幕間章 「高槻 悠」を知った日
幕間章 Prologue
「おっはー、ゆうなん」
「おはよ、朱里。早いのね、今日は」
「えっへへ、昨日練習で疲れて早く寝ちゃったんだよね」
いつもよりも早く目が覚めちゃった。
珍しく、まだ少し静か過ぎる屋敷の中を歩いて、いつも集まって朝食を食べている一室へとやってくると、そこにはすでに私達のリーダーであるゆうなんが座っていて、数冊の本を並べて読書に励んでいた。
「それなんの本なの?」
「こっちは私の仕事関係の、薬関係が載っている本。で、こっちが魔導具関係」
「魔導具? ゆうなんも魔導具に興味があるの?」
「ううん、そうじゃないの。ただ、悠くんが作った魔導具が、一体どんなものなのか、私にはいまいち想像がつかなかったから。あっさりと作っちゃってるし、そんなに簡単にできるものなのかなって思ってね」
「ほあー、真面目だねぇ、ゆうなん。それでそれで、何か作れちゃいそう?」
目を輝かせて訊ねる私に、ゆうなんは深いため息を吐いて「有り得ないわよ」と告げた。
きょとんと首を傾げてみると、ゆうなんが手に持っている本を開いて、向かい合うように座った私に向かって見えるように机の上を滑らせた。
「……うわぁ、何これ」
「この本で入門編っていうレベルらしいわね。専門的な本を何冊も頭に入れて、それらを応用するだけの知識がないんじゃ、魔導具なんて作れないみたい」
文字いっぱいだし、法則がどうとか、記号を憶えなくちゃいけないとか、
それこそ向こうの学校の教科書以上に見る気が失せそうなぐらい、びっしりと文字の羅列が並んでる。
「悠くんって、これ全部憶えてるのかな……?」
「〈加護〉のおかげで頭に入ってる、とは言っていたけれど、これ悠くんが読み終わったから、興味あるなら読んでいいよって言って渡してくれた本よ。間違った工程を試している記述なんかがあって面白かった、だそうよ」
「……すごいね。私、こんなの見ただけで意識遠のきそうだよ……」
「私もよ。薬の本は見本なんかが書かれたり図が多いから見やすいけど、こんなの読むなんて無理。結局、悠くんは悠くんだったって事なんでしょうね」
「……? どーゆーこと?」
「回り道さえ楽しめるようなタイプなのよ、悠くんって。ほら、この前の〈火の精霊祭〉の時だって、わざわざ敵の演出に付き合うだけ付き合って、相手に調子に乗せさせるだけ乗せておきながら、急に梯子を外すように本性曝け出したじゃない」
「あぁ、あれね。なんかつい、去年の事を鮮明に思い出しちゃって、思わず力が入っちゃった」
「えぇ、私も」
思わず二人して顔を見合わせて笑っていると、「おっはよー。なんの話ー?」と部屋に入ってきたばかりの美癒ちゃんと瑞羽ちゃんが食い付いてきたので、二人にも魔導具の話と悠くんのこの前の公開処刑ぶりを語っていく。
そうしていく内に、だんだんとみんなが集まってきて、話が伝わっていく。朝ごはんを食べながら魔導具の今後とか、悠くんが今後どうするのかとか色々と話していたんだけど、肝心の悠くんはご飯には来なかった。
「エルナさん。悠のヤツ、また?」
「えぇ、その通りです。明け方まで起きていらしたようで、今から寝るので朝食を抜くよ、と言伝されました」
「アイツ、異世界でも夜型街道まっしぐらか。ネットもゲームもないってのに夜型になるなんて、とことんだな」
真治くんの言葉に、思わず私達は苦笑した。
この世界にやって来てもうだいぶ経っているけれど、私達は日本にいた頃に比べるとすごく健康的な、それこそお年寄りみたいな生活をしている。単純に娯楽と呼べる娯楽もないし、明かりも日本に比べるとそこまでじゃないから、だったら明るい時間に活動しようって考えになる。
「そういえば、皆様がいらした世界は、どのような場所だったのですか?」
エルナさんがこういった質問をしてきたのは、今日が初めて。
私達は異世界からやって来た。でもそれは事前に心構えをしていたわけでもないし、多少はホームシックになりかけていた時期もある。そういった時期を越えるまでは訊かずにいてくれたのだろうと思うと、やっぱり優しい人。
そうして口々に、私達は日本にいた頃の話を口にした。
テレビや携帯電話、道路や車といった情報を教える度に、エルナさんは小首を傾げて一生懸命に理解しようとしていて、なんだか素直で可愛い人だ。
そして話題は、学校――私達が通っていた高校の話へと進んでいった。
「――そういえばさっき、悠くんの話が出てたよね? 前にみんなが言ってた一年前の『悠くんを知った日』っていうエピソード、聞きたいな」
やっぱりって言うか、この前の〈火の精霊祭〉での悠くんは、あの時の悠くんを鮮明に思い出せる姿だったからか、思わずみんなで顔を合わせてしまったのは、みんな同じような想いを抱いていたからだと思う。
