4-6 兆候

 王城敷地内に設けられた騎士団塔は、その名の通りに円筒形の塔を思わせる造りをしている。

 外周も大きいけれど、中は結構複雑な造りをしているらしくて、道に迷いかねないとは加藤くんの言であった。


「パウロって子が取調べを受けてるのは地下っぽいんだけどさ、地下に行く道はしっかりと確認取れなくてね。さすがに見張りなんかもいるだろうから、今朝ここに忍び込んだ時は副団長のコンラートさんを目標にしてたし」

「むぅ。忍び込むとか、本当なら私の役」

「いやいや、何も隠密行動した訳じゃないから。見知った業者の顔して通り抜けたら、案外気付かれなかったんだよ」


 ここ最近、なんだかキャラ作りに迷走し続けていると思われていた加藤くんだったけれど、どうにもスキルを使いこなそうと色々と試していたらしい。

 それが実ってか、今はちょっと鼻高々といった感じだ。


 でも加藤くん、ちょっと空気読んだ方がいい。

 その細野さんの顔は、案外本気でイラッとしてる顔だよ。


「それにしても、なんで「よろず屋」って名前なんだ?」

「実在する商会の名前を使った方が信憑性が高いだろうと思ってね。ちなみに、この商会長の名義はシュットさん」

「へ? そうなのか?」

「ですが、お兄様は商売はからっきしです。一応お兄様の名義にはなっていますが、ユウ様の魔導具を販売する内に必要になるかと思って立ち上げていたまま、使う機会がなかった名前です」


 魔導具を作り始めた頃は、まさか結界だとかっていう大それたものを作るつもりがあった訳じゃなかったからね。戦う力がないからなんとか戦う方法を考えて、けれどステータス的にも正面から戦うのは難しい。だから結界とか、嫌がらせに走る事にした訳だけども。


 魔狼ファムを捕らえた際に僕が参加したのは、商業ギルド主催のコンテストだ。あれに合格した以上、僕は今、商業ギルドにも所属している形となっている。そのため、今後を考えて販売ルートを確保しようと考えるだけ考えていたんだけれど、僕がラティクスに行っている間にエルナさんがシュットさんの名義で商会を立ち上げてくれたらしかった。


 僕がそれを知ったのも王都に来る寸前の話だったんだけどね。


 そんな他愛のない話をしながら進んでいる内に、騎士団塔の前へと着いた。

 門番という訳でもないだろうけれど、何やら入り口で壁に背を預けて立っていた男が僕らを見つけて近づいてきた。


「なんだ、搬入か?」

「いやぁ、栄えある王国騎士団に納品させていただく事になりまして。これで我が商会にも箔がつくってもんですよ」

「フン、所詮平民がやっている商会なぞ、箔が付いたところですぐに剥がれ落ちるというものであろう」

「いやはや、仰る通りで。せめて剥がれ落ちるまでに本物になりたいところですなぁ」


 いかにも特権階級にいるような物言いに、相手をしていた加藤くんはともかく、細野さんとエルナさんから殺気が漏れ出てきている気がしてならないんだけども。色々な意味でおかしな事を言うのはやめてほしい。


「それで、何を持って来た?」

「まぁ有り体に言えば拷問器具なんですよ。いえね、どうやら色々と囚人を吐かせるのに必要だって言うじゃあないですか。それならって事で、ちょいと訳アリな商品を取り寄せまして」


 きっと加藤くんは、さっきの僕の真似をしたつもりだったんだろうけれど、ちょっとばかり相手が悪かった。


「ほう? なら見せてみろ」

「へ……?」


 ああして人を見下して優越感に浸るようなタイプを相手に、そういう嗜虐心を擽るような玩具の存在を下手に教えてしまうと、こうして興味を持たれてしまうのだ。そうなれば、さっきの門番のように追い払うような態度を取ってくれるはずがない。

 加藤くんが困ったのは当然で、ここでこの包みを外して中身を見られてしまう訳にはいかないのだ。僕らがここに載せているのは、何せただのカモフラージュ用に用意した、突貫工事で作った、僕らが想像した簡単な拷問器具もどきしか載っていないのだから。


 ここで興味を失われてしまっては、搬入を取り消される可能性もある。

 さて、どうしたものか――と思考を巡らせつつ僕が荷台を降りている内に男の人は布を取り払った。


「……なんだ、これは」

「あぁ、使い方が分からないんですかね? こいつはですね――」


 どうにかこの場で興味を持ってもらえないかと考えながら説明している内に、なんだか男の人の顔色が悪くなってきた。


 ちなみに彼に今説明している拷問器具は、誰でも一度は耳にした事があるであろう三角木馬と呼ばれる類のアレである。廃材を切って無理矢理作っただけなので、馬らしさはほぼないけれども。


 こんなものにそこまでの価値を見出されるとは――

 

「……なんて拷問道具だ……。こいつを考えたヤツは狂っているのか……?」


 ――……思わなかったよ。


 口に手を当てながら、何やら深刻な面持ちで男の人が呟くものだから、僕らは――うんうんと頷いてみせるエルナさんを除いて――一斉に噴き出しそうになりつつもぐっと堪えた。


