2-13 悠による断罪劇場――赤崎真治

 アルヴァリッドで行われている〈火の精霊祭〉。

 その大きなイベントである朱里のライブは無事に終わって、俺――赤崎真治――は次に始まった悠が参加するイベント、ザーレ商会のコンテストを仲間達と一緒に観客席から眺めていた。


「なぁ、ザーレ商会ってこんな大きなイベントをできるぐらい、なんつーかでっけぇトコなのか?」

「……呆れた。そんなのも知らないの?」


 冷たくそう言ってきたのは楓だった。


「あの商会はこのアルヴァリッドだけじゃなくて、ファルム王国全域にその名を轟かせつつある新進気鋭の大商会よ。侯爵家の人でさえ、あの商会には一目置いているわ」

「へぇ、詳しいんだな」

「……真治くん、あなた脳筋になりつつあるんじゃない?」

「知らねぇだけでそれって酷くねぇか!?」


 お互いに名前を呼び合うようになって以来、こうして名前を呼ばれる度に浮ついた気持ちになったのは事実だけれど、案外こうやって呼び合うと慣れるもんだ。

 こっちの世界の人は名前っつーか、ファミリーネームがそもそも滅多に存在してないからな。みんな名前呼びだし。


 けど、脳筋ってのはさすがに酷いと思うんだ。


「でもよ、なんつーか……つまんねぇよな、これ」


 ぽつりと呟いた俺の言葉には、さすがに楓も何も言い返そうとはしてこなかった。


 確かに、なんかのコンテストっぽい感じではあるんだ。

 出てきた商人志望の連中がこれまで学んできた事とか、算術が得意だとか言い始めたりだとかを一生懸命に語ってはいるし、それに対して審査員の連中は色々と質問を投げかけてはいる。


 けれど、どうにも娯楽としてはあんまり面白みはない。


「それでもお客さん達はなんだかんだで観ているんだし、それは日本人だった私達だからそう感じるんじゃない?」

「日本人だったのが関係あんのか?」

「当たり前でしょ。私達はショーとして洗練されてきた娯楽番組を見ていたのよ。それに比べてセットも雑で演出もあまり派手じゃないっていうこっちの世界のコンテストじゃ、差があるのは当然じゃない。地元のお祭りのコンテストなんかだと思えば、別にこのぐらいの規模も珍しくはないわよ」


 なるほどな、と祐奈の言葉でちょっと納得した。


 日本っつー娯楽大国に生きてたせいってのもあるから、俺達にとってはどうにもこれじゃ面白みには欠けるけれど、そもそも娯楽がないこの世界って考えりゃ、これはこれで斬新に見えるのかもしれないな。


 もしかして、何か娯楽番組とかを始めれば人気が出るのかな。

 まぁそういう知恵を使うのも、俺達の中じゃ圧倒的に悠が抜きん出ていると思うんだけどな。


「面白いかどうかは、はっきり言ってどうでもいいと思うなー」

「いや、お前のステージは凄かったんだけどな」

「えっへへ、ありがと。って、そうじゃなくて、ほら。悠くんが出るんだし、私達はそれを観ようとしているって感じじゃない? 他の人の出番に興味が湧かないのも普通だよー」

「ウチの学校の野球部の大会の応援に無理矢理参加させられた、アレみたいなもんか」

「あっはははっ、ホントそれと似たような感じだよね。知り合いの番まで暇なのは一緒だよねー」


 まぁ確かにな。

 ましてや知り合いっつっても親しくない奴の応援だったら、俺だって精一杯応援しようって気持ちにはなれねぇや。


 まぁ、悠の場合は別だ。


 アイツは――悠は俺達の中でもちょっと特殊だ。


 一年前の学校での騒動もそうだし、アイツはいつだってどこか他人のように振る舞ってるくせして、いきなり爆弾を放り投げて全部をさっくり終わらせちまった。

 俺達がどうすればいいのかも分からなくて、見て見ぬふりをするっていう選択をしている中、アイツだけはそれを是とはしなかった。


 今でも思い出す。

 アイツはあの時、確かに俺達にとっても怖い存在だったけれど、同時に男としては憧れを抱かずにはいられないぐらい、なんつーかカッコ良かったんだ。


 でも、その後はまた以前みたいに周りからまた距離を置いちまった。


 俺達が話しかけてもあんな態度は前からだしな。

 大して相手にする気がないって感じで、俺達もアイツには一目置いてはいたけれど、必要以上に接触するのは迷惑だからって暗黙のルールができていて、俺達も必然的に距離を置いた。


