幕間章 咲良と悠

 私は――細野咲良という少女は、無口で無愛想。

 集団社会では爪弾きにされてしまう要因でもあるこの二つを、払拭できなかった。


 ――何を考えているのか分からない。

 ――なんだか不気味。

 ――気味が悪い、気持ち悪い。


 そういった視線を向けられ、遠巻きに疎外されてしまうのが、学校っていう空間。

 別に苛められたりはしなかったけれど、みんな私には関わろうとはしなかった。


 小学生の頃はやんちゃなクソガキ――いや、やんちゃなお子ちゃまから揶揄されるような事もあったけれど、そういうのは大抵無視していればすぐに飽きて他の標的を見つける。

 だからと言って、「気にしなくてもいい」と割り切れる程、私は強くなかった。

 心ない一言に傷ついたりもしたし、誰かと話題を共有してみたいと思ってみても、そんな相手はいなくて、孤独だった。


 そんな、自分の欠点とも云えるこの特徴が、大嫌いだった。


 どうにか変えようと思ったけれど、挨拶するだけでも不思議なものを見たかのように見られたり、そもそも私が話しかけても、それが理由で嘲笑われてしまうような気がして、そんなに簡単に他人に話しかけれたりはしなかった。


 そのまま中学校生活も、二年生を迎えた。

 何も変わらないまま過ぎて、変わりたくても変われない自分が嫌だけれど、所詮は子供の私達の世界はひどく狭くて、環境の変化なんて生まれない。


 そんな私の目に映ったのが、悠だった。


 顔も小さくて、目鼻立ちは整っているけれど、いつもどこか達観しているような遠い目をしていて、あまり周りと談笑しているタイプではない男子。

 でも、周りに無理に合わせようともしていなくて、話しかけられたらそれなりには返答するけれど、滅多に自分からは喋ろうともしないし、平然とした顔で独りきりを満喫しているような、そんな生徒だった。


 私と似ているけれど、決定的に違う存在。

 確定的に、私とは異なっていた。

 たった一人なのに萎縮したりもしなくて、堂々としている彼。

 どうしてそんなに不安そうな顔もしないで、周りの目なんて一切、まったくもって眼中にすら入っていないかのように、なんでそんな風に集団生活の中にあって、それ程までに自由なのか、知りたいと思った。


