2-15 誰が為に描かれたシナリオ Ⅱ

 呆然、とでも言うべきなのかな。

 まぁ、ちらりと客席を見ればなんだか凄く「分かってたぜ」みたいな顔をしてこちらを見てくる赤崎くん達の姿があるし、そういった例外を除けば、舞台の上で突然笑い始めた僕の姿に、誰もが驚愕と不審感を向けていた。


 それはそうだろう。

 今の今まで、まるで一つの喜劇が演じられていて――その主役であった僕は、まるで「正義のヒーローになろうとしていた痛いヤツ」を演じさせられていたはずであって。


 そんな僕が、自分に与えられた役の馬鹿さ加減に我慢できなくなって、笑ってしまったのだから。


 舞台の脚本を手がけたのは目の前の少女――ファムさんだ。

 今さっきまで愉悦を噛み殺しながら、悲劇のヒロインにでもなりきっているかのように熱く語っていたのに、今は嘘泣きの涙さえ引っ込んで、目を丸くして僕を見ていた。


「笑わせてもらったよ。ホント、笑いを堪えるのが大変でさ。ついつい表情が緩んで仕方ないんだ。もう我慢できそうにないし、そろそろ普通にしてもいいよね?」


 ――キミの企みにはもう十分に乗ってあげたでしょ?

 言下に告げる、ファムさんの企みについてはとっくに知っていたという事実。

 今更になって、ファムさんは僕が何を言わんとしているのかをようやく理解したのだろう。動揺に瞳を揺らしつつも何か口を開こうとしているけれど、悪いけれどここからは僕の脚本通りに物事を進めさせてもらうつもりだ。


「ねぇ、ファムさん。しているんじゃない?」

「……な、何、を……」


 自分でも分かる程に邪悪な笑みを浮かべて、僕はファムさんを見下ろすように冷たく告げた。


だよ。キミが描いているシナリオっていうのはね、そもそもキミは間違っていたんだから。それなのにキミが描くシナリオ通りに僕が物事を進めていくと思っているんだから困っちゃうよね。そんなの――にだってなりはしない」


 くすくすと嗤いながら告げてみせれば、ファムさんは案の定に大きく目を見開いていた。

 観客席にいる赤崎くん達が明らかに「うわぁ」って顔しながら僕を見てるけれど、それにいちいち構っている場合じゃないし、ここはスルーさせてもらおう。


 ――――さて、ファムさんが間違っていた「前提」とは何か。

 それは、僕に対してを重ねて判断したという、まったくもって間違った判断をした事だ。


「順を追って話してあげるよ」


 僕とファムさんの始まりは、エキドナから手紙を渡されたあの日にある。

 その後はこの町から姿を消したものだと思っていたのだけれど、どうやらそういう真似はしなかったみたいで、僕らは商業ギルドで顔を合わせた。


「まず第一に。僕はね、ファムさん。エキドナからの手紙をキミが渡してきた時点で、僕はキミを一般人として見ていたんだよ。その後、商業ギルドでキミに再会したあの日、あの瞬間までは、僕はキミに同情的な立場にいたと言ってもいい」


 確かに僕は、この子が直接的な関係者ではないと判断していた。

 エキドナの部下であるのなら、もっと高圧的に僕に手紙の指示に従うように命令するなりしただろうと、ついついそんな先入観に見事に騙されていたわけだ。


「――だけど、ね。それにしてたってキミとロークスさんの会話は、明らかにスムーズ過ぎた。誂えた台本を、予定通りに読むような人間味のない会話、とでも言うべきかな」


 あの時、合流したロークスさんとファムさんの会話は、まるで「周りに聞かせるための会話」という但し書きがついているかのような、淀みなく流れるように台本を読んでいるかのような会話だった。

