3-4 異文化



 悠が突然姿を晦まして、数日が過ぎた。


 俺達――『勇者班』は、リジスターク北東部に向けて魔導車を走らせては村や町に寄って物資を補給して、また走り続けてといった具合の日々を過ごしている。

 昌平が運転している魔導車の後ろでは、俺と咲良、美癒と瑞羽の四人でくだらない話をしたり、昼寝をしたりと思い思いに過ごしていたんだが、瑞羽が突然虚空を見つめ、その後でくすりと笑った。


 瑞羽の一言が怖い。

 どうやら俺達が視えない何かを通して情報を得たらしく、瑞羽が見ていた方向からなんとなく距離を取りつつ、どうしたのかと視線で問う。


「四人目、捕まったみたいよ」

「お、おう、そっか」

「大活躍」

「ふぇ……? どうしたの?」

「悠くんの魔導具がアルヴァリッドで四人目の魔族を捕縛したのよ」

「わぁー、すごいねぇー」


 瑞羽――が使役する霊体?――から齎された情報に、思わず俺達の顔は綻んだ。


「やっぱり悠くんを狙っているからアルヴァリッドに来るんでしょうね、魔族も。あのファムって魔族の娘が言っていた通り、魔王軍に悠くんの情報が渡った可能性は高いわね」

「おかげで私達は順調」

「それもそうなんだけどね。でも、もし悠くんの魔導具が失敗作だったら、アルヴァリッドはかなり危険な状況に陥っていたわね」

「そりゃそうかもしれねぇけどよ、逆だと思わねぇか? 魔導具が順調だからこそ、俺達がアルヴァリッドを旅立てたんだし、失敗作だったらなんて考えてもしょうがねぇだろ」

「……えぇ、それもそうね」


 悠が行方を晦ましたその翌日、俺達『勇者班』はダンジョン内で悠を探したりもしてみたけれど、アイツが自ら『探しても無駄なので』と書いた通りに徒労に終わったが、屋敷に戻った俺達も驚かされたものだった。

 最初の魔族が悠の魔導具によって捕縛されたと報告が入った。

 それはつまり、悠の魔導具が正常に作動しているという意味でもあり、同時に、魔族の標的としてアルヴァリッドが狙われるようになった証左でもあった。


 祐奈やエルナさん、シュットさん達を交えて相談した結果、俺達は他の魔族が集まる前にアルヴァリッドを後にする事にして、早々にアルヴァリッドを出るように提案された。

 というのも、アルヴァリッドが悠の魔導具によって護られていると判った以上、俺達が残る理由はない。むしろ無駄に時間を延ばして、アルヴァリッドの外で待ち伏せされてしまう方が危険だと判断したからだ。


「それにしても、まだ数日だってのにずいぶんと多く捕まってるんだな」

「それだけ魔王軍にとっても悠の魔導具は脅威。瑞羽、捕まった魔族に共通点は?」

「てんでバラバラみたいね」

「なら、多分来たのは捨て石」

「どういう意味だよ?」


 珍しく饒舌な咲良に、俺達の視線が集まる。

 咲良は所在なさ気に少し視線を泳がせた後で、こほんと小さく咳払いしてみせた。


「悠の作った魔導具が魔狼だけにしか効かないものなのか、そうじゃないか。もし魔狼だけに有効だったなら、魔導具の性能が知れる上に潜入できる。潜入できたら祐奈や私達の情報を探らせようとしていたんだと思う」

「……なるほど。つまり、魔導具の効果があらゆる魔族に共通して発動できるのかを調べようとして、下っ端を送り込んできたってこと?」


 珍しく長いセリフを口にして疲れたのか、咲良は瑞羽の質問に肯定を示す頷きだけで返した。


「そこまでするのか? 捕まったら殺されるってのに?」


 咲良の言い分は確かに有り得なくはないと思うけれど、俺にはどうにもその話が腑に落ちなくて眉を寄せながら訊ねた。

 悠が作った魔導具の効果を確認するために、わざわざ命を賭けるような危険な橋を渡ったというのが、どうにも信じられない。だいたい、悠の魔導具が正常に働いているだけでまず確実に捕まってしまうんじゃ、そこまで無茶な真似をして調べる必要があるのだろうかと考えると、どうにも俺には素直に納得できなかった。


