3-11 ラティクスの死闘 Ⅰ

「……これはひどい」


 西川さんから服が届いたのは、服を依頼した三日後の事だった。

 一式を取り出した感想を引き攣った笑顔で呟いた僕の一言を拾ったルシェルティカさんとリティさん、そしてアリージアさんが、僕が広げた服を見てその全てを物語った。


「真っ黒じゃのう」


 そう、真っ黒なのだ。

 パンツもブーツもグローブも、コートさえも、まさかのアンダーウェアのシャツでさえも。ここまで黒一色に統一していると、ちょっとした執念さえ感じ取れる気がするのは気のせいだと思いたい。


「ユウさんユウさん、是非着てみてくださいっ!」

「なんでそんなに嬉々として、というか爛々と目を輝かせてるのさ」

「だって、ユウさんの髪と目の色と同じで格好いいじゃないですかっ!」


 まぁ、確かに黒い目に黒い髪という意味では、黒というのは同系色だけどもね。

 なんでこんな悪役チックなぐらい徹底した黒なのか、そもそもどうしてこんな中二ファッション的な服に魔改造されて送られてきたのか、理解に苦しむぐらいだよ、いっそ。

 せめてシャツを白にして、パンツをもうちょっと明るい色にしたり、ブーツを茶色とかにしてくれるんじゃないかなと心のどこかで普通をイメージしていたというのに、どうしてこうなった、西川さん。


 同封されていた制作班のみんなからの手紙を読む。

 エルナさんも手紙を用意してくれたらしい。


 そうして一枚一枚に目を通したあとで、僕は――手紙を丸めて畳の上に投げつけた。

 曰く――「勝手に出て行った罰として、帰ってくるまでその黒一色中二病姿で過ごしなさい」との事。

 く……っ、なんていう精神汚染を施そうとしてくれているんだ。


「ふむ。こうして一色で統一するのも悪くはないのう」

「そうですね。リティの言う通り、髪や瞳の色と合っているので似合わない事はないかと思います」

「ユウさん、早く着替えてくださいっ!」


 エルフは中二病に憧れでも抱いているのだろうか。


 ともあれ、僕が注文した通りの素材と細工が施してあるのは間違いないみたいなので、この際文句は呑み込もう。

 帰ったら何か仕返しするとしても、試作品的な意味で考えれば決して悪くはない……はず。


「少し細工をして完成させるから、まだ着ないよ」


 この服は服としては確かに完成しているけれど、僕の中では完成していない品だ。そういう意味で僕が口にした言葉の意味を理解できず、首を傾げるリティさんを他所に、僕はルシェルティカさんへと視線を向けた。


「ところで、アーティファクトにちょっかいを出した人物の割り出しは進んでいるんですか?」

「いえ、残念ながら。傷が見つかった正確な日時が判らないので、王宮を通った人物の全員が容疑者となっていてもおかしくはないのですが……」

「結局進展はなし、ですね」


 全員に事情を聴取したところでアーティファクトに異変が起こっているという点はともかく、裏切り者がいる可能性を無闇に拡散させるわけにもいかず、手を打てないというのが実情なのだ。

 そのため、アリージアさんやルシェルティカさん、それにリティさんだけの胸の内に真実を留めてもらう形を取っている。


 下手に詮索して騒ぎを大きくするわけにもいかない以上、僕らは後手に回っていると言っても過言ではない。


「そういえば、僕をここに案内してくれたエルフの人ですけど……」

「オルトネラさんですか?」

「そうそう。そのオルトネラさんって、確かラティクスの警備隊というか、それの隊長的な役目を担っているっていう考えでいいのかな?」

「えぇ、その通りですよ。オルトネラはこのラティクスの警備隊の隊長です」


 そういえば、ラティクスは国ではあるけれど、ヒューマンのように封建制度が成り立っているわけじゃないんだよね。

 そもそも貴族がいる訳ではないし、王国騎士団のような特別階級もないしね。王という意味ではハイエルフであるアリージアさんがいるし、ここは「王宮」と呼ばれていたりもするけれど、実質的には世界樹に仕える立場であって王ではないみたいだ。

