3-5 ハイエルフ
何故こんなに幻想的な場所に純和風テイストを叩き込んだのか、
理解に苦しむ僕の苦悩はリティさんやオルトネラさんには分からないだろう。
和洋折衷の在り方を問い詰めてやりたい気分を押し殺しながら、鳥居に囲まれた石畳を進んだ先に佇むリュート・ナツメが築いたとされる王宮。そこは近づけば近づく程に神社やお寺の本殿を思わせるような、横に広がる社殿建築によって築かれた木造の建物だと確信させるものだった。
「靴はこちらで脱いでくださいね」
まぁ、和式ならそうだろうね。
リティさんに言われてブーツを脱いだ僕は、そのまま謁見するための一室へとまっすぐ案内された。
どうやら建物の中に仏像が置いてあったりといったはっちゃけぶりはないらしく、王宮としての役割をこなしているらしい。長い廊下を、いきなり和の世界へと異世界転移した気分を味わいながらも進んでいると、先触れに走っていたオルトネラさんの部下の人達が待っていた。
「陛下がお待ちです。どうぞお入りください」
促されるままに一室へと入る、オルトネラさんとリティさん、そして僕。部屋の中は畳が敷かれていて、僕らの入った先は一段高く創られた部屋。
そんな所に拘りを発揮されても困るけど。
段々と和風テイストが許せなくなってきた僕を尻目に、オルトネラさんとリティさんが御簾の近くに座り、僕はもう少し離れた位置にある正面の座布団の上に座らされた。
僕らが座ると、御簾越しの部屋に一人の女性がやってくるのが見えた。
……いや、女性ではなくて少女だ。
はっきり言おう。
御簾の高さと顔の位置が合っていないせいで、顔が丸見えである、と。
「ようこそおいでくださいました、異界の勇者、ユウ殿。私がこのラティクスを統べるハイエルフ――アリージアです」
柔らかな、優しげなお姉さんのような声色で語りかけられたけれど、僕としてはその声が正面にいるハイエルフであると思しき少女から発せられたものではないとすぐに判った。
だってあの子、僕の方を見ながらぺたりと座椅子に座って足を上下させながら、悪戯でも仕掛けているかのように爛々と目を輝かせて笑っているもの。
……どうすればいいのさ、この微妙な空気。
そう思っていたら、ミミルがちょんちょんと僕の足を叩いて、ログウィンドウを見せつけてきた。
――『【幻影術】の効果をスルーしました』。
……あぁ、なるほど。
どうやらあの少女は本物なんだろうけれど、この声は影武者か誰かのものであって、さらには幻影で見た目を誤魔化すつもりだったんだろうね。きっと幻影が見えてさえいれば、御簾がちょうど顔ぐらいの高さだったのかもしれない。
僕にはそれがスルーされているから、思いっきり少女と目が合っているんだけれど。
「アルシェリティア。この方ならば結界を修復できる可能性がある、と?」
「はい、アリージア様。この方ならば結界の修復が可能かと思われるため、こうして足を運んでいただいたのです。すでに迷宮都市アルヴァリッドでは――」
相変わらず少女とはまったく関係ない声が話し、リティさんが背筋を伸ばしてキビキビと答えている中、僕は御簾に隠れていない少女と目を合わせて視線で会話をしていた。
――いつまで続けるのさ、この茶番。
――ぬ? なんか目が合ってる、ような……? よもや気付いたわけではあるまいな?
――いや、気付いてるからね。というか目が合ってるんだから。
――……ぬぬ……? やはり妾を見ておるのか……?