 確かに、二人は薬を貰う側と渡す側という立場だ。あまり世間話に花を咲かせるような事もないし、特に関係性に違和感を抱くような事はないと思う。


「まぁ会話の流れは関係性や性格によって変わるものだから、それだけでおかしいと考えるのもどうかと思うけどね。もちろん、キミ達が怪しいと思ったのはそれがきっかけになっただけだよ。そもそも商会という本拠地があるはずのロークスさんが、自分のいる商会へと自ら薬を取りに来るように指示もせずにわざわざ出向いているのか。あの人の下で働いているのなら、仕事の時にでも決まった量の薬を渡せばいいと思わないかい?」


 そうなのだ。

 禁制品を扱っているのであれば、なおさらギルドなんていう人通りの多い場所を選ぶような真似はしない。人混みの中だからこそ喧騒に紛れられる、という考えも浮かんだけれど、やっぱり不自然さは拭えない。


「だとすれば、何か理由があるんじゃないかと僕は考えた。理由として考えられるのは、「薬を渡している事実というものを周囲に見せるため」。おおかた、「薬の出処はザーレ商会にある」とでもアピールする必要があったんじゃないかな。――そうでしょう、ロークスさん?」


 僕に突然水を向けられる形になって、ロークスさんは顔を強張らせた。

 いつも通りの微笑を湛えたイケメン顔が、初めてと言っていい程に崩れた瞬間を見れた気がする。


「……おかしな話ですね。毒薬の出処をザーレ商会にしたいなど、考えるわけがないと思いますが?」

「あはは、論点をすり替えたつもりですか? あなたがファムさんに渡していたのは確かに毒薬そのものかもしれませんが、あなたが周囲に喧伝したかったのは「原因不明の高熱を引き起こす病――〈魔熱病〉に効き目がある薬」ですよね。「その薬もザーレ商会ならば手に入れられる」という宣伝のために、せいぜい「薬の出処を証明するため」とでも偽ってファムさんを騙していたんでしょう?」

「…………ッ」


 言葉に窮するロークスさんと、そんなロークスさんに表立って糾弾する事ができないファムさんの奇妙な視線の交錯にも構わずに、僕はそのまま口を開いた。


「目的は単純。いずればら撒かれるだろう〈魔熱病〉の薬そのものを利用し、その特効薬を作りあげ、ザーレ商会の手柄にするための地盤作りだ。あなたは危険な賭けに手を出しつつも、最後にはアムラさんを救う特効薬の開発を急いでいた。このままアムラさんを死なせてしまっては、せっかくの宣伝が逆効果になってしまいますからね」


 ――けれど、薬の開発は未だに成功していない。


「協力関係を築いているフリをしながらも薬の開発に手を出していたけれど、どうにも薬の開発がうまくいかない。そこでロークスさんは、商業ギルドでファムさんと接触した僕を巻き込む事にしたんでしょう?」


 初めて会った相手をわざわざコンテストに引っ張りだしたのは、ファムさんが僕をつけ狙ったのと同じ理由。つまりは僕が勇者の一人だから、といったところだろう。

 最悪の場合――薬が完成せず、このままファムさんが〈魔熱病〉をばら撒こうとした時のための抑止力。そんな役割を果たさせるために、ロークスさんは勇者という手札を手に入れようとしたんだと思う。


 けれど、ロークスさんは僕に助けを求めたりもせずに、ただただ僕という手札を握っただけに過ぎなかった。


 そもそも僕に助けを求める時点で、ロークスさんは自分がファムさんと手を組んでいると白状する事になるのだ。その一手は奥の手として使わずにいたかったというのが本音だと思う。

 まぁファムさんの監視がどこにあるのか分からない上に、僕はオルム侯爵家の敷地内に居を構えているため、接触するのは容易じゃなかったっていうのもあるかもしれないけどね。


