3-8 「高槻 悠」

「十一番目の上級神候補……?」


 突然何を言い出しているのかと、我ながら胡乱げな声が出た。


「そう。今すぐじゃないけど、ね?」

「……意味が分からないんですが」

「んー……? あ、そっか。そういえば神々について詳しくないって、ルファトスが言ってたかも。キミは十柱の神について、何か知ってる?」


 十柱の神。

 それにさっき彼女が口にした、三の母神、七の姉弟という言葉にはなんとなく聞き覚えがある。ラティクスに向かっている時、リティさんから聞かされた神話が、そんな話だったはずだ。


「確か、三柱の神々による世界の創造と、七柱の神々による生命の創造の話、ですか?」

「うん、そう。それでね、三柱の母神は最上級神で、ボクら七柱の神が上級神って呼ばれてるんだよ。あ、ルファトスはその括りの中では下級神だけど、知ってるよね?」

「いえ、そんな常識を確認するかのように言われても、知りませんでしたけど」

「んー、そっか。これから知っていこっか」


 まるで僕の心情なんてものを一切気にする様子もない態度だ。

 なんだか、アーシャル様との会話はどこか調子が狂う。


「でね、キミはボクらの新しい同胞として――上級神として選ばれたんだよ」

「なんで僕が?」

「キミがキミだから、だよ?」

「いや、そんな哲学的な解答を突きつけられても、さっぱりですし」


 相変わらず意味が分からない。

 というか、さっきから向けられる、「何を当たり前な事を言っているの?」とでも言いたげな目が心外なんだけども。


 どうにも、アーシャル様は説明が苦手というか、独自の価値観や会話の流れで話を進めていくせいで、いまいち全容を掴み切れない部分が多い。それでも根気強く、何度もアプローチをする方向性を変えて、質問を変えて、言葉を変えて。


 ――――そうしてようやく、少しずつ情報が見えてきた。


 さて、まずは神々についてだ。

 リティさんから聞いた話で出てきた、三柱の神々と七柱の女神。この十柱の神々は上級神と呼ばれている存在であるらしく、この世界でも度々神話に出てきたりする存在なのだそうだ。

 僕に馴染みの深い、数々の称号を送り込んできてくれちゃっているアルツェラ様は、どうもその上級神の一柱であるみたいだ。アーシャル様もまた、この上級神に位置しているらしい。

 さっき、さらりと下級神扱いされたルファトス様だけれど、あの人は管理している「理」を名に冠している――『叡智の神』で言うところ、『叡智』の部分――ため、下級神の中では上位にいるそうだ。

 こうした役職を持つ神は、中級神と呼んだ方が分かり易いと思う。

 って言っても、それぞれの神によって司るものが違い、力の影響する範囲も違うけれど、どうやら神々に上下関係らしいものが存在している訳ではないようで、あくまでもその力の範囲で上級や下級と割り振られてこそいるみたいだけれど、誰が一番偉いとかは特にないらしい。


「――大体神様の関係みたいなのは分かりましたけれど、それでどうして僕がその上級神候補なんて大仰なモノになってるんですか?」

「だから、キミだから、だよ?」

「……とりあえず、また質問していくんで四の五の言わずに答えやがってください」

「う、うん、わかったよ。な、なんかこわいよ?」

「では――以前、ルファトス様に訊ねた際に濁された言葉があるんですけど、今回の件はそれが関係していたりします?」


 真っ直ぐと見つめて訊ねた瞬間、ぴくりとアーシャル様の眉が動いたのを、僕は見逃さなかった。


 やれやれ――と気付かれないように、思わずため息が零れた。

 もう再起動させる時間なんて与えるつもりはないよ。

 のらりくらりと躱すのが得意みたいけれど、ここからはそうはいかない。ここまでずっとアーシャル様のペースに付き合ってきて、ようやく核心に触れる事ができた事に安堵しつつ、続ける。


