4-4 『審判の神』

「久しぶりじゃないか、エルナ」

「お久しぶりです、オフェリア様」


 さすがにドス黒いオーラを子供達の前で出し続けるのは憚られたのか、オフェリアさんはエルナさんのツッコミでようやく落ち着きを取り戻したらしく、僕らは応接室へと改めて案内される形となった。

 改めて挨拶を交わす二人のやり取りになんとなく仕切り直し感を覚えつつ、最初にここにオフェリアさんに声をかけてくれた、十歳ぐらいの少女――ユリアーネちゃんが淹れてくれたお茶を飲みつつ、オフェリアさんを見る。


 確かにそれなりの年齢を重ねているように見えるオフェリアさんだが、顔の皺に比べて若々しい表情であったり、すっきりとした性格もあってか、年齢よりもずっと若い女性に見える。

 加えて、エルナさんの師匠であり、教会の特殊部隊であるという〈アケラの剣〉とやらの元隊長さんだけあってか、一つ一つの所作がどこか軍人めいているというか、独特なキビキビとした空気が感じられる。


 ユリアーネちゃんの退室してもらった後で、オフェリアさんが改めて口を開いた。


「さて、何も旧交を温める為だけに来たって訳じゃないんだろう?」

「お見通し、という訳ですね」

「そりゃ、アタシはアンタの両親程立派じゃあないけど、親みたいなモンだからね。アンタの考えぐらい分かるさ」


 オフェリアさんが浮かべた笑みは、その言葉も相俟ってまるで魔女を思わせるような笑みだった。

 元弟子であり、役割は捨てたとは言え侯爵家の令嬢であるエルナさんが、こうしてやって来た理由。そこから答えを察して、オフェリアさんは理解しているのだろう。


「――結婚の報告、だね?」


 ………………。


「……あの、そんな話をしにきた訳じゃないのですが」

「なんだい、つまらないねぇ」


 堂々と、さも分かっているとでも言いたげだった空気で言ってみせた割に、それが間違っていたと言われても動じないとは……。この人、できる。


「あっはっはっ、冗談に決まってるだろう? おおかた、パウロの事を耳にしたんだろう?」

「まったく、からかうのは相変わらずなのですね」

「若くいるには、多少の茶目っ気ぐらいは残しておくもんさ」


 にこやかに言ってみせる通り、どうやら冗談だったらしい。

 どうにもエルナさんとオフェリアさんの話しぶりから察するに、オフェリアさんはどこか飄々としている人物というか、なんというか――広いのだ。それはもちろん肩幅だとかなんていうくだらないボケなどではなく、どこまでも受け止めてくれそうな、そんな気配が漂っているのである。


 なるほど、確かにこの人は孤児院に相応しい。

 弱々しくもなければ、強さや厳しさで子供達を縛るでもなく、どこまでも受け止めてくれるような、そんな女性に見える。


「アンタの親父さんから聞いているよ。そっちの黒髪の二人は異界の勇者様だね?」

「はい。男性の方がユウ様で、女性の方が私の弟子でもあるサクラです。そしてこちらにいるエルフの少女が、今私の下で修行をしているアルシェリティア――リティです」

「へぇ。エルナが弟子を、ねぇ」

「私など、弟子を取れる程の力量は……」

「いいや、むしろアタシは嬉しいよ。アンタもアンタで、他人を懐に入れられるようになったんだ。恥じる事はない、誇りな」

「……はい」


 エルナさんは、恐らくは他人に一線を引いて接するタイプだったのだろう。

 自らの意思で聖教会へと身を投げ、そうして変わろうとしていた頃を知っているオフェリアさんだからこそ、エルナさんが弟子を取ったという事実にあんなにも嬉しそうに破顔しているのかもしれない。


