Ⅲ 世界樹とエルフの涙

3-1 Ⅲ Prologue

 地面から三〇センチ程の高さを滑るように宙に浮いた、ボード。

 裏面に描かれた幾何学的な紋様の中心には、風の属性を多分に含んだ緑色の魔石が起動状態を示すかのように煌々と輝き、真下にある地面と後方に向かって勢いよく風を吐き出している。

 足を乗せる場所に書かれているのは、吸着の魔導式。これに足を乗せるだけでボードはまるでスノーボードのように足に固定された状態を思わせるかのように張り付いていて、僕の精霊――ルファトス様から与えられた【魔導の叡智】と、【魔の理】によって生み出された唯一無二の精霊――であるミミルの指示によって、着脱を可能にする。


「――――!」


 後方から何か叫ぶような声が聞こえるけれど、今はこの『魔導式浮遊板マギ・フロートボード』の試運転が楽しいから、とりあえず無視。


 うーん、もうちょっと高い位置まで飛べるように魔法陣を書き換えて、無属性魔石を組み込んでパワーを調整した方が良さそうかな。そうすれば、例え魔物が道の行手を阻んでも……あ、僕の存在は【スルー】されるから、盗賊対策と思った方がいいかな。

 とにかく、いちいち迂回するより飛び越えた方が早そうだしね。


「ミミル、一旦ストップ」


 肩に乗って楽しそうにしていたミミルに声をかけて、僕は魔法陣の発動をゆっくりと止めてもらい、地面に着地して、そのまま魔法陣の解析を始めた。


「はぁ、はぁ……っ、や、やっと追いつきましたぁ……」

「うーん。ミミル、底につけてる魔石の出力を上げるのと、新しく無属性魔石を取り付けるの、どっちがいいと思う?」

『両方やっておいた方がいいと思う。無属性魔法陣の方に重力軽減の魔法陣を刻めば、今よりも高度も速度もあげられると思うよっ!』

「あぁ、その手があったね。重力軽減の魔法陣ってどうやるんだっけ?」

『これっ!』


 ログウィンドウを巧みに操り、ミミルが表示してくれる。それを見ながら『魔導式浮遊板』を裏返しにして、今の魔導陣の横の空いてるスペースを計算しながらミミルに合図を出す。


『――【魔導具制作】・刻印』


 僕の代わりにスキルを使ってもらうことで、ログウィンドウに描かれていた重力を軽減するための魔法陣が、『魔導式浮遊板』の裏面に刻まれていく。僕の魔力を使ってスキルを発動してくれるミミルのおかげで、いちいち刻印しなくていいのは助かる。

 そこで、更に僕も腕につけている冒険者の腕輪を発動――工作道具が入っている箱を召喚して、中心に屑魔石を癒着させる準備を始めた。


「……あの、ユウさん? えっと……」

「あ、ちょっと黙っててもらえます? ミミル、ここね」

「あ、はい……」


 後ろからかけられた声が作業の邪魔にならないように制して、ミミルに合図。『一世一代の大仕事!』とログウィンドウに出しながら僕の指示した場所に魔石を癒着させ、魔導陣と連結させる。

 うん、そこまでの大仕事じゃないよ、ミミル。

 今まで魔導具は、魔石に直接刻印して作ってきたけれど、今回のこの『魔導式浮遊板』は個人的な実験も兼ねて、魔石を中心に置いて魔法陣を連結させて発動させるという新たな手法を試している。


 魔石に直接刻印するのではなくて、刻印したものに魔石を後付けすることで魔法陣を発動させる。通常サイズと呼ばれるような手のひら大の魔石を交換しながらメンテナンスをするタイプの、いわゆる電池のような役割を果たす作り方を模索しているんだけれど、今のところ実験は順調に進んでいると思って良さそうだ。

