2-11 文化侵食の塊

 魔族の幹部、魔王の腹心が一人――エキドナを破ったという報せは、悠らが知る以上にファルム王国のみならず、世界各地に吉報となって駆け巡った。

 結果から見れば、異界の勇者として召喚を行ったのが成功であると云えるファルム王国では、特にその歓喜は顕著なものである。


 迷宮都市アルヴァリッドを拠点に構える勇者らの活躍は表立っては公表されていないものの、それでも町から町へと噂は広がり、いつしかアルヴァリッドは迷宮都市といった名目から、勇者のいる町として周辺には知られている。

 久方ぶりの明るい話題が人々の足を浮足立たせているのも確かにあるだろうが、勇者一行がいる町という噂も相まって、〈火の精霊祭〉では一目勇者を見ようと各地から多くの者が流れてきていた。




 しかしそれは、ファルム王国侯爵家の令嬢といった立場としては嬉しい限りではあっても、道を急ぐエルナにとってもこの時ばかりは煩わしいものであった。




 いつもは広々とした道路も人通りに溢れ、さらには並べられた露店にも多くのものが陳列されているため、人が足を止めたり速度を緩めたりと、必然的に人の流れは滞りつつある。

 祭りのメインとも云える大通りは特にそれが顕著に表れており、エルナは仕方なく脇道を逸れて迂回する道を選び、町中にも関わらずに戦闘時と同様の速度を以って疾走する方向に気持ちを切り替え、裏路地へと足を踏み入れた。


 大通りが町を貫くように広がるため、必然的に中央区へと向かうために通るルートは限られる。あまり大通りに近い路地では、祭りに乗じて酒を飲んでくだを巻いている面倒な酔っ払いもいるのだ。

 仕方なく更に迂回する道へと進んだエルナは、曲がり角をあと幾つか曲がれば大通りに到着するといったところで、予想だにしない人物との遭遇に思わず足を止めた。


「あ……っ、エルナさん、でしたよね?」

「……こんにちは、ファムさん」


 向かって歩いてきたファムとばったりと遭遇してしまったエルナは、逡巡と後悔に僅かに顔を顰めた。


 ――どうする。

 目の前の少女が明らかに敵である事は、すでに確定したと言っても過言ではない。

 この状況で言及する事もできるが、いざ戦闘となった時、魔族相手にたった一人で太刀打ちできるかと言われれば、装備も武器も心許ない。


 ならば無難に立ち去るべきか――と結論付けたところで、ファムが先に口を開いた。


「――まさか、とは思いましたけれど。あなただったんですね、リルルの洗脳を解いたのは」

「――ッ!」

「あら? 気付いていないとでも思ったのですか? そんなわけないじゃないですか。自分のが使えなくなってしまった時、それに気付かないんじゃ面倒ですからね。それなりに対策ぐらい練ってますよ」


 くすくすと嗤うファムの姿は、やはり歳相応――十代前半の少女には似つかわしくない、淀んだ昏さを感じさせるものであった。


「……もはや隠すつもりはない、と?」

「隠す必要なんてないじゃない。あなたにバレたからって、それがなんだと言うの?」

「少なくとも、あなたの陰謀は止める事ができるでしょう」

「陰謀?」

「〈魔熱病〉をばら撒こうとしている、というものです」

「……ッ!」


 余裕を浮かべていたファムの目が、エルナのその一言によって感情を消したかのようにすっと細められ、剣呑な光を宿した。


「……誰から聞いた? 本物を手に入れる事なんてできないはずよ」

「さぁ? ご自分で考えてみてはいかがです?」


 ファムが魔族の間者であり、ロークスは恐らくその協力者という立場にいる。

 今まではロークスだけの陰謀でアムラを利用し、ファムやリルルを奴隷に貶めようとしているように思えてきた裏側にある事実を悠に知らせる必要があると考えているエルナは、袖口から短剣を取り出し腰を落とした。

 戦闘態勢に入ると見せかけて、この場から脱出を図ろうというものだ。僅かにでも隙が生まれれば、即座にこの場から立ち去るつもりである。


 しかし、ファムもそう簡単にここを通すつもりはなかった。

 赤黒い魔力を身体から放出させると、垂れている犬人種の耳が狼のそれへと変わり、唸り声をあげながら鋭い牙を剥く。体躯の大きさこそ変わらないが、瞳は真っ赤に染まり、爪が伸びていく。


「……魔狼種ですか」


 その見た目から、エルナはファムの正体が魔族側にいる獣人と呼ばれる魔狼種だろうと当たりをつけた。

 獰猛な性格と荒い気性は魔族に性質が近く、かつて魔王が現れた時代に魔族と肩を並べて人々を襲った、幾つかの獣人種の一つ。獣人最強の名を持つ妖狐種が技を巧みに使い、魔狼種は力と速さでそれに比肩してみせたと言われている。


