2-10 いないはずの少女

 眠っていた少女が、ぱちりと音でも鳴りそうな勢いで目を開ける。


 ゆっくりと身体を起こしながらぐっと伸びをして喉を鳴らすのは、猫人族の少女――リルルの目覚めの癖のようなもの。

 凝り固まった身体を柔軟するように身体を伸ばし、血液を巡らせるために大きく欠伸をして立ち上がると、病気が感染うつってはならないからとなるべく立ち入りを禁止されている部屋――彼女の父が健在だった頃は一緒になって眠っていた寝室へと向かった。


 姉のファムからは相変わらず必要以上に接触するなと釘を差されているものの、まだ幼いリルルにとって、父亡き今は片時足りとも離れたくない心の拠り所だ。

 ファムに対してもその節はあるが、リルルにはファムと一緒に眠った記憶はなく、それどころか姉と何かをしたと記憶しているのは、父がいなくなってしまってからだ。


 それでも、例え記憶に姉の姿はなかったとしても、大事で大好きな姉という事実は、間違いなく――それ以上の感情となって存在している。


 ファムは朝早くから夜遅くまで、仕事で出かけている。

 時折、昼頃に家に帰ってくる事もあるが、その日はすぐに仕事に戻るからと出て行ってしまう。町の中をリルルを連れて歩く日もあるが、その回数は片手で数えられる程しかない。

 もしも他人がリルルの胸の内にある思いの丈を聞こうものなら、ファムに向けられているのは、ただの親愛の情を超えているような、もはや崇拝とさえ言ってしまっていいようなものであると断じるであろう。

 まだ幼いリルルは気付いてはいないのだが、幸いにして交友関係をほぼ持っていないリルルの異常性が表に出る事は今のところはなかった。




 ――――そんな愛する姉のいない家の中で、アムラの部屋にやってきたリルルはアムラの顔色を覗き込んだ。


 悠とエルナがやってきて以来、アムラは劇的に回復の兆候を見せつつあるものの、やはり時間が経ってしまうと再び熱をぶり返してしまう。

 昼頃にはエルナがやってきて、悠の用意している魔導具を使ってアムラの熱を下げてくれるおかげで、最近では意識もはっきりとした時間を作れるようになり、ベッドの上だけには留まらず、部屋の中を行き来できる程度には復調しつつある。


 ――じわり、とリルルの胸の内に広がる黒い感情。

 目の前のベッドに横たわる母の姿を見て、リルルはいずれ母の体調が治ったのなら、その時は姉を取られるのではないかなどという考えが脳裏を過ぎる。


 ちょうどその時、アムラがゆっくりと瞼を押し上げて、リルルははっと我に返った。


「……あら、リルル。おはよう」

「おはよ!」


 リルルの気配に気付いてゆっくりと目を開けたアムラが儚く微笑んで挨拶をすると、それだけでリルルは先程の黒い感情は忘れ去ってしまったかのように、花が咲くようにぱぁっと満面の笑みを浮かべた。

 体調の悪い相手に快活な挨拶は少し煩わしくも感じられそうなものだが、相手は愛娘。

 アムラはそっとか細い手を伸ばして、横たわったままリルルの頭を撫でた。


「からだ大丈夫?」

「えぇ、少しずつ元気になってきたわ。リルルのおかげね」

「ねぇねのおかげだよ!」

「ねぇね?」

「うん!」


 きょとんとした顔で、アムラはリルルの口にする「ねぇね」という存在が誰なのかを逡巡して――思い浮かべた。


「そうね、しっかりとお礼を言わなくちゃ」

「うん!」


 人見知りであるリルルが姉と慕ってまで呼んでいるだろうエルナは、アムラにとっても命の恩人である。


 アムラの経歴はファムが語った通り。

 元々冒険者だが、高レベルに辿り着く事もなく〈魔熱病〉の症状を味わった経験はなかった。


 日に日に身体は弱り、体力は低下し、朦朧とする意識が続く生き地獄のような日々を味わい続けている中、突然ふっと身体から熱が抜けていくような気がして目を覚ませば、お屋敷勤めの侍女服を思わせる美しい少女が顔を覗き込んでいたのだ。

 ついには幻覚でも見ているのかと思わずにはいられなかったが、周りは見慣れた部屋であり、幻覚にしては少々作りが甘いとでも言うべきか、そんな印象を抱かずにはいられなかった。