 いざという時には洗いざらいを吐いて助けを求めようとしたのかもしれないけれど、その辺りの考えまでは知らないし、この際どうでもいい。


「ふ、ふざけないでください――!」

「ふざけているのはキミだろう、ファムさん。あぁ、そうだった。ファムさん、と言い直した方がいいのかな?」

「――ッ!」

「そう驚く事もないと思うんだけどな。キミの企みを知っているんだから、当然、正体だって知っているよ」


 だからこそ、ロークスさんも勇者という手札を用意したんだろうからね。

 そもそもファムさんが魔族だって事ぐらいとっくに知っていたよ。


「どう、して……」

「どうしてって、まだ気付いてないの? キミがその首から下げているそれ――魔導具だから」

「……は?」

「だから、魔導具なんだってば」


 ………………。


「え、なに? 僕がタダでお守りとしてキミにプレゼントしたとでも思ってるの? あはは、ないない。あんなの嘘に決まってるじゃない。あんな嘘信じちゃうなんて、ファムさんってやっぱり見た目通りのお子様なんだね」


 うぷぷ、意外と純粋な性格しているみたいだ、この子。

 僕がなんの意図もなく、同情心からお守りとしてプレゼントなんてするわけないのに。


「僕にとっての身内は、この世界に一緒にやってきたクラスのみんなと、僕らを支えてくれているエルナさんやオルム侯爵家の人だけだよ。あ、あとアイゼンさんもだけど。それ以外の人なんて、身内じゃなくて他人でしかないもの」

「な……ッ!?」

「あはは、勘違いしないでもらえるかな? だから正直、他人であるキミが父親を亡くして借金を背負ってどうのなんて涙ながらに境遇を口にした時も――最初っから


 しん、と水を打ったように会場全体を静けさが広まった。

 ……あれ、なんでちょっとみんなの顔が引き攣ってるのかな?


「……おいおいマジかよ。俺だったらちょっとは同情しちまうぞ」

「いくら他人だからって、普通なら少しぐらい力を貸してあげたいとは思うわよね……」

「さすが陥れのユウ。性格がひん曲がってやがる」

「鬼畜だぞ、アイツ。他人を陥れておいて爽やかに笑顔浮かべてやがる」

「おいやめろ。アイツ笑顔でこっち見てるじゃねぇか。聞こえてんじゃねぇか?」


 なんか会場からポツポツと呟くような声が聞こえてくるけれど、さすがに何を言っているのかまでは聞こえないなぁ。


 とにかく、ちょっと今言った人たち、顔憶えたからね? 

 あとでじっくりお話しよっか?


「さて、ファムさん。そのペンダント型魔導具はね、実を言うとまだまだ未完成な作品の一つなんだ。もともと、遠隔での会話を可能にする魔導具を作ろうと思っているんだけど、複雑過ぎて難しくてね」


 遠隔での会話を行う魔導具っていうのも、元々は現代日本人である僕らだからこそ、それぞれに離れた場所に行っても電話できるような携帯電話を作ろうとしたのがきっかけだ。けれど、やっぱり電話同様に会話をするっていうのは難しかった。


「その代わり、面白い事が判ったんだ。この世界の声は空気の振動だけじゃなくて、魔力も乗るらしくてね。その魔力の振動パターンのみであれば、ファムさんが首から下げてるペンダントを通して、ミミルがしっかりと受信できるんだよ」


 僕の肩から飛び上がり、中空で制止してドヤ顔を作ったミミルにファムさん達の視線が向けられる中、僕はにたりと笑った。

 ファムさんの顔が驚愕に歪んでいく。


「あ、あぁ……っ、ま、さか……」

「――ミミルは、僕とのみ会話が可能なんだ。つまりファムさん、キミとロークスさんの会話は、キミが僕を裏切る為だけにご丁寧につけ続けてくれたそのペンダントのおかげで、僕にはすっかり筒抜けだった、っていうわけだよ」