「僕が〈傍観者〉という役割を与えられた、本当の理由。この世界にやってきたばかりの、何もアクションを起こしてすらいなかった僕が、どうして〈傍観者〉で在らなくてはならないと判断したその理由が、関係しているんじゃないですか?」

「……どうして、そう思ったのかな?」

「召喚の際の状況が、ずっと気になっていたんですよね」


 本来、六人の召喚者が現れるはずだった勇者召喚は、まさかの十一人の召喚という予想だにしない失敗をした。

 けれど――果たしてその失敗は、ただの偶然によるものだったのだろうか。


「神々が僕らの肉体を神様が再構築している以上、「十一人の召喚者がいる状況」は神々も知るところだったはずです。つまり、僕らが十一人いるというのは、アメリア王女様やファルム王国にとっては失敗であったけれど、神々にとっては予定通りの出来事であった可能性が高い」


 ――要するに、僕ら勇者召喚に巻き込まれたわけでもなく、そもそも間違って多めに召喚されてしまったというわけでもなく、調と考えてもいい。

 そう告げてみせた僕の言葉に、アーシャル様のどこか飄々としたまま残っていた雰囲気は一変、さながら鋭利な刃物でも突き付けるかのように僕へと無感情な視線をぶつけてきた。


 そんな視線を受けながらも一切の気負いも怯みもなく、僕は僕の行き着いた仮説を口にする。


「――但し、僕という存在だけは、神々にとって許容するべきではない存在だったのでは?」


 それこそが、僕が〈傍観者〉という役割を与えられたなのではないかと、僕は仮説に過ぎないと言いつつも――確信していた。


 以前、アルヴァリッドの王立図書塔で、ルファトス様は僕が〈傍観者〉という称号を与えられた理由について、「周りに対して与える影響が強すぎる」と口にしていた。あの時はただ、「そういうもの」として受け入れていられたけれども――今もそんな事を考えられる程、僕はお気楽な性格をしていない。


 十柱の神と、十人の召喚者。

 たった一人の〈傍観者イレギュラー〉の役割。

 十一番目の神候補。


 十と十一というあまりに近く、歴史に紐付けられた数字。それらがただの偶然で繋がっていると言われるよりも、作為的な何かが存在していると考える方がよほど現実味を帯びているような気がしてならない。


「……うん、なるほど。キミはやっぱり、どうにも頭がキレるみたい。ううん、直感が鋭いって言うべきなのかもしれない」

「褒めてもらえるのは嬉しいですが、物は言いようですね。直感が鋭いなんて、当たっているから言えるだけでしょう。外れてたらただの言いがかりみたいなものですし」

「あはっ、身も蓋もないね、それ」


 剣呑な空気はようやく霧散して、アーシャル様の朗らかな笑みが浮かぶ。ようやく弛緩した空気が流れつつあったけれども、まだ僕はちゃんとした回答をもらっていないのだから、ここで有耶無耶にするつもりはない。

 まっすぐアーシャル様を見つめている僕の視線に根負けしたとでも言うように、嘆息しつつ瞑目した。


「――キミ達は確かにファルム王国の願いを受けて、この世界にやってきた。そう、キミの言う通りだよ、ユウ。確かにキミは――キミだけは、ボクら十柱の神々にとって、まさしくイレギュラーな存在だったんだ」

「僕だけが、ですか」

「うん。ボク達十柱の神々は、肉体を与えてキミ達をこの世界に顕現させたんだ。でもね、いくらボクらでも、を構築するのがだった。あまり世界に介入して、おかしな影響を与えるわけにはいかないからね。ここまで言えば、判るんじゃないかな?」


 ――それは元々、十人分しか用意できなかったという意味だ。


「キミの肉体を作ったのは、どの神でもなかった。そもそもボクら十柱以外の神は、肉体を構築させられる程の世界に対する権限を持っていないからね。だからボクらは、キミが何者であるかを見定める必要があった」