 実際、アリージアさんが僕と初めて会った時にも、自分がこのラティクスの王であるとは一言も口にしていなかったしね。


 なら、どうしてこんな呼び方になったのかと言うと、この辺の無茶苦茶な呼び名は、どうもリュート・ナツメが「一番偉いアリージアが住んでんだから王宮でいいんじゃね?」ぐらいの感覚で呼び名を決めた、という経緯があるらしい。件のオルトネラさんが「陛下」と呼んでいたのも、そういった名残から生まれた呼び名であるみたいだけど。


 ……適当だなぁ、変態紳士初代勇者もこの国の人達も。


「それで、オルトネラがどうかしたのですか?」

「あぁ、オルトネラさんってどれぐらいの頻度でこの場所に来るんですか?」

「そうですね。アーティファクトに異常が生まれてからはかなり頻繁に報告に来てもらっていますよ。もともと、彼は王宮と外の町を繋ぐような役割も果たしているので、外との行き来という意味では彼が最も多いでしょうね」

「そう、ですか……」

「ユウさん、もしやオルトネラを疑っていらっしゃるのですか?」


 さすがに僕の反応から見て取れたのか、ルシェルティカさんが訊ねてきた。

 無言の視線で肯定を返した僕に、ルシェルティカさんは「それはないでしょう」とあっさりと首を振って否定した。


「オルトネラは世界樹を何よりも大事な存在と見ている節があります。そんな彼が世界樹に害を加えるような真似をすることなど、まずもってあり得ません」

「そうじゃな。私情を含んでいるように聞こえるやもしれぬが、ルシェルティカの言う通りじゃ。オルトネラは妾よりも世界樹を第一に守るべきと考えておる。妾としてもそれは正しいと思っておる」


 ふむ。

 どうやら二人の言い分を聞く限りでは、オルトネラさんの可能性は低いみたいだ。

 

「まぁ、こちらの捜査は妾達の領分じゃ。おぬしはおぬしの仕事をしてくれれば良い」


 その言下にある、「自分達の仲間の不始末は自分達で決着をつける」という明確な意志を汲み取って、僕はそれ以上は犯人探しに首を突っ込まない方向にした。これは決して、そっちも手を伸ばすのが面倒になったわけじゃない。


 だからリティさんや。

 そのジト目は間違っていると思う。


「ともあれ、じゃ。いざという時にどう行動するべきかぐらいは決めておいた方が良いじゃろう」

「いざという時?」

「うむ。アーティファクトに手を加えた愚か者がこのまま手をこまねいていてくれるとは限らぬ。なんらかの方法で新たな動きを見せた時、迅速に対応する必要性があるからの。ここにいる四人だけは行動を明確にしておいた方が良い」


 裏切り者が何者かも判らない以上、下手に周囲にそれを知らせてしまうと、かえって利用されかねない。そう考えると、僕ら四人だけでも連携を密にしておく必要がある、というわけだ。

 そういうアリージアさんの意図を察した僕とルシェルティカさんが頷いて、リティさんが目を泳がせながら続いた。


 ……リティさん、最近僕の中でキミのぽんこつ株はストップ高だよ?

 そろそろぽんこつとルビを振って呼びたくなるからね?