 そんな風に推測している内に、オフェリアさんが僕の目をまっすぐ見つめた。


「そっちは……おや。どうやら加護をもらっているらしいねぇ」

「判るんですか?」

「そりゃ、アタシは敬虔な聖教会の信徒さ。その清浄な気配は見れば判る。――同時に、厄介なモノも引っ付けているって事も、ね」


 ……厄介なモノ。間違いなく、邪神アビスノーツの気配なのだろう。

 オフェリアさんは先程までの朗らかな空気とは一変、今度は刺すようなピリピリとした空気を僕にぶつけながら、なおもまっすぐ僕を見つめていた。


「それが判るのは聖教会の人だからですか?」

「いいや、違うよ。アタシもアンタと同じ〈加護持ち〉だからさ」

「オフェリアさんも……? でも、僕には同じ〈加護持ち〉かどうかなんて分からないんですけど」

「そりゃあそうさね。アンタが貰った加護はアケラ様ではないだろう?」

「ユウ様、アケラ様は『審判の神』です。ユウ様が貰っている加護は、ルファトス様から〈叡智の加護〉。それに……」

「あぁ、うん。アーシャル様から貰った『精霊神の加護』だね」


 なるほど、〈アケラの剣〉という部隊はつまり、聖教会によって裁きを下す〈審判アケラの剣〉という訳みたいだ。

 なるほどね……って、なんだかオフェリアさんの顔が埴輪よろしく目も口も丸くして、何やら固まっている。


「せ、精霊神様からの、加護……?」

「ん?」

「ユウさんは、上級神様から加護を貰っているのがどれだけ凄い事なのか、よく分かっていませんから……」


 リティさんに「常識なのに」と言わんばかりの反応をされると、なんだか凄く腑に落ちない気分になるのはともかく、どうやら上級神からの加護っていうのはかなりレアというか、珍しいらしい。


 そりゃ、十柱しかいない上級神の一人だ。

 地球で言えば、国家元首とかの方がよっぽど人数が多いのだから確かに珍しい、のかな。実際、実感も何もないという意味ではリティさんが言う通りだったりするのだけれども。


「まいったね……。まさか上級神様が一介の人間に加護を……いや、異界の勇者様って時点で一介のって言い方はちょいと違いそうだねぇ」

「ユウ様は色々と特殊な方なので……」

「好きで特殊になった覚えはないんだけどね。それで、アケラ様の加護なら、加護を貰っているかどうか判るって事ですか?」

「あ、あぁ、そうだよ。エルナと親しいってんなら、アタシが教会の組織にいたって事は知っているんだろう? あそこの隊長になるには、〈審判の加護〉が必要なのさ」

「〈審判の加護〉、ですか?」

「〈審判の加護〉を持つものが指揮を執り、神々の代行者としてに対してのみ動く特殊実働部隊。それが〈アケラの剣〉なのです」


 なるほど。

 聖教会は基本的に政治には介入せず、神に奉仕する者達だ。

 エルナさんの言う内外に問わず、という言葉はつまり、神に仇なす者を外として、私利私欲に溺れてしまう内側の者さえも誅する部隊。それが〈アケラの剣〉のようだ。


「オフェリア様。今回の――パウロに課せられた罪は、審判の対象にはなっていないのですか?」

「生憎、捕らえられて尋問されているだけじゃ審判の対象とはならないんだよ。例えばパウロが殺されようものなら、その時は審判の対象とされるだろうけどね。それに、今回の件は政治的な問題を多分に含んでいるからね。ただでさえ引退した身のアタシが、聖教会の意向も確認せずに出しゃばる訳にはいかないんだ」


 口惜しそうに告げるオフェリアさんの一言に、再び空気は一変して重く苦しいものに変わった。


「それで、パウロの罪は一体なんだってんだい? 器物破損って聞かされただけで、それ以来ちゃんとした説明もされていないんだよ」

「そうなのですか。こちらが得た情報によれば、具体的には落書きと石畳が割られていたりと様々なようです」

「石畳が割られるだって? そんなの、子供に――ましてや孤児院ウチの子にできるわけないじゃないか」

「えぇ、私もそう考えてここへ来たのです。やはり濡れ衣なのでしょうね」

「……やはりってのは、どういう事だい?」


 エルナさんはオフェリアさんに一切隠し立てもせずに説明していく。

 アメリア陛下と敵対していた貴族派の筆頭、エルバム公爵家であるという事。この家が裏で糸を引いている可能性が高い事。そして、僕がこの王都に結界を設置しに来たこのタイミングで起こっている事件によって、万が一結界を設置して失敗した場合の利点。


