幕間章 袋小路の少女達

「――佐野さん、ちょっといいかしら?」

「はい、なんですか?」

「これ、英語のプリントなんだけどね。深影さんの家まで届けてくれないかしら? ほら、ここ三日ぐらい休んでるでしょう? もうすぐ中間テストが始まるから、今休んじゃってると期末にも響くだろうから……」


 深影さんが休み始めて、もう三日。

 私はこのクラスのクラス委員に立候補していたせいで、そんな事を英語の秋月先生に頼まれた。


「ゆうなん、どしたのー?」

「うん、深影さんの分のプリント届けてくれないかって頼まれて。私の家と深影さんの家って、結構近いみたいだから。でも困ったなぁ、深影さんとあんまり話した事ないんだけど……」

「だったら私も一緒に行くよ!」

「あれ、朱里って深影さんと仲いいの?」

「ううん、この前少しだけ話したぐらい!」

「……ま、一人よりは気楽だけどね。じゃあ今日、一緒に行こ」


 朱里と仲良くなったのは、まだ最近の話。

 佐野と橘という苗字はお互いに席が近くて、朱里は屈託なく話しかけてくれるから、今では私達のムードメーカー的な役割を果たしている。

 私達、のもう一人が、さらに少しだけ離れたところに座る楓。背が高くてモデルのような、でもショートの髪がよく似合う、どこかボーイッシュな子。近寄りがたい雰囲気だなって思ってたけど、あの子も朱里の底抜けの明るさにやられたみたいで、私と朱里とよく話す。


「私、深影さんの家なら知ってる」

「わっ、咲良ちゃん、いつの間に……」


 突然会話に参加してきたのは、同じく朱里に巻き込まれた咲良。驚いている朱里にサムズアップして、心なしか満足気な表情を浮かべている。無表情だけれども。

 ぼそっと一言喋るだけで表情をあまり変えない、どこか暗い印象を受ける彼女だけれども、その一言が妙に的確だったりでなんだか面白い子だ。


「咲良ちゃん、深影さんと仲いいの?」

「席が真後ろだから、少し話した事がある。家も近かった」

「へー、そうなんだ。楓っちゃんも一緒に行かない?」

「ん、いいよ。始まったばっかの高校生活で、いきなり何日も休んじゃうと、なんか今後来にくくなるかもしれないし、放っておきたくないから」

「楓っちゃんやっさしー」

「別に優しいとかじゃなくて、なんか嫌なのよ、そういうの」


 楓の一言には私も同意だった。

 せっかく始まった高校生活、このクラスは当初想像していた以上に居心地がいいし、ちょっとチャットの内容が面倒臭かったのは事実だけれど、宮藤先生のおかげでクラスの雰囲気もいい。


 そういえば自己紹介がてらの最初のチャットで、元々病弱だったとは聞いていたから、もしかしたら今回も体調を崩しているのかな。

 仮にそうだったとしても、少し休んでいる内に置いてけぼりみたいにしてしまうのは、なんだか嫌だ。


 そんなわけで、私達は咲良に案内される形で、その日の放課後。

 深影さんの家へと向かった。


 うちの学校は市内から通う生徒が多いし、バスはともかく電車通学している生徒は少ないぐらいだ。私達は別々とは言ってもこの近くの中学に通っていたから、自転車通学組だった。

 四人で自転車を走らせて、二十分ぐらい進んだところで、咲良が自転車を停めた。


「ここらしい」


 そう言いながら顔を向けた先を見ると、ずいぶんと広い家といった印象が強かった。

 さすがにお屋敷とか洋館とか、そこまでじゃないけれど、広い敷地を囲む塀の向こうには十分に広い庭が広がっていて、洋風の白い家が佇んでいるような、そんな家。ごく普通の一般的な一軒家とは、明らかに家の大きさというか、そもそも建物の大きさだってかなり違う。


 みんなで豪邸だのなんだのと騒ぎ立てながら、私達は正面の門の前で顔を見合わせた。


「……なんか、チャイム鳴らすの、勇気いるよね」

「あ、分かる。表札見て名前確認しても、初めて来る家だとちょっと押しにくいっていうか、間違ってたらどうしようって不安になるよね」

「友達とかだったらメールとかワン切りとかで到着知らせたりできるけど……――って、そういえば個人チャット送れるんだった。寝てるかもしれないけど、ちょっと送ってみるね」


 もし病気で寝ていたらって思うと、起こしたら悪いかなって思うけれど、チャイムを鳴らすのは少しハードルが高い。

 幸い、送った内容にはすぐに既読の表示がついて、誰もいないから玄関まで出て来てくれると返事がきた。門を開けて自転車ごと中に入ってきちゃって構わないらしいので、その旨をみんなに伝えて、私達は深影さんの家の敷地内に入り込んだ。

