4-7 地下牢
突然訪れた奇妙な沈黙。
近くの牢屋に入っているであろう囚人や、僕らを案内している騎士。そして、さりげなく僕とパウロくんの間に騎士に割って入らせないように位置取りしてみせた、細野さんとエルナさん。
そんな周囲から注目を集めている中、鉄格子越しに見つめ合う、不敵な笑みを浮かべてみせる僕と未だに死なない意志の強さを思わせる少年、パウロくん。
パウロくんは僕に対して、まだ敵として見ているのか鋭い視線を向けてきているけれど、むしろその方が僕らにとっても都合が良い。
僕らがこの子を助けに来たのだと知られていないのだから、パウロくんにとってはきっと、「コイツもオレを悪人扱いしやがる」とでも思ってくれている事だろうけれど、下手に味方だと知られていないおかげで、騎士に怪しまれる事もない。
大仰に、嘲笑を含むような目で僕はパウロくんを鉄格子越しに嗤う。
「ようやく捕まったみたいだね、孤児院の悪戯坊主も。いい気味だよ」
「なん、だよ、お前……」
「自分が悪戯を仕掛けた相手の顔なんていちいち憶えていないだろうけれど、こちらは忘れたりはしないよ。まったく、騎士様の手を煩わせるとはとんだクソガキだね」
くつくつと嗤いながら罵ってみせる僕の姿は、どうやら騎士にとっても急いで止めなくてはならないようには見えないらしいけれど、それもそうかもしれない。
彼らにとってみれば、僕のこの態度と言葉はパウロくんの立場が悪くなってくれる証言のように聞こえるだろうし、ならば止める必要性を訴えるどころか、いっそ僕を煽り立てたいぐらいだろうね。
市民の声が大きければ大きいほど、パウロくんが自白しなかったとして、色々な悪戯を仕掛けている悪童であるという認識を強める結果となるのだから。
「オレは、やって、ない……!」
「往生際の悪い。キミが犯人だという事ぐらい、知らないと思っているのかい?」
「だから、オレはやってない!」
「嘘を吐くんじゃない。「キミが沼蛙を投げ込んだ」犯人だってことぐらい、判らないはずがないだろう?」
――この言葉が、パウロくんにとって何を意味しているのか。
その事実を詳細に理解はできずとも、この言葉が指しているところは察する事ぐらいできるだろう?
僕が言下に込めた本音に気付いてくれるかどうかはともかくとして、このフレーズはパウロくんにとっても特別な意味を示している。
――――どうやらオフェリアさん曰く、パウロくんの悪戯は虫や昆虫を投げ込んで驚かしてみたりという、そういう子供らしいものばかりなのだそうだ。そういった悪戯の内容を知っている周囲の人達も、実害がないのだからいちいちパウロくんをひっ捕らえてしまおうとは思っておらず、怒鳴って叱りつけ、拳骨を落とす程度に留めているのだとか。
恐らく、そうした評判が回り回って「悪戯小僧」という評価に変わり、実情を知らない騎士団は「悪戯小僧」という評価がついているというだけでパウロくんを犯人として仕立てあげようとしたのだろう。
さらに言えば――「沼蛙を投げ込んだ」のはパウロくんにとっても恐らくは初めての事だそうだ。
オフェリアさんは、パウロくんが自分への愛情や関心を確認するために悪戯を周囲に仕掛けている事を理解していた。孤児院の周りでも、パウロくんが悪戯をしたら絶対にオフェリアさんに報告するようにしていたそうで、その度にオフェリアさんがパウロくんの頭に拳骨を落としていたらしい。
僕らがこの王都に着く少し前、ちょうどパウロくんが騎士に捕まった日に、初めて沼蛙などという茶色い大きな蛙を、オフェリアさんの私室の窓から放り込んだそうだ。
ちなみにこの沼蛙は、どうやら孤児院の近くに住んでいるお爺さんが可愛がっているペットらしく、またこの周辺に野良の沼蛙は存在しない。このリジスターク大陸よりももっと寒い地方で生きる、やたらと寒さに強い蛙なのだそうだ。
