴族派を纏めつつ国王派を牽制するところにある。だが、それは国王派と敵対したり、国を裏切るようなものではない。我が祖父の影響か、どうにも父はその辺りを勘違いしていてな。そのせいか、最近は特に貴族派に連なる者の態度が目に余っているというのが実情だ」


 なるほど、なんとなく話が見えてきた。

 つまり、ヴェルナー団長さんは「公爵家の役割」というものを重視しており、現当主であるヴェルナー団長さんの父親は「貴族派の筆頭」という役割に固執してしまっている、という事なのかな。


「そこまで考えてるなら、どうして騎士団のこの状況を放置しているんっすか?」

「耳の痛い質問ではあるが、騎士団は貴族派の受け皿でもある。良くも悪くも騎士団の者達は、貴族派の象徴的な態度を取っている者達だ。それ故に、騎士団に所属させている、というわけだ」

「……えっと、悠。通訳してくれ」

「要するに、騎士団に所属させる事である程度管理がし易い状況に置いている、って事じゃないかな。騎士団に所属するっていうのは、栄誉や名声を与える反面で、結託できないように実家と隔離しているとも言えるから」

「その通りだ」

「お、おう……?」

「まして、今は特に反国王派の風潮が強いからな。騎士団長でもあり、貴族派筆頭の公爵家の嫡男が、いらぬ波風を立てる訳にはいかんのだ」


 赤崎くんはあまり理解できてないみたいだけれど、それだけじゃないだろうとは思う。


 おそらく、この半年程は貴族派の爵位を下げて当主を挿げ替えたり、何かと慌ただしい状況になっていた事だろう。そのため、貴族派にとっては鬱憤が溜まりやすい時期でもあったはず。そういう意味で、騎士団に貴族派の次期当主やその身内にまで責が及ばないように言い訳を立たせている。「騎士団」という実家とは隔離された場所にいれば連座で裁かれるような事態にはなりにくかったりとか、そういう意味でも受け皿であり、保護している場所でもあるとも言える訳だ。


 反国王派の風潮が強まっているのも、貴族派の立場は僕ら――正確には僕がジーク侯爵さんと結託して、聖教会と結託した件のせいで、求心力が削がれている状態になった事が起因している。

 これを機に膿を出しつつ、多少は風通しを良くしているらしい事は聞いているし、そもそも僕らに与えられるという屋敷もまたその一環だったりもするしね。


 ともあれ、僕の説明に未だに首を傾げている赤崎くんを他所に、エルナさんがふっと小さく嘆息した。


「まぁ、そう言うヴェルナー様も昔は実に貴族派らしい貴族でしたけどね」

「……よしてくれ。あれは俺にとっても見識がなさすぎたとしか言えない」

「なんなら暴露いたしましょうか、ユウ様?」

「エルナ、頼むからやめてくれないか……」


 なんだかエルナさんには珍しい、親しげなからかい方をしている。

 これ以上言われてしまっては堪らないとでも言わんばかりに、ヴェルナー団長さんが咳払いをしてみせた。


「ともあれ、今回は助かった。無実の少年を冤罪で捕らえるなど言語道断ではあるが、俺も公爵家の人間だ。表立って追求する訳にもいかなかったのだ」

「それって……つまり、犯人は別であると知ってたって事ですか?」

「父がザームエルを利用したのだろう。俺の元には証拠が揃っている上に、孤児院側も認めて引き渡したと報告されてしまっていたからな。もっとも、それが偽りである事ぐらい、俺も掴んではいたのだがな」


 さっきも言った通り、知っていてもヴェルナー団長さんは自分の立場上、表立って否定する訳にもいかなかったようだ。

 なんだかしがらみだらけで動けない姿を見ていると、僕にはとことん貴族だとかは不向きだろうと感じさせられるよ。


「――そもそも、王都内の器物損壊は父らが共謀して行っているのだ」


 続いて落とされた、まさかの爆弾発言。さすがに僕らもその言葉には目を丸くした。


「まさか、ユウ様が設置する対魔族用の結界設置を邪魔し、アメリア陛下の求心力を削ごう、と?」

「いや、それはないだろう。むしろそう見せかけている節ならあるが、そもそもそれが始まったのは、まだ夏前の事であったのだからな」


 さすがに夏前では、僕とは無関係なところで動いていた内容だろう。


 そう考えると、女王となったアメリア陛下では治安すら維持できないと揶揄する、とか?

 いや、それはあまりにも幼稚だし、何より攻撃力に欠けるような気がするし、さすがにないとは思うけども。


「目的は判らないが、何か大きな企みの下準備のようだ」

「ヴェルナー様。それはつまり、貴族派が王都内に何かを仕掛けている、と?」


 エルナさんの問いかけに、ヴェルナー団長さんは頷いた。


「残念ながら、次期当主という立場では細かい情報までは得られていない。これは貴族派の筆頭である我がエルバム家と、筆頭を支える幾つかの貴族派に所属し、かつ権力を持つ当主によって行われていると考えてもいいだろう」

「……そのような情報を、国王派の筆頭でもあるジーク侯爵の娘である私に告げてもよろしいので?」

「もちろんだ。エルナ、お前とジーク卿、それに勇者である貴殿らには、これを暴いて叩いてもらいたい」


 僕らは多分、一様に驚きを隠せてはいなかったのだろう。

 そんな僕らを見て、ヴェルナー団長さんはゆっくりと続けた。


「驚くのも無理はない。が、今回父が主導して行っているには、俺達の知らない裏があると俺は考えている。さすがに短慮を起こすとは思えないが、何やら怪しげな協力者の存在もいるようでな。見逃せる問題ではない」


 ――いざという時は、父をこの手にかける覚悟もある。

 そう付け加えたヴェルナー団長さんの言葉は、決して嘘ではないだろう事が窺い知れる程の気迫を伴っていた。 

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