日常編

日常編 悠と咲良

「――お待たせしましたー! 次の方、冒険者カードとお名前お願いしまーす!」

「冒険者カードはこれ。で、僕の名前は「陥れのユウ」、だそうですね?」

「ひ……ッ!」


 迷宮都市アルヴァリッド。

 ラティクスから帰ってきた翌日、僕は早速とばかりに冒険者ギルドへとやって来て、リティさんに不名誉な渾名を教えたというミーナさんが担当する受付に並び、満面の笑みで言った。


 驚いてもらうつもりではあったけれど、その青褪めて震えるのはやり過ぎなんじゃないかな。というか、周りの人も何その「あ~ぁ、やっちまったな」ぐらいな顔してるのかな?

 そこのあなた達、ファムとの一件の時に客席から言いたい放題言ってた人だよね――って思って目を合わせたら、脱兎の如く逃げ去ってしまった。


 ぐるりとミーナさんへと振り返ると、ミーナさんが「あわわわわ」と何かとてつもない恐怖の象徴にでも会ったかのような、恐慌状態に陥っていた。


「きょ、きょきょきょ今日は、な、何を……」

「いやぁ、ちょっとおかしな話を耳に入れたから、顔を出しておこうかなって思っただけですよ? 実はなんだけど……」

「ひ、ひぃ……ッ!」

「素材不足になりつつあるんですって?」

「………………ふぇ?」


 涙目になりながらも、ここにやって来た本題についてようやく触れた事に気が付いたのか、へなへなと力が抜けて肩を落とした。


 あはは。やだなぁ、別に脅しに来たんじゃないのに。


「それで、どうなんです?」

「あっ、えっと、そうなんです! 実は四階層の素材が必要な薬があるんですけど、それを取りに行ける程の冒険者の方もなかなかいなくて……」

「四階層かぁ。そういえば僕、まだ四階層まで足を伸ばしたことないや」

「あれ? あ、そういえばユウさんは三階層まででしたっけ?」


 なんだかんだで魔狼のファムの一件以来、まったくダンジョンには顔も出してなかったからね。三階層でちょっと素材取ったりもしてたけど、あまり積極的にダンジョンに行く気になれなかったんだよね。


 まぁ、僕の場合は魔物にスルーされるし、ダンジョンアタックのこれじゃない感が酷いからね……。


 そういえば赤崎くんが言うには、四階層は確か湿地帯になっているらしくて、足元が草で覆われているかと思ったら実は水草で水面が覆われているだけだったりで、足場が最悪だとか言ってたし、ダンジョンでも不人気な場所らしい。


「ゆ、ユウさん?」

「あぁ、いや。なんでもないです。それで何が足りないんです?」

「えっと、ニコルレンの葉と、アイボーネの花。それに……」

「あぁ、資料室行ってきます」


 何やら色々と言われて、結局僕だけで集められるような素材の多くの資料は自分で調べるのが一番だと判断。結局、資料室で自分で調べる事にさせてもらった。


「湿地帯、かぁ」


 資料室へと移動した後、色々な本を手に取りながらウラヌスとミミルに記憶を手伝ってもらいつつ、四階層を調べてみる。

 だいぶ足場が悪そうだけれど、『魔導浮遊板マギ・フロートボード』があれば問題ないし、今の僕には魔術もあるから、ちょっとは戦おうと思えば戦えたりするんじゃないだろうか。


 ――……もしかして、僕も冒険者らしい冒険者生活ができる……?

 一人でニヤリと口角をあげたら、資料室にいた他の女性冒険者に「ひッ!?」となんだか怯えたような声をあげられた。


 いやいやいや、そもそも僕のステータスじゃ、あなたが本気出したらあっさりと一捻りされるからね……? そんなに怯えなくてもいいと思うよ……?