 実を言うと、この手の拷問器具というものはこちらの世界にはほぼ存在していないらしい。というのも、そもそも拷問は棒で殴ったりとかそういうものを指しているばかりで、それらしい特殊な道具というものはエルナさんも聞いた事がなかったらしい。

 実際、これを赤崎くん達と作った時、エルナさんには悍ましい何かを見るような目で見られたのは記憶に新しい。


「――という訳でして、足に重りを括り付けて自重と重りで……」

「わ、分かった、もういい。とりあえず案内してやるからついて来いっ」


 先程までの見下すような目よりも冷たさを割増した視線を浴びながら、僕らは騎士団塔内部へと足を踏み入れる事になった。

 エルナさんの、「ほら、だからその器具はおかしいって言ったじゃないですか」的な視線が突き刺さってくる気がするし、リティさんは拷問器具の使い道を想像したのか顔を真っ赤にしているし、何やら酷くおかしな集団になっていると思うけれど、特にそれを見咎められる事はないみたいだった。


 騎士団塔内に入ってすぐの場所は、槍などが立てかけてある広い部屋だった。早速、荷車から三角木馬を赤崎くんと加藤くんが下ろし、僕らも小さな道具類を手に取り、さも本物の業者のフリをしておく。

 なんだか三角木馬を持っている赤崎くんと加藤くんを、何人か残っていた騎士の人達が怪訝な目つきで見ているけれど、よくよく見てみれば誰もの視線は三角木馬のみに絞られているらしい。


 ……なんていうか大人気だね、アレ。


「地下に搬入するんだが、そこには今も囚人がいる。本来ならこっちが運ぶところなんだが……」


 そう言いながらちらりと三角木馬を見やる、案内の人。

 なんとなく内股になっているように見えるけど気のせいだろうか。


「そうですか? それはありがたいですね」


 機を見計らったかのように、赤崎くんが三角木馬を手放し――ゴンッ、と尋常ではない音が響き渡った。

 あの三角木馬、正式名称で言うなら三角馬なのだ。木の皮を張って木馬っぽくしているけれど、重量で言えば数百キロ程度はある。それをたった二人で運べる赤崎くんと加藤くんは、もう僕には同じ人間として見れない。


「いやぁ、怪力系のスキル持ちがいてくれるので運べるには運べるんですがね、かなり重いんですよ。騎士様なら一人でも大丈夫かもしれませんけどね」


 にっこりとそう告げたら、「何言ってやがるんだ、コイツ」って顔で見られた。

 まぁ、騎士の人達も、まさかあんなに重いとは思っていなかったのだろう。何やら顔を引き攣らせて、重さと用途という二つの意味で引いているのが目に見えている。


「しかし、本当にいいんですか? 僕らは一応、設置まで親切丁寧な商売を心掛けているんで、なんならウチの従業員でやりますが?」

「そ、そうか。それなら少し待っていてくれ。下に通達してくるのでな」


 さっきまでの高圧的な態度は何処へやら、なんだか親切さを発揮してくれた騎士さんが、そのまま部屋の隅にあった扉を潜っていく。


 へぇ、あんなところに、ね。

 階段発見――と、ニタリと笑みを浮かべた僕らは顔を見合わせて頷いた。


 しかしまぁ、騎士団は貴族派――選民思想の塊だと言っていたけれど、どうやら市井の平民だからってエルナさんや細野さん、リティさんに声をかけてきたりはしないらしい。

 もっとも、エルナさんからはその話は聞いていた。

 曰く、「平民と寝たら品位が下がる」とさえ思っているそうだ。おかげで面倒な事態には陥らずには済みそうだけれども、やっぱり視線は口程に物語っている。


 半ば針の筵とでも言うような気分を味わいつつ待っていると、暫くして案内をしてくれている騎士が戻ってきた。


「よし、入れ」


 短くそれだけを告げた騎士が扉を開けて待ってくれているので、僕らも拷問器具として用意していた品物を持ったまま階段を降りていく。


 なかなか深い場所まで掘り進められたようで、階段は螺旋状にかなり続いていた。途中途中で薄暗く感じられる程に照明用の魔導具が結構な間隔を空けて埋め込まれているせいだろう。


 そうしてしばらく地下へと降りて――思わず僕らは一様に顔を顰めた。


 えた独特の臭いとでも言うべきか。

 血が流れたり、或いは死者を放置して異臭が篭もってしまっているような、独特な鉄錆にも似た臭いが充満している。


 これだけで、一体ここで何が起こっているのかを想像するのは容易い。

 ろくでもない拷問じみた真似をしているのだろうと思うと、なんだろう。


 ――――こんな場所、どうにかしてしまいたくなる。


 そう思った、その瞬間だった。

 なんだか身体がどくんと脈打ち、一瞬視界が真っ赤に染まるような奇妙な感覚を覚えて、僕は自分の頭を押さえながら足を止めた。


 最後尾を歩いていたからか、みんなはあまり気が付いていなかったようだけれど、顔をあげるとエルナさんが目を大きく見開いてこちらを見ていて、僕と目が合うと慌てて近寄ってきた。