「ルシェルティカの能力は聞いておるな?」

「うん。確か、ラティクスの一人監視システムみたいなものだったよね」

「うむ。ルシェルティカの能力ならばラティクスの中での情報を逸早く察知できる。いざという時には即座に民の退避と敵への対策の指揮を執ってもらう事になるじゃろう」

「その言い方だと、まるでアリージアさんとは別行動になるように聞こえるけど」

「その通りじゃ。妾は非常時には即座に〈界〉に渡り、ルウ様と共に世界樹の防衛に向かわねばならぬ」


 エルフの国であるラティクスが築かれた本懐こそ、世界樹の守護だ。そういう意味では、それが正しい選択と言えるのだろう。


「リティ、あなたはユウ様の護衛です。例え何があっても、ユウ様から離れずに守りなさい」

「え……?」

「あなたに与えられた役目を全うしなさい、と言っているのです。最悪の想定ではありますが、もしもこの状況で何者かが攻め込んでくるとしたら、まず間違いなく〈エスティオの結界〉が狙われることになるでしょう。そうなれば必然的に、ユウ様が危険に晒される可能性は高くなります」


 それはきっと、最悪で――正しい。

 王宮に入れる人が裏切り者であると確定している今、僕が〈エスティオの結界〉に張り付いているのは知れ渡っている。

 人員を増やしてアーティファクトの見張りを増やそうにも、裏切り者が誰か判らない今、単純に人を増やして対処するのも危険だ。一応、ルシェルティカさんにも〈エスティオの結界〉にこれ以上手出しはさせまいと、常に精霊に見張りを頼んでもらっているのだけれど、これまでに傷をつけられた事も踏まえると敵がルシェルティカさんの目を掻い潜るような、なんらかの方法を手にしている可能性もある。


 日頃からアーティファクトに張り付いている僕とリティさんは、敵の主犯格と対峙する可能性が高いというわけだ。


「決定的な何かを引き起こそうとするのであれば、恐らくは同時に侵攻してくるはずじゃ。妾達が即座に援護に回れるとは限らぬ。アルシェリティアよ、おぬしはなんとしてもユウ殿を守るのじゃ」







 そして今。







 ――――あの日の最悪の想定が、今この状況で現実と化してしまったと考えるべきだろう。






 突如として鳴り響いた爆発音。

 空を覆う木の葉が衝撃に揺れ、不安を煽るように騒ぎ立てているようにすら聞こえてきた。


 一体何が、どうして、どうやって。

 逸る気持ちを押さえて原因を改めて調べる。


「――やられた……ッ!」


 思わず苛立ちを噛み殺しきれず、苦い声が自分の口から漏れた。

 刻まれた五ヶ所の魔法陣の傷を改めて確認してみたところ、おかしな魔力が噴き出している。どうやらこの傷、遠隔操作でもしているかのように急激に広がっているみたいだ。


 ――……完全に油断していた。

 ミミルやルウさんが気付かず、僕もまったく違和感を感じていなかった。ただの魔法が仕掛けられたなら気付けるはずだと、心のどこかで油断していた。

 普通に気を張ってさえいれば、可能性としては捨てきるべきじゃなかったはずだ。今更ながらに傷の正体を把握して、何よりも自分の見通しの甘さに歯噛みした。


「ミミル!」


 虚空に向かって声をあげる。


 この数日、ミミルにはルウさんを伴ってアーティファクトの代用となる結界を作るべく、あちこちに魔法陣を刻んでもらっている。

 いつもならこうして呼んでもなかなか戻って来ないけれど、さすがに異常事態という事もあってか即座に中空に転移の魔法陣が浮かび上がり、ルウさんと共に姿を現した。


「ミミル、これ」

『これ、魔法じゃない。〈オリジナルスキル〉だね……』


 この状況と、傷の一部の特徴を見てミミルも結論に至ったのだろう。

 ミミルの言う通り、ただの傷が刻まれたと思っていただけのこれは、【呪】の特性を持った〈オリジナルスキル〉の派生。

 これはかつて、アルヴァリッドの王立図書塔で暇潰しに見た、危険な〈オリジナルスキル〉を特集しているような本に載っていた一つだった。


 これから新たにアーティファクトを傷つけられる可能性ばかりを危惧していて、この傷が最初から時限装置のような役割を果たしているという可能性を、僕は完全に切り捨ててしまっていたのだろう。


