4-1 神対応の陛下
オルム侯爵邸に着いた僕らは、そこで長旅の疲れを癒やすかのように湯浴みする事になり、その間に先触れというか、王都フォーニア到着の報告と謁見の手続きをオルム侯爵家の使用人の人に頼んだ。
エルナさん曰く、元々ジーク侯爵さんとの間で連絡のやり取りをしていた事もあって、どうやら今日の予定は空けておいてくれたらしい。
湯浴みして旅の汚れと疲れを洗い流した後で予定通りに魔導車を乗り換えた僕らは、その足でそのまま王城へと向かう事になった。
本来なら正装に着替えたりするべきなのだろうけれど、僕らはみんな西川――西川 楓――さんのスキルによって魔法を付与された服を着ているため、見た目的にも防御能力的にもかなり小奇麗な服装をしている。
加えて、僕らは勇者一行であり、同時に冒険者でもあるという点もあって、きっちりと服装を整える必要はないとの事なので、いつも通りの服装だ。
とは言え、さすがにアイゼンさんは王城に普段着のまま行くような真似などできないらしく、いつもよりはきっちりとした服装である。
リティさんでさえ『カエデブランド』であるため特に気にする必要はないというのに、アイゼンさんだけが違和感に包まれるという不思議な空気が流れたのは言うまでもない。
「お久しぶりです、皆様」
王城で僕らが案内された先にやって来たのは、僕らがこの世界へとやって来たすぐ後に出会った、元王女様――アメリア様だ。
久しぶりに見る姿は、以前よりもよっぽど大人っぽく見えるし、なんとなくだけれど女王としての風格らしいものが増しているようにも見える。
――だって、最初の挨拶で噛んでないしね。
そう思って温かな目を向けていたら、何やらアメリア様が僅かに頬を膨らませるような顔つきで僕を見た。
「……ユウ様。今、噛んでない事に成長を実感したりはしませんでしたか?」
「あはは、しましたね」
「しらばっくれても……――って、あっさり肯定ですかっ!?」
「バレちゃいましたからね」
あっさりと肯定してみせたのが予想外だったのか、先程までの女王様然とした風格は一転、何やら年相応の少女っぽさを感じさせるような反応が返ってきた。
「もうっ。やっぱりジーク卿の言った通りでしたか」
「ユウ殿は冷静沈着な御方ですからな。引っ掛けようとしても難しいと申したではありませんか。――ともあれ、お久しぶりですな、ユウ殿」
「ご無沙汰しております、ジーク侯爵閣下。アメリア陛下も、あれ以来ですね」
「はい。シンジ様がたとは以前のエキドナ討伐の際にお会いしましたが、ユウ様や非戦闘職である皆様とはなかなかお会いできませんでしたね」
そういえば、赤崎――赤崎 真治――くん達はエキドナ討伐の際、僕が意識を取り戻していない間、勇者としてこの王都で大々的に発表されたり表彰されたり、挙句の果てにパレードみたいな事もやったんだっけ。
赤崎くん達『勇者班』のみんなにとって、王都は少し居づらいというか、なかなか気楽に過ごせる場所って訳じゃないらしい。有名人だからね、みんな。
アメリア陛下が一人一人に挨拶を交わしながら、ここにほぼ全員が揃っている経緯なんかについて、佐野さんが久しぶりに説明を請け負っている。まさに〈発言勇者〉である佐野さんによって行われる、一方的な有無を言わさずの説明であった。
「――魔王、ですか……」
「えぇ。魔王は私達は会っていませんが、ラティクスの長であり、ハイエルフのアリージア様も確かにそう聞いたそうです」
「それも、また会おうって悠に言っているそうです。なので、俺達はこうして再び同行するようになった、という訳です」
佐野さんに引き続いて赤崎くんが説明を終えると、さすがにラティクスで僕が魔王アルヴィナとの邂逅を果たしたという点については、アメリア陛下もジーク侯爵さんも言葉を失ってしまったようだ。
「なるほど、状況は分かった。それにしても、さすがは勇者だ、という言葉しか出て来ぬな。戦闘に抜きん出た【
言われてみれば、確かにそうかもしれない。
赤崎くん達はもちろん、調薬技術で錬金薬から調味料まで幅広く手がける、通称『錬金術師』の佐野さん。それに、『カエデブランド』の創設者である西川さん。さらに、今やアルヴァリッドどころか、何故か〈魔族のアイドル〉という称号まで持つ、貴族に多くの顧客を抱えつつある橘さんだ。
「特に、ユウ殿」
「え、僕ですか?」
「うむ。対魔族用の結界を生み出し、さらには〈
「はい。彼がいなければ、我が国は確実に滅び、延いてはこのリジスターク大陸全域にまで被害が及んだかと」
……り、リティさんが、大人な対応をしている……?
