日常編 楓が見る恋

「む~~ん」


 さながら何かに唸っているかのような声は、私――西川 楓――のものではなく、私の友人である小動物系美少女こと、朱里の声だ。

 背が高く、あまり胸が大きいタイプでもない私とは違って、女の子らしさが感じられる見た目。胸もそれなりにあって、愛くるしい丸い目が印象的な、天真爛漫な――それでいて猫のように自由気ままな少女である。


「どう?」

「楓ちゃん、この衣装ちょっと派手過ぎじゃないかなぁ?」


 どうやら彼女は、私が作った新しい衣装があまりお気に召さないらしい。

 白を基調にフリルをふんだんに使ったゴスロリを意識した衣装なのだけれども、やはり派手過ぎたみたいだ。


「朱里なら似合うと思ったんだけどなぁ」

「う~~、せっかく作ってくれた物に文句言うのはダメだと思うんだけど、恥ずかしいよ……」

「いやいやいや、他の衣装に比べればこの時代的には落ち着いている方なのよ、これ」

「そうなの?」

「えぇ、そうよ。まして、今度の舞台は今までとは趣向が違うんだし」


 そうなのだ。

 朱里は今回、エルナさんのお兄さんであるシュットさんと、その奥さんであるアシュリーさんの紹介もあって、貴族の前で歌を披露する。


 今回歌うように頼まれたのは、私達の元いた世界らしい歌謡曲ではなく、オペラにも似たタイプ――いわゆる歌劇なので、みんながラティクスに行っている間は猛特訓していた。


 朱里は元々、歌がすごく上手い。

 バラードを歌えば聞き惚れてしまうし、明るい曲を歌えば周りを盛り上げられるし、何より声が凄く綺麗なのだ。くどさがない、って言うべきなのかもしれない。

 それが今回、歌劇を頼まれたせいで――私やアシュリーさんといった衣装作り担当と調整担当は寝不足。

 実力と相まってスキルの影響なのか、凄く惹き込まれてしまって、悲恋をモチーフにした歌劇を見た日の翌日は目が腫れるという悲惨な結果を齎した。


「今回って、貴族家の令嬢の役なんでしょ?」

「うん、そう。子爵家の男性に惚れちゃうんだけど、実際は伯爵との婚姻が決まっちゃってる侯爵家の令嬢。だけど、伯爵もその気持ちを知っていて子爵家の人とは親友なの。だから、本当は応援したいけれど、実はその令嬢の事が好きになりかけてて。そんな二人の間で揺れるお嬢様っていうお話」

「うわぁ。ある程度は聞いてたけど、改めて聞くとなんか凄いね……。でも、だったらなおさらフリフリの服とかでも良くない? ほら、天然小悪魔っぽいし、そういう令嬢」

「えーーっ、そうかなぁ? って言っても、楓っちゃんの作ってくれる服なら楓っちゃんのセンス的に正解っぽいし、似合ってるなら問題ない、よね?」


 くるりと回ってみせた後で小首を傾げるように花咲いた朱里の笑顔は、もし私が男だったら抱き締めたくなるぐらい可愛い。というか、私は別に女の子が好きな訳じゃないのに抱き締めたいぐらいだ。


 ――と、そこにノックの音が聞こえてきて、返事をしたら悠くんが姿を現した。


「悠くん、見て見て! 今度の舞台衣装、楓っちゃんに作ってもらった!」

「へー、うん。橘さんっぽくて似合ってると思うよ。可愛いね」

「えへへ、そうかなぁ……って、この衣装のコンセプト天然小悪魔系だよね……? あれっ!? じゃあ私って天然小悪魔系なの!?」

「あはは。そうだ、西川さん。ちょっとこのタイプの服、もう幾つか作ってほしくて来たんだけど」

「流されてるっ!?」


 あはは、と笑いながらもあっさりと話を逸らしてしまう辺り、やっぱり悠くんらしい。


 元々私達が日本にいた頃、悠くんは自分の意思で周りとは疎遠な関係を築いていた。

 悠くんが「他の先生に睨まれるから、あまり僕と関わろうとしたり恩に着ているような事は言わない方がいいよ」と、そう言ってくれたからこそ、距離を置く事に罪悪感を感じずに済んだ。

