日常編 赤崎くんの淡い恋

「悠、明日の準備はできてるか?」


 魔導具用の魔法陣を自室に充てがわれた部屋で作っていたら、空いていた扉からひょっこりと顔を覗かせて、コンコンと内側を叩いてから声をかけてきたのは赤崎くんだった。


「こっちは大丈夫。加藤くんは?」

「あぁ、アイツなら色々と買い出しに行ってるぞ。女子の荷物持ちで」

「あぁ、ツイてないね……」


 いくら僕らには冒険者カードがあって転送できるとは言っても、自宅に転送陣を設定している訳じゃない。倉庫から自宅まではもちろん歩かなくてはいけない訳で、そういう意味で加藤くんは女子の荷物運び要員として抜擢されたのだろう。

 最近、一人称を拙者と言い出して迷走っぷりを発揮している加藤くんだけれど、男尊女卑の武士のような精神など持てるはずもなく、むしろ加藤くんは女子に頭が上がるタイプではない。

 断れなかったんだろうなぁ……。


 明日は僕ら全員でダンジョンアタックの予定だ。

 全員というのは、エルナさんと、彼女によって鍛えあげられているリティさん。それに『勇者班』と『制作班』の全員である。


 前回、魔族との戦いに発展したラティクスでの出来事は、僕らにとって危機感を抱かせるには十分だった。

 エイギルとアイリスの二人は、重力結界とでも言うべき【魔封殺の結界】の中でも圧倒的な運動能力を有していたし、僕じゃなくとも正面から戦えばどうなるか分からない、というのが『勇者班』の総意でもあった。

 なので僕らは、僕の〈原初オリジン〉を使った経験値ブーストを使って、それぞれのレベルアップ。それと同時に、万が一に備えて『制作班』のレベル上げも兼ねてという名目で、ダンジョンへ行く事になっている。


「四階層で拠点を作って動くんだよね?」

「あぁ、その予定だ。『勇者班』二人に『制作班』一人つけて、休憩させながらって感じだけどな」

「それ、僕は?」

「ずっと行動班と同行。どうせついてくだけだし、大丈夫だろ?」

「まぁね」


 さすがに十一人もの大所帯で動く訳にもいかないので、交代で狩りに動くという形になるのだけれど、僕だけがそのレベル上げ組についてあちこちを動く予定だ。

 普通なら負担が大きい所だろうけれど、生憎僕は『魔導浮遊板マギ・フロートボード』に乗ってそれについて行くだけで済んでしまうので、特に疲れる事もなかったりする。


「悠が後ろ盾を得たからな。変に利用されるような事態には陥らなくて済むようになった訳だし、お前の能力を使ってでも俺達は強くなんなきゃならねぇ」


 元々、僕の【スルー】によって経験値を移譲するという能力は使わない方向でいた。僕の能力を鑑定系のスキル持ちに見破られたりした時に、僕を利用しようと危険に晒される可能性があったからだけれど、今ではその心配も必要ない。

 僕が作った、対魔族用結界こと【敵対者に課す呪縛】。

 町に設置する事で防衛能力を飛躍的に上昇させる事ができるあの魔導具のおかげで、今では僕自身に下手に手を出そうものなら、多くの国家を敵に回す事になるという構図が出来上がった。加えて、僕には魔導具があり、ステータスがあまりにも高すぎる相手でさえなければ、逃げる事ぐらいならできるようにもなっている。


 魔王アルヴィナにまで名と顔を知られた以上、僕らは今後優先的に魔族に狙われる可能性があると考えてもいい。その対抗策として、『勇者班』のみんなは能力強化を。『制作班』のみんなもまた、今後何か不測の事態が訪れた時に対抗できるよう、戦闘系の技能を得ようという心算なわけだ。


「一応、三階層で少し様子見してから行くぞ。俺らがフォローするっつっても、祐奈達じゃレベル的にもまだ四階層は辛いだろうし」

「まぁ、普通は四階層に行くならレベル三十は欲しいところらしいからね」


 ましてや、佐野さん達は戦闘系技能が少ないから、欲を言えば戦闘系の技能が派生するまでは四階層に行くべきじゃないとも言えるんだけどね。そこは佐野さんが開発した怪しい薬で毒殺したり爆殺したりするんだろうけども。