いや、うん。一応リティさんは五十歳程な訳だし、それは分かるんだけども、僕の中のポンコツエルフがこんな大人な対応をするなんて、なんだか凄く、不吉の前触れみたいな……。
「……ユウさん、ちょっとはポーカーフェイスするなり、もうちょっと誤魔化すとかしてくれてもいいんじゃないかな……?」
「あはは。気のせいじゃないかな、
「なんか酷い呼ばれ方した気がしますっ!?」
あまり顔に出さないようにって言うから、言葉に出さないようにオブラートに包んで言ってみたんだけれど、どうもリティさん的にはそれも不服だったらしい。
まぁ、リティさんがなんだかんだでエルナさんに鍛えられて、ついでに行儀見習いまでしているというのは聞いているし、たまに愚痴りに来てたから分かってはいたんだけれども、やっぱりリティさんは無防備なポンコツっぷりが味だと思うんだよね。
そんな事を考えながらからかっていたら、話が進まないと判断したのかジーク侯爵さんが咳払いして、本題を切り出してきた。
「ところでユウ殿。対魔族用の結界だが――」
「【
「……えぇっと、サクラ殿?」
「私が命名した。今後はそれが正式名称」
「そ、そうであったのか」
突然会話に参加してきた細野さんが、親指を立ててなんだかドヤ顔してみせている辺り、さすがにジーク侯爵さんとしてもスルーしきれなかったらしい。若干顔を引き攣らせた笑みを浮かべている。
僕もその呼び名で呼ばないと文句を言われるぐらいだからね。もう諦めて受け入れている。
「それで、その【
「急いでいたはずですよね? 何かあったのですか?」
「うむ。実は王都内で最近、公共の場に落書きをされたり、石畳が幾つも割られていたりと、悪戯が増えておるのだ」
エルナさんの問いに返ってきた答えは、そんな内容だった。
曰く、どうやら最近、王都内のあちこちで落書きが見つかったり、王都内のあちこち――それも不規則な場所で、石畳が割られていたりといった悪戯が横行しているらしい。
「犯人は捕まっていないのですか?」
「騎士団からの報告によれば、犯人を捕まえたとの事だ。だが、その犯人はまだ十歳の少年でな」
「十歳の少年、ですか」
「うむ。しかし、騎士団からの報告では犯人を捕まえたとは届いているが、それから五日経った今朝も、また同じような悪戯が報告されておる」
「それって、犯人が別の人だったって事じゃ……」
「騎士団からの報告では、恐らくは模倣犯によるものだろう、との事だ」
そういった悪戯が起こっている今、大規模な魔導具の設置――というより、魔導陣をあちこちに連結させて書くという設置作業は、なかなか難しいだろう。もし悪戯されてそれに気付けなかったら、最悪の場合は結界自体が発動しない可能性もある。
「ともあれ、この一件の片がつくまでは、少し時間を置いて様子を見たい。周辺国に優先してもらうと同時に、今回の結界の設置は今後の試金石ともなり得る。僅かにでも失敗の可能性があるのなら、それを放置して敢行する訳にはいかぬのだ」
「とは言え、周辺国というよりも、リジスターク大陸の北東部――つまり前線地域にも設置する事を考えると、なるべく急がなくてはならないのもまた事実。そう時間をかけてもいられません」
ジーク侯爵さんに続いて、アメリア陛下がそう締め括った。
魔物と魔族の脅威は、確かに大陸北東部に集中している。でも、ラティクスの件もあったのを考えると、果たしてそれだけに集中している訳にもいかない気がする。