 気がついたら、私は悠をいつも目で追っていたんだと思う。それは恋とかみたいに甘酸っぱいものじゃなくて、けれどある意味、焦がれているような、そんな日々。


 そんなある日だった。

 放課後、無口な私に用事を押し付けて帰った他の女子に言われるままゴミ出しをして教室へと戻ってきた私の前で、悠は机に突っ伏して寝ていた。


 男の子なのに長い睫毛に、綺麗な顔。

 夕焼けに染まった教室。

 風になびくカーテン。


 まるで私には、一枚の絵画を眺めているかのように思えてしまって、ついつい見惚れて、動きを止めてしまっていた。


 そんな中、悠が目を覚まして、私と目を合わせた後で教室を見回した。


「……あれ? もうこんな時間……?」


 まだ頭が働いていないのか、独り言のように紡がれた声に、私は思わずこくりと頷いて反応してしまった。

 そんな私に気が付いて、悠が私を見て――口を開いた。


「ねぇ、細野さん。最近、僕のこと見てたみたいだけど、何か用事でもあった?」

「……ッ」

「気のせいじゃないと思うんだ。僕、こう見えても他人の視線には結構敏感だからね」


 笑いながら告げてみせる悠は、決して私を問い詰めようとしているのではなくて、ただただ純粋に、何か用事があったのかを問いかけるような、そんな雰囲気を持っていた。


 だから――だと思う。


「……して」

「ん?」

「……どうして、高槻くんは、そんなに自由でいられるの?」


 思わず口を突いて出た疑問。

 袋小路にいるのに疲れ果てて、たった二人きりでいられるようなこの状況で、救いを求めるかのように、私は断片的に思いの丈をぶつけた。


 私は、笑われた。

 嘲笑うのではなくて、ただただ純粋に笑顔を向けられた。


「それって、僕から言わせてもらえれば、どうして細野さんがそんなに息苦しそうにしているのか訊ねるようなものだと思うよ」


 見抜かれている事に、思わず私は目を見開いた。


「な、んで……?」

「んー、僕が自由でいられるように見えるんだとしたら、多分僕はそういう感情を持っていないから、かな」

「そういう感情?」

「そ。細野さんみたいに自分自身を否定したり、今の状況をどうにかしようなんて思っていないから、かな」

「――ッ」

「……何か悩んでいて答えが見つからないなら、話してみるといいと思うよ。案外、自分だけじゃ答えが見つからないって、よくあるからね」


 何もかもが見抜かれてしまっているような、そんな気がして、私の感情は堰を切ったように決壊した。

 ぼろぼろと涙が出て、言いたい言葉がたくさんあるのに、普段から喋らない私の口は不器用で、うまく言葉が出ない。

 そんな私を、悠は困ったように笑いながら頬を掻いて見ていたけれど、私の涙はそうそう止まってはくれなくて、けれど泣き続けている私を前に、悠は特に何を言うでもなくて、ただただ私の感情の波が落ち着くのを待っていてくれた。


 感情が溢れた後は、言葉が溢れた。

 今までずっと付き合ってきて、直さなきゃって思っているのに直せない喋れない自分に対する不満。悠に対する憧憬も、それが羨ましいとも。

 相槌を打つように返事をしていた悠の底の見えない部分が、むしろ私を受け止めてくれているようで、止まらなかった。


 そうして喋るだけ喋った後で、悠は「うーん」と何かを悩むような素振りを見せると、こてんと小首を傾げた。


「――それで、無口や無表情の何がいけないの?」

「……え?」

「えっ?」


 周りから向けられる奇異なものを見るような目や、そう思われてしまう疎外感については、私はこれ以上ない程に今しがた悠にぶつけたばかりだった。なのに、どうして何も聞いていなかったかのようにそんな質問をぶつけてきたのかと、思わず責めるような目をして悠を見つめていたら、悠は再び笑った。


「大丈夫だよ。細野さんが思っている程、から」

「……どういう、意味?」

「結局、誰かの本質とか誰かの性格とか、そんなものはどうでもいいんだ。「自分がみんなからどう見えているか」がみんなには大事で、「どう自分を繕えばいいか」ばかりを優先しているだけだよ」


 ――本質なんて、誰も気にしちゃいない。

 そう付け加えて、悠はくすくすと笑ってみせる。


 悠は、集団の中にあって異質。

 なんとなくだけれど、私達と同じ場所にいるけれど、立っている場所が私達とは違うような、そんな空気を纏っていた。

 だから私は憧れを抱くように見ていたけれど、その異質さは少しだけ、やっぱり怖い。

 声を荒げる不良とか、他人を見下すとかでもなく、ただただ傍観しているからこそ出てきたような言葉に、その笑みに思わずどこか冷たさを覚えてしまって、私は悠がほんの少しだけ、怖かった。


 けれど、悠は決して冷たくはなかった。


「ねぇ、細野さん。細野さん自身はどうしたいの? 自分を変えて明るく社交的になりたいの? それとも、「明るい自分を演出したい」の?」


 答えが分からなくて、私は俯いた。

 そんな私に、悠は気にした様子もなく続けた。


「無口とか無表情とか、それは個性だよ。別に無理に変わる必要はないし、むしろそれがキャラとして成立するっていう意味じゃ、わざわざ周りに合わせて個性を殺す必要なんてないんじゃないかな」