「美癒と瑞羽は先に行って、テイムしたモンスターと……あー、その、浮遊霊を使って偵察しておいてくれる、らしいぞ」

「へぇ、便利だねぇ……うん?」

「……浮遊霊、だ」

「…………そう、便利だね?」


 お互いになんとも言い難い気分になりつつ、僕らは奇妙な沈黙に包まれる事になった。


「ま、まぁ、便利って意味じゃ便利だぞ、うん。ほら、ちょっとぞわぞわと背中に悪寒が走ったり、いきなり空を見て瑞羽が喋りだしたりするのに慣れれば、だけど……」

「あぁ、そういう感じなんだ。じゃあ気にしなくても良さそうだね」

「どうしてそうなる!? 普通気になるだろ!?」

「あはは、視えないならいないのと同じだよ。別に何ができる訳じゃないじゃない」

「……お前、ホラーとか怖くないタイプか」

「怖がっても怖がらなくても、視えないなら変わらないでしょ?」


 視えているものなら怖がるのは分かるけれども、僕は今までそういうのに遭遇した事もないしね。


「とにかく、その話は置いといて、だ。悠、お前これからどうすんだよ?」

「どうするって、何が?」

「咲良から聞いたぜ。戦おうにも魔物が無傷だったってさ」

「細野さんから?」

「おう。結局、相変わらず戦うのはキツそうだって話じゃんか」


 細野さんの目の前で魔物に攻撃して、カッコイイとか思ってた僕の黒歴史を掘り出すつもりですか、そうですか。


「まぁ、実際のところ、あれはもうちょっと火力上げて色々と試す予定なんだけどね。戦う方法があるのに越した事はないから」

「……やっぱスゲェよな、お前」

「あはは、率先してみんなを引き連れられるリーダーな赤崎くん程じゃないよ?」

「リーダーに仕向けたのお前だろうが!? 何その、俺の一存で俺がリーダーやってるかのような言い草!?」

「そうだね、いい天気だよね、今日は」

「あからさま!? というかお前、ホントに聞いてる!? ちらっと外見たまま一人で物憂げな態度とか、まさかのガチ放置!?」


 最近は雨が続いていたけれど、ふと見れば窓の外はすっかり快晴だった。

 雨でも晴れでも、基本的に魔導具造りで引きこもり気味な僕にはあまり関係なかったりもするんだけどね。


「そういえばこの辺、雪って降るのかな?」

「あー……もういいわ……。雪なら確か、結構降るみたいだぞ」

「へぇ、よく知ってるね」

「お前のその反応するしないの清々しい使い分けの方が感心する項目だと思うんだわ、俺は」

「褒められても困るよ」

「皮肉だよ!?」


 窓から赤崎くんへと視線を戻すと、何やら膝をついて両手を地面につけ、打ちひしがれているかのような体勢を取っていた。


「……え、雪降ってくれって祈ってるの? あはは、なかなか奇抜だねぇ」

「ちげぇよ!?」


 赤崎くんのツッコミを堪能したところで、さっきから空中に浮かべていた幾つかのウィンドウをウラヌスに記憶してもらい、ようやく僕もまともに話を聞く態勢を整えた。


「それで?」

「な、なんだよ、いきなり」

「ただ明日の準備ができたかどうかだけで、わざわざ声かけてきたりしないでしょ?」


 今、『勇者班』のみんなも護衛名目でオルム侯爵家の別邸に住んでいる。とは言っても、わざわざ僕に話でもなければ部屋にやって来る人はいない。そもそも僕が魔導具に使う陣の開発に集中しているので、それの邪魔になると気を遣ってくれているらしい。

 まぁせいぜい、エルナさんが世話を焼きに来てくれるのと、リティさんがエルナさんからのに愚痴りに来るぐらいだろうか。


 何か話があるんじゃないのか、と問いかける僕に、赤崎くんは「あー」と頭を掻きながら、何やら恥ずかしそうに視線を彷徨わせた。


「実はな、その……。好きな人ができたんだよ……」

「で?」

「で!? 冷たくねぇか、それ!?」


 いや、そう言われても……。


「恋愛相談の多くは自己完結の悩んでいますアピールだと僕は思っているし。そもそも、他人に相談しているようで、実際に相談通りに動いたりする訳でもなければ、何かが進展するかしないかなんてのも、結局は当人同士の問題だと思うし、正直言って他人に答えなんて求めちゃいないと思うんだけど」


 そんな事をつらつらと語ってみせると、赤崎くんはなんだかガックリと肩を落とした。


「まぁ、悠だもんな。そんな感じのこと言うと思ったけどよ……」

「それで、相手は誰なのさ?」

「おまっ、さっきまでの言い分からして相談に乗る気ねぇのに訊くのかよ!? っていうかそれ、野次馬根性だろ!?」

「うん」


 まぁ実際に野次馬根性なのは否定しないけども。

 赤崎くん自身から放り出してきた話題だっただけに、このまま答えずに終わらせる訳にはいかないとでも思ったのか、何やら葛藤した後でボソッと答えた。


「……ーナ、さんだよ」

「え?」

「だからミーナさんだって! ギルドの受付嬢の! って、なんでお前そんなドン引きしたような顔してこっち見てんだよ!?」

「いやぁ、なんか駆け出し冒険者にありがちっぽい気がして」

「……うるせぇ」


 まさか赤崎くんが恋愛相談みたいなものを、この僕に投げかけてくるなんて思いもしなかったっていうのも本音なのだけれど、まぁそれはさて置き。


 ミーナさんって言えば、このアルヴァリッドにある冒険者ギルドの人気受付嬢だ。


 確かに見た目は可愛いと思う。

 くりっとした茶色い目と、赤茶色の綺麗な髪に頭頂部には犬っぽいような耳がついている、獣人さんである。たまにぴくぴくと耳が動いていたりもするし、少し子供っぽさがあるというか、ミスをしてもどこか憎めない可愛らしさがある。

