4-2 派閥問題

「調合室と調合関係の一式」

「あ、作業室が欲しいわね。自室だけだと手狭になりそうだし、できればそういう専用の小屋とかあればいいのだけど」

「訓練室とかあればいいんだけどな。まぁ、なけりゃ広い庭とかか」

「大きいお風呂。これだけは日本人として譲れない」

「厨房が広いといいなぁ。お菓子とか作りたいし」


 佐野さんから始まった、与えられる屋敷の要望。

 西川さんと赤崎くんに続き、細野さんと小島さんにまで及ぶ。僕と橘さん、佐々木さんと加藤くんなんかは特に要望を口にする事もなく成り行きを見守る形だ。


 さすがにそこまで都合の良い建物などあるはずもなく、かなり広い屋敷を与えられ、その一角に専用の工房を建てたり、大きなお風呂を増築したりするという方向で話を纏めてもらう形となった。

 ジーク侯爵さんとアメリア陛下は快諾してくれたけれど、その部下であると思しき人は一生懸命にメモを取り、工事の段取りやら何やらを考えてか、頭を抱えたそうにしている。


「朱里も瑞羽も、なんか希望ないの?」

「んー、私は特にないかなぁ。歌の練習とかできるような場所があればいいかなって思うけど、それは別に普通の部屋でもいいしねー。それに、サロンがあるなら十分だし」


 佐野さんの問いかけに、橘さんがあっさりとそう答えた。

 まぁ、橘さんが歌の練習をするっていう意味じゃ、ピアノが置かれた庭に面するようなサロンがあれば事足りるそうだ。


「私も特には必要ないわ。元伯爵家――それも取り潰されるような家なら、ありそうだし」


 ネクロマンシー系のスキルを持つ佐々木さんが欲しがりそうなもの……お墓とか?

 いや、さすがにそういうものは必要ないみたいだし、いくら使役するようになったからって、元々あまりそういった類と懇意にしている訳でもないのだから、いらないらしい。

 何か、とは一体どういう意味で口にしているのか、それを突っ込んで訊こうとする勇者は僕らの中にはいなかった。


「じゃあ悠は? お前も何もないのか?」

「僕も特にないかな。設計自体はウラヌスとミミルがいればできるし、大掛かりな作業をするなら空き部屋を作業場みたいにさせてくれれば事足りるから」

「じゃあ悠も工房だな」

「えぇ、そうね。悠くんの事だから、工房があったらあったで何かと使うだろうし」


 希望なしの僕には工房が半ば強制的に与えられる事になった。何故だろう。


 ともあれ、そこまでの要望を纏めて、まずは広さとしても立地としても決して悪くない位置が、城下町と貴族街のちょうど境界近く。貴族街には入ってこそいるものの、城下町に程近い場所に位置する、旧伯爵家の屋敷だった。

 僕らは貴族街よりも一般人の住まう城下町に用事があるし、でも貴族街ならばならず者が押し入って来る確率は低い。加えて、貴族街はイコールして、王城にどれだけ近いかがステータスになるそうで、まず今後も人気が出そうな場所ではないため、他の貴族達も「あの場所ならば」と許容しやすい場所である、というのも大きな要素だろう。


 貴族街の中では郊外とも言えるような立地であるその場所は、僕らにとってもジーク侯爵さんにとっても悪くなかった。


 そんな訳で、どうにか話は纏まった。

 とりあえず、もう夕刻に差し掛かって外は薄暗くなり始めているという事もあって、屋敷の件は明日、王城からの使いの人と共に数名が代表して見に行くという方向で話を終えて、王城を後にする事にした。


「じゃあ、俺ぁこのまま知り合いんトコに顔出してくるぜ」

「我が家に部屋は用意してありますので、何時でもお戻りください」

「そいつぁありがてぇんだが、どうせ朝まで飲む事になるしよ。俺みてぇなヤツにゃお貴族様の屋敷ってのぁ、どうも肩が凝っちまっていけねぇ。適当な宿見繕って連絡すらぁ」

「そうですか。でしたら、宿代はオルム侯爵家へ。今回は侯爵家としての仕事で来ていただいておりますので、そこはしっかりとお願いします」

「あー……、そうだな。まぁ、そこんとこは世話になるぜ、嬢ちゃん」


 王城の外で魔導車へと乗り込もうとしたところで、アイゼンさんはエルナさんとそんなやり取りをして行ってしまった。


 どうやらアイゼンさんにとって、貴族の屋敷や王城なんてものはまったく異なる世界のように見えるらしく、堅苦しいらしい。まぁ、さっきも置物のように一言も喋っていなかったし、ああいうのはあまり好まないみたいだった。