 見逃していたのは、紛れもなく僕のミスだ。


 胸の内を、苛立ちや後悔に目の前を塗り潰されそうな気分を落ち着けようと、一度深く深呼吸する。

 今は苛立っている場合じゃない、後悔している余裕なんてない。


 考えろ。


 今になって襲撃を始めた以上、まずは何をしてくる。

 最善を尽くすために、今何をするべきか。それだけに意識を集中させる。


「――……ルウさん、状況は分かりますか?」

「えぇ。南の結界が破られて、そこから魔物が押し寄せています」


 いつものぽやっとした空気はどこへやら、ルウさんには珍しくハキハキとした物言いで告げられた情報に、リティさんが大きく目を見開いて口に手を当てたのが視界に映った。


「ルウさんはすぐに世界樹の〈界〉へ。多分、アリージアさんがそちらへと向かっているはずです」

「……分かりました。どうかお気をつけて」


 短く告げて〈界〉へと向かったルウさんを見送って、僕はリティさんへと振り返った。


 やっぱり、か。

 リティさんには荒療治が必要だ。

 今日まで一緒に行動してきて、リティさんはまだ僕の年齢に比べてもどこか幼い節があったのは事実だ。こういう状況に陥ってしまった以上、動揺するのは目に見えていた。


 ――さて、どうしたものか。


 先手を取られてしまった以上、僕らはまた後手にいるのは当然だ。

 この状況で僕らの置かれた状況を把握し、かつ自由に動けるとしたら、それはきっとリティさんぐらいなものだ。

 イチかバチか、賭けるしかない、かな。

 あまり無意味に人を傷つけるような言葉を使うのは好きじゃないけれど、この状況でいちいち説明してたら、かもしれないし、ここは一つ、嫌な役回りを受け入れよう。


 改めて、僕はなるべく平坦な物言いでリティさんへと声をかけた。


「リティさん。すぐにルシェルティカさんに合流して、魔物の討伐か、非戦闘員の避難を手伝ってくるんだ」

「で、でも……!」

「今のリティさんは、お世辞にも戦える状況だとは言えない」

「……ッ」


 エキドナとの戦いのおかげか、いざ戦いという事態に対して僅かながらにでも耐性がついている僕とリティさんじゃ、この状況でどちらがまともに対処できるかなど言うまでもない。

 目を大きく見開いて小さく身体を震わせているリティさんじゃ、これから戦いになっても冷静な判断なんて下せないだろう。

 確かに、気持ちは判る。

 このままここにいれば、エルフの裏切り者かそれとも外部から呼ばれてやって来るであろう魔族が相手になる。

 今まで魔物とは多少なりとも戦えていたリティさんであっても、さすがに相手が相手だ。緊張と不安、明確に意思のある殺意のような重苦しい空気が漂い始めた以上、まともに動けそうにないリティさんではいっそ足手まといにさえなりかねないのだ。


「でも、お母さんとも約束、して……」

「そんなのは状況次第で変えるべきだよ。今のリティさんの状態と戦闘能力のない僕が一緒にいるのと、僕が一人でいるのとじゃ何も変わらない」

「……ッ!」


 僕とてステータスが上がらないし、一般人にも届かない戦闘能力しか有していないけれど、僕なりに準備してきたものがある。だったら、リティさんが力にならないと判りきっているこの状況で、リティさんと行動するのは危険が増える一方でしかない。


 ――うん。まぁ、こうなる事は想定済みだったんだけどね。


 護衛なのに寝ちゃうようなリティさんなら、この状況でどうなるかなんて今更ながらに考えるまでもなかったわけだし。


 ――ここからはだよ、リティさん。クーリル。

 言下にそう告げて、一つ嘆息してみせてから表情を作る。


「分からないようならハッキリと言うよ。邪魔だから、さっさと行ってくれないかな」

「……そんな、言い方……」

「ハッキリと言わないと伝わらないんだから、しょうがないでしょ?」


 半ば嘲笑するかのような物言いはさすがにリティさんにもイラッとするものがあったのか、弱々しい目から一転、涙が溜まったままの瞳を鋭いものへと変えて、リティさんは僕を睨んだ。