「く、クソ! こんなもの……――ッ!」


 慌てて外して叩きつけようとしているファムさんだけれど、残念。

 ペンダントの鎖が一瞬で収縮して、ファムさんの首にチョーカーのようにぴったりと貼り付き、動かなくなった。


「あぁ、それ『隷属の首輪』と同じ術式を改造したものだから。所有者ではないけれど、僕の命令オーダーがないと外れないよ?」

「そ、そんなものを渡したと言うの!?」

「あはは、もしキミがおかしな相手じゃなかったら素直に外すつもりだったんだよね。予想外だったんだ、しょうがないよね、事故だもの」


 もはや取り繕う事も忘れたのか、段々と本性が露呈されていくファムさんが語気を強めて僕へと声をあげた。

 まぁそんな程度で僕がいちいち言うことを聞くわけがないのだけれども。


 しばし首元に手を伸ばしていたけれど、やがて外す事を諦めたのかぴたりと動きを止めると、小さくくすくすと笑った。


「……ふ、ふふふふ……! やってくれるじゃない、さすがはエキドナ姉様を斃しただけの事はある、ということね……!」


 赤黒い魔力がファムさんの身体から噴き出ていく。

 犬人種の耳が狼のそれへと変わり、唸り声をあげながら鋭い牙を剥いて、瞳が真っ赤に染まる。


 観客席からは悲鳴が上がり、審査員席を守るように舞台袖にいた警備員達が飛び出し、彼らの前へと躍り出た。


「わざわざ本性を露わにするなんて、まさかエキドナよりも弱いキミが僕に勝てるとでも言うつもり?」

「えぇ、私は勝てるわ。――だって、あなたは私に手を出せないもの」


 ニタリと凶悪な笑みを浮かべてファムさんが指を鳴らすと、その音に応じるように、舞台袖からは一人の女性が姿を見せる。


「……エルナ、さん……?」


 コンテストの時間になっても姿を見せなかったエルナさんが、ファムさんの斜め後ろ辺りに付き従うように姿を現し、動きを止める。

 ここに来るはずだったのに姿を見せなかったエルナさんの、突然の登場。


 思わず驚愕する僕の顔を見るなり、ファムさんが哄笑の声をあげた。


「あっはははははッ! 残念だったわね! この女はすでに私の魔法の支配下にあるわ! なかなか強くて厄介だったけれど、こうして私の手駒になった以上、この女は絶対に私を裏切らないッ! ふっふふふっ、そこら辺に転がっている冒険者ならともかく、この女は実力もある上にオルム侯爵家の令嬢だと言うじゃない。あなた達に下手な真似ができると思う?」


 確かに腕っぷしだけでも、エルナさんは赤崎くん達と一緒に行動していただけあって、そんじょそこらの冒険者とでは勝負にならない程にレベルが高いと言える。下手に取り押さえようとすれば、返り討ちに遭うという意味ではファムさんの言葉は正しかった。

 更に、オルム侯爵家令嬢という、封建制度が手荒な真似を許さない。もしも怪我をさせてしまおうものなら、罪に問われるかもしれないという警戒心が生まれてしまったせいか、警備員の人たちも下手に動けなくなってしまった。


 ここにきて、ファムさんが場の空気を握ってしまったと言うべきだろう。


 赤崎くん達をちらりと見やれば、案の定――普段は無口なキャラ付けを徹底しているはずの細野さんが、エルナさんを利用していると聞いて怒りを露わに殺気立った目をファムさんへと向けている。

 師として技術を教えてくれたエルナさんに対して、細野さんは特に懐いていた節があったから、それも仕方がないのかもしれない。


 油断した、と素直に認めるべきだろう。

 コンテストが始まる寸前まで、僕とミミルはファムさんの動向に対するチェックを怠ってしまっていた。


 本当の意味で、エルナさんの登場は誤算であった。


 動けない僕らの様子に調子を取り戻したらしいファムさんは、愉悦の混じる笑みを浮かべたまま、僕へと一歩、さらに一歩と歩み寄ってきた。


「まさかここまでやるなんて、エキドナ姉様を斃しただけの知恵はあるみたいね。素直に認めてあげるわ、勇者。〈魔熱病〉の対抗策まで用意しているんですもの、あなたはある意味、私達魔王軍にとって最も厄介な存在だと言っても過言ではないわ」