宿主様マスターの心遣いがスルーされました』


 心の中で呟く僕に、ドヤ顔気味のミミルがシステムメッセージを真似て僕にそんなウィンドウを見せてきたので、頭を指先で軽く押して仕返ししておいた。


「悠、何してるの?」

「ん? あれ、細野さん」


 ミミルに仕返しをしながらじゃれている最中、ふと声をかけられて振り返ると、そこには相変わらず無表情キャラを徹底している細野さんの姿があった。


「魔術を試すついでに、ちょっと四階層まで素材取りにいこうと思って」

「まじゅつ?」

「うん。ほら、帰りがけに話したじゃない。魔法石こいつを使って疑似魔法的な攻撃方法を作ってるって」


 右手に取り出した魔宝石ジェムを見せると、細野さんがじーっとそれを見た後で、言ってはならない言葉を口にした。


「それで攻撃したら、魔物もさすがにスルーしてくれなくなりそう」

「…………考えてなかった」


 そういえば、足を引っ掛けて転ばせたりする分にはスルーされたままだけども、魔宝石を使って攻撃を仕掛けてまでスルーしたままでいてくれるとは限らないんだよね……。

 ラティクスからこっちに帰ってくるまでの間は、結局『魔導浮遊板マギ・フロートボード』で飛んでたし、魔物は『勇者班』のみんなが即殲滅の無双っぷりを発揮してくれてたから、対魔物相手には使ってないや。


「私も行く」

「え?」

「私なら悠みたいに自然にスルーされなくても、魔物から十分隠れられる。いざという時、戦える」


 確かにそう言われると、それもそうかもしれない。

 魔術の実験にしたって、細野さんの今のレベル――五十一――なら結構余裕で倒せるみたいだし。


「じゃあ、付き合ってもらっていいかな?」

「…………うん」


 何やらぴくりと身体を動かして、間を置いて返事をしてきた。

 何か考え事でもしてたのかな。

 ともあれ、僕らは資料室を後にしてダンジョンへと向かった。


「そういえば、悠はどこに住んでるの?」


 ダンジョンに向かって早めの昼食がてらに買い食いしながら歩いていたら、細野さんがそんな事を訊いてきた。


「僕は相変わらずの別館暮らしだよ」

「別館って、エルナの家の?」

「そう。魔族が何人か捕まったりっていうのがあったから、しばらく一人で住むのは危険だって言われててね。そういう細野さんは?」

「私は美癒と瑞羽と一緒」

「あぁ、『勇者班』の女性陣と一緒なんだ」


 こくりと頷いた細野さんだけど、なんだかあまり楽しくなさそうというか、どうも少し不満がありそうな顔をしていた。


 細野さんは、中学時代に少し悩んでいた時代がある。

 あれからというものの、なんとかキャラ付けというかそういうものに成功はしたけれど、小島さんと佐々木さんはどちらかと言うと二人一緒組といった印象が強く、細野さんが仲の良い人達と言えば『制作班』にいる佐野さんと西川さん、それに別口の橘さんだ。

 一応、今までは『勇者班』の一人としてそれを許容していた部分はあるんだろうけれど、今後『勇者班』はなるべく僕と一緒に行動するつもりらしいし、生活を無理に一緒にする必要性はなくなる。


「引っ越し、考えてる。祐奈と楓と、朱里と一緒に暮らそうと思って」

「どうせ出かけたら宿暮らしになるし、気を遣わなくて済むんならその方がいいかもしれないね」

「ん。悠の今度の仕事にはついてく」


 ふんすと鼻息荒く小さな拳を握っている姿を見て、やっぱり細野さんはステータスが上がっても変わっていないなと実感する。


 力があれば性格なんていくらだって変わってしまうと、僕はそう考えている。現代社会で言うところ、権力やお金があれば社会で大きな顔をできたりするわけだけど、こっちの世界では力がそれに当たる。

 安倍くんと小林くんはこの世界にやってきて性格が変わりかけたけれど、なんとかそれを暴走しきる前に捕まる事で止まってくれた。二人には悪いけれど、あれは良い反面教師でもあったんだと思う。


 そういえば、この前の騒動で、安倍くんと小林くんには魔族の内通者でもあるゼフさんを通して連絡させてもらったけれど、あの二人はどうやら僕の目の前の無口系少女こと細野さんが一番怖いらしく、あの時もみんなと顔を合わせる前に立ち去った。