 年齢は多分、僕らと同じぐらいなのだろう。あれであまり年上だったりしたら、ちょっと心配になったりもするけれども。


 そういう意味で、好きになるのも別におかしな話ではないと思うのだけれど。


「……ねぇ、赤崎くん。そういえば、ケモミミ好きなんだっけ?」

「うぐ……っ、いや、そうじゃねぇぞ? 別にミーナさんの耳を触りたいとか、愛でたいとかもふりたいとか、そんな事は……」

「耳を触るって、普通に変態行為だって気付いた方がいいよ……とまぁ、それはいいとして。赤崎くん、ミーナさんと親しいの?」

「いや、そこまで話した事はないんだけどよ……」


 まずそもそも、ただ受付で話すぐらいじゃ脈もへったくれもないだろう。これが例えば世間話に花を咲かせていたり、どこかで待ち合わせして出かけたりぐらいしているならまだしも、多分まだスタートラインにさえ立てていないような気がする。


「なぁ、悠。お前ってミーナさんと仲いいんだろ?」

「え? 何それ?」

「いや、だってお前と喋ってる時は凄く騒いでたりしてるみたいだし、目も潤ませて話してるって聞いたし」

「それ、ちょっと泣きそうなだけだから」

「それにほら、お前には頼み事したりとかしてるって」

「素材採取の依頼は僕に回ってくるからね」

「だから、ほら。その、ちょっと紹介とか……」


 ダメだ、赤崎くんが僕の十八番スルーを真似てるのか、まったくもってこっちの言葉を聞いてない。

 一つ溜息を吐いてちらりとミミルを見れば、ミミルは特に興味ないのかウラヌスとウィンドウ同士を使って何やら会話していて、いつものボケは発生していない。

 要するに、僕一人で対処しろって事みたいだ。


「別に紹介するぐらいなら大丈夫だけど」

「ホントか!?」

「だけど、そこからは自分でどうにかしなよ」

「お、おう! 紹介してくれるだけでも十分だ!」


 そう言い始めた赤崎くんは、僕の手が空いている今を利用しない手はないとでも思ったのだろう。突然、僕の事を脇に抱えるように抱き上げると、町中での暴走行為にならない程度に小走りをして、掻っ攫うように冒険者ギルドへと向かって走り出した。




「やあ、ミーナさん。こちら僕の仲間の勇者、真治くん」

「は、はあ……。知ってます、けど……」


 ………………。


「おい!? それ以外にもまだ何かあるだろ!?」

「え、紹介したじゃない」

「そういう意味じゃない!」

「いや、それ以上どうしろと……――あっ、そうかそうか。後はお若い二人で?」

「お前のは紹介じゃなくて丸投げだ!」


 ここまで話せば、一体何が目的で僕らがやって来たのか分かりそうなものだけれど、肝心のミーナさんは突然始まった僕らの言い合いにきょとんとしたまま、特に何も反応せずに困惑していた。


 しょうがない、ここはしっかりと一肌脱いであげようじゃないか。


「ミーナさん」

「はい?」

「これから僕が出す質問に、一つずつ、嘘偽りなく答えてもらえませんか?」

「え、えっと、突然何が……」

「これに答えてくれたら、僕を「陥れのユウ」だなんて不名誉な呼び名で呼んでいた事は不問にしましょう。ですが、もし嘘をつけば……分かりますね?」

「ひ……ッ!? は、はいっ!」


 ふぅ、これで色々訊いても答えてくれるはず……って、あれ?

 なんで周りから悍ましい何かを見るような目で見られているんだろうか、僕は。

 いや、赤崎くん。

 キミにまでその目をされる筋合いはないよ。


「では、今ミーナさんとお付き合いしている男性はいらっしゃいますか?」

「えっと……、結婚してますけど」

「……へ?」

「いえ、私は十五で幼馴染と結婚しているので。それで、それがどうかしたんですか?」


 予想だにしなかった答えに、ちらりと赤崎くんを見やる。


 ……うん、なんていうかほら。

 デートを重ねたりとかした訳じゃないし、一世一代の告白で断られた訳じゃないんだし、傷が浅くて良かったじゃない。


「じゃ、僕らはこれで帰りますね」

「は、はぁ……。あっ、でも、これ答えたから許してもらえたって事でいいんですよね!?」

「そうですね――とりあえず、一回分は消していいですよ」


 そう言ってみたら、ミーナさんの視線がつつっと横に泳いだ。


「……しょうがないですね。ミーナさんが僕を不名誉な名で呼んだ回数分質問させてもらえるなら、帳消しにしますよ」

「ホントですかっ!? あ……でも、お、憶えてないです……!」

「いい度胸ですね、かなりの回数呼んだと自白するとは」

「しまっ!?」


 にっこりと笑って、「じゃあまたの機会に」とだけ告げて、真っ白になったまま動かない赤崎くんの手を引いて、僕らは帰るのであった。

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