――だから気付いてるって気付いてよ。
そんな少女との視線のやり取りをしている間に、どうやらリティさんが僕を連れてきた経緯についての説明が終わっていたみたいだ。返答を求めるかのように僕に視線が集まり、奇妙な沈黙が流れる中、少女が「もしかして」とでも言いたげに僕をじっと見て――突然変顔をした。
「ぶふっ!」
「ぬッ!? やはりおぬし、気付いておるのか!?」
不覚だった。
整った少女の顔でいきなり変顔されて噴き出してしまった。
うぐぐ、やってくれたね……。
一方で、僕とハイエルフである少女以外は突然僕が噴き出した姿に、一体何があったのかと混乱しているような様子で一連の流れを見ている中、立ち上がって御簾を潜るようにやってきた少女の姿に、二人の目が丸くなった。
「アリージア様!?」
どうやら御簾で仕切られたあの場所が幻影の切れ目と言うべきか、そういう境界線の役割を果たしていたのだろう。
さっきからあの少女が立ち上がったり声を出したりしていたのに二人がそちらを見ようともしなかったのに、御簾の下を潜り抜けた瞬間に初めて事態に気が付いたのか、リティさんとオルトネラさんが慌てて声をあげた。
「よいよい。どうやらこの小僧は妾に気付いておるようじゃった。くだらぬ小細工など通用せんのじゃろう」
「ですが……」
「構わぬ。リュート殿と同じ異界の勇者ならば、見た目で侮るような真似はせんじゃろうて」
何やら確信めいた物言いで、少女――アリージアと呼ばれた少女はニヤリと笑みを浮かべて僕を見やる。
「そうであろう? 異世界人は妾のような者を崇拝すると聞いておるぞ?」
「……? 崇拝?」
「うむ。妾のようなものは至高の存在だとあやつは言っておったのじゃ!」
……はて、何を以って至高の存在だと言ったんだろうか。
見た目だけなら確かに、整った顔立ちをしている少女だと言える。流れる白髪に青い瞳、尖った耳に白い肌を持ち、くりくりとした目は蒼穹を思わせるような青色をしている、ツインテールの少女。
どう見てもロリっぽい。
…………あぁ、なるほど。
「異世界代表として聞き捨てなりませんね、誰もがそういう
「な、なんじゃと……っ!?」
リュート・ナツメ。
どうやら彼は随分とはた迷惑な異世界常識というものをこの世界に流布してくれているらしい。いわゆる所の「のじゃロリ」と呼ばれているような類は、決して僕の食指が動く対象ではない。
ハッキリと言おう、僕はロリ好きの気質を持ち合わせてはいないのだ、と。
「どういうことじゃ……! リュートは妾の見た目と喋り方さえあれば、どんな異世界人もイチコロじゃと言って教えてくれたというに……!」
「ごく一部では、です。需要はあるので大丈夫ですよ」
「ならなんでおぬしはそんな冷めた目をしておる!」
「あはは、冷めた目なんてそんな。騙されているとまでは言いませんけど、いいように転がらされているなぁ、と思ってただけですよ」
「っ!? ……あやつ、妾を騙しおったのか……ッ!」
まるでこの世の終わりを見たかのように目を大きく剥いて、アリージアさんは膝から崩折れ、嘆くように呟いた。あわあわとリティさんがどうフォローすればいいのかと迷い、オルトネラさんもどうすればいいのかと困った様子でおろおろしている。
しょうがない、ここは僕が一肌脱ごう。
アリージアさんの前へと近づいて膝をついてポンと肩に手を置くと、アリージアさんが若干涙目で僕を見上げてきた。
「……ユウ殿……」
縋るような視線を受けて、安心させるように僕もにっこりと満面の笑みを浮かべた。
「いい勉強になったと思って、諦めた方がいいですよ」
「それフォローじゃないですっ!?」
僕の優しさに溢れる言葉に、リティさんのツッコミが飛んだ。
「――なるほど。つまりリュート・ナツメとアリージアさんは実際に面識があったんですね」
さっきまでアリージアさんの代わりに幻影アリージアさんの声役をやっていた、アリージアさんの側付きのルシェルティカさんという綺麗なエルフのお姉さんの膝に抱きかかえられながら、半べそ状態でアリージアさんが頷いた。
なんていうか、見た目通りの子供な性格だなぁ。
「失礼ですけれど、アリージアさんって初代勇者がいた頃から生きていたっていうなら、もう数百歳ってことですよね?」
「うむ、もうすぐ五百といったところじゃな」
「……ハイエルフって何歳で成人なんです?」
「ぬ? 妾はもう成人しておるぞ?」
……はて、どういう事だろうか。
どう見てもリティさんよりも幼いみたいだけれど、リティさんはその十分の一の五十歳オーバーだったはず。
「……ユウ様。僭越ながら、ハイエルフは皆こうですので」
「……こうっていうと、容姿はずっとこのまんまってこと、ですか?」
小首を傾げつつ思案していた僕に声をかけてきたルシェルティカさんが、僕の問いにこくりと頷いて肯定した。
「……え? という事は、ハイエルフはもしかしてこれが大人の姿なの?」
「はい。この愛らしい姿こそがハイエルフ様の特徴です」
「ふふん、どうじゃっ!」
「うわぁ……」
「うわぁ、ってなんじゃー!」
ドン引きしてる僕にアリージアさんが猫みたいに牙を剥いて騒ぎ出した。
リュート・ナツメが至高の存在と口にしたのも、その辺り――つまりは永遠のロリとでも呼ぶべき容姿についてなんだろう。
それにしても、だ。
リュート・ナツメは恐らく、僕らとほぼ同じ時代を生きているという可能性が高い。
そもそも「のじゃロリ」に対して造詣が深い上に、まさにライトノベルの王道とでもいうべきか、テンプレをなぞるような行動をしている部分を見る限り、恐らくは僕らと同じ時代を生きている日本人だろう。