「……ユウさんがそんな人だとは思ってませんでした」

「勝手な期待を向けられても迷惑だよ。僕は僕であって、キミが勘違いしただけじゃないか」

「――そう、ですか。……もう、いいです、バカッ!」


 突き放すような言葉を向けられて、リティさんは思い切り大声をあげると、やがて涙を零しながら王宮へと向かう道を駆け出した。


「……頼んだよ、リティさん。クーリル」


 小さく呟いて、僕はリティさんが駆けて行く姿を見送って一つため息を吐いて。

 背中を向けていた方向へ振り返った。









 ◆ ◆ ◆








 ――――駆ける。


 怖い、と思った。

 突然始まった戦いの音、ざわめく木々。

 いつもは穏やかなこの国なのに、聞こえてきた精霊達の悲しむような、怯えるような声に竦んでしまった。


 ――――駆ける。


 戦いが起こる事ぐらい理解していた。ううん、そのつもりだったんだと思う。

 私はまだ心のどこかで戦いが始まるなんて遠い出来事のように捉えていて、何かがあったら自分じゃなくても誰かがなんとかしてくれると、そう思っていたんだと思う。


 ――――駆ける。


 いつもはどこか真剣とは言えないような雰囲気を纏ったユウさんがいてくれたから、私はそれに安堵していたんだと思う。ユウさんは戦えないけど、私にはクーリルがいるから、いざという時は戦える。戦う力がないユウさんでさえ怖がってもいないのだから、私が怖がったりするなんて恥ずかしいと、心のどこかでそう感じていたから。


 さっきのユウさんは、私なんかとは違う。

 戦う力がないのに、あの人はまっすぐこの状況を見つめていた。いつもは悠々としていて、どこか掴み所のないユウさんの纏う空気は、明らかに変わっていた。


 ――――思わず、足が止まった。


 乱れる息。

 いつもならこれぐらい走っただけじゃ全然疲れないはずなのに、まるで身体がまるで泥の底にでもいるみたいに重たく思える中で、私はさっきのユウさんの言葉を頭の中で反芻していた。


 ――どうして……?


 頭の中に浮かんだのは、そんな疑問だった。

 ついさっきまで感じていたのも全く同じ言葉だったけれど、今は

 その疑問を抱くと同時に、色々なものが氷解してきて――カチリ、と頭の中で何かが嵌まったような気がした。


《――お嬢》

「……クー、リル……」


 目の前に姿を現したクーリル。

 小さな身体を抱き寄せようとした、その瞬間――私がいたあの場所から、激しい爆発音が聞こえてきた。


「今の……!?」

《お嬢。ユウの旦那は、お嬢が戻ってくることなんて望んじゃあいない》


 慌てて振り返り、戻ろうとした私を制するクーリルの声。

 いつも優しいクーリルの優しく語りかけるような声とは、全然違った。


 ――あぁ、やっぱりそうなんだね。


 クーリルの声色のおかげで、確信した。

 頭の中でカチリと嵌まったのはだったんだ、と。


《お嬢はまだ弱い。が、ユウの旦那の真意を見抜けないようなお子ちゃまじゃあねぇはずだ。ユウの旦那は、お嬢を守る為だけにあんな言葉を向けた訳じゃあ――》

「クーリル、大丈夫。もう、気付いたよ」


 ユウさんと過ごした数日、私は私なりにユウさんを見てきた。


 ユウさんは冷たい。

 冷たいけれど、あの人は他人を傷つけるような失礼な言葉を口にしたりはしない。罵声を浴びせたりするような真似はしないし、感情をぶつけてくるような人でもない。

 私みたいに戦う力はないのに、周りの陰に隠れようともせずに堂々としていて、今回の件で危険が付きまとう可能性を知っていてなお、協力を辞退しようともしなかった。


 そんなユウさんが、あの場面になっていきなり私を邪魔だなどと、わざわざ口にするのか。


 今更になって、我慢の限界がきた?