 エルナさんもあまり押し付けがましくオルム侯爵家へと連れて行こうとはしなかったし、恐らくはアイゼンさんの心情を察して引く事にしたんだろう。


 ともあれ、アイゼンさんと別れて僕らはオルム侯爵家へと運ばれた。






 夕食後、僕らの住まいとして提供されるという屋敷についての話でみんなが盛り上がる中、僕はエルナさんが何やら物憂げな表情を浮かべてぼんやりと外を眺めている姿に気付き、ゆっくりとエルナさんの近くに移動した。


「何か考え事?」

「……ユウ様は、今日の話をどう思われましたか?」


 しばしの逡巡――恐らくは、話すかどうするか迷った、といった所なのだろう。エルナさんは僅かに沈黙を貫こうとして、やはり自分の中で留めきれずに心情を吐露するように、僕にそう訊ねてきた。


「今日の話って?」

「町中の悪戯行為について、です。十歳の子供が犯人だったと言っていたではありませんか」

「あぁ、アレね。多分、犯人に仕立て上げられたってところだろうね」


 あっさりと答えてみせた僕に、エルナさんは僅かに目を瞠ってから、その後で俯いてから「やはり……」と呟いた。


「この王都の石畳は、ストーンゴーレムを構成する石――魔力で強度を増す石を使っているって言ってたからね。どう考えても、十歳の子供にできるような悪戯の範疇じゃ収まるようには思えないかな」

「なら、その事を何故言わなかったのですか?」

「んー。多分、エルナさんが言わなかった理由と一緒だよ」


 ――なら、本当の犯人は誰だというのだ?

 そう訊かれても困るし、騎士団なんて人達に侮辱していると曲解されても、面倒事でしかない気がするから、だ。

 恐らく……いや、まず間違いなく。エルナさんはもちろん、ジーク侯爵さんもアメリア陛下もそれに気が付いていて、そう言われても答えようがないからこそ、半ば黙認する形でこの違和感を呑み込んでいるんだと思う。


「……この国の騎士団は、貴族派の筆頭である公爵家――エルバム家の息がかかっています。エルバム家は元々、先代陛下の後釜を狙ってアメリア現陛下と対立していた立場にありました」

「んー……。それってもしかして、貴族派にとっては今回の――僕の魔導具設置については失敗して欲しかったり?」

「可能性はあります。アメリア陛下が国王戴冠後、初めてとも言える大きな計画です。ここで汚点を残せば、求心力を削ぐという意味ではエルバム家――延いては貴族派にとっての利となりますから」


 僕らというより、王城の宝物庫に侵入しようとして捕まった、安倍くんと小林くんの一件を口実にアメリア陛下を責めた派閥――それが貴族派だった。

 あの時は聖教会を利用してもらって、ジーク侯爵さんがうまく政敵となる貴族派の力を削いだのだろうけれど、だからって全部が全部うまく消し去れた訳じゃなかった。


 今回の魔導具の設置はジーク侯爵さんが言う通り、試金石という役割も担っている。周辺国より先に設置すると優先してもらった以上、完璧な仕事をしなくちゃいけない訳だ。

 そうなると、悪戯騒動自体このまま放置しておくのも厄介な訳で、かと言って首を突っ込んでエルバム公爵家とぶつかり合うのも厄介な騒動になりかねない。


「魔族が本格的に攻めて来ているっていうのに、権力争い、ね」

「呆れるのも無理はありませんね……。ですが、貴族にはそういう存在も珍しくはないのです」

「知識としては分かってたけれど、目の当たりにすると迷惑極まりないって感じもするんだけど」


 肩を竦めながら苦笑を浮かべる僕の態度に、エルナさんも苦い笑みを浮かべ――そして再び表情に影を落とした。


「……捕まっているという十歳の少年、助けられないでしょうか」


 この町の孤児院で働いていたエルナさんにとって、少年が犠牲になるというのは見過ごせる問題じゃないんだろう。かく言う僕も、何もしていない子供が理不尽にも犠牲になると聞かされれば、決していい気分ではないのも事実だ。