 そうして自転車を停めて待っていると、私服の深影さんがゆっくりと戸を開けてくれた。


「お、おまたせしました」

「突然押しかけちゃってごめんなさい。知ってると思うけど、私はクラス委員の佐野。学校休んでたから、プリント持ってきたんだけど……」


 そこまで言って、病気らしい感じは見受けられなくて思わず言葉に詰まる。

 深影さんからは、心なしか表情が暗いのは確かだけれど、病気特有の気怠そうな雰囲気とかそういうものが、あんまり感じられなかった。


「あ、ありがとう、ございます。わざわざ届けてもらっちゃって」

「ううん、気にしないで。体調崩してるってわけじゃ、なさそうね?」

「……えっと、そういうわけじゃなくて……」

「ややっ、サボりですかな!? うひゃー、私ならお母さんが許してくれなそうだよー」

「茶化すんじゃないわよ、朱里」


 会話に入ってきた朱里と楓のやり取りに、ふっと深影さんが小さく笑って、すぐにまた表情に影を落としてしまった。

 あんまり立ち入られたくない事とか、あるのかな。


 そう思って踵を返して、帰ろうかとみんなに提案しようとしたその時。

 咲良が深影さんに近づいて、じっと顔を見上げていた。


「あ、あの……?」

「悩んで行き詰まってるなら、誰かに話した方がいい」

「え……?」

「これは受け売り。実際私はそう言われて話したから、素直になれた」


 私達は知らないけれど、咲良はどうも深影さんの異変に近い何かを経験した事があったのかもしれない。

 だから深影さんが悩んでいるってひと目で見抜いて、相変わらず核心を突くような、それでいて優しい一言を口にしたんだと思う。


 咲良の一言はどうやら的確だったみたいで、深影さんの丸い大きな瞳が揺れた。

 

「……でも、誰に話せばいいか……」

「何か悩み事があるなら、私達で良ければ聞くよ?」

「聞いていい内容なら聞かせてほしいな。あ、でもでも、絶対に力になれるとか、そこまでは言えないけど……」

「朱里、考えすぎ」

「うぅっ、だって、力になれなかったらなんか悪い気もするし……」

「深影さんが言い難いなら、無理にとは言わないよ。けど、もし行き詰まっちゃってるなら、私も相談に乗るよ」


 言い出しっぺの咲良はともかく、楓も朱里もそう言うなら、私だってそれに反対する理由はなかった。

 深影さんは今にも泣き出しそうなぐらいに顔を歪めながら、それでも涙を堪えるようにぐっと口を結んで頷くと、震える声で私達に家にあがるように促した。


 外から見た以上に、深影さんの家は大きかった。

 広い廊下の横にある階段を登って、私達はまっすぐ深影さんの部屋へと案内された。

 そうして着いた深影さんの部屋だけど、これまた私の部屋の二倍以上はあるんじゃないかっていうぐらいに広かった。私の部屋、六畳半だけど十分広い方だと思ってたのに。


「咲良ちゃん! 大きいベッドを発見だよ!」

「……突撃を許可する」

「しないわよ。制服で人様のベッドに突撃とか、やめなさい」

「むぅ、司令官の命令は絶対。朱里隊員、帰投せよ」

「了解! って、あれ!? 司令官は朱里ちゃんじゃないのに突撃許可してたの!?」

「現場の判断は一任されている」

「おぉ! じゃあ隊長だね!」

「……ねぇ、祐奈。あの二人、どうにかして」

「頑張って、司令官」

「っ!?」


 なんだかんだで楓は面倒見がいいから、あの二人が暴走してもどうにかしてくれる。背の高い楓とあの小さい二人組は姉妹にしか見えないけれど、なんだかんだで楓も楽しそうだし、任せておこう。


 そんな事を考えてしばらく待っていると、飲み物を取りに行っていた深影さんが戻ってきて、私達は部屋に置かれた膝ぐらいの高さの机を囲むように置かれているソファーに腰掛けた。


 悩み相談の前に、改めて自己紹介し合う。

 深影さんだけ苗字に「さん付け」で呼ぶのはなんだか疎外感があるから、という朱里の提案で、玲奈ちゃんと呼ぶ事に決定したんだけど、その時の深影さんはずいぶんと嬉しそうな、可愛らしい笑みを浮かべていた。


 最初はくだらない雑談で、その後は今の授業の進捗を教えてあげたり。




 そうして、ようやく深影さん――玲奈ちゃんは、ゆっくりと口を開いた。




「――学校に行くのが、怖い」




 その一言から、玲奈ちゃんはゆっくりと、言葉を選ぶように語った。


 きっかけは、ウチのクラスのグループチャットだった。

 私達もグループに入っていたけど、あまりにも何度も鳴るものだからミュート設定にしていたし、それ以来はずっと放置していたんだけれど、どうもその辺りを危惧した――という形を取ったんだと思うけど――宮藤先生が、断れない玲奈ちゃんをいい事に、そのまま個人チャットに切り替えたみたいだった。