 そんな俺に答えたのは、くすくすと笑う美癒の笑い声だった。


「分かってないね、真治くんは」

「な、なんだよ、いきなり」

「これは戦争なんだよ? 生きるか死ぬか、殺さなきゃ殺される、それが戦争。自分達の仲間の為に命懸けで情報を得ようとするのは、別に珍しくないんだよ? 魔族は捕まっても捕まらなくても作戦が成功してるんだよ?」


 美癒が怖い。

 くすくすと笑いながら、相変わらずどこか狂っているようにすら見えてしまうのは俺だけじゃなかったんだろう。咲良はさりげなく距離を置くように移動して、瑞羽が笑みを引き攣らせていた。


「捕まれば魔導具の危険性が実証されて、捕まらなかったら魔導具をそこまで警戒する必要がないものとして、魔狼だけを前線から外せばいい。そうやって線引できちゃう情報を、魔王軍は的確に選び取っているの。だから私達は、早く前線にいかなきゃいけない。悠くんの魔導具ばかりに頼ってちゃダメ。私達は魔王軍が突破口を見つけようとする前に、前線を押し返して反撃するの。私達がいっぱいいっぱい注目を集めれば、それだけ魔王軍も私達を危険視する。そうすれば、他の町にちょっかいを出す動きも鈍るんだよ。だから私達はいっぱいいっぱい殺そうね、ぷりんちゃん」


 相変わらず愛しているらしいテイムモンスターのスライムを抱き寄せ、恍惚とした表情で語る美癒をどうにかしてくれと瑞羽に目で訴えるが、どうやら瑞羽はこの状態の美癒には何を言っても無駄だと悟っているのか、瞑目して首を左右に振られた。

 丸投げするなよ、保護者!


「美癒の言葉は一理ある。今の状況はつまり、魔王軍には「悠の魔導具に意識を割くだけの余裕がある」という証拠。私達が前線で活躍すれば、そんな余裕はなくなる」

「……そうすりゃ、悠だけじゃなくて祐奈達の危険も減らせるってわけか」

「そうね。前線で戦えるタイプの私達だからこそできる事を、しっかりやらなくちゃ」


 くすくすと笑う美癒の危険な発言はともかく、俺達は俺達でやるべき事をやらなくちゃいけないってことだな。


「それにしても、悠くんって凄いよね。きっと魔王軍がこうして情報を選び取ろうとするのが判ってて、それで魔王軍の警戒を一身に受けるように宣言しちゃうんだもん。憧れちゃうよね、ぷりんちゃん」


 美癒の一言はあながち間違っていないような気もしてくるな。

 アイツの事だから、今みたいに魔族が手を出してくるのを見越した上で挑発しつつ魔導具の有用性を実験して、なおかつ俺達から注目を外すなんていう、まるで二手も三手も先の事を読んでいたとしても驚きは少ない。というか、むしろ普通に有り得そうな気がする。

 そう思ったのは俺だけじゃなかったらしく、咲良も瑞羽も「あぁ、あり得る」とでも言いたげに遠い目をしながら乾いた笑いを浮かべていた。


 やっぱりアイツは、俺みたいなのとは見ているものが違うんだろう。

 改めて、俺もアイツには尊敬すら浮かびそうだ。


 ……けど、美癒に憧れを向けられたり尊敬されたりするのは、なんとなく怖いから遠慮したいが。








 ◆ ◆ ◆








 世界樹ユグドラシル。

 僕らにいた世界で語り継がれていた北欧神話では、それぞれの世界を繋ぐように伸びる一本の木として登場していた存在。それがこちらの世界では精霊界とこの世界を繋ぐ〈門〉として機能しているというのだから、なんらかの関係性があるように思えてならない。

