4-0 Prologue Ⅱ
季節は冬を迎えて、王都に向けて走る魔導車の中。
魔導車はさすがはファルム王国侯爵家御用達とでも言うべきか、バス程の大きさで重厚感があり、座席は「コ」の字状に置かれていて、中央には固定されたテーブルまで用意されているような代物だ。
二階建のこの魔導車は、二階が寝室になっていて夜間は結界を作動させるという、まさに夢のような造りをしていたりもする。
その一台、僕――高槻 悠――が乗る魔導車には、『勇者班』からは細野――細野 咲良――さんがこちらにいる。その他にも、王都でライブ活動……もとい、舞台公演が決まっている橘――橘 朱里――さん。
それに、オルム侯爵家令嬢でありながら、暗殺術に長けたパーフェクトメイドことエルナ・オルムさんと、エルフの国であるラティクスから、僕らと同行するようになった、アルシェリティア――リティさん。
そして――予想外の人物。
「おめぇさんの魔導具は、だいぶ常識ってモンが欠如してきちまったな、おい」
「あはは、アイゼンさんの髭程じゃないですよ」
「俺の髭は常識の範囲だぞ!?」
そう、迷宮都市アルヴァリッドにある、一流魔導具工房〈アゼスの工房〉から、〈
――――事の発端は、今回の目的――つまりは僕の結界作りに関係している。僕がつける対魔族用結界――【
この結界を設置するには、専門的な魔導具関係の知識を持った人に限る、人手が必要だ。
かと言って、さすがに僕だけでは指示をしても聞いてくれる人も少なければ、人脈もない。
一応今回、今後の僕の手伝いができそうな人がファルム王国から派遣されるのだけれど、その人も初めての作業じゃ僕の手伝いは厳しいだろう、というのが実情でもあった。
そこで、アイゼンさんに相談してみたら、「ちょうど王都に用事がある。しょうがねぇから手伝ってやらぁ」と返事を貰ったのだ。
アイゼンさんの名はファルム王国内でも知られている程に有名な魔導具製作者――魔導技師の第一人者だそうで、王都でも顔が利く。
アイゼンさんに現場監督をしてもらいつつ、派遣される人に僕の魔導具について教えていく予定だ。
ちなみに、今回の工事の資材は、あのロークスさんが所属しているザーレ商会が責任を持って用意してくれる。
そう考えてみると、僕の人脈は意外と大御所というか、かなり強い所と繋がっているらしい。
「こりゃあ、おめぇさんに慣れてねぇ連中が見たら、確かにすぐに納得して動けるような代物じゃあねぇな」
魔導車の中で王都の簡単な地図を用意してもらい、そこにエルナさんに手伝ってもらって描いた、魔導陣の設置箇所と必要な数。それらの打ち合わせをしている最中、エルナさんに淹れてもらった紅茶を飲みながら、僕とアイゼンさんは額を突き合わせていた。
「そんなに普通じゃないですかね?」
「ったりめぇだ。町全体を一つの魔法陣として起動するなんざ、普通の考えじゃねぇよ。それに、だ……」
アイゼンさんが僕の浮かび上げていたウィンドウを見て眉間に皺を寄せた。
「こいつぁ、王都の人間の魔力そのものを動力にするつもりか?」
「微量な、それこそ気付かない程度になるでしょうけどね。でも、塵も積もれば山となるというヤツです。魔石は無限じゃありませんし、こういう仕掛けがあってもいいと思いますけど」
「……おめぇさんの言い分は分かる。分かるが、こいつぁ貴族連中が黙って受け入れてくれるような代物じゃあねぇな」
真顔で危惧を口にするアイゼンさんの態度に、僕も思わず苦笑を浮かべた。
アイゼンさんが何故そう言っているのかは、僕としても分かっているつもりだ。これはつまり、僕が――いや、僕だけじゃなくても、魔法陣に手を加えるだけの知識と実力があれば、一歩間違えれば王都そのものを掌握できてしまうような代物になりかねない。
以前ラティクスで僕が〈エスティオの結界〉を改造したように、これもまた改造さえできれば王都中の全員の魔力が枯渇する程に魔力を吸い取るような、そんな危険性を孕んでいるのだ。