 いくら私達がなんとかしたいと思っていたとは言っても、他の先生達から睨まれたら内申点に引っかかるかもしれない。そう思うだけで不安だったというのが本音だ。もし悠くんがそう言ってくれなかったら、私達は悠くんを見捨てているかのような、そんな罪悪感に駆られていたはずだったから。

 いつもそんな風に振る舞うものだから、見た目は可愛らしいのに私達なんかよりもずっと大人で、知恵が回る。

 ステータスが上がらなくてもこの世界に通用するんだと言い張るかのように、彼は自分の道を進み続けてみせる。


 もし私が――いや、きっとみんな、悠くんの立場だったなら、多分自分だけがもしかしたら腐っていたかもしれないというのに。


「――ねぇ、楓ちゃん! 聞いてる!?」

「えっ? あぁ、ごめんね。ちょっと考え事してた」

「もー、ちゃんと聞いてよー」


 朱里がぷくりと頬を膨らませるように怒る姿をついつい微笑ましい気分で見ていたら、悠くんが私をニヤニヤとした厭らしい笑みで見ていた。思わず睨み返す私に、悠くんが満面の笑みを浮かべた。


「良かったね、西川さん」

「……うるさい」

「あはは、冗談だよ。それより、服の件なんだけど――」


 からかわれるのがあまり好きじゃないからって、思わず邪険に扱っているというのに、悠くんは特に気にする事なく戦闘装束の話を始めた。朱里がなんだか凄く不機嫌そうな顔してるけれど、服の話となると私もそっちに構ってばかりいる訳にもいかない。


 悠くんの服は、魔石を入れて魔法陣化するように刺繍を指定されている。まさか服そのものを魔導具化するなんて、どんな発想したらそうなるんだろう。

 でも、悠くんの服を幾つか作る事になったけれど、なかなか魔力を通す素材を手に入れるのもお金も時間もかかるんだけどね。今回もそうすぐには完成しそうにないし、その旨を伝えてみるけど、それでも構わないらしい。


「それでそれで、悠くん。まだ暫くはこの町から動かないんだよね?」

「うん。まぁ暫くって言っても、近い内に一度王城まで顔出す事にはなってるんだけどね」

「そうなの?」


 私の問いに頷いて、悠くんが続けた。


「この町につけた魔導具――【敵対者に課す呪縛】っていうんだけど、これの効果は僕がラティクスに行ってる間に証明されたし、早速だけど王都に設置する事になってるんだ」


 聞けば、ファルム王国のアメリア王女殿下が女神様に協力して召喚に成功した以上、やはり優先度はファルム王国にある、という方向で決定したみたい。


「あ、じゃあ悠くん! 今回は私も一緒に行けるかも、だね!」

「橘さんも王都でやるんだっけ、その衣装のオペラ」

「うん、そーだよ! 見に来てね!」

「王都で自由に動けたら、かな? だけど、なるべく行くようにするよ」


 悠くんって、もしかして天然の誑しなのかもしれない。一瞬落としてから上げるような感じで言うから、朱里の表情が一瞬でころころ変わってる……。


 ――多分、悠くんは気付いていない。


 朱里が――ううん、朱里と咲良が、だね。

 二人が悠くんに対して元々抱いていたのは感謝と憧れだったけれど、こっちの世界に来てからはそれが変わりつつあるって事に。

 二人が悠くんの事をどれだけ見ていて、どこまで気持ちを向けているのか、きっと悠くんは気付いていない。


 以前、「客観的に物事を見てるから普段は鋭い。でも、悠は自分に向けられる好意に対しては恐ろしく鈍感」って言っていた咲良の言葉が、なんとなくだけど分かる気がする。


 ――でも、果たして本当にそうなんだろうか。

 悠くんはなんだか、自分から気持ちに気付こうとしていないというか、気付いていないフリをしていて本当は分かっているような、そんな気がする。


 まるで――何かを隠しているような……。


「――じゃあ、私ちょっと着替えてくるね!」


 ふと考え事をしている内に、悠くんと色々と話していた朱里が私服に着替えに部屋を出て行き、二人きりになった途端――悠くんがくるりと私に向かって振り返り、困ったように苦笑を浮かべた。