 あっちの世界にいた頃は、なんとなくスゲェ奴って感じで思ってたぐらいだけれど、こっちの世界っつー新しい場所に来て以来、俺達は全員が全員、悠に救われて、励まされてるのをアイツは知らないだろう。


 自分で言うのもなんだけど、今の俺達だったらあっちの世界に戻れたら人類最強である自信がある。ステータスは日本人とはまったく違うし、武術の達人が相手だったとしても瞬きの間に首を斬り落とすぐらいの動作だってできると思う。


 それでも、悠にだけは勝てないって、届かないって。

 俺達は共通してそんな認識を抱いている。


 オルム侯爵さんと話をつけたのもアイツだし、戦う能力がない癖にエキドナなんつー化物を倒しちまったり、レベルが上がらないからってそれで拗ねるわけでもなく自分なりに道を切り開いちまう。

 そんな姿を俺達は見ているから、いつだって心に釘を差している。

 頑張らなくちゃって思ってるし、増長すまいと律している。


 アイツは俺達の事を羨ましいなんて言ってるけど、俺達から見れば、こんなステータスやらスキルなんてゲームみたいな力もスルーしちまって、何も恩恵を受けてないようなアイツが色んな偉業をしでかしてやがるんだぜ?


 ……まったく、ホント嫌になるっつの。

 アイツと肩を並べられたって堂々と胸を張るには、きっと目に見えるぐらいでっかい成果ってもんを残さなくちゃいけないんだから。


 それこそ、魔王とやらを倒せるぐらいに、さ。


「アイツ、カッコイイよな」

「えっ!? 真治くん×悠くん……? 悠くんが攻めだよね、やっぱり……」

「おい美癒やめろ。お前、今俺と悠の事を変な記号で名前繋げようとしやがっただろ」

「そ、そそそそんな事ないよ!?」

「諦めて、真治くん。美癒は昔っから、ちょっとそういう爛れ……ただならぬ関係に興味を抱いてるから。花が好きなのよ、薔薇とか百合とか」

「爛れた関係って言おうとしたし、花で比喩んな!? っつーかお前親友だろ!? 止めろよな!?」


 瑞羽と美癒も最近は色々とはっちゃけつつあるな……。




 ――――しばらく俺達がくだらない話を続けながら壇上をちらちらと確認している内に、ついに悠の出番はやってきた。




「悠くん、頑張ってー!」

「悠、しっかりやれよー!」


 やいのやいのと全員で声援をあげると、悠は苦笑に表情を歪めて「ちょっと恥ずかしいから黙ってくれないかな?」とでも言いたげにこっちをちらりと見た。


 そんな表情を俺達は全員一致で理解して、思わず顔を見合わせて笑い合う。

 アイツ、なかなか性格悪いよな、いい意味でだけどさ。


 観客席も、さっきまでの地味な騒々しさがピタリと止んだ。


 それはそうだろう。


 俺達の顔はどうにもこの世界では幼く見える。

 悠は元々背も高くないし、顔も女顔っていうか、ちょっと中性的な顔をしている。

 そんなアイツが、今まで壇上に上がっていたどの商人よりも堂々と、他人の視線なんてどこ吹く風とでも言わんばかりに、審査員達の前で立っているのだ。


 俺達だってさっきまでの軽い揶揄の感情は吹き飛んで、気が付けば固唾を呑んでさえいた。


「あの顔、あの時の顔……」


 咲良の声に思わず振り返ると、咲良はいつもの眠たげな目を珍しく見開いて、ごくりと息を呑んでいた。

 俺達も一様にアイツの顔を見つめる。






 ――あぁ、そうだ。





 アイツのあの顔は、あの時――一年前に俺達を驚愕させ、恐怖させ、感嘆させた、あの日の顔とまったく同じだ。






 瑞羽と美癒は、一年前の当時を知らない。

 それを知るからこそ、俺達は思わず口角をあげて拳を握り締めていた。





 一体、何をやらかすつもりなんだ?