 エルナが確認するように呟いた一言に、ファムは獰猛な本性をもはや隠すつもりなどなく、にやりと笑みを浮かべた。


「自分で考えてみるといいわ。もっとも、それを知る頃にはあなたは死ぬでしょうけどね」

「あいにく、私もここ最近でかなり腕を磨いていますので。形ばかりとは言え弟子もいる身ですからね、そう簡単に死ぬわけにはいきません」


 短剣を逆手に構えたエルナと、鋭い爪の伸びた両手をだらりと落としたファムが、一斉に大地を蹴って肉薄した。








 ◆ ◆ ◆







 この世界の音楽は、基本的にはクラシック音楽に近い。

 ヴァイオリンやチェロ、ハープにも似た弦楽器。吹奏楽器に打楽器などが多く、歌い手は舞台特化したような歌い方が主流みたいだ。


 要するに現代日本人の、それも一介の高校生たる僕らにとっては馴染みの少ない音楽ばかりだったりするのだ。


 当然ながら、ギターやドラム、ベースにキーボードといったバンド形式の音楽はもちろん存在していない――はずなんだけれど。


「……どうしちゃったの、あの組み合わせ」


 もうすぐお昼という頃。

 橘さんの初ステージを見るべくやってきた特設会場の観客席に座った僕は、ステージ上に運ばれている見覚えのあるバンド形式の楽器に酷似した楽器を見て、思わず言葉を失っていた。


「あれ全部〈アゼスの工房〉っつー有名な魔導具工房で作られた特注品らしいぜ」

「……アイゼンさん、そんな仕事まで引き受けてたんだ」


 アイゼンさんも以前、金になる仕事を持って来いとは言っていたけれど、まさか楽器製作にまで携わっているなんて思いもしなかったよ。

 まぁオルム侯爵家の紹介で〈アゼスの工房〉に訪れるようになったのは僕だし、付き合いがあるのは知ってたけどさ。


 ただ、僕らはまだテレビなんかでも目の当たりにしてきた楽器だからいいけれど、他の観客はどうなんだろうか。

 そう思いながら周りを見ていると、見慣れない楽器が設置されて期待と不安に胸を膨らませる観客達と、いかにも裕福そうな貴族女性といった方々のはしゃぐような声――あれは多分アシュリーさんの招待客なんだろうけど――だったりと、周りの反応は予想通りというか様々だった。


 そんな中、演奏が始まる。


 荘厳なクラシック音楽に比べて、どちらかというと物悲しさすら感じられるような静かで甲高い弦楽器の独奏から始まり、やがて追従するように他の楽器も一つ、また一つと続いて重なっていく。

 いつしか客席は酔い痴れるように聴き入りながら、音だけを楽しもうかと目を瞑っていて、僕もまたその一人だった。


 ふと音楽が途切れ、それに合わせて閉じていた目が開く。


 ステージの上には、何時の間にか現れていた橘さんがドレス姿でおめかしされていて、いつもの天真爛漫さとは打って変わって凛とした表情で、ゆっくりと息を吸って歌い出した。


 オペラ式の発声方法なんて一朝一夕で身につくものではないし、僕らの歌と言えばカラオケか合唱ぐらいだ。

 たかが知れている、と心のどこかで考えていたのだけれど、橘さんが歌い出したその瞬間、ぶわっと身体中で鳥肌が立った。


 透き通る楽器のような綺麗な声は、歌い出しだけで観客全員の心を一瞬で惹きつけてみせた。

 先程までは聴き入るために目を閉じていたけれど、橘さんの歌声からは目さえ離せないような、そんな魅力がある。


 僕の肩にいたミミルもうっとりと聴き入っているのか、久しぶりにログウィンドウの機能を僕に丸投げして、僕の目の前に放り出した。

 最近はプラカード扱いが強かったし、僕の眷属であるミミルにはログウィンドウというものの扱いに慣れているから、全て丸投げする事にしていたのだけれど、こうして戻ってくると感慨深いものが……別にないね。


 ――『【天使の歌声】による魅了効果を無視しました』。


 無粋なログウィンドウの一言に苦笑を浮かべつつ周りを見てみれば――なるほど、確かにみんな魅了されているかのように見つめていた。


 なんかこれ、僕だけ蚊帳の外にいる感が否めない。

 やっぱり【スルー】って、〈傍観者〉としての本質を助長しているんじゃないかな……。


 一曲の演奏が終わり、水を打ったような沈黙が流れる。

 橘さんがぺこりとお辞儀をした瞬間、一転して耳が痛くなる程の大歓声が爆発して、思わず僕は耳を両手で塞いだ。


 ……感動のレベルの違いが間違いなく存在している気がする。

 橘さんの魅了効果は絶大みたいだ、主に僕以外には。


 歓声に「ありがとうございますっ!」と返事をしていた橘さんも、ようやく緊張が解けてくれたのか、表情も柔らかいものに変わっていた。

 さっきまでの凛とした雰囲気も大人びていていいと思うけど、ああいう満面の笑顔の方がよっぽど橘さんらしい。


 すると、今度は橘さんが手に取った魔導具を地面へと叩きつけた。

 もうもうと上がる白煙の中にレーザーのような光が照射されて光を放つと、観客は先程までの歓声を今度は感嘆の声に変え、何が起こるのかとステージの上を見やる。


 一際強い風が吹き上がると、マイクのようなものを手に取り、さながらアイドルを彷彿とさせるようなドレスアップをしてみせた橘さんが立っていた。


 ……なんだろう。

 すごく、嫌な予感がするよ。


《――どんどんいくよーっ!》


 その一言になんとなく嫌な予感がして、半ばジト目で事情を知っていそうな――というより、絶対に衣装を手がけたであろう西川さんを見つめると、西川さんは僕の視線に気付いてすっと視線を逸らした。