「そこまで熱心に見られると困るんだけど」

「ね、熱心になんて見てないからっ! 私はただ――!」

んだけどね」


 遮るように、相変わらず困ったような表情を浮かべたまま、悠くんはぽつりと呟くような、小さな声でそう告げた。


 真意を探ろうとしているのが、バレていたのだろうか。

 やっぱり、何かを隠して……――いいや、やめておこう。

 悠くんの性格上、きっとなんでもない事なら隠さないし、何か理由があるから隠すんだろうし。きっと折を見て話してくれるつもりだろう。


「ま、いいわ。それより、服の件だけど、正確な期日は?」

「できれば早めにと言いたいとこだけども、さっきも言った通り無理のない範囲で構わないよ」

「素材次第ね。一応型紙は作ってあるから、そこまで時間かからないと思うけど」

「そっか。あ、ついでと言ったらなんだけど、この模様でコートの内側に刺繍お願いしていい?」


 そう言いながら手渡されたのは、一枚の紙。受け取ってその複雑さに顔を引き攣らせていると、ブーツにはこれでグローブにはこれで、と次々に紙を手渡された。


「こ、こんなに……?」

「うん、状況に応じて着替えたりしたいぐらいだから。早着替えの魔導具とかあればいいのになぁ」

「ちょ、ちょっと待って! こんなに精密な、それも多い刺繍ってなると、とても私だけじゃ……!」

「急いでないから大丈夫だよ! 信じてるよ、西川さん!」


 まるでそれ以上は聞く耳など持たないとでも言いたげに、悠くんはそれだけ言って私を置いて部屋を去って行くのであった。


 ……もしかして、私が無遠慮に探るような真似をしたから、わざと押し付けた?


「ただまー! あれ、悠くん帰っちゃった?」

「おかえり……。えぇ、徹夜案件にもなりかねない程の仕事を押し付けて、笑いながら去って行ったわ……」

「あははは、悠くんらしいね。でも、元気そうで良かった。私達、〈森人族エルフ〉の国には行けなかったもんね」


 少し寂しげな顔でそう呟く朱里は、ちょっと大人っぽく見えた。

 悠くんが突然、家出のように書き置きを残して出て行き、急遽応援を頼まれたあの時、私達だけが仕事と練習で一緒に行けずにこの町に残った。私はそれもしょうがないかと割り切っていたけれど、朱里は練習には身が入らないし、気になってしょうがないって感じだったもんね。


「はぁ……。やっぱ、恋してると大人っぽく見えるのかな」

「うえぇぇっ!? か、楓ちゃん、いきなりなに!?」

「ちょっとね。ってか朱里さ、もうちょっと可愛らしい驚き方した方がいいよ」

「いきなり変な事を言うからでしょ!?」


 笑いながらからかったら、朱里が顔を真っ赤にして叫んだ。


「好きなら別に恥ずかしがる事ないじゃない。祐奈だって知ってるわよ?」

「にゃああぁぁっ!? な、なんっ、でっ!?」

「そりゃ見てれば分かるわよ……。そんな顔してるんだもの」

「あう……。……だって、やっと普通に話せるようになったのに、今度はスキルとか仕事とか、そういうので話せなくなっちゃったから寂しかったんだもん……」


 向こうでは話しかけられなくなったけれど、今は憚られる事なく話せるし近づける。ただそれだけで、きっかけがあった気持ちが育つのには十分なんだと思う。


「ねぇ、悠くんの好みってあるのかな?」

「ゆ、悠くんの好み……?」


 そうは言っても、悠くんの好みってまったく想像つかないんだけど……。


「あ……」

「なんか知ってるの!?」

「そういえばなんだけど、ほら。お昼にスイーツ系ばっかり食べてたじゃない? こっちの世界に来てから、悠くんがそういうの食べてるの見た事ないんだけど」

「あっ、そっか! この前は作ったけど悠くん食べれなかったし、その手があった!」

「……でも、朱里って料理致命的じゃなかったっけ?」

「…………教えて」

「無理。私もお菓子なんて作れない。美癒なら作れるんじゃないの?」

「そっか! じゃあ、教えてもらってくる!」


 猪突猛進というか、思い立ったが吉日を地で行くタイプというか。

 ともあれ、朱里はそのまま部屋を飛び出して行ってしまった。


 結論から言ってしまうと、朱里はお菓子作りを断念する事になる。


 そりゃそうだ。

 あれだけ忙しいのにお菓子作りする時間なんて、そうそう作れるはずがないんだから。

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