 お前は俺達の想像しない所にいて、想像しない事をやらかすんだろう?


 今度は何を俺達に見せてくれる?






 言葉にせずとも、俺達は全員が全員、同じ事を考えていただろう。

 わなわなと、期待に心を膨らませている俺達の視線を小さな体躯で一身に背負いながらも、悠はその名の通りに悠然と、そのままに立って薄く笑みを浮かべてみせると一礼した。


「どうでもいい前置きはすでにみなさん聞き飽きたでしょう? 僕もあまりおべっかを使うタイプではないので、簡潔に――よろしくお願いします」


 ――やりやがった……ッ!


 ただの一言。

 傍若無人な、これから審査されようって立場にいながらも堂々とした宣言に、審査員席にいた誰もが一様に目を剥いて悠を見つめた。


 あぁ、やっぱり悠は悠なんだ。

 アイツはああやって、人の心をすっと掠め取るように掌握しやがる。

 さっきまで続いていた美辞麗句のような挨拶もなく、ただの一言でアイツはその場の空気を自分の手に掴んでみせたんだ。


 ホント、アイツは商人にだけはなってほしくない。

 アイツには欲しいものが知られただけで、財布の中に詰まった金の全てを笑顔で捻出させられそうな、そんな未来しか見えない。


 そう思ったのは間違いなく俺だけじゃなかった。


 審査員長席に座るザーレ商会の会長――ゼーレ。

 好々爺といった風貌の彼が、ここにきて、悠の挨拶を耳にしただけで、初めて薄い微笑みを崩し、悠と正面から視線をぶつけ合った。

 ちなみに、その横の〈アゼスの工房〉のアイゼンさんはぷるぷると肩を震えながら口を押さえてやがる。あれは悠の態度に笑いを堪えてるんだろうけど、隠しきれてない。


「僕は商人になりたいわけでもなく職人志望です。魔導具製作でそこの……ちょっとアイゼンさん、何笑ってんですか。肩が震え過ぎて軽い地震地帯みたいにそこ揺れてますよ」

「おめぇさんのせいだろうが!」


 どっと観客が、湧いた。

 さっきまで奇妙な沈黙が流れていたかと思えば、今度はこれだ。

 この場所は今、完全に悠に支配されていると言っても過言じゃない。

 アイツはそれを自分で理解した上で、わざわざ今みたいな事を言ったに違いない。


 やっぱりアイツは、俺達とは違うんだ。


 そんなアイツの仲間である事は誇らしい反面、ちょっとだけ悔しい。

 アイツでさえ感嘆するような何かをしようと俺達が必死になっている事を、アイツだけが知らないんだから。


 悠が小さく咳払いすると、再び空気が止まる。


「さて、みなさんもお忙しいでしょうし、僕もあまり目立っているのは少々緊張してしまいますので、先に始めさせてもらっていいですね?」

「どこが緊張してるんですか……――って、いえ、どうぞ!」


 司会役のお姉さんの心の声に俺達も同意に首を縦に振っているけれど、悠はそんな俺達を一瞥すらせずに審査員それぞれの顔を一度ちらりと見回してから、ゆっくりと深呼吸した。

 一挙手一投足を見逃すまいと、誰もが悠へと視線を向けるその中で――悠はポケットから幾つかの魔導具を取り出しながら、テキパキとした様子も焦っている様子も見せず、まるで日常の一コマをそのまま切り出したかのような自然な動きで準備を進めた。


「僕が作っているのは、さっき話した通り魔導具です」


 そう言って、一言ずつを切り取りながら、悠はどこかゆっくりとした口調と間を用いて説明を始めた。


 悠が作っている魔導具について、俺もちらりと聞いた事がある。

 俺達やオルム侯爵家の使用人の人達も使って魔力パターンを計測したいとか言われて、当然俺達は率先して協力した。


 面白い結果が判ったとは言ってたけれど、その答えまでは教えてもらってなかったな、そういえば。


 悠が説明を始めたのは、『魔力計測器』だった。

 アーティファクトとしても有名で貴重な品である事から、一度使用するのに金貨さえ用意しなくちゃいけないなんて言われてるような珍しい品があるらしい。

 それを俺達も知る屑魔石を使って作ってみせたという悠の説明に、審査員のアイゼンさん以外は一様に目を見開きながら、悠の魔導具をそれぞれ手に取ってまじまじと見つめていた。