 この姿を見ると、そんなに怖がる必要なんてないような気がするんだけどね。


「ところで、悠の魔術ってどんな攻撃があるの?」

「魔術って言ってるけど、正直言ってまだまだ開発段階なんだよね」


 実際、僕が得ている攻撃方法はかなり種類が少ない。

 魔宝石を意図的に爆発させるタイプの攻撃は、扱い易いけれども威力がまだまだ弱く、魔族どころか――っていう言い方もアレなんだけど――オルトネラさんにさえ大したダメージは与えられなかった。

 その変わり、僕が作った魔宝石をばら撒いて一つの巨大な魔術を形成させるというやり方だけど、あれは簡単に言えば魔導具をそのまま応用させているタイプの戦い方に過ぎない。


「攻撃系の魔宝石以外にも、戦い方は色々考えてるんだけどね」

「戦い方? 悠、戦うの?」

「魔物相手ならスルーされるかもしれないけれど、今後は魔族が僕を狙ってくるからね」


 あの魔王アルヴィナは、僕にまた会おうと言っていた。アイリス、エイギルという二人もまた、苦々しげに僕を見ていたのだ。そうともなれば、僕が魔族から直接狙われる可能性はかなり高くなってきていると言えた。


「はぁ、ステータス上がらない僕がなんでこんな面倒に……」

「悠はステータスじゃない強さを持ってる。主に強かさ的な意味で」

「それ、褒め言葉?」

「ん、褒めてる」


 あまり褒められている気がしないのは何故だろう。




 あまり無駄に時間を取りたくなかったので、僕は『魔導浮遊板』に乗り、細野さんは気配を消しながら僕以上の速さで先行するという形で、一切の戦闘もなくここまでやって来た。

 ちなみに、二階層のボスであり、僕をスルーしてくれた大蛇も、三階層のボスである大きなゴリラっぽい魔物も、細野さんが一瞬で肉薄し、心臓を貫くというたった一撃で屠る無双ぶりを発揮した。

 ダイジェスト化するのもしょうがない程の、あまりの呆気なさだったのだ。 


 そうして辿り着いた四階層は、やっぱり湿地帯そのものだった。


「これ、どこが水の上に草が生えていて、どこが地面なのか判らないね」

「そんな事ない。むしろ悠のそれ、ずるい」

「ステータスがなければ道具に頼ればいいんだよ。むしろずるいって意味じゃ、細野さんの方が羨ましいぐらいだよ」


 あっさりと見極めながら移動していく細野さんのステータスと行動力に理不尽さを覚える僕と、『魔導浮遊板』で上空を移動する僕。お互いにお互いを羨ましがるという、なんとも不毛な空気が流れた。

 だって、僕の魔導具は僕が作れちゃうから増やせる。恐らく、リティさんでさえ乗れたんだから細野さんだってこれに乗れるだろうし。だけど、細野さんのステータスだと自分で走った方が速いっていうんだからおかしな話だよ。


「悠、魔物」

「任せて!」


 右手のグローブから召喚した魔宝石を三つを魔物に投げつけ、即座に地面に左手をつけ、魔力を押し流す。刹那、轟音と共に爆発が巻き起こり、辺り一帯に轟音が鳴り響く。


 ふふふ。今の僕ってば、なかなか格好いいんじゃないかな。

 そんな事を考えながら舞い上がる爆炎と砂塵を見つめていると、標的だった蜥蜴人間みたいな魔物が――無傷で姿を現した。


「…………」

「……悠?」

「………………やっちゃってください」

「…………ん」


 僕の使った魔術は、どうやら火力不足だったらしい。

 細野さんが魔物に肉薄してあっさりと首を後ろから貫いて倒す姿を、自分でも分かる程度に死んだ魚のような目をしながら見つめていた僕。


 お互いになんとも言えない空気が漂うと、なんだか若干おろおろとした様子を見せた細野さんが、何かを決意したのか僕に向けてぐっと親指を立てた。


「それでこそ、悠。ブレない」

「喧嘩売ってる? ねぇ、細野さん。喧嘩売ってるよね、それ?」


 その後、僕は魔物討伐を全て細野さんに任せて、たった一人で素材集めに精を出すのであった。 

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