 ううん、そんなの――あり得ない。

 だってユウさんのあの性格なら、もしも私がさっきみたいに呆然とする事ぐらい、見抜いていたっておかしくない気がする。だったら、最初から私の事なんてとっくに除外するように言い放っているはずだから。


 だとしたら――考えられる可能性は。


「分かったんだ、クーリル。あれは、私がだった。そうでしょ」

《……お嬢……》

「……ごめんね、クーリル。情けない契約者で。ごめんね、不安にさせて」


 抱き寄せたクーリルが、ポンポンと小さな前足で私の肩を叩いた。

 ユウさんにあれだけの言葉をぶつけられて、走り出してから今更ながらに気が付くなんて、自分の事だけど情けないね……。


 ――――もしもさっき、ただ逃げろって言われただけだったとしたら、私には逃げる事もできなかった。


 恐怖と責任とを理由にして、私は多分、何もできずにユウさんに縋るように離れようともできなかったと思う。でも、そんな私じゃ――確かにユウさんが言う通りに、足手まといでしかない。

 けれど、私がああなる事に、ユウさんは一度たりとも驚きもしなかったのだから、多分私の反応は想定内だったんだと思う。


 ――――だとしたら、どうしてあんな、私を怒らせるような言い方ばかりを選んだのか。


 ――私を逃がすため……?

 ううん、それはちょっと違う気がする。

 ――敵の標的から、外すため……?

 うん、それが一番、しっくり来る。


 今の爆発音。

 私があの場所を去ってそう時間が経っていないってことは、きっと敵が近くにいるのを感じ取っていて――ううん、いっそ見張られていた?


 そうか。

 だから私に細かい事情を説明せず、突き放すように声をかけたんだ。


 わざわざ私を自由にしたのは、私には何かができると計算した?

 その狙いが、ユウさんにはあった……?


 ――しっかり、しなくちゃ。


 ユウさんは確かに戦う力はないって言ってたけれど、があるならそう簡単にやられたりなんかしない。私を追い出したのだって、私がいなくたってどうにかできる算段があるからこそ、ユウさんはそうしたに決まってる。

 私なんかが心配するほど、ユウさんは

 ああして嫌われ役を買って出た以上、きっと私には、私にしかできない役割があって、それを見越しているんだと思う。


 ――――考えなきゃ。


 ユウさんは一体、何を求めて私を敵の標的から外したの?

 戦いに不向きなのに、ユウさんがわざわざ戦いに身を投じてまで私を自由にした理由は、何……?


 もう、頼ってばかりじゃダメ。

 だけど、私一人じゃ魔物を止めることなんてできない。

 何か、何かがあるはず。


 ユウさんが求めた、何かが……!


《――お嬢、たった一人で悩むぐらいなら、あっしに相談してくだせぇ》

「クーリル……?」

《お嬢は今、今までみてぇに子供のように答えばかりを欲しているわけじゃあねぇ。そんなお嬢が知恵を貸せってんなら、あっしは喜んでお嬢の力になりやす》

「……頼って、いいの……?」

《頼るってのぁ、何も全部を投げ出すのとは違いやすぜ、お嬢。このクーリル、肩を並べて歩く気概があるんなら、それを無下にするような野暮な真似をするほど、ちっちぇえ男じゃあありやせんぜ》


 クーリルがつぶらな瞳を細めて、見た目にはちょっと……結構似合わない、ニヒルな笑みを浮かべた。その姿に思わず笑ってしまう。


「――なら、クーリル。力を貸して。私と一緒に悩んでちょうだい」


 抱き上げて視線の高さにまで持ち上げたクーリルの目を真っ直ぐ見て、私は問いかけた。




 ――不謹慎かもしれないけれど。

 こうして語り合えるのは初めてだなって考えると、私は初めてクーリルの隣に胸を張って立てているような気がした。




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