世界樹のような〈門〉――世界と世界を繋ぐ場所は、この大陸には他にはない。それはアリージアさんとルウさんを通して確認しているけれど、何か手を打ってくる可能性がないとも言い切れない。
王都の――中心部の警備を強化するという意味では、結界の設置はなるべく早い方がいいのは事実だろう。
「こちらの都合ですまない。王都にいる間は侯爵邸を自由に使ってくれて構わぬのでな」
「ありがとうございます、ジーク侯爵閣下。でもそうなると、少し王都でゆっくりする事になるな」
「そうね。朱里の公演もあるし、悪くないかもしれないわね」
赤崎くんと加藤――加藤 昌平――くんは、またアルヴァリッドの時みたいに露店を巡ったりしようと話し込み、佐野さんと西川さん、佐々木さんと小島さんは買い物でうろうろする予定らしい。アイゼンさんも、どうやら王都の知り合いの所を訪ねるそうだ。
「橘さんは舞台の練習?」
「うんっ、そーだよ! 今回は結構大きめにやるって言われてるし、できるだけ完璧にしたいしね。って言っても、どれだけ練習しても完璧なんてないんだけどさ」
たははと力無く笑う橘さんだけど、橘さんの歌唱力なら完璧を本当に表現してしまいそうな気がする。なにせ、文化侵略さえ成功しつつあるのだし……。
「ジーク卿、そういえばユウ様の報酬の件ですが……」
「ん? 僕の報酬ですか?」
魔導具設置の報酬にしては気が早い話だ、と思う僕とは異なり、ジーク侯爵さんはアメリア陛下の言葉に何かを思い出したかのように手を叩いた。
「おぉ、そうであった。結界の設置の件とは別に、エキドナ討伐の件で報酬の希望を聞かせてもらおうと思っておったのだ」
「いえ、あれは赤崎くん達――『勇者班』の功績なので、僕は――」
「いいや、アレは悠の功績だぜ。俺達も報酬は断ったしな、悠が実質自分で戦って倒したんだからよ」
「そう。私達、あの時力になれなかった。だから、報酬を受け取るのは断った」
赤崎くんに続いて細野さんがそう告げると、他の『勇者班』のメンバー全員がこちらを見て頷いていた。
「それは違うよ。みんなが助けに来てくれなかったら。それに、『制作班』のみんなが治療してくれていなかったら、僕はきっと死んでしまっていたと思う。だから、あの戦いは誰がどうのとかじゃなくて、みんなのおかげで勝った戦いだったよ」
「いやいやいや、一番の功労者はどう考えてもお前だろ」
「それは結果論だよ。第一、僕だけで報酬を受け取るなんてあり得ない」
「拙者達は悠殿が受け取るべきだと考えているでござるよ」
「昌平くん、その喋り方やめて。エセ感が酷くてちょっとイラッとする」
「っ!?」
なんだか良い話にでもなりそうな雰囲気だったけれど、西川さんが加藤くんの喋り方を一刀両断して空気が持っていかれた気がする。
「ふむ。ならばユウ殿、王都に居を構えぬか?」
「王都に?」
「うむ。貴殿らの件で、幾つかの貴族が潰れたのは憶えておるかの?」
それはもちろん憶えている。
僕らと共に召喚された、安倍――安倍 泰示――くんと、小林――小林 暁人――くんの二人が、何を勘違いしたのか王城の宝物庫に入ろうとして捕まったせいで、他の貴族から僕らを口撃の的にされ、聖教会を煽ってぶつけさせた件で、ここぞとばかりにジーク侯爵さんがアメリア陛下の敵対勢力である貴族派の貴族を潰した、という話だった。