「それ故の〈傍観者〉、ですか」

「そうだよ。キミの場合は〈原初オリジン〉が【スルー】なんていう不思議過ぎる能力を持っていたせいで成果は出なかったけれど、本来「神から与えられた職業」には強制力が発生するんだ。キミが何者であるにせよ、ボクらにとってイレギュラー過ぎる存在であったのは事実だった。だから、キミを限りなく、キミという存在を見定める時間を作ろうとした。アルツェラがキミを見極めるために、ね」


 合点がいくとはこの事だった。

 僕だけが何故女神なんていう存在から見られ、女神に関する称号――〈女神様の抱腹対象〉――を得たのか。その理由は、それが原因だったのだろう。


「なら、どうしてそんな僕を神に押し上げようと?」

「キミがどうやってこの世界に生み出されたのか、その理由が判別したから、だよ」

「……まさかとは思いますけど、邪神だとかそういう面倒な連中に目をつけられたから、とか、そんなものじゃないですよね?」


 勇者召喚にありそうなパターンから推測して、自らネタバレをするような勢いで口にした推測は――しかしアーシャル様にきょとんとした顔で見られながら「なにそれ?」と一蹴されるという、堂々とした滑りっぷりだった。

 僕の直感……鋭いんじゃないのか……。


 それにしても、神様から作られた身体じゃないというのなら、一体誰が僕の身体を作ったんだろうか。

 それを問いかけてみると、予想だにしなかった言葉が返ってきた。


「キミを生み出したのは、キミの仲間達だよ」

「……え?」


 僕の思考は完全に停止した。


「神の力によって生み出された彼らは、神の力の集合体だったと言ってもいい。そんな彼らが無自覚にその力の残滓を寄せ集めて、本当に信頼している心の拠り所――「高槻 悠」という存在を生み出したんだ。言うなれば、キミは彼らの信仰や信頼といったもので生み出された疑似神と呼ばれる存在や、ボクが生み出す精霊に近い存在なんだよ」

「……つまり、僕は……」

「……は、「彼らの願いによって生み出された高槻 悠」であって、「本当の意味での高槻 悠」じゃない。だからキミは、この世界にやって来た時、最初は。あれはキミが生まれ立てで弱々しくて、存在が希薄だったからなんだけれど、憶えていないかな?」


 ――憶えて、いる。

 気が付いたら僕らはあの召喚された部屋にいて、僕はあまりの眠さに欠伸をした。その時、初めて僕に気付いたとでも言いたげにアメリア王女様とかからは驚いたような反応をされた。


 影が薄いからだと割り切っていたけれど、よくよく考えてみればそれは


 だって僕はあの時、

 それはイコールしてなのだから、存在にすら気付いていなかったなんて、普通に考えれば……有り得ないじゃないか。


 その後も、そうだ。

 佐野さんの称号に〈発言勇者〉がついていると公言された時、思わず噴き出してしまった時も、ただ少し噴き出しただけだというのに。それはまるで、その瞬間に、だ。


「……そう、なんです、か……」

「……ごめんね。キミが神候補に選ばれている理由を話すには、この現実をまず前提に知ってもらう必要があったんだ……。こんな事を言われたら、キミのアイデンティティが崩壊しかねない事ぐらい分かっているのに……」


 俯いたアーシャル様は、今にも泣きそうな顔をしていて――――









「え? なんで謝ってるんですか? というか、アイデンティティが崩壊するってどういう事ですかね?」








 ――――その表情と言葉の意味がさっぱり分からなくて、僕は思わずその理由を訊ねていた。


「……え……? だ、だって、キミが「本当の高槻 悠」じゃないなんて知ったら、キミは自分の存在が信じられなくなったり……!」

「あはは、何言ってるんですか。大体、向こうの世界で死んだから僕らは――あぁ、この世界に来たんですよね? という事は、教室でうたた寝していた「本当の僕」とやらは召喚されずに死んでいたって事ですよね?」

「そ、そうだけど……」

「だったら、今の僕は儲けものぐらいに思っておいた方がいいんじゃないですかね。僕は僕として今を生きてるわけですし。でも、そっか。、僕は僕の過去というものをいまいち明確に憶えていないっていうか、「情報」として理解しているけれど「記憶」としては希薄なのか、そっか」