――――つまり、「僕らは全てを知っている」という非常に遠回しな彼へのメッセージだ。
はたして――パウロくんはこの意味に何らかの違和感を抱いたらしく、大きく目を見開いた後で、探るような視線を僕らに向けていた。
「それで、素直に罪を認めたらどうだい? 騎士様、この坊主は今回はどんな悪戯をしたのです?」
「む……。そやつは王都内の器物損壊罪で捕まっている」
「だから、オレは、そんなのやってねぇ……ッ!」
「器物損壊罪ですか。具体的には何を?」
「王都内のあちこちで起きている事件だ。町中に奇妙な紋様を落書きしたり、石畳を割って回ったりな。まったく、迷惑な話だ」
守秘義務というか、そういった観念はどうやらこの騎士にはないらしい。
探りを入れて暴くつもりだったけれど、拍子抜けにあっさりと答えてくれた事に僕はほくそ笑んでいた。
「おや? 石畳を割る、ですか? パウロくん、ステータスを見せてもらえるかな?」
「ま、待て――!」
「ほらよ」
他人に自分のステータスなんて、そう易易と見せるものではないというのが一般的な解釈だそうだけれど、パウロくんはさっきの僕のメッセージを受け取ったおかげか、すんなりとステータスを展開し、未だに制止の声をあげる騎士を無視して閲覧を許可すると僕に向けた。
――――――――――
《パウロ Lv:3 職業:〈悪戯小僧〉 状態:衰弱:中》
攻撃能力:11 防御能力:8
最大敏捷:22 最大体力:9
魔法操作能力:18 魔法放出能力:23
〈称号一覧〉
〈悪戯小僧〉・〈不屈の精神〉
―――――――――――
………………僕より強い。
うん、分かってる。分かっているさ。レベルが三な時点で、どう考えたって僕より強いよね、うん。
「ユウ様より強いですね」
「うるさいよ? リルルちゃんにすら敵わないけど、何か?」
ともあれ、僕と一緒になってステータスを見たエルナさんと小声でやり取りした後、僕は咳払いしてから――小首を傾げた。
「おや、おかしいですね。この程度のステータスじゃ、よほどしっかりとした魔導具でもなければ石畳なんて割れそうにないけれど?」
「そうですね。王都の石畳はストーンゴーレムの素材で作られていますから、素手で石畳を割るには力が六十以上なければ難しいかと。それを補うような高価な魔導具など、孤児院にはないと思いますが」
はてさて、とでも言いながら騎士の人を見やれば、騎士の人もさすがにマズイと感じたのか、顔を蒼くして、それでも誤魔化そうと声を荒らげた。
「わ、我ら騎士団が間違っているとでも言うつもりかッ!? 戯言もいい加減にしろ!」
「あはは、嫌だなぁ。間違っているなんて一言も言ってないじゃないですか。そんなに声を荒らげなくたって十分に聞こえてますし、信じていますよ? ねぇ、みんな?」
ニヤニヤと我ながら厭らしい笑みを浮かべながら問いかけると、みんなも僕のようにニタニタと笑いながら頷いてみせた。
「な、なんだ、その笑みは」
「いえいえ、特に何も思うところなんてありませんとも。ですが、そうですねぇ。ちょっとうっかり、何かの拍子で口が滑ってしまうかもしれませんねぇ」
「な――ッ!? 貴様、騎士を脅そうというのかっ!?」
「脅すなんてとんでもない。そもそも、しっかりとした証拠があって、根拠があって地下牢に捕らえているのでしょう?」
「そ、それは……」
「そうでなければ、本人が否定してしまっていては、確か有罪にはできないとか……」
「……何が言いたい」
――かかった。
「よろしければ、我が商会きっての新商品をお使いになりますか?」
「そ、それをか?」
「いえ、違います。というか興味津々過ぎるでしょ、あなた達……」
ごくりと息を呑みながら赤崎くん達が持っている三角石馬に気を取られている騎士にツッコミを入れつつ、僕は予定通りの魔導具――【誘惑の瞳】を取り出した。