「――なるほど。アイゼンが、そしてロークスが推薦したのも頷けるというものだ」


 ここに来て初めて、形式ばった質問以外の言葉をゼーレ会長が口にした。

 明らかな異変に俺達を含めた多くの観客達も思わず身体を強張らせたものの、悠はしれっとしたもので、「どうも」と一言だけ軽く返して不敵に会釈をするだけ。


 おいおい、お偉いさん相手にそれってまずくねぇか。

 そう思ってしまう俺は、やっぱり一般人っていうか、普通なんだろう。


 ゼーレ会長は先程までとは打って変わって、微笑を湛えた好々爺然とした雰囲気を一変させ、真剣な表情を作って悠を見つめ、目の前の机に肘をついて前へと乗り出した。


「しかし、どうやら欠点が多いようだ。確かに魔力を測れる、というのは大きいが、アーティファクトのように傾倒している属性などを表示するだけの代物ではない。決して悪いとは言わんが、アーティファクトを相手に評価してしまうとやはり安物と思われてしまうであろう」

「……そうですね、私もそう思います。もちろんこの魔導具について言うのであれば、指標として扱えるのであれば冒険者ギルドなどにも売れるし、着眼点は素晴らしいの一言に尽きます。ですが、アーティファクト程の信憑性があると受け入れてもらえるかは未知数です。比較対象がアーティファクトとなると、そう簡単に受け入れてもらえるかは微妙なところです」


 酷い物言いだと思うけれど、ゼーレ会長とその部下らしいロークスさんの言葉は的を射ている。

 アーティファクトは有名で、それの廉価版みたいな扱いになる悠の魔導具じゃそもそも信憑性に欠けてしまう。実験して証明しようにも、貴重なアーティファクトを貸してくれるとは思えない、とは他の審査員の言だ。


 そこまで言われてもなお、悠はしれっとした態度のまま「でしょうね」とあっさり肯定してみせた。


「まず一つ。属性の証明については、他の魔石と連動する事でそれが可能になっています」


 そう言いながら、今度は悠が色付きの魔石を取り出した。

 複雑な紋様が刻まれた魔石は明らかに魔導具として加工されていると判る代物で、悠はそれを中央のテーブルに置いて、一人一人に魔力を込めてもらうように促す。

 すると、色付きの魔石はそれぞれの魔力に呼応するかのように強弱を伴う光を淡く発し始めた。


 これには、さすがに審査員達も声をあげてどよめいた。

 そんな彼らの言葉を待たずして、悠は淡々とした調子で続けた。


「それに、実験するには今が好都合だとは思いませんか?」

「好都合、とは?」

「戦争です」


 歯に衣着せぬ物言いに、審査員を含めた会場全体が動きを止めた。


「戦争……?」

「魔族との戦争状態の事ですよ。形はどうあれ、今はどの冒険者も国も力を欲しています。前線でこの魔導具を使い、それぞれの傾向を調べてそちらを少しでも意識してさえもらえれば、実験の場には事足りると言っているんです」

「……それはまるで、我々と魔族との戦いの場を利用しようと聞こえるわね。少し不謹慎じゃないかしら?」

「危機を見極め、世情を見定めて商品を取り扱う商人たるあなた達がそれを言いますか?」


 悠の言葉は的確で、もっともだ。

 飢饉が訪れると知れば早くに買い占め高く売りつけるのがこの世界の商人だ。

 日本のように国の援助はあっても、商人である以上は無償や格安で奉仕するような真似はしない。もちろん、恩を売ろうって魂胆があるなら話は別かもしれないが、それはむしろ数少ないと言ってもいい。


 俺達の住んでいたメディアのようなものが存在していない以上、慈善行為による売名よりも実利が優先されがちなのだと楓も言っていたっけか。だから、この世界の商人は人によっては詐欺師か何かにさえ見える人だっているのだと。


 悠の一言にぐうの音も出ないといった審査員の一人の女性は、納得したように嘆息して座り直した。


「――まぁ、それは置いておいて、です。実はこの『魔力計測器』を発展させた魔導具をすでに幾つか作っているんですよね」


 悠が屈託もない満面の笑顔で、そう告げた。

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