 そんな事を考えていたら、何故かすごく寒気がしたような気がしてぶるりと身体が震えた。


 ……なんだろう、何か触れちゃいけないものに触れてしまったというか、ちょっと悪寒にも近い何かだった気がする。


「ふふん。いくらユウさんでも、世界樹の大きさには驚いちゃいましたか?」

「そりゃ驚くよ。だって……倒れたりしたら大惨事だよね、これ」

「そっち!? そうじゃないです! 世界樹が倒れるなんて有り得ないですっ!」


 なんとなくリティさんが得意気に訊ねてきたので軽口で返してみるけれど、実際あんな大木というか、高層ビルのような大木が倒れてきたらと思うと、あながち軽口じゃ済まないような気がしてくる。

 そんなくだらない事に思考をやりつつ、僕はオルトネラさん達に連れられたままユグドラシルに向かって歩き続け、ようやくその全容を目の当たりにした。


 ユグドラシルは僕らが歩く位置から見ると、さながら蟻地獄の巣を思わせるような、すり鉢状に下がった位置にあるみたいだ。根本の部分は、あの大きさに相応しい程の太く逞しい木の根が縦横無尽に大地を突き破るように広がっていて、どうやら水が溜まっているのか、透明な巨大な湖が生まれていた。


「あの水って、普通の水なんですか?」

「いえ、あの水は非常に濃度の高い魔力を含んだ水です。あの水は世界樹には欠かせない命の水ですが、人にとっては毒になるほどに濃い魔力を含んだ水ですので、間違っても飲んだりしないでくださいね?」

「へぇ……。ちなみに、飲んだらどうなるんですか?」

「身体が溶けて魔力の水になっちゃいますよ?」

「なにそれこわい。絶対に飲みません」


 溶けてなくなるなんて、それどんなホラーなんだろう……。


「私達エルフは死後、あの水の中に遺体を沈め、やがて世界樹の一部となるのです」


 ――生きている間は世界樹を守り、死後は世界樹の一部となる。

 リティさんが当然のように語るそれは、きっと火葬されたりする僕らとはまったく違う感覚だからこそ当たり前に受け止められる在り方だろう。

 もしかしたら、外の世界を見て回るのを推奨しているのは、そうした生涯の一種のガス抜きとでも言うべき行為なのかな――と、ふとそんな事を考えてしまって、すり鉢状に下った先に間違っても落ちないようにそっと距離を置きつつ詮無き事と頭を振って思考を切り替えた。


「あちらが我々〈森人族エルフ〉を束ねるハイエルフ様のお住まいになられる王宮です」


 さりげなく後退した僕に気が付いたらしいオルトネラさんが苦笑しつつ、僕に目的地を指し示すように声をかけてきた。


 ふわふわと飛び交う精霊が色彩豊かな光となって漂う、その下。

 そこにあったのは――


「……神社?」


 ――真っ赤な鳥居と石畳が続き、その先にある建物。

 それはまさしく、僕が口にした通りに神社や大きなお寺の本殿を思わせるような、社殿建築によって建てられたような建物が鎮座していた。


 ……これはもう、疑う余地もないね。

 橘さんのアイドル文化侵略には少し引き攣る笑みしか浮かばなかったけれど、どうやらこっちはリアルな意味での文化侵略を目指したんだろう。


「あの建物は、初代勇者であるリュート・ナツメ殿によって建築されたものです」

「でしょうね……」


 どこか誇らしげに語るオルトネラさんには非常に言い難いけれども、なんとなくそんな気がしていただけに僕のリアクションは薄い。


「もしかしなくても、中には畳とかあったりしません?」

「その通りですとも! いやはや、そうでしたな。ユウ殿はかつての勇者であるリュート殿と同じく、異界より来られた方でしたな! 是非ともくつろいでいってくだされ」


 なるほど、つまり彼は――リュート・ナツメは衣食住の全てに於いて文化侵略を行ったらしいね。彼が築いたとされるヤマト議会国とここ、どちらを先に着手した結果なのかは分からないけれど。