「こちらはとある魔眼を参考に造られたとされる〈
「〈
「えぇ。どうもこの〈
もちろん、これを作ったのは僕なわけで、当然ながら自壊するように作ってあるし、時間制限もかけてあるのだから、それは当然だったりする。悪用を防止する為というのもあるけれど、この魔導具はただ質問に答えるだけじゃなく、その気になればどんな命令でも実行してしまう可能性もあるのだ。
とは言え、だ。
「そ、そんなものはいらん! 〈
まぁ、そうなるだろうとは思っていたんだよね。
濡れ衣を被せたい騎士としては、そんな代物で無実が証明されてしまっては堪ったものではないだろうし、使わざるを得ない状況を生み出す必要があるというのが最大のネックだったりするのだ。
「おや、こんな便利なモノなのに、ですか? それはおかしな話ですねぇ。拷問にかけるとは言っても、その労力を考えればこれがあればすぐに済むというのに?」
「そ、そういう訳ではない。だが、人の精神に異常をきたすというのなら、それは【闇魔法】の類ではないか!」
「あはは、王国法で禁止されているのは『【闇魔法】による尋問』ですよね? 〈
最初からそれぐらいは考えていたのだから、その手の言い訳は通用しない。
さらに畳み掛けるように続けた。
「なんなら、あなたに使ってみましょうか? その効力の程を知るには良い機会かもしれませんし」
「や、やめろっ! そんなものを使われては敵わん!」
「あはは、そう怖がる事もないですよ。おかしな質問はするつもりもありません。ただ「犯人にアーティファクトを使って事件の真相が暴くのは困りますか?」と訊くだけです。もちろん、そんな事はないと答えるのは当然だと思いますけど」
「き、貴様、まさか……ッ!」
「――何を騒いでいる、ザームエル」
僕らと騎士との攻防から、僕の後方――つまりは階段側からかけられた声。僕らが振り返ると、そこには筋骨逞しい、いかにも武人といった姿をした男性が立っていた。
「ふ、副団長……」
副団長と呼ばれた男は、加藤くんを見るなり何かを確信したように瞑目している。やはり彼こそ、加藤くんが接触したコンラート・フォン・グレルマン。この王国騎士団の副団長である男性のようだ。
この国の貴族の中立派でありながら、品行方正な武人。エルナさんからの事前情報で彼への接触を果たしたのは僕らな訳で、彼は僕らの目的を理解した上で協力した側の人間だ。
僕らが搬入時刻に従ってやって来たのだから、様子を見にきたといったところだろうか。
「何を騒いでいたのだ」
「はっ。この者達が、違法な道具を使って尋問を提案してきたので……」
「いえいえ、騎士様。【闇魔法】の行使は違法かもしれませんが、〈
「〈
コンラートさんの問いに、先程と同じように【誘惑の瞳】について説明すると、コンラートさんは特に迷う様子も見せず、淡々と「そうか」と納得してみせた。
「ならば、使えば良かろう」
「そ、それはなりません!」
「何故だ? ザームエル、お前が捕まえてきたこの少年は、王都の器物損壊罪の容疑者なのであろう? ならば、自白させるのは急務のはず。何故お前はそれができるというのに首を横に振るのだ?」
僕らが言ったところで、騎士に口答えするなと激昂して煙に巻く事はできただろうけれど、相手が副団長ともなればそれは難しい。
答えに窮するザームエルという騎士から視線を外し、コンラートさんは代表して喋っている僕に目を向けた。
「それを使って後遺症が出るなどのおかしな点はないのだな?」
「えぇ、もちろん。後遺症が出てしまうような代物を商品に据え置くなど、商売人としては失格かと」
「良かろう。ならば、重罪人でテストしてみるとしよう。その結果如何によって、王都内の器物破損事件の容疑者であるそちらの少年にも使用してみる事にしよう」