 勝ちを確信したからこその賞賛とでも言うべきだろうか。

 ファムさんは続けた。


「あなたをこのまま無抵抗のまま嬲り殺すのも悪くはないけれど、下手に手を出して逆上されたお仲間全員を相手取るのも厄介ね……。ここは一つ、撤退させてもらおうかしら」

「へぇ、見逃してくれるんですか?」

「見逃す? ふふふっ、馬鹿なことを言うのね。あなたが危険な存在だと判った以上、これからは常に魔王軍の刺客があなたを優先的に狙う事になる。せいぜい恐怖に震えながら、逃げ惑いながら短い余生を堪能するといいんじゃない?」

「……僕がこの場で、引き下がるとでも?」

「下手な真似はしない方がいいわよ。そもそも――もうあなたにはそんな考えも浮かぶことはないでしょうけど、ね」


 ファムさんが僕の胸元に手を当てて、魔力を込めた。

 幾何学的な赤黒い光を帯びた魔法陣が浮かび上がり、僕の視界が光に覆われていく。






「抗う気持ちもなく、そっちの女共々せいぜい利用してあげるわ。――【絶対忠誠の呪縛アリージャンス・カース】」









 ………………。







「……なんていうか、エキドナと言いキミと言い、馬鹿の一つ憶えみたいに人を利用したがるよね、ホント」

「――な……ッ!」


 まったくもって、お約束な展開を繰り広げてくれるものだ。

 エキドナも僕に【魅了の魔眼】を使って利用しようと画策した事もあった。

 まぁ、その現場を見ていないんだから、知らないのも無理はないと思うんだけどね。


 ともあれ、ミミル。

 キミは何もしてないと思うんだけど、なんでそんなにログウィンドウを僕にデカデカと見せながら、なんだかすごく得意気な顔をしているのかな。




 ――『【絶対忠誠の呪縛アリージャンス・カース】による洗脳効果をスルーしました』。




 僕のスキル、【スルー】。

 オルム侯爵さんの【誘導術】も、エキドナの【魅了の魔眼】も、ことごとく心を操る類の魔法なんかは一切通用しないという、このオリジナルスキル。その性能を知らないファムさんには、さぞ僕の反応には驚かされた事だろう。


 後退ったファムさんが、気が付けば佇んだままであったエルナさんのもとまで下がっており、そのままトンと背中をエルナさんにぶつけた。


 思い出したかのように、ファムさんが再び笑みを浮かべ、僕を見つめた。


「――やりなさい、エルナ!」

「……は? 何故私があなたの命令なんて聞かなくてはいけないのですか?」


 ……………………。


「え?」

「えっ? なんですか、聞こえなかったんですか? 何故私があなたの命令を聞かないといけないのですか、と言ったのですが」


 もはやファムさんだけじゃない。

 エルナさんが操られていたと誰もが、エルナさんのごくごく自然な返答に対して、一様に驚愕と困惑が入り交じるようななんとも言い難い表情を浮かべて、小首を傾げている。


「ユウ様。やはり伝承通り、精神干渉系の魔法は同じ部類の精神干渉系の魔法をしようとすると、対消滅するようです」

「まぁルファトス様のお墨付きだし、実験だってしたじゃない。判ってたけれどね。それでもなんでさっきまで言う事を聞いてるフリなんてしてたのさ」

「こういうタイミングで暴露した方が面白くなりそうだったので」

「あぁ、そうなんだ……。まぁそんな事だろうと思ったけど」


 僕とエルナさんの会話に、周りは動きを止めたまま動こうとはしなかった。


「さて、ファムさん。種を明かしてあげるよ。結論から言ってしまえば、エルナさんは【闇魔法】持ちなんだ」


 精神干渉系の魔法というものも実はこの【闇魔法】に分類されている。


 さて、僕と行動しているはずのエルナさんが、僕がミミルと魔導具のペンダントを通じてファムさんの正体に気付いた事に関して、んだよ。

 僕はすでにファムさんの正体についても、この場にいる同じクラスの全員とエルナさんには、とっくに明かしていたからね。

 それでもエルナさんが、ファムさんの正体に気づいていなかったように振る舞っていたのは、こちらが打った布石なんだ。


 相手は魔族。

 今後どう動いてくるのかも分からない上に、僕とエルナさんに事情を話してきたファムさんを思うに、恐らくは僕とエルナさんの二人に何かしらの監視の手を打ってくるだろうと踏んでいた。