エルナさんも美癒ちゃんと同じく話を聞いてみたいのか、どこか興味深そうに私達を見ていた。
「じゃあ、話すね。あれは――私達がまだ無力で、ただただ平々凡々だった学生の頃のお話」
◆
私達の住んでいた町は、この町が都会かと住人に訊ねれば、きっと誰もが「いいや、田舎だよ」と答えると思う。でも、本当に田畑や自然が広がる場所に比べれば、幾分かは栄えている方だと言える程度には栄えている町だったの。
成績は学区内でも中の中。
取り立てて不良もいなければ、特別頭のいい特待生クラスがあるわけじゃない。
スポーツが盛んかと言えば、そういった方向に青春を捧げる生徒ならば、まず他の学校を選んでるような、そんな学校。
その年、私達は一年F組っていうクラスに振り分けられたの。
これから始まる高校生活に期待を膨らませてて、けれど中学校の最上級生から高校の最下級生へと立場が変わっちゃったから、今まで通りじゃいけないって、それなりに緊張したりもしてた。
ウチの学校は特に荒れている学校じゃなかったから、先輩後輩の上下関係を強要されるとか、マンガとかに出てくるような不良もいない学校。
親しみやすくて過ごしやすいし、学校側も特に部活にそこまで力を入れてなかったから、部活動に入部しなくちゃダメっていうような校則もなかったから、みんな割りと自由に過ごしてたよね。
あ、真治くんはサッカー部だったっけ?
あはは、ごめんごめん。
真治くんって、ほら、サッカー部だったけど、どっちかっていうと安倍くんとかと一緒に話してる印象強かったから、ね?
でね。
私達のクラスの担任なんだけど、まだ三十前後の若い男の先生だったの。
元々は副担任を務めるはずだった――
――うん?
そうそう、あのチャラそうな雰囲気の先生。
そっか、美癒ちゃんも瑞羽ちゃんも、先生のこと、見たことぐらいはあったよね。
担任の予定だった藤田先生の妊娠が発覚したのが、春休み中だったみたい。それで、副担任から担任にそのままシフトしたって、宮藤先生自身がそう言ってたよ。
私もそうだったけど、女子にとっては、大人と言える落ち着きを持った男性として映ってたのも事実だよね。
男子ってどこかまだ子供っぽいっていうか、そういうのとは違う、大人の余裕みたいなものを持っていたから。
男子も、なんか頼れる兄貴って感じで、先生と仲良かったもんね。
あの先生は、最近の若者らしい先生だったよ。
私達女子にも男子にも、「いつでも相談に乗るから」って、トークアプリのIDを教えてくれてた。
あ、うん。
私達のクラスの騒動があったから、教師とのIDとかメアドとかの交換は、あの後禁止されちゃったよ。元々、暗黙の了解って言うのかな? 禁止は禁止だったらしいんだけどね。
でさ、私達も、スマホを持つようになったのは高校に入ってからだった子も多かったし、先生が招待してくれるチャットで仲良くなって話すようになった子とかもいたし、別に問題なんてなかったんだ。
むしろ、先生のおかげでクラスのみんなが馴染めたような気がして、私も先生のことは嫌いじゃなかったよ。
でも、それは最初だけ。
先生さ、どうでもいい内容とかのチャットとか打ったりしてきてて、私とかゆうなんとか、さくらんもチャットをミュートにしてたもん。楓っちゃんもだよね。
でもさ、毎回素直に反応する子がいたんだよね。
見た目もこう、お嬢様って感じで、顔も整ってて、どこか浮世離れっていうのかな。なんかこう、深窓の令嬢、だっけ? そんな物静かな子。
美癒ちゃんと瑞羽ちゃんも、知ってるかな?
あ、うん、すっごい綺麗な黒髪の子!
すっごく綺麗で、ちょっとウチの高校には似合わないぐらい、お嬢様っぽい子!
あの子、実際お嬢様だったよ。
私達、一回あの子の家に行ったけど、すっごく綺麗で広い家だった!
お屋敷とかってわけじゃなかったけどね。
なんかね、小中エスカレーター式の学校に行ってたらしいんだけど、少し病気がちで学校休んじゃってて、高校にそのまま進むのも学力的に厳しいって言われちゃったらしくて、それでウチの学校に来たんだって。
それで、玲奈ちゃんがいつも先生のくだらないメッセージに反応しちゃってて、延々とチャットが続くような時期があったんだ。
それがある日、突然止んだの。
何かあったのかなって玲奈ちゃんに訊いてみたら、「みんなの携帯が鳴っちゃって迷惑になるかもしれないから、こっちで話していい?」って、個人チャットが飛んできたみたい。
玲奈ちゃんも断れない子みたいだから、それを了承しちゃったんだって。
それから、少ししてからだったかな。
玲奈ちゃんが、学校に来なくなっちゃったんだ。
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