「おめぇらは知らねぇかもしれねぇが、いくらこの国の国王派は穏健派だと言えたとしても、貴族派連中はそういう人間ばっかりじゃねぇ。悪ぃこたぁ言わねぇ。この仕掛けは王都じゃやるな」
「もしやったら、どうなりますかね?」
「国の中枢を乗っ取ろうとしているってイチャモンつけられて、最悪おめぇさんは魔王の手先扱いされるだろうよ」
アイゼンさんの言葉に、魔導車の中には痛い程の沈黙が下りた。
「悠くん、危ないならやっちゃダメだよぉ……」
「ん、しっかり釘を刺しておかないと、悠なら事後報告でその機能をちゃっかりつけそうな気がする」
「ユウ様ですしね」
「ユウさんだもんねー」
橘さんから細野さん、続いてエルナさんとリティさんのこの言い草である。
「みんな酷いよね。まったく、ちょっといじればその機能を作動できるようにしておいて、黙って後でちゃっかり試験しておこうなんて考えている訳がないじゃないか」
「では、素直に諦めるつもりなのですか?」
「堂々と許可を取って、有用性を訴えてからやるに決まってるじゃない!」
「やるなっつってんだろうがっ!」
アイゼンさんの鋭いツッコミが冴え渡った。
「実際、許可が貰えなければ後から手を加えるのは難しいと思いますよ?」
「ん? どうして?」
「ユウ様の今回の魔法陣は、石畳の裏も使う予定だと仰っていましたよね?」
確かにエルナさんが言う通り、今回、僕は魔法陣同士を繋ぐために、建物や外壁ではなく石畳の下にもそれぞれ魔力を経由するポイントを作るという設計をしている。
エルナさんの確認するような問いかけに肯定を示すべく頷くと、「だからこそ、です」と続けた。
「王都の石畳は、ストーンゴーレムを構成している石――つまりは、魔力によって一般的な石よりも強固に固まる性質を持っている石で固められています。なので、作業時は必要箇所を強引に剥がし、専門の職人によって修復もできるでしょうが、後から手を加えるとなるとかなり大掛かりな作業になります」
「じゃあ、そう簡単には手を加えられないってことかな?」
「そうなります。まして、今回を機に、大掛かりな道路の改修作業も並行して行うとお父様から聞いていますし、尚更後から手を加えたり、簡単には手を加えられないように作る事になるでしょうし」
どうやら、後からこそっと実験するという方向性は完全に諦めるしかなさそうだった。
そうなると、やっぱり素直に説得してみて、それでも無理そうだったら諦めた方がいいのかな。とりあえず、王都に着いたらジーク侯爵さん――エルナさんのお父さんで、このファルム王国の宰相さん――に訊ねてみる事にしよう。
「うぅ……、気持ち悪い……」
「リティちゃん、大丈夫? ほら、チョコ食べると楽になるよー」
この数日、王都に向かって魔導車を走らせている最中、リティさんは車酔いという名の拷問を味わっている。外が寒いので、僕の魔導具である『
一応、佐野――佐野 祐奈――さんが酔い止めの薬を調合してくれているおかげで、ある程度は楽にはなっているみたいなのだけれども、それでも魔導車に乗った事もなかったリティさんには、なかなかの苦行のようだ。
「チョコって乗り物酔いに効くの?」
「うん、そうだよー。血糖値を上げておくと酔いにくくなるんだって」
「へぇー。橘さん、よく知ってるね」
「えへへ、私も昔、結構車酔いしちゃうタイプだったから。それでお母さんが色々調べてくれたんだよ。血糖値を上げて脳が覚醒してると、酔いにくいんだって」
確か、車酔いは三半規管が乗り物の不規則な揺れとか加減速で、不快になって引き起こされるとかだったかな。
細かい事までは知らないけれど、多分橘さん自身もそれで対処できていたんだから、対処法は正しいんだろう。
「あ、王都」
「嘔吐っ!?」
「朱里、お約束過ぎる。じゃなくて、見えてきた」
短い細野さんのツッコミはともかく、窓の外を見れば、ちょうど迂回するような道のおかげか、横の窓から王都の城壁が見えてきた。