 おかげで魔導車よりもコンパクトかつスタイリッシュな、『魔導式浮遊板』が完成している。

 ふふふ、これはいいものです。


「よし、アルシェリティアさん。早速それに乗ってください」

「……ふぇっ!? えっ、ちょっと、待って!? それ今ユウさんが乗ってたやつですよね!? 無理無理無理!」

「いえ、乗れないと困りますよ。僕そんなに延々と歩きたくないですし、ステータス的に盗賊とかに襲われたら走っても逃げれませんし。大丈夫です、怖くないです。習うより慣れろと言います。さぁ、さぁ」

「う、うぅ……、わ、わかりました……」


 ニヤリ、と僕の口角が上がる。

 ミミルも僕の意図を汲み取って、『魔導式浮遊板』をすでに起動待機状態にしながら、予備の『魔導式浮遊板』にさっきまで僕とやってた作業を一気に進めて、同じ物を用意した。

 安堵させるように頷いてみせると、ようやくアルシェリティアさんが『魔導式浮遊板』にそっと足を乗せ――ミミルが即座に吸着用の魔法陣を起動させる。

 引き攣った顔で僕へと振り返ったアルシェリティアさんに、僕はにっこりと微笑んで手を振った。


 僕? 僕はまだ足を乗せていない。頷いてみせただけだ。

 それに気付いて丸い緑色の瞳をさらに大きく見開いて、アルシェリティアさんは涙を溜めた。


「あ、あのあの、ユウさん……? どうしてユウさんは足を乗せてないんでしょう……?」

「ん? あぁ、単純な話ですよ」


 怯える彼女の肩をポンと叩いて、僕はサムズアップした。


「試験運転よろしく」

「……ふぇ……っ!? ひあああぁぁぁぁ――ッ!」


 起動した『魔導式浮遊板』が勢いよく飛び出し、アルシェリティアさんはドップラー効果よろしく悲鳴をあげながら空へと上がっていった。


 悲鳴をあげながら空を飛ぶ、僕の旅の同行者であるアルシェリティアさんを眺めながら、同行者である彼女との邂逅を思い出していた。











 ――――対魔族用結界として作られている、僕の魔導具の設置。

 どこの町から優先的に設置するかと偉い人達が協議する中、僕は自分の心の安寧のためだけに、アルヴァリッドを第一の設置場所として選んだ。もちろん、理由は言うまでもなく、この町が魔狼の少女ファムが言っていた通り、魔族にとって狙われる可能性が高い場所だからだ。

 アルヴァリッドを取りまとめているのは、エルナさんのお兄さんであるシュットさんだ。当然シュットさんとしても、エキドナに続いて〈火の精霊祭〉での一件もあって、今後魔族に狙われる可能性が跳ね上がっている以上、僕の作った魔導具を早くつけてほしい。お互いに急ぐ理由もあったため、国の上層部の説得はシュットさんに丸投げした状態で、試験も兼ねての開発が始まったというわけだ。

 材料の供出はオルム侯爵家当主であるジークさんから許可を得たシュットさん。

 技術協力は小さいのにダンディかつ男前なアイゼンさん率いる〈アゼスの工房〉の皆さんと、それに加えて様々な部品や建設をザーレ商会がバックアップする形で、開発は一気に進められた。

 幸い、魔物の侵入を防ぐ町の外壁と、〈火の精霊祭〉で一時的に撤去していた噴水を戻す工事などが予定されていたおかげで、魔導具設置の為の工事はかなりの短期間で済んだ。


「一応設置は終わったみてぇだな。しっかりと魔導具として発動しちゃいるが、魔族がいねぇんじゃ効果の程を確認できねぇのが面倒だな」

「まぁ、それはそうなんですけどね。得体の知れない連中にファムを連れて行かれてしまった以上、難しいですね」

「……フン、得体の知れない、だと? よく言うぜ。おめぇさん、あの二人に何か心当たりでもあったんじゃねぇのか?」

「あはは、気のせいじゃないですかね?」


 アイゼンさん、相変わらず鋭い。

 ファムを連れて行ったのが安倍くんと小林くん――つまりは勇者召喚された十一人の内、この町に来ていない二人だと知られたら、ファムが狙っていた以上に勇者に対する信頼が下がりかねない以上、しらを切るしかないんだけどね。