「あの一件で取り潰しになった貴族家が幾つかあっての。取り壊さずにそのまま残っている物件があるのだ。特に自殺や殺人などという忌まわしい過去がない場合、屋敷はそのまま明け渡される事が多いのだが、そこを全員で住めるように使ってはどうかね?」
「そうは言っても、僕は今後もあちこちの国に結界を設置しに行くんですが」
「それは分かっておる。が、帰る家というものがあっても良かろう? もしどこかに居を構える事になったとしても、王都にいる間に自由に使える家があるというのも悪くはないと思うが」
確かにそれも悪くないかもしれない。でも正直なところ、今のところあまり魅力を感じないのも事実なんだよね。
まぁ確かに、ジーク侯爵さんの家にいつまでも厄介になるっていうのも悪いとは思うけれど、じゃあ家が欲しいのかって言われるとあまりそうは思えない。
「うーん……」
「お父様、一つ提案があるのですが」
「どうしたのだ?」
「屋敷だけでは報酬としてはあまり乗り気ではない様子ですし、この城の地下にある禁書が置かれた書架への立ち入り許可というのはいかがでしょう?」
「禁書?」
何やら物騒な響きを感じた僕の問いに、エルナさんは頷いて答えた。
「かつて魔族が用いたとされる魔法陣や、アーティファクト類に使われていた魔法陣が保管されている書架があるのです。ただ、一般人が見ても意味が把握できない内容ばかりで、死蔵しているというのが実情だとか」
「そんなのあるんだ?」
「はい。ですが、ユウ様が持つ【魔導の叡智】があれば、その意味も分かるかもしれません。何より、今後魔族とぶつかり合う時、ユウ様なら魔法陣からその意味を理解し、利用さえできるかもしれない、と考えたのですが」
確かに僕としてもそれは嬉しいかもしれない。
魔族側が使う魔法陣の意味が分かれば、今後先手を打たれる前に何かができるかもしれないし、何より僕の選択肢が増える可能性もある。
「禁書が置かれた書架、か。書庫の最奥部、王家の鍵がなければ開かない書架があったな。ふむ、確かに褒美としても、今後の事も考えれば悪くはない。アメリア陛下、よろしいですかな?」
「はい、もちろんです。それと、他の皆様にも魔族討伐の報酬として、宝物庫にあるアーティファクトを含む武具を選んでいただければ、釣り合いは取れるかと」
「ふむ、ではそう致しましょう」
「おぉっ、宝物庫!」
「あの二人が入ろうとして捕まった、あの場所ね」
喜ぶべきところなんだろうけれども、あの二人が捕まったっていう佐野さんの言葉に僕ら全員の顔に苦笑が浮かぶ。思い出の場所としてはマイナス要素がなかなか強いからね……。
「褒美二つになっちゃいますけど、いいんですか?」
「元々、この王都に召喚した際にも屋敷や居住地を用意するというのは予定に組み込まれておったのだ。その予定が狂って追い出すような形になってしまったのは遺憾ではあったが、そう考えれば褒美と呼べる褒美は宝物庫の方になる、と処理すれば良い」
「魔族エキドナの討伐報酬としてもそうですが、現在ユウ様が置かれている状況を鑑みれば、アーティファクトや武具に関しては、宝物庫で眠らせておくよりも実戦で役立てて貰うべきでしゅから」
………………。
「……か、噛んでませんよ?」
「さすがアメリア陛下。クラスチェンジしても
「ぶふっ! ちょっ、咲良っちゃん……!」
細野さんの一言によって数名が撃沈し、アメリア女王陛下は耳まで真っ赤になって俯いてしまうのであった。
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