 文化侵食も程々にしてもらいたいところである。

 なんでもかんでも混ぜればいいってもんじゃないよ、西川さん。

 西川さんには絶対に料理を作らせないようにしよう。


 どうでもいい事を考えている僕を他所に、ステージ上ではドラムが鳴らされ、エレキギターとベースによる演奏――もはや言い繕えるレベルじゃない――が始まった。

 一体誰がギターやらベースやらを教えたのかと思うと、ふと細野さんが僕と目を合わせると「やりきってやった」とでも言いたげに無表情でドヤ顔をするという不思議な技をこなしつつサムズアップしてきた。

 細野さんには自重ってものが足りない。


 突然の曲調の変化に戸惑うかと思われた観客達だったけれど、僕の予想の斜め上をいくかのように観客席はいきなり最高潮の盛り上がりを迎えるかのように、橘さん達の歌に身体を揺らしていく。

 魅了効果が発揮されている状態だからかもしれないけれど、オペラ系の音楽とは違ってノリの良いビートを刻み、橘さんというか僕ら日本人に馴染みのあるアップテンポな曲と外国人ウケの良い可愛らしい声というのは、どうやら言い知れぬ萌えのような要素を与えるらしい。


 異世界に萌え文化が生まれてしまった瞬間に立ち会った僕。

 うん、頭痛しかしない。


 まぁ、いい流れではあるのかもしれないんだけれど、ね。


 この世界に来た最初の頃、僕らはレベルだった。

 埋没されて右に倣えを実践するからこそのは消え、羽目を外し、少しずつでも「自分」を確立させているように見える。

 みんなも向こうにいた頃に比べて、どことなく明るい表情をしているような気もするしね。


 何曲か進んだところで、ちょっとした休憩時間ができて――そのタイミングでどこからともなく現れたオルム侯爵家の使用人のみんなを引き連れたアシュリーさんが、突然何か大きなワゴンを牽いて客席で……商売を始めた。

 手に取っている商品を見ると、何やら棒状の……ちょっと西川さんと細野さん、こっち見ようか。

 あれ、どう見ても光るアレだよね?


 ……その後見た光景については、もう一言で言おう。

 アイドルのライブでした。


 最前列をキープするアシュリーさんの顔見知りがサイリウムを振り、それに合わせるように観客も何故かノリノリでそれに参加。僕が半ば白い目で周囲を見ていると、お前もやれと言わんばかりに渡され、参加。


 ……橘さんの為にも僕だけが断り続けるのも悪いからさ。


 僕は確かにマンガやアニメ、ゲームからラノベまで幅広く好んではいるけれど、アイドルだけは僕の性に合わないのか、むしろ嫌いな部類に入る。

 あまり顔が可愛くても「へー」で終わってしまうし、熱狂的に愛するような真似は元々僕にはできないし。


 まさかこんな方面で橘さんが活動する事にはなっていなかったよ。

 恥ずかしがり屋な橘さんもこうなってしまうとテンションが上がっているのか凄く楽しそうだし、観客もかなり盛り上がっているみたいだ。

 




 なんとなく恥ずかしい気分でサイリウムもどきを振りながら、橘さんの熱いステージはその後数曲程続いてから終わり、僕らはステージ袖に設けられていた橘さん達のいる控室へと移動した。


「すごかったよ! なんか本物のアイドルっぽかったー!」

「まぁ本物になっちゃうんだけどね。でもホント、盛り上がってたし楽しかったよ」

「ありがとう!」


 小島さんと佐々木さんが橘さんに声をかけて、橘さんも若干喉が枯れて返事をしていた。佐野さんも細野さんもきゃっきゃと騒ぐタイプじゃないけれど、橘さんとは付き合いが長いからかうまくいった事に喜んでいるみたいだ。

 西川さんは衣装の件で、誰かと衣装の改善なんかについて真剣な顔で語り合っている。あそこだけはプロフェッショナルの世界って感じがして、なんかちょっとカッコいい。


「悠くん! どうだった!?」

「うん、すごかったよ。ストーカーには気をつけてね」

「いきなりそんな発言!? えっへへ、でも褒められるのは嬉しいなー」


 女子陣の輪を抜けてやってきた橘さんは、まだ舞台が終わったばかりでテンションが抜けきっていない、といった感じみたいだ。


「あれ、そういえばエルナさんは?」

「まだ来てないんだよなぁ。なんか急用でもできたのかもしれねぇな」


 赤崎くんが言う通り、エルナさんはまだ来ていなくて。

 







 ――――その後、僕のコンテストが始まる時間になっても来なかった。

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