 ――もしかしたら、僕はリュート・ナツメとは敵対する事になるかもしれない。

 そんな予感が脳裏を過ぎる気がしつつ、僕らは真っ赤な鳥居と石畳が並ぶ道へと向かっていく。


 真っ赤な鳥居がほぼ隙間もなく並んで、その下を石畳がきっちりと並べられている。この光景は、テレビで何度か見た事がある。京都の伏見稲荷、かの有名な千本鳥居のようだった。

 薄暗い中、足元に咲く暖色系の光を放つ花の蕾が提灯みたいに見えたり、ふわふわと漂って光の尾をひきながらやってくる精霊が人魂に見えたりと、いきなり和風ファンタジー感が漂い始めた気がして、なんとなく僕は感動よりも辟易とさせられた気分である。


 赤い鳥居には見慣れない言葉が書いてあって、聞けばそれらはユグドラシルの根本の水の中に眠った〈森人族エルフ〉の名前であるらしく、この鳥居は墓標代わりの役目も果たしているらしい。

 これはリュート・ナツメの提案らしいけれど、元々鳥居は神の住まう神域と人間の住む世界を区切る門のような役割を果たすためのものだったはずだ。多分、リュート・ナツメはそういう意味をあまり知らずに使ったんだと思う。


 まぁここは異世界だし、間違っていても赦される……と思っておこう。

 元々僕は無神論者だから気にした事もないけれども。


「本日は簡単な挨拶のみとさせていただきます。長旅でお疲れでしょうし、温泉で疲れを癒やしてくだされ」

「温泉があるんですか?」

「えぇ。リュート殿がお作りになったとされる、露天風呂がございます」


 リュート、グッジョブだと言わざるを得ないね!

 特にお風呂好きでもないけれど、露天風呂となれば話は違ってくるし、何よりこの数日間お風呂にも入れなかったせいで、身体が痒い。


 それに、温泉は僕も好きだ。

 なんとなく贅沢な気分を満喫できるし。


 ニマニマと笑っていた僕の横に、ひょいっとリティさんが顔を覗かせた。


「夕飯は楽しみにしていてくださいね、ユウさんっ」

「何か特産物でもあるの?」

「異界の方ならば間違いなく泣くと言われている、コメとミソがありますっ!」

「……それ、訊くまでもなくリュート・ナツメの仕業だよね?」

「そうですっ!」


 リティさんが誇らしげに胸を張った。

 少なくともリティさんが胸を張る意味は僕には分からないけれども。


 それにしても、だ。

 神社に畳、露天風呂に千本鳥居に、さらには米とか味噌。

 なるほど、どうやらリュート・ナツメは日本の文化をこれでもかって程にこのラティクスの王宮に採用させたらしいね。








 でも――これで確定した。







 初代でもあり、本物でもあった勇者、リュート・ナツメ。

 恐らく、彼と僕は決してにあるのだろう。

 もしも出会おうものなら、まず間違いなく熾烈な争いを繰り広げることになると断言してもいい。












 だって僕、どっちかっていうと洋風の家の方が好きだし、寛ぐのは畳よりソファー派だ。ちなみに主食もパン派だもの。










 もし出会ったらドヤ顔気味に米や醤油や味噌を取り出して、僕が感動したり焦がれたりっていうリアクションを求めてくるだろうけれど、僕は生憎とそんな純和風なタイプじゃないからね。

 異世界行ったからって誰もが和食に焦がれると思っているのなら、勘違いしないでほしいと言ってしまいそうだ。 


 そうなれば、間違いなく僕とリュート・ナツメは言い合いという醜い争いに発展するだろう、なんてどうでもいい事を考えつつ、僕はようやく――ハイエルフが住まう王宮へと足を踏み入れた。




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