「……キャラが、成立する?」

「そ。あぁ、そういう知識はあんまりないんだね。マンガとかアニメとか、観ないよね? 主に深夜枠の話だけど」


 しんやわく、というのが何を指しているのか分からなくて、私は首を振った。

 すると悠は、鞄を漁って何かを取り出した。


「……まんが?」

「ラノベ――ライトノベル。まぁマンガを小説にしたような感じっていうか、読んでみれば分かると思う。これ貸すから、読んでみるといいよ」

「……いいの?」

「無口や無表情がキャラとして成立する。その意味がよく分かると思うからね。それに、僕自身趣味を共有できるなら、それはそれで嬉しいから」


 その頃の私は、ライトノベルとかオタクとか、そういうものについて一切知らなかった。

 でも、なんだか本を貸し借りしたり、そういうのは私が憧れていたものだったから、なんだか嬉しくて、私はゆっくり悠に近づいて、差し出された本を手に取った。


「――ようこそ、オタクの世界へ」

「え?」

「ううん、なんでもないよ。とにかく、読んでみてよ。それと、あんまり学校で堂々と話すのも苦手だと思うから――携帯、持ってる?」


 こくりと頷いて、私はポケットからスマホを取り出した。

 家族しか登録されていない携帯電話の電話帳に、その日、高槻悠の名前が登録された。


「続編とかもあるし、好みができたらそういうのも紹介できると思うから、感想聞かせてね」


 悠にとっては何気ない会話、だったんだと思う。

 でもそれは、私の在り方を大きく変える、最初の一歩だった。




 無口で無表情なキャラクターは、悠が言った通り確かに確立していて、今まで慣れていなかったインターネットで色々見てみたり、ライトノベルでよく使われるセリフなんかの元ネタを検索していくうちに、私はそういう知識にどっぷりハマっていった。

 私は、そのキャラクター達に惹かれていって、気が付けばそういうキャラクターを研究していた。不快感もなく受け入れられているそのキャラクター達が、羨ましくて、憧れて。

 そうして私は、少しずつ変わろうとしていた。




 決定的だったのは――あんまり熱中し過ぎて寝不足だったある日。




「先生が担任したクラスは、今まで絶対に賞を取ってるんだぞー」


 自慢気にそう語る先生の姿に、沈黙している教室の中で、私の口は無意識に動いていた。


「――ブービー賞も賞は賞。……あ」

「ぶふっ!」

「あははは! そういえばそうだよねぇ」


 みんなの視線が私に向けられて、次の瞬間には何故か爆笑を呼んでしまった。

 それ以来、私に話しかけてくる子が増えた。

 辿々しく答えずに、悠が貸してくれたラノベみたいにただ一言で答えるようにしていたら、それが面白いと笑ってくれるみんな。


 いつか夢見て、思い描いていた人の輪。

 その中にいながら、私はそれでも悠を見ていた。


 私を救ってくれた彼は、相変わらず猫のように自由で、窓の外から射し込んでくる陽光を浴びながら、机に突っ伏して丸まるように寝ていた。

 悠はいつも深夜のアニメを観たりゲームをしているから、寝不足。


 その真相を知っているのは、私だけ。

 それがなんだか、ちょっとだけ――嬉しかった。








 ◆








『悠、力を貸してほしい』


 玲奈の家から帰って、祐奈達と別れた後。

 私は悠にそんな短いチャットを送った。


 あれ以来、私は悠とたまにライトノベルや深夜枠のアニメの話を、チャットで話している。悠は学校でも自分がアニメとかを観ている事を隠すつもりはないみたいだけれど、私はそこまでオープンになれないから、この関係が続いている。


《いきなりだね。どうしたのさ?》


 悠も決して長いチャットを送ってくるわけじゃないけれど、私の助けを求める声を無下にしようとはしなかった。その優しさに、私の頬が思わず緩む。


『深影玲奈と、宮藤の件。悠なら、気付いているでしょ?』

《あれだけ堂々と贔屓してれば、気付かない人の方が珍しいんじゃない?》


 そうは言うけれど、悠が言う「贔屓」については、そう言われてみて初めて気付かされた。

 確かに宮藤は、玲奈に対して甘い節があった。

 でもそれは、玲奈の話を聞いたからこそ、思い返してみて初めて気がつけるような、ほんの些細な違い。


 悠は、その些細な違いにすら気が付いていたみたいだった。


『玲奈が学校に来ない理由は、それ』


 どうにかしてあげたいけれど、どうする事もできない。

 祐奈達に言った通り、私達が何かをしようとしても玲奈に矛先が向けられる可能性がある以上、下手に動くのはあまり良くない。

 それをどう説明しようかとチャットの続きを何度も打っては消してと繰り返していたら、悠からの連絡がきた。


《僕はそこまでの問題じゃないと思うけどね。深影さんがしっかりと拒絶すれば、宮藤先生は手を引くと思うし》


 ――助けて、くれない?

 悠から返ってきた返事はやっぱり悠らしい。

 あまり踏み込むつもりがないような言葉。


 思わずどうしてと問い詰めようとしたら、再び着信した。


《まぁ、見ていて気持ちがいいものではないのは確かだね》


 悠のその答えを目にして、私は――確信した。


『無茶はしないで』

《なんの事かな? 長いものには巻かれる事なかれ主義だよ、僕は。教師にただ突っかかるような真似なんてしないよ》


 一見すれば放っておきそうな言葉だけれど、それが悠なりの答えだと私は知っている。

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