「その子が自分の罪を認めてしまえば、もう僕らには手は出せないだろうね」

「では、その子がまだ無実を訴えていれば……?」

「確実に、という訳じゃないけれど、僕らにとっても突破口にはなるかもしれない。その少年が無実を訴えてくれているのなら、それを口実に色々と動いたりもできるから。ただ、間違いなくエルバム公爵家を――この国の貴族派と呼ばれる人達を敵に回す事になるだろうけれど」


 僕らは異世界からの来訪者であって、最悪の場合は貴族を相手にしても聖教会であったり、それぞれ実力もついているから立ち向かう方法を模索する事はいくらでもできる。その気になれば、ラティクスに逃げ込むっていう方法だって取れるのだから。

 けれど、エルナさんは貴族令嬢の役割を捨てたとは言え、オルム侯爵家――つまりは国王派の筆頭にいる人間だ。軽挙妄動は慎むべき立場にあるし、もしも動くとしたら、エルナさんやジーク侯爵さんが全く関与していないところで動く必要がある。


 一応、みんなにも訊いておこうか――と思って、振り返ってみると、いつの間にやらみんなは何やら意思を固めたような目をして、僕らを見ていた。


「話は聞こえてたぜ。やるってんなら俺達も付き合うぞ、悠」

「そうね。十歳の子供が犠牲になるなんてあっちゃいけないと思うもの。私達も賛成よ」


 赤崎くんと佐野さんが、みんなの気持ちを代弁する形で声をかけてきた。


「……まったく、みんな本当にお人好しだね」

「おいおい、悠が言うのかよ、それ」

「言っておくけど、多分私達の中で一番のお人好しは悠くんだと思うわよ」

「ん、悠は間違いなくお人好し。だけど天邪鬼」

「あー、それ分かるかもー」


 呆れる赤崎くんはともかく、西川さんに続いて細野さんと橘さんが付け足した感想はなんだか腑に落ちないものがあるんだけどね。僕程素直な人間を捕まえておいて、まさかの天邪鬼扱いだなんて。


 ……それにしても、本当にみんな、やっぱり『勇者召喚』が似合わないね。

 みんながみんな、たった一人の子供を助けるために貴族を敵に回そうって言うんだから――勇者っていう意味じゃ、お似合い過ぎてさ。


「じゃあ、明日は予定通り、各自自由行動で」

「は? いやいやいや、なんかこう、色々やる事あったりするだろ? ほら、秘密裏に何かを調べてくれ、とか」

「たまには悠くんみたいに、影で密かに動くとかやってみたいんだけど?」

「そう言われても、みんな目立つじゃない」


 僕のあっさりとした指摘に、誰もが「うぐっ」と声を漏らして言葉に詰まった。


「『勇者班』のみんなは顔が割れてるから、どうしても目立つ。西川さんと橘さんは、それぞれの仕事上、貴族にも顔は知られちゃっているし、佐野さんも女性陣のリーダーとして貴族派には顔が知られてると考えるべきだろうしね。顔が知られていないっていう意味だと、僕とリティさんぐらいなものだよ」

「そう言われると言い返せないかなぁ……。うぅっ、せっかく悠くんっぽい、なんか探偵っぽいというか策士っぽい事できると思ったのに……」

「え? いやいやいや。僕別に策士になった覚えなんてないし、そもそも策士っぽい事なんてした覚えないんだけど」


 橘さんに反応してみたら、全員に『は?』とでも言わんばかりに何やら怪訝な目を向けられた。


「お前、魔狼ファムとの対峙の時だって密かに色々やってたじゃん」

「あれは向こうが足元見て仕掛けてきたから、それを手玉に取って色々やっただけじゃない。全てを仕込むような策士っぽさなんてないと思うけど?」

「じゃ、じゃあ、ラティクスでは色々と仕掛けたり……」

「魔族が攻めてくるって予測がついているのに、何もしない方が頭おかしいと思うんだけど。そもそも、僕には戦闘能力なんてないし、ステータスで真正面から戦えないんだから、試行錯誤ぐらいして当然じゃない?」

「ダウト。もし悠に戦闘能力があっても、確実に何か仕掛けたりはする」

「……まぁ、それは否定しないけど。不確定要素と真正面から戦う程、僕はフェアに生きたいタイプでもないし」


 水を向けられたから答えてみたけれど、なんだか答えれば答える程に周りからなんとも言い難い視線を向けられるとは、これいかに。

 