 そこで、エルナさんは自らに『ファムさんの正体を知らない』という洗脳を施し、実際に『何も知らないまま』動いたんだ。


 伝承によるところ、洗脳系魔法が重ねがけによって対消滅するという特性が真実なのかを僕を通してルファトス様に確認した。

 その上で、さらに魔物を使って実験し、それも成功。


 そんなわけで、僕の承諾を得て別行動を取っていた、というわけだ。

 そう全ては、陰で自らが描いたシナリオ通りに事が運んでいると思い込んでいるファムさんを、欺く為だけに、ね。


「……あ、あり、えない……! なんだ、それは……! お前達は以前、私を助けようと話していたはず……!」

「あぁ、あの時の会話、やっぱり聞いてたんだ」


 ファムさんが身の上話と称して僕らに語ったあの日、帰り道の会話をどうやらファムさんはしっかりと聞いていたらしい。


 裏を読む事に、僕は長けているんだよ。

 そしてそれは、侯爵家という貴族社会に生きていたエルナさんもまた同様にね。


「胡散臭い、いかにも僕らをハメようとしているような、そんなをしている相手に、どうして僕が手を差し伸べなくちゃいけないのさ?」


 最初に会った、エキドナの手紙を渡そうとしてきた時も。

 商業ギルドで偶然再会した時も、キミは他人を陥れて悦に浸るという性質を自然と出してしまっていた事に、気付いていなかったんだろうね。


 他人を陥れてほくそ笑むようなタイプは、僕は大嫌いなんだ。

 僕がやっているのは、あくまでも笑い話になる範疇に過ぎないし、他人を心の底から陥れるようなものじゃないからね。


 そんな訳だから、僕は初めて会ったランさんにさえ、思わず本音を零してしまった。――「久しぶりに嫌いなタイプに出会ったなぁって思ってるだけですよ」ってね。


「エルナさんが言った「あの子」っていうのは、最初から




 ――『今度も僕は僕の為に動くつもりだよ。その結果、助かる事になったとしても、これは僕が僕の為にやる事だ。がどうなるかなんて、知った事じゃないよ』。




「僕らは徹頭徹尾、助けようなんて考えちゃいない。キミが僕らに害を及ぼす存在だっていうのは、わざわざお互いに口にせずとも理解していたからね。だから、最初から最後まで、僕らは――リルルちゃんを助けるつもりだったんだよ。そこにキミは一切、一度たりとも含まれた事はないんだよ」


 だから僕は言っているんだよ。

 ――しているんじゃないのかな、ってさ。


「……じゃ、じゃあ、さっきエルナが出て来て、驚いていたのは……」

「え? あぁ、あれはに対して驚いただけだよ。策士ぶってる割に、ずいぶんとあっさりと引っかかったもんだなぁ、ってね」


 エルナさんが気のせいかドヤ顔している気がするけれど、ミミルという存在のせいでツッコミを入れずにスルーしたくなる。




「――今更ながらに教えてあげるよ、ファムさん。

 魔族であった事なんかは想定外だったけれど、キミと繋がるロークスさんがただの被害者ではなくクロだという予測もしっかりと立っていた以上、僕を何らかの形で陥れようとしている可能性は目に見えていた。

 だから、利用してあげる事にしたんだ。

 キミが作り上げた僕を吊るし上げるための舞台を、そのままキミの断罪劇場としてね」




 驚愕に目を剥いて、言葉を失ったファムさんへと僕はあくまでも冷徹に、冷笑を浮かべて告げてやる。




「キミは脚本家のつもりだったのかもしれないけれど、残念。脚本家は僕らで――キミは役者でしかなかったんだよ。さしずめ、がお似合いの滑稽な役だったけどね」




 皮肉を多分に含んだ僕の一言に、会場全体が――引いた気がした。

 おかしいな、ここは盛り上がってくれてもいい所なんだけどなぁ。

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