 一通りの情報を共有した後で、オフェリアさんは瞑目したまま情報を吟味するかのように腕を組み、ソファーの背もたれに身体を預けた。


「……厄介な問題だね。それこそ、パウロが下手に自白を強要されようもんなら、エルバム公爵家の思う壺じゃないか」

「不幸中の幸いは、まだパウロが屈していないという事でしょうか。もっとも、貴族派の騎士団は選民思想が強い者が多いです。強引な手段に出られようものなら、子供には耐え難いものとなりかねません」

「でも、それでも自白しなかったら? 自白したって嘘をつくんじゃ?」

「いいえ、サクラ。取り調べには魔法士が立ち会います。自白をしなければ、証拠がない以上は犯人として仕立て上げられないのです」


 細野さんへの回答を鑑みるに、やっぱり拷問を用いてでも自白を強要して、既成事実を作るつもりなんだろう。そうなってしまえば、きっとパウロという少年が犯人として仕立て上げられてしまう。


「しょうがないね。強引な方法に出るしかないかな」

「何か手立てがあるのですか?」

「手立てって程じゃないけどね。確か、王国法だと【闇魔法】は尋問には使っちゃいけないんだよね?」

「そうですね。そもそも、【闇魔法】でそこまで従順に洗いざらい口にできるような威力の使い手はいませんし、そこまでの術者はいませんが……」


 以前、魔狼ファムを相手にした時にエルナさんが自分にかけた【闇魔法】は、自分を対象に、それも限定的に情報を絞っていたからこそ魔法が適用されたそうだ。実際、限定的に【闇魔法】を駆使して精神操作をするなんてレベルになってくると、使い手自体がほぼいないと考えてもいいぐらいに稀有だそうだ。


「でも、魔導具なら禁止はされてないんじゃない?」

「確かにそうですが、それこそアーティファクト級の品でなければ不可能では……」

「大丈夫。悠の魔導具なら」

「そうですっ! ユウさんなら何かやらかしてくれるはずですっ!」


 細野さんに続いたリティさんの言葉が、なんだか僕を悪の参謀みたいな扱いにしているように聞こえるのは気のせいだろうか。


 以前作った【誘惑の瞳】。ラティクスではオルトネラさんにかけられていた洗脳を解いた魔導具だけれど、これはエキドナの魔眼を参考に作った魔導具であって、はっきり言ってアーティファクトと同等の威力を発揮しかねない代物だ。

 エキドナは僕を洗脳して、みんなとの同士討ちを演出しようとしていた程だ。魔眼が発動した瞬間を見た僕、記憶をそのまま補完するミミル。それに魔導具としての最適解を導き出すウラヌスがいれば、僕には時間さえあれば量産できてしまう。


「ユウ様、まさか王国法に定められていないからと、魔導具で無実を証明する、と?」

「法律に定められていないのなら、僕らを罰する資格はないよね。結果としてエルバム家とは表立って対立する事になるかもしれないけれど、アメリア陛下とジーク侯爵さんに許可を取って、それでも構わないと言ってくれるなら方法としては有りだと思う」


 さすがに貴族派も僕らがしゃしゃり出れば黙ってはいないだろう。かと言って、代わりに誰かにやってもらおうにも、あの魔導具は少しばかり複雑で、ミミルと僕じゃないと発動できない造りになっている。そうなれば、まず間違いなく貴族派は敵に回る。


「でも、孤児院は聖教会の管轄。聖教会を敵に回すまで、する?」

「いいや、孤児院はあくまでも聖教会の管轄かもしれないけれど、国の民でもあるからね。さっきも言った通り、さすがに今回ばかりは聖教会も動けないだろうさ」


 細野さんの考えは確かに僕にもあったけれど、オフェリアさんが言う通り確かに今回は聖教会が動くには難しい理由だ。一応、できたとしても抗議の文を送るぐらいが関の山といったところらしい。