 例えば、軍記物の天才や諸葛亮孔明みたいな人を策士だと言うとして、僕は策士とは程遠い存在だろう。

 そもそも僕から見ればこの世界、均衡する戦力とか、圧倒的戦力差とか以前に、生物としての力量の違いが圧倒的な存在しかいないのだ。罠も仕掛ければ何か奥の手ぐらいは用意しておかないと、命が懸かっている以上は安心なんてできるはずがない。

 僕は石橋を叩いて渡る人間だ。叩きすぎて壊すような真似はしないように心がけているし、いざという時は自分の身一つでどうにかするつもりだってあるけれど、策士みたいな天才とは雲泥の差だろう。


「ま、ともかく。僕が動くにしても何にしても、何も分かってないままじゃやれる事なんてないし、明日は予定通り動くしかないよ。そもそもその子が取り調べを受けているって保証もない以上、何かする前に自供する確率だってあるわけだし」


 僕らが生きていた日本でだって、非合法な取り調べが行われて問題になっているようなニュースすらあったのだ。まして、この世界の――地球で言うところの近世ヨーロッパ辺りを思わせる文化じゃ、容疑者なんて言葉は存在せず、そのまま犯人に仕立てあげる事だって珍しくはないだろう。


「それにしても、その捕まった子の親とかは無実を訴えたりしないもんかね? 普通、自分の息子が捕まってて無実を訴えてるってんなら、なんかやりそうな気がするんだけどよ」

「封建制度の国でそれは難しいんじゃないかしら? ほら、騎士団が捕まえたって言うなら、それに異を唱えたら反逆罪扱いされたり?」

「え、この国もそういう部分ってあったりするのかなぁ?」

「――残念ながら、それもない訳ではない。だが、今回の場合は少々事情が異なっておる」


 赤崎くんから端を発し、佐々木さんと小島さんが答えた言葉。それに返ってきたのは、ちょうど部屋へと入ってきたジーク侯爵さんだった。


「お帰りなさいませ、お父様。――それで、どういう意味なのですか?」

「実は今回捕まった子はパウロという少年でな。その子は――エルナ。お前が一時期世話になっていた孤児院に預けられた少年であったそうだ」

「……ッ、あり得ません! あの御方が面倒を見ている子供ならば、町中でおかしな悪戯をするなど許されるはずがありません!」

「儂もそう思っておる」


 エルナさんにしては珍しく、感情を露わに声を荒らげるような形での反論だった。

 実際のところ、エルナさんの元師匠でもあり、聖教会の特殊部隊と言われている〈アケラの剣〉の元隊長さんとやらが孤児院に勤めているというのなら、確かに子供が抜け出して悪戯なんてしようとしても監視下に置かれていそうな予感しかしない。

 ジーク侯爵さんもあっさりと同意してみせたという事は、やっぱり犯人としては疑わしいというのが本音なんだろう。


「パウロって子が町中の悪戯の犯人となれば、聖教会に対して口撃する糸口にもなり、同時に魔導具設置の弊害も残しておける……?」

「ユーナ殿の言う通りだ。密かにこちらも調べさせたが、確かにパウロという少年は悪戯小僧としては有名な少年だそうでな。だが、町中に――それも他人に迷惑がかかる程の何かを仕出かすような子供ではない、というのが周りの反応であった」

「ある意味、パウロという少年はそういった意味でもだったと言う訳ですか」

「そう考えても良いだろう。まったく、この時期に余計な騒動を引き起こそうなどと言うのだから、頭が痛い」


 佐野さんの推測はジーク侯爵さんの見解とも一致していたようだ。深い溜息と共にジーク侯爵さんが呟いた一言は紛れもない本音だった。


「だったら、エルナさん。僕らは明日、エルナさんがお世話になっていたっていう孤児院に行こうか」

「……そう、ですね。久しぶりに、特におかしな事ではありませんね」


 僕の意図するところを察したのだろう、エルナさんは少しだけ悪い笑みを浮かべて僕の提案を呑んだ。

 お互いにニヤリと口角を上げるような笑い方をしていたせいか、何やらジーク侯爵さんから微笑ましげな視線が向けられたのは、気のせいだろう。

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