「ユウ様、今のは……?」

「あ、あぁ、うん。ちょっと立ちくらみ」

「立ちくらみ……? いえ、そうではなく、今のは……」

「――おい、どうした? 早く来い」

「すみませんね。エルナさん、行こう」


 何かを言い募ろうとしているエルナさんの言葉を遮るように騎士の人が声をかけてきて、変に怪しまれる訳にもいかず、とりあえず僕らは前の人に追いつくよう、小走りに先頭へと近づいていく。


「設置場所はこの扉の奥だ。牢屋が幾つもあるから、その一角に置いてもらう」

「牢屋、ですか」

「貴様らもぶち込まれたくなかったら、おかしな真似をしないことだな」


 重厚な鉄製の扉を前に、騎士の人が鍵を取り出して解錠する。

 扉が開いた一瞬、やはりこの奥から漏れ出てきていたのであろう饐えた臭いは一際強くなり、さすがに僕らもそれに耐えられずに鼻を押さえた。


「ここだ」


 長方形の長い通路と、左右の鉄格子が僕らの視界に映った。

 確か安倍くんと小林くんが地下牢にぶち込まれたという話は聞いているけれど、あれは王城の地下であって、こことは違ったはずだ。一応、勇者として召喚されたという事もあって、ここみたいに、さも死が蔓延しているような場所ではなかったはずだ。


 きっとこんな所に長い間入れられていたとしたら、気が狂いかねない。

 陽の光もなく、ただただ薄暗いこの場所は、ただの容疑者止まりの人間を入れておくような場所とは到底思えなかった。


 僕は心のどこかでこのファルム王国は綺麗な、それこそ善なる国と思い込んでいたのかもしれない。

 召喚された際に見た、朗らかさというべきか、柔らかな視線。ジーク侯爵さんやアメリア陛下の好感が持てる態度。エルナさんという、侯爵家に連なる存在でありながらも献身的に僕らを支えてくれる人。

 そのどれもばかりが僕らの目には見えていて、こういった部分がしっかりと見えていなかったのだろう。


 当然、知識としては知っているし、なんとなく理解はできる。

 人権が確立していないとでも言うべきか、現代日本の物差しで見れば、こちらの世界は法律といったものは国によって大きく異なるだろうし、そもそも犯罪者――今回の場合は容疑者だけど――にまで人権なんてものを認めるような、そこまでの法整備はされていないのかもしれない、という事ぐらい。


 けれど、結局は知識。知識は知識であって、実感ではない。

 そんなものを知っているからって、目の当たりにした今になって、ようやく実感が伴ってくるというのだから、平和ボケもいいところなのだろう。




 ――あぁ、こんなもの、消えてしまえばいいのに。




《――喰われるわよ》


 突如として脳裏に響いた、アビスノーツの声。

 何に、と心の中で呟いた僕の声が届いているかのように、彼女は続けた。


《神の因子を持ち、私と繋がっているお前は。特にこのような場所なら尚更にね》

「な、にを……?」

《私のようになりたくなければ、せいぜい心は凪いでおく事だ》


 それは嘲りや愉快さなどなく、ただただ親切に忠告でもしてくれるような調子で告げられた言葉だった。


《お前は『』になっている。その意味をよくよく考えることだ》


 ――『神の卵』?


《そう、上級神候補とはそういう存在だ。『神の卵』として生を全うし、やがて神となる。生涯の間に抱いた感情、憎悪、あるいは名声、栄誉によってどの神になるかが決まるのだ》


 上級神見習い、という職業がステータスに表記されている事には気付いていた。けれど、まさか『神の卵』なんて、そんな存在だと言う事は僕も一切聞いた事はなかった。


《ここは怨嗟と憎悪、悲嘆と悔恨ばかりが溢れている。そのような負の感情は正の感情よりも強く、激しい。それに囚われれば、いずれ――私のようになる》


 ――……キミは、元は人間、なの?


《……話し過ぎたな。私は寝る》


 ふっとアビスノーツの気配が消えて、同時に僕の心をざわめかせていた苛立ちにも似た焦燥感が消え去った。


 もしかしたら、彼女は僕の心に生まれつつあったそれらの想いみたいなものを持って行ってくれたのではないかと、そんな事を思える程に心が凪いでいくのが自分でも判る。


「――いました、パウロです」


 奥へと進んでいる最中、エルナさんが一つの牢を顎で示して教えてくれた。


 ――酷い。

 碌な食事も与えられていないのか、それとも殴られていて食事を受け付けないのか。いずれにしても、酷く身体が弱っている。


 僕はこれ見よがしに、大きく手を開いた。


「おや? おやおやおや、誰かと思えば孤児院の悪戯坊主じゃないか?」


 僕の声にぴくりと反応して、目を向けてくるパウロくん。

 騎士の人も、他の牢の中の囚人も、その誰もが僕が突然声をあげた事に注目している。


 ――この子、まだ目が死んでない。

 思わず息を呑む程の強い意志の宿った瞳を見て、僕は改めて心に誓う。




 この子は、助けてみせる。



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