「エルナさんはジーク侯爵さん達に確認を取ってもらえるかな。僕は一度屋敷に帰ってから魔導具の準備をするから」








 ◆ ◆ ◆







 王都の貴族街、王城に程近い位置。

 数代前の国王家から輩出された際には当然ながらに国王派に所属しており、元王家の威容を誇るような巨大な屋敷は「王家に並び立つかのように虚勢を張るつもりなどない」と宣言し、かなり質素に造られたはずであったが、今では当時の本館は別館のような扱いとなり、新たな本館として巨大な屋敷が鎮座していた。


 さながら王家に匹敵するかのように増築を繰り返し、貴族派の象徴として育ちつつある公爵家の屋敷にある執務室。

 そこには、やせ細りながらも鋭くギラギラとした輝きを放つ眼をしている長い白髪を整髪料でオールバックに固めた老人が、眉間に皺を寄せて椅子に腰を下ろしていた。


 そんな彼の耳に、聞き慣れたノックの音が響いた。入室を促せば、一人の初老を迎えた頃であろう執事が中へと入室し、深々と腰を折った。


「旦那様、お呼びでございますか?」

「例の子供はどうなっておる?」

「相変わらず折れないようでございますな」

「……子供にしては、随分と気骨があるようだな」


 当代のエルバム公爵家当主ベルノルト・フォン・エルバムにしては珍しく、件の少年――パウロについて、感心すらさせられる気分であった。

 すでに騎士団員には、三日前の段階で多少手荒な真似はしても構わないと通達させてある。自白さえさせてしまえば、今回の王都内における器物破損の罪は全て被せる事ができるのだ。

 騎士団が用いる拷問は、肉体ではなく精神的なものが多い。眠りかければ水をかけて無理矢理起こし、食事を最低限のみ与える。一見すれば拷問の跡など残らないような仕打ちであり、これが精神をあっという間に削るのだ。


「死なないように、かつ拷問の跡を残さないように仕掛けておりますとは言え、確かに子供にしては随分と強情ですな」

「犬死させるには惜しい人材であるな。やれやれ、最近の貴族子女と言えばすぐに音を上げるというに。孤児院で教育させるように通達してやりたいものだ。――が、こう感心ばかりしていられない状況である事は、分かっているな?」

「弁えております。彼ら、ですな」

「その通りだ」


 言下に告げられたベルノルトの真意――彼らとは即ち、悠ら異界の勇者達を指しているであろう事を汲み取り、執事は頷いた。


 およそ半年程前、聖教会を巻き込んでまで貴族派の追求から逃れてみせた勇者達は、すでに魔王軍の幹部の一人であるエキドナを破り、迷宮都市では魔族の策謀を暴いてみせているのだ。現状、いくら貴族とは言え勇者達を敵に回せば民さえもついて来なくなり、痛い目に遭うのは自分達となってしまう。

 今の状況で勇者が町中の騒動程度にそこまで関心を寄せるとはベルノルトも思ってはいない。何せ事件は、王都内の悪戯行為程度で済むような内容なのだから。


 しかし、このまま手を打たない訳にはいかないと考え、ベルノルトは決断する。


「いざという時の為に、替え玉を用意しておけ」

「……あの少年では事足りないやもしれない、と?」

「あくまでも保険だ。少なくとも、今勇者らを敵に回す訳にはいかん。下手に食い破られるような事態になれば、我らのの方にまで手を伸ばされかねん」


 ベルノルトは何も、パウロを犯人にしてただ犯人を捕まえたという体裁を整えたい訳ではない。犯人を仕立てあげ、ただの悪戯に見せかけているを果たす為に、一度この騒動を下火にしなくてはならないと考えているからこそ、犯人を仕立てあげる事にしたのだ。


 指示を受け、執事が退室した後。

 ベルノルトはゆっくりと椅子から立ち上がると、壁際に置かれた本棚へと歩み寄り、一冊の真っ赤な表紙に包まれた本を愛おしげに指先で撫でると、そのまま拳を強く握り締めた。


の悲願、このようなところで潰える訳にはいかぬ」


 

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