聞けば、どうやらこの牢内にはパウロくん以外にも重罪人の人殺し犯がいるのだとか。そう言われて案内されたのは、パウロくんが入れられている牢とはちょうど向かい側にある牢であった。
「ヤツの名はイーヴォ。とある罪を犯して捕まった男だ」
「とある罪、ですか?」
「その詳細を聞き出すのもそちらの役目だ。イーヴォ、もしも貴様が黙秘を貫けるようなら、貴様の刑に情状酌量の余地を考えてやろう」
「……へ、へへっ。今の言葉、嘘はねぇんですかい?」
「あぁ、もちろんだ」
考える、とは言ったけれども、与えるなんて一言も言っていない辺り、言葉遊びみたいなものだけれど、当のイーヴォという男はそれに気付いてはいないらしかった。
どうもこちらは現行犯逮捕であったため、もはや隠し通せるはずもなく、僕らはその魔導具を使って被害者の女性と犯行時間、それに場所などを聞き出すようにと命じられた。
牢屋の隅にいるコンラートさんとザームエルさんを他所に、僕は魔導具を手に凶悪犯に近寄り、魔導具を向けた。さながら大きな目玉のような造りをしている魔導具に魔力を流し込み、起動させる。
発動し、うまくかかった証拠とでも言うような、彼の目に浮かぶ幾何模様。それは僕がこの魔導具を悪用させないために、使われた人間が誰にでも一見して判るように仕掛けた細工でもある。
「さて、イーヴォ。騎士に捕まり、牢に入った理由を答えろ」
「……女を、殺した。偶然騎士に捕まったから、ここにいる」
「その女の特徴は?」
「栗色の髪の長い女だ。エルマの店で働いてる女」
どこか夢現な、けれどはっきりとした口調で全てに答えてみせる犯人――イーヴォの態度に、コンラートさんは驚愕を、ザームエルさんは顔を真っ青にしてその光景を眺めていた。
「何故殺した?」
「……フラれた。愛想良くしてきやがったクセに、それは商売だとか言って、俺を笑いやがった。でも、殺す気はなかった」
「殺す気はなかった、ね。でも要するに勘違いだったってわけだね。それで、どうやって、いつ殺した?」
「夜、仕事帰りを待ち伏せたんだ。もう一度告白しようとして。だけど、あいつは俺に二度と店にも、自分の前にも顔を出すなって言いやがった。だから、だからつい許せなくなって、カッとなって持ってた短剣で殺した」
この世界だと、護身用の武器を持っているのも珍しくはない。だから、このイーヴォも持っていて、つい頭に血が上って殺してしまった、といったところなんだろう。
やがて効果が切れて、イーヴォの目は正気に戻り――徐々に目を見開いた。
「い、今のは……」
「言うつもりはなかったかもしれないけれど、これには抗えなかったみたいだね」
「そ、んな……」
この魔導具は使用されている間の記憶もしっかり残る。イーヴォも自分が洗いざらいを吐いてしまった事を憶えているせいか、がっくりと項垂れた。
改めて牢の外へと出てみれば、やはりコンラートさんとザームエルさんの反応は極端に分かれていた。改めて言うまでもなく、ザームエルさんはひんやりと寒いぐらいだという地下牢にいながらも、先程から汗が止まらないようであった。
「効果は実証できたと考えていいだろう。ならば、早速あちらの少年に使って――」
「何を勝手な真似をしている」
さぁこれからが本番だ、というところで。
新たな闖入者の声が僕らに向けられたのは、その時であった。
「だ、団長……!」
救いを求めるかのように、縋るようにザームエルが姿を現した男へと駆け寄っていく。
「コンラート、何をしている?」
あと少しというタイミングで姿を見せた、金色の髪を揺らし、整った顔立ちだからこそ余計に冷たさを思わせるような男。その男こそ、王国騎士団団長――ヴェルナー・エルバムであった。
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