「それで、コイツはどういう働きをするんだ?」

「えっと、それを今訊くってことは、知らずに手伝ってたんですか?」

「おう。おめぇさんが作ったこの前のヤツの改良版なんだろうが、おめぇさんの指示通りに仕事しただけだからな。それでも、今まで見たこともない複雑な刻印やら何やらばかりでさっぱりだ」

「……僕から見れば、効果も分からない魔法陣を刻印できる方が凄いんですけどね……」


 そもそも僕には魔法陣を転写するかのように刻む【魔導具制作】のスキルを使おうにも、ミミルに頼らなくちゃいけないんだから。効果を把握して彫って、初めて自分で刻めるのに。

 レベルが上がる人はいいよね……。

 まぁ、いいけどさ、もう……。


「前回作ったのは、彼女に渡したペンダントだったんです。あれは【着用者隷属】の効果がある『隷属の首輪』から転用した魔法陣だったので、効果の指定範囲を絞れた、というわけです」

「だが、コイツにそんなもんはねぇはずだ。どうやって魔族を対象に効果を絞るってんだ?」

「どうやっても何も、この町全体が指定範囲にしてますからね」

「……町全体、だと?」


 シュットさんを通してジーク侯爵さんからもらった、オルム侯爵家の家宝とも言われていた魔石。僕の腰程まであるという極大魔石を使って、アルヴァリッド全域までを範囲に収めるような無茶とも言える強力な魔導具となった。設置場所は、街の中心部にある噴水広場の噴水と外壁の改修工事に組み込めるように調整してもらった。

 魔導具の範囲と効果を指定してあるし、ある意味アルヴァリッドは状況的にも僕の魔導具を設置しやすいタイミングだった。


「――つまり、この町の中にいて、かつ魔族特有の魔力を持つ者には無条件で【敵対者に課す呪縛】が発動する、というわけです」

「……なんつー真似してやがるんだか……。それにしたって、そんな巨大な魔石、そうそう手に入らないだろうが。他の町はどうするんだ?」

「それも改善策を幾つか作っている最中ですよ」


 シュットさんを通してジーク侯爵さんからも、その件については言われているからね。

 と言うのも、アイゼンさんが言う通り、アルヴァリッドで対魔族用の結界魔導具――【敵対者に課す呪縛】の広域範囲版を作ってみた結果、町の範囲を供給させるにはあまりに大きな魔石が必要になることが判明してしまった。つまり、町を覆えるだけの出力を賄えて、なお魔力の補充が可能なサイズとなると、それこそ一国の年間予算を軽く上回る程に高い価値の魔石が必要になってしまうのだ。

 アルヴァリッドは町のシンボルとも云えるダンジョンから算出した魔石であり、オルム侯爵家が所有していた極大魔石があったおかげで、それが可能だったわけだけれど、他の村や町ではそうはいかないし、何より数に限りがあるからね。


 既存の魔導具ではできないのなら、魔導具そのものを変えるしかない。

 一応、すでに実験は進んでいる。


「……ったく、これだから嫌になるぜ。こういう、俺らの頭の上をあっさりと超えちまうような、一足飛びの天才ってヤツは」

「ふふん、嫉妬ですか? 見苦しいですよ、アイゼンさん」

「……ニヤニヤしやがって、この野郎。ハッ、寝言は寝て言えってんだ。嫉妬なんかじゃねぇ。むしろ追いつく楽しみができたってもんだぜ」


 ニヤリとニヒルな笑みを浮かべてみせるアイゼンさん。親方って感じがしてやっぱりちょっとカッコイイ。僕がちょっと調子に乗った感を出しているのに、大人の余裕というかなんというか。