「どうせくだらない話ばっかりしてきてるのかと思ってた……」


 宮藤先生と連絡を取り合っていたのを朱里は知っていたらしく、そう思い込んでいたらしいのだけど、実際は違ったみたい。


 宮藤先生はどうも、玲奈ちゃんに学校には内緒で付き合わないかと口説き始めているらしい。


「何それ、最低」

「そのチャットのログって残ってないの? 他の先生にログ見せて相談すれば、力になってくれるんじゃ……」


 安易な発想だけれど、学校側だって生徒と教師が近づき過ぎるのは問題になるんじゃないかなと思って訊ねてみた。

 どうやら玲奈ちゃんもそう考えたらしくて、自分のスマホを持って科学の吉谷先生に相談してみたらしい。


「吉谷先生は力になってくれるって言ってくれたんだけど、でもその日の夜に、宮藤先生から連絡がきて……。吉谷先生に私が告げ口した事が全部知られちゃって、遠回しに次そんな真似をしたらタダじゃすまないって……。それで、今後はチャットの内容を全部消すように約束しろって……」


 自分の身体を抱きしめるように、肩を震わせながら玲奈ちゃんが弱々しく、消えてしまいそうな小さな声でそう呟いた。


 落ち着いた後で訊いてみたけれど、チャットを消すように言ってきたのはアプリでの通話によるものだったらしくて、当然録音なんてできていなかったらしい。

 これまで話していた内容も、怖くなった玲奈ちゃんが言われるままに消してしまったらしくて、証拠も残っていないみたいだった。


「……私達から、他の先生に相談してみようか」

「でも、そんな真似したら宮藤先生にまたバレるんじゃ……」

「なら、私達が勝手にやってるって事にすれば大丈夫じゃないかな……?」

「それは難しい。玲奈はある意味、人質の状態に近い。私達が勝手に動いたら、玲奈に何をするか分からない」


 咲良の言う通り、私達が下手に動いたら玲奈ちゃんに矛先が向かうかもしれない。それも、前回とはもっと違う形で、エスカレートしかねない。





 結局、私達には解決策を講じる事もできなくて、下手に他の先生に言うこともできなくて。






 玲奈ちゃんは解決策が見つからなくても、話を聞いてくれるだけでも嬉しいと微笑んでくれたけれど――私達はその日、どうしようもなく無力な自分というものを認識させられた。








 ◆ ◆ ◆








「……宮藤最低ね」

「でも吉谷先生も配慮が足りないよね。言っちゃダメだよね、それ」


 瑞羽の背中には悍ましい何かが生み出され、美癒の笑顔は……悪寒すら覚えるな。

 この世界にやって来てからと言うものの、女子が怖い。

 加藤もなんだかびくびくしてるし、無骨な戦士っぽいキャラにクラスチェンジしつつあるけど、本質は加藤のままらしい。


 それにしても、女子の間ではそんな事があったんだなぁ。

 正直、何も知らなかった。


 俺が騒動を知ったのは、その後――他の教師達が宮藤を庇って、俺達が悪いみたいな事を言い出した時だったから。


「私達はどうしようもなく無力で、何をどうすればいいのかも分からなくて、あの日は悔しい気持ちでいっぱいだったのよね」

「私が悠に頼るって決めたのは、その時」


 いきなりそんな発言をしてみせた咲良に、俺達の視線が一斉に集まった。


「……へ? え、細野、お前って悠のこと、その時から知ってたのか?」

「悠は、私と同じ中学だった。それに、悠は中学時代、私を助けてくれた事があったから」

「えっ!? そうなの!?」

「うん。いい女には過去の物語がつきもの」

「いい女が無表情でサムズアップしてそんな発言するとは思えないけれど、私もそれは知らなかったわね」


 何それ初耳。

 朱里も楓も、祐奈でさえ目を丸くしてるって事は、アイツらも知らなかったのかもしれない。


 そう思って詳しく訊こうかとも考えたけれど、その前に祐奈が先に口を開いた。


「でも、それなら悠くんが動いてくれたのは、咲良のおかげなのかもね」

「ううん、違う。悠は自分の為にやっただけって言ってる。だから、それは間違いないはず」

「……そう、ね」


 それは俺も同意だ。

 悠がそう言っているなら、それでいいんだ。

 俺達はそうやって、アイツとの距離を決めたはずなんだから。


「むむむ……なんか通じ合ってる感じがしてズルい!」

「ズルいとまで言うつもりはないけど、確かにそんな感じがする」


 一年前を知らない美癒と瑞羽の言葉に、俺達はつい顔を見合わせて笑ってしまった。


「ごめんなさい、除け者にしようとしたんじゃないの」

「分かってるけど……。それより、それで、その後は? どうして悠くんがみんなから信頼されるようになったの? 解決してくれたの悠くんなんだよね?」

「えぇ、そうよ。順を追って話すけど、そうね――」


 祐奈は一呼吸置いてから、ゆっくりと口を開いた。





「――無力な私達は、その時はまだ知らなかったのよ。同じクラスに、本当の意味で強さを持っている存在がいる事を、ね」




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

応援した人

ビューワー設定

文字サイズ

背景色

フォント

一部のAndroid端末では
フォント設定が反映されません。

応援の気持ちを届けよう

カクヨムに登録すると作者に思いを届けられます。ぜひ応援してください。

新規ユーザー登録無料