それにしては、生きた時代に数百年以上も間があるっていうのはどういう事なんだろう。
リュート・ナツメと僕ら――同じ時代に生きていた人間が、こちらの世界では全く異なる時間に召喚されたのはどうしてなんだろう。
異界からの来訪者がイコールして勇者と呼ばれているのはなんとなく理解できるけれど、そもそもリュート・ナツメが何者かによって召喚されてきたのか、それとも何かに巻き込まれるようにこの世界にやってきたのか。
……まぁ、考えても無駄だね、分からないし。
一生懸命両手を振り回して叩いてこようとするアリージアさんの頭を押さえつつ思考を巡らせていると、引き攣った表情のリティさんと目が合った。
「リティさん、そろそろ本題に入らない? さすがに僕も早くゆっくりしたいんだけれども」
「そ、そんな困った風に言われても困りますぅっ! 話の腰を折ってるのはユウさん達ですよっ!?」
「だってさ、アリージアさん。挨拶だけって聞いてたけれど、まだ時間もあるなら僕を呼んだ理由について話したり、やる仕事はまだあるよ」
「おぬしに言われとうないわぁっ! なんなんじゃ、なんなんじゃ、おぬしはぁっ!」
「あはは、元気だね、ハイエルフって」
あれ。二人のツッコミぶりに対してそう言ってみたら、オルトネラさんとルシェルティカさんからは何やら悍ましいものを見るような目で見られてる気がする。
そんな中、アリージアさんが再びルシェルティカさんの膝へと戻り、僕の手で押さえられていたせいで乱れていた髪をルシェルティカさんに手櫛で直されながら、一つ嘆息してから気持ちを切り替えるように咳払いした。
「まぁ、話しておける事は話しておこうという点については同意じゃ。オル、夕飯はここへ運ぶように伝えるのじゃ」
「はっ」
オルトネラさんが短く返事をして出て行く姿を見送ってから、アリージアさんが小さく細い指をパチン、と鳴らした。すると見えない膜のような何かが広がったような、そんな気配が僕らを包んだ。
「これは?」
「遮音の結界じゃ」
「遮音、ですか」
「うむ。これから話す内容は、ルシェルティカ、アルシェリティアの二人は信頼できるが、他に知られては困る。すまんが、ユウ殿。おぬしもここで話す内容は他言するでないぞ」
先程までのフザけたやり取りから一転、真剣な空気を醸し出しながら告げるアリージアさんに、僕も茶化したりはせずに頷いて答えた。
「おぬしにこの国へと来てもらった理由については、アルシェリティアからも聞いておるな?」
「えぇ。この国を守る〈
「うむ。しかしそれだけが全てではないのじゃ。――その話をする前にじゃが……アルシェリティアよ、選ぶのじゃ」
「ふぇっ? え、選ぶ、とは……?」
「これから話す内容を知ってしまえば、おぬしは今回の件が片付くまでユウ殿の警護をするか、あるいは軟禁させてもらう事になる。その覚悟がないのなら、今すぐこの部屋から出ていくが良い」
「ど、どういう……――ッ!」
どうやらリティさんも初耳だったらしく、僕より先に身を乗り出しながら訊ねようとしたものの、ルシェルティカさんの鋭い視線に一瞥されて動きを制された。
一体何を指してそこまで言う必要があるのか分からない僕を他所に、先程までのどこか気の抜けるような雰囲気から一転、リティさんとアリージアさん、ルシェルティカさんの間には張り詰めるような空気が流れる。アリージアさんの視線も見た目にはそぐわない剣呑な光を宿していて、そんな視線に晒されているリティさんの表情も強張っていた。
「よく考えて答えなさい、リティ。ここから先に足を踏み入れるのであれば、もう後戻りはできません。例え同胞を手に掛けることになるとしてもやり遂げる程の決意が持てないと言うのであれば、ここで引きなさい」
「ど、同胞を手に……?」
「うむ。最悪の場合はそれすらもあり得るのじゃ」
ルシェルティカさんが言う意味はともかく、何やらずいぶんときな臭いというか面倒事があるらしい。
……というより正直、そこまでの面倒事があるんだったら僕がお暇したいぐらいなんだけれど、そんな事を軽々と言える雰囲気じゃない辺り、どうにも蚊帳の外にいる感が半端じゃない。
現実逃避するかのように空腹を訴え始めているお腹を擦りながら遠い目をし始めた僕の横で、俯いていたリティさんがようやく顔をあげた。
「……私が、ユウさんを連れてきましたから……、私だけここで逃げるなんて、有り得ませんっ! 最後までやり遂げます!」
言い切ってみせたリティさんの言葉に僅かな沈黙が流れて、ふとアリージアさんとルシェルティカさんから流れていた重く息苦しさを感じさせるような空気が払拭される。
そこでようやく、アリージアさんが僕へと視線を戻した。
「すまぬ、ユウ殿。突然の事でさぞ驚いておるじゃろう」
「まぁ、いきなり不穏な会話の流れになりましたし、驚いたというより困惑してますけど。それで、〈
リュート・ナツメと同じ異世界人だからって勘違いされても困る。
そんな真意を言下に含んだ僕の言葉に、アリージアさんは苦笑を浮かべた。
「元より戦ってもらうつもりはないのじゃ。ユウ殿にはもっと大事な役割をこなしてもらう必要がある」
「もっと大事な役割?」
「うむ。実はの――」
――――そう言って続いたアリージアさんからの言葉に、僕は盛大なため息を吐く事になるのであった。
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