 この世界に来た時、元の世界の家族の事を思い出して、もう会えないって思った。

 けれど、それに対してあまり思うところがなかったのは、どうやら「本当の僕」と「今の僕」が異なっているから、なのだろう。


 つまり、僕は純粋にドライ過ぎて家族の事とか忘れてるってわけじゃないのか。


 なるほどね。

 てっきり僕自身がよっぽどなのかと思っていたけれど、そういうわけでもないらしい。


 ……あれ、なんでアーシャル様はそんな、目を丸くしながら口をぱくぱくさせてるのかな。


「どうしたんです? 変な顔して」

「いやいや、おかしいからね!?」

「え、その程度の変顔で笑う事を求められても困りますけど……」

「そっちの「可笑しい」じゃないからねっ!?」


 異世界ギャグクオリティが僕には高度過ぎて理解できないらしい。


「はぁ。うん、もういいよ。キミがそこまで傷ついたりナイーブじゃないっていうか、いっそ大らか過ぎるような気もするけれど、うん。結果として壊れてしまわないなら、それに越したことはないし……」

「それより、「今の僕」が「高槻 悠」だった頃の記憶を持ってるのは、どういう事なんです?」

「あぁ、うん。それはあくまでも、キミを作った十人の召喚者の誰かと共有した情報で作られたもの、だと思うよ。あくまでも、キミ自身の記憶ってわけじゃないね」

「ふむふむ、なるほど」


 って事は、僕の家族構成は誰かが知っていたりしたのかな。

 まぁ正確には僕のじゃなくて「本来の僕の」って言うべきなんだけど、こんがらがりそうだからいいよね。


「それで、なんで僕が神になるんですか?」


 ここで細野さんがいたりしたら、「新世界の」とか付け加えそうな気しかしない。

 なんてくだらない事を考えてたら、アーシャル様がこめかみに指を当てながら、さも諦念を吐き出すようにため息を零した。


「うん、もういいよ。うん、そうだね、本題に入ろうね」


 何やら酷く呆れられているような気がするけれど。


「――それで、神にならないかって持ち掛けた理由は、今話した経緯を鑑みればなんとなく判ると思うんだけれども、ね?」

「つまり、ぼちぼち地盤も固まって、自分の足で歩けるようになったみんなが僕に頼らなくても自分達で歩けるようになったから、僕はお祓い箱よろしく忘れられて存在が消えつつある、とかですかね?」

「み、身も蓋もない言い方をすると、それに近い要素は確かにあるかもしれないけれど、そっちじゃないよ……? そもそも彼らはそんな気はさらさらないし、ね。そうじゃなくて、彼らに残っていた残滓だけじゃ、近い将来の内にキミが消失してしまう可能性があるからなんだ」


 もしそんな「新しい恋人ができたからポイ」みたいな真似だったら、精霊じゃなくて背後霊にでもなれないかなと思案していたんだけれど、どうも違ったみたいだった。


「でも、僕がそれで消失してしまったとしても、アーシャル様達は困らないんじゃ?」

「そんな事ない。キミが作る魔導具は、もうアーティファクトとして現存している魔導具に勝る程の強い物が多いし、魔族に蔓延られても困るから、ね。なのにキミ、レベル上がらないし自衛の手段もないから……」

「……あれ、僕が精霊とかに近い存在なら、襲われても死なないんじゃ……?」

「ううん。生命力がなくなったら、精霊も死ぬ、よ?」


 そういうところはご都合主義的なアレになってほしかったよね、うん。

 不死身になるとか、そういう、さ。


「だから、キミには神の候補になってもらう。これから多くの神と〈加護〉で繋がって、その存在を残せるようにしないといけないんだよ」

「あ、〈加護〉もらえるなら文句なんてないです。ちゃちゃっとくださいな」

「……なんか、ありがたみが足りない……」


 いや、うん。

 僕の元々の目的は、むしろそっちだから。

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