 僕より背が低いのにカッコ良さを持つなんて、ドワーフは不思議だ。


 ともかく、これで設置は完了。

 起動状態のまま極大魔石がしっかりと魔力を循環させている事を確認して、帰路につく。


 なんだかんだで、この町の魔導具工事が終わるまで勇者班のみんなは残っているし、今日の成果を告げればすぐにでもみんなは旅に出るんだろうな。

 僕も一人旅してみたいとは思っているけれど、下手に動き回って魔族に捕まるのはごめんだ。ファムやエキドナを見た限り、他の町じゃ魔族が潜んでいる可能性もある。そういった可能性がある以上、なかなか一人旅に出られるような余裕はないかもしれない。


 とりあえず今夜は帰って調整が終わった事を伝えよう。

 みんなの気持ちが前を向いているのなら、僕だってみんなの足を止めるような枷にはなりたくない。


 ――――なんて思って歩き出した、その時だった。

 ガシッと、力強く僕の腕が何者かによって捕まった。


「……お願いします! 私達の国を、どうか助けてくださいっ!」


 突然腕を掴まれて、目深に被っていたはずのフードを取って勢い良く頭を下げてきた少女。白に近い金髪に、明るい翠玉のような瞳を携え、長い耳を持つエルフ。

 町では滅多に見かけなくて、いつか会ってみたいと思っていた種族だ。

 けれど。


「おい、またアイツ頭下げさせてるぞ」

「公衆の面前で頭を下げさせるとかどんな鬼畜かと思ったら、なんだ、アイツか」


 聞き捨てならない。

 僕が頭を下げろなんて一言でも口にした覚えはないんだけども。


 それにしてもこの状況、ファムさんに続いてまたまた町の往来の中で頭を下げられるという、嫌な記憶の再現をしてきたわけだけれども。ただ以前と違うのは、突然頭を下げてきて、顔を上げた時に浮かべていた必死さが窺える表情だ。

 ファムさんのようにどこかで何かを企んでいるような気配は微塵もなかった。

 さすがにそんな顔をされては、話を聞かずに無視するような気にはなれない、かな。


 ……周りからの悪評が拡散しそうだし、しょうがない。


 ……別に、一人旅の行先が決まりそうでちょうどいいとか、ただそれだけで話を聞きたかったわけじゃないよ、うん。







 ◆







 ――――そんなわけで出会ったのが、今も泣きながら空を飛びつつ、悲鳴が絶叫系のアトラクションを楽しむようなものに切り替わった、僕と同い年程の容姿をしているエルフの少女ことアルシェリティアさんである。


 慣れた様子で空を滑り、やがて彼女は僕のもとへと戻ってくるなり、くるりとターンして滞空してみせた。


「ユウさん! これ、凄いです! 楽しいですし便利ですよ!」

「……ガッカリだよ……!」

「っ!?」

「アルシェリティアさんなら涙目で叫びながら「たーすーけーてー!」とか言ってくれると思ってたのに……! ステータスに裏打ちされた運動能力であっさりと乗りこなすなんて……!」

「ちょ、ちょっと聞き捨てならないです! 私、そんなドジじゃないですよぉ!」

「……え?」

「……え……っ?」


 この子、自分が天然だってことに気が付いていないらしい。


「まぁとにかく、いきましょうか」

「えっ、ちょっ、なんですか、さっきの「え?」ってすっごい意外そうな顔してたのっ!」

「今日はいい天気だし、『魔導式浮遊板』にアルシェリティアさんも乗れるなら、それなりに距離は稼いでおきたいですねー」

「聞いてないですっ!? それに、リティでいいって言ってるじゃないですかぁ! なんでずっと他人行儀なんですかぁ!」

「うん、そうですね。それで、ラティクスまで何日ぐらいかかるんでしたっけ?」

「えっと、これなら多分、十日程でつくと思いますっ! ……あれ?」

「了解です。じゃあいきますよ」


 世界樹の麓。

 エルフの国――〈ラティクス〉。


 僕は書き置きだけを残して今、こうして天然っぽいエルフな彼女と共に、エルフの国へと向かっていた。

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