王都の入り口での検問は、オルム侯爵家の家紋が入った魔導車である上に令嬢であるエルナさんが乗っているというのもあって、並ばずにあっさりと中へと通してもらえた。
久しぶりにやって来た王都は、相変わらずアルヴァリッド以上の活気に溢れていた。
大通りを進む家紋つきの魔導車なんてものを見て立ち止まる人も多く、小さな子供達は嬉しそうについて来て手を振っていたり、なんとも平和さを物語る光景だ。
窓に張り付いて子供達に向かって手を振り返している僕らとは裏腹に、エルナさんをふと見ると、遠い目をして外を眺めていた。
「エルナさん、どうしたの?」
「え……? あぁ、少し……。あの子供達を見ていると、懐かしい記憶が蘇ってきて」
「懐かしい記憶?」
「昔、この王都の孤児院で少しお世話になっていた頃があるんです」
「貴族のお嬢様が孤児院で、ですか?」
僕らの会話の流れが気になったのか、橘さんが会話に参加してきた。
「はい。貴族令嬢としての役割を捨てる為にでした」
「貴族令嬢の役割を、捨てる?」
「そうです。その為に三年間程、聖教会にお世話になっていたのです」
橘さんの質問に、エルナさんはあっさりとそう答えてみせた。
王宮侍女という仕事に就いたのは、時折エルナさんが毛嫌いする素振りを見せる、男性に関する嫌な記憶があるからだろう。
以前エルナさんに見せてもらったステータス画面で見た、〈男嫌い〉と〈下半身直結は殺意対象直結〉って称号。何かがあったのは見当がついていた。
聖教会は厳しい教育方針の二年間の修道生活が有名だそうで、本来ならば貴族としての位を剥奪し、性根を叩き直すという意味合いが強い――謂わば懲罰にも近い扱いに当たるのだが、エルナさんの場合はこれを自ら望んだらしい。
「私は十三で聖教会の修道生活を始め、十五で修道女見習いの生活を過ごした後、この王都の孤児院で一年間働いていたのです」
その後、どうやらエルナさんはジーク侯爵さんに王宮侍女の仕事を紹介され、たった三年で王宮侍女長に上り詰めたそうだ。
……ちなみに、エルナさんが暗殺術を学んだのは、聖教会の特殊神罰隊――〈アケラの剣〉の部隊にいたかららしい。
なんでも、孤児院にいるという修道女の人は、その〈アケラの剣〉の元隊長だそうで、その人の補佐兼弟子という形だそうだけれど……何それ怖い。
「じゃあ、時間があったら挨拶にでも行ってみたら?」
「そうですね。私もサクラを弟子として育てた身ですし、サクラにとってもあの御方にお逢いするのは良い経験になるかもしれません」
「ん。エルナの師匠、会ってみたい」
「孤児院かー。私も行きたいけれど、そんなに時間ないかも……」
エルナさんの弟子という立場にある細野さんも、どうやらその〈アケラの剣〉とかいう部隊の元隊長であり、エルナさんの師匠でもある女性に興味があるようだ。師の師に会うとか、なんだかファンタジーっぽい事している感じが少し羨ましく見えたりする。
橘さんはなかなか厳しいだろう。なにせ、アシュリーさん――エルナさんの兄であるシュットさんの奥さん――が既に王都入りしていて、舞台の準備やらで動き回っているのだ。練習もあるだろうし、忙しいんじゃないかな。
「それで、今日はこのまま王城に行くんだっけ?」
「さすがにこの大きさの魔導車で直接王城へと乗り付けるのもあまり外聞がよろしくないので、我が家の王都にある屋敷にある魔導車に乗り換えてからになりますが、本日謁見を申し込んであります」
「アメリア王女殿下が相手、でいいのかな?」
「あぁ、そういえばユウ様はラティクスに行っていたので、ご存知なかったのですね」
そう言われて周りを見てみれば、アイゼンさんからは呆れたような顔をされ、他のみんなからはなんだかニヤニヤしたような顔を向けられ、思わず僕も小首を傾げた。
「――アメリア女王陛下、ですよ。ユウ様」
……どうやら、僕が知らない間にアメリア王女様は女王様にクラスチェンジしていたらしかった。
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