 エルナが来て以来、日に日に体力も取り戻しつつある。

 快復した、とまでは言えないものの、数日前まではひたすらに意識が混濁していたにも関わらず、今ではこうしてしっかりとした意識を保てる。

 このまま治ってくれれば言う事はないのだが、どうにも朝を迎える度にまた身体の中では熱がぶり返してしまう。


 こうして、亡き夫との間に授かったであるリルルと会話らしい会話をできる。心労で倒れた程度で愛娘を残して逝ってしまっては、自分で自分を赦せはしなかった。


 余談ではあるが、そんな強い意思を持つアムラだからこそ、この数日でも生死の境を彷徨い、なんとか生き残っていられたのだ。

 母は強しとでも言うべきか、〈魔熱病〉を知る者ならば「どうして十日以上も耐えられたのだ」と思わず声をあげる程の、誰にも知られない偉業が存在していた。


 ふと――家の呼び鈴が連動している魔導具がチリンリンと甲高い音を奏でた。


「う? 見てくる!」

「えぇ、お願いね」


 部屋に取り付けられた窓から見える空、まだ中天まで陽が高い位置にあるとは言い難い程だった。

 この数日、エルナがやってくるのはいつも昼頃であったため、確かにこれぐらいの時間であっても許容範囲ではあるのだが、この時間では些か早い気もして、アムラはゆっくりとベッドの上で身体を起こした。


 しばしの時間が流れ、リルルが伴ってきたのは予想外の来客と言えば予想外ではあったが、エルナであった。


「おはようございます、アムラさん」

「エルナさん! おはようございます、今日は早いのですね」

「えぇ。今日からは〈火の精霊祭〉が始まりますし、昼前には私もユウ様と合流する予定ですので」

「……〈火の精霊祭〉、ですか? そういえば、もうそんな時期でしたか……」


 エルナに言われ、今更ながらに結構な日数が経ってしまっていたと気付いてアムラは思わずリルルを見た。

 最近では朝食と昼食用にエルナが色々な料理や食材を出してくれているが、自分が倒れている間、この子の食事はどうしていたのだろうかと、ふと疑問を抱いたのだ。


「エルナさん。私が倒れている間、リルルの食事は誰が世話を……?」

「はい? ファムさんですが」


 何を言っているのか。

 ファムが薬の為に働き、借金をこさえて自らを犠牲にするかのように働いている事に対して、あまりにも無頓着過ぎるのではないかと、エルナは少々呆れた様子で答えた。


「す、すみません。リルルをお世話してくれる方の事さえ、今になって気付くなんて……。えっと、ファムさん、ですか? エルナさんのお知り合いの方でしょうか?」

「……え……?」


 ――――咬み合わない歯車が、音を立てるように崩れだす。


 エルナの苛立つような、呆れの混じる表情に萎縮するアムラから向けられたのは、答えに困窮する問いかけ。困惑している様子もなく、ただただを告げられたかのような、そんな言葉であった。


 ――もしや〈魔熱病〉の影響で、娘の記憶が欠落してしまっているのか。

 エルナの脳裏にはそんな可能性も過ぎるが、しかしそれにしては受け答えにも特に変化すらない。


 先程湧き上がってきた怒りを押さえて、エルナは言葉を選ぶように慎重に口を開いた。


「ファムさんは、あなたの娘では?」

「む、娘? いえ、私達の子はリルルだけですが……」

「……どういう事です……? リルルさんはファムさんの事を「ねぇね」と呼んでおりますし、リルルちゃんのお姉さんだと伺っています。まして、借金まで背負っているのに……」

「ど、どういうと言われましても、私もなんとも……」


 お互いの中に芽生えた齟齬を解消すべく、エルナは悠と共に聞かされた過去についてのあらましなどについて、〈魔熱病〉によって膨れ上がる魔力を悠の作った魔導具を使って魔力を吸い上げながら、改めてアムラへと確認するように訊ねていく事にした。


 確かにアムラは、つい先日に旦那を亡くしている。

 冒険者として活動するという事はつまり、命を懸けて魔物と戦いながら生きる道にいるという意味を持つ。

 ならば冒険者を辞めれば良いのかと言えば、それは難しいとしか言えなかった。

 冒険者としてよほど大成するか、あるいはコネクションを築いていない限りは、護衛であったり警備の仕事に就いたりと、危険の第一線から遠ざかる道を選べる者は少ないのだ。


 アムラの夫であったディルもまた、そういった道を選ぶ事ができなかった男の一人だった。そのため、リルルというまだ幼い娘がいるにも関わらず、冒険者の道を離れるわけにはいかなかったのだ。

 リルルがせめてもう少し大きくなるまで、決して危険な仕事はしないようにと約束はしていたが――ダンジョンからディルは帰って来なかった。


「――借金のお話もありましたが、それなりに蓄えもあります。もしも私に何かがあったら、その時は冒険者ギルドを通して預けていたお金がリルルに渡るように手配してあります」


 それでも、アムラはある意味ではディルの死を覚悟していた。

 命の軽いこの世界だ。夫が冒険者であり、自らもまた冒険者であった以上、いざという時の為に、最低限数年間は暮らしていけるだけの蓄えはある。

 アムラが指した机の引き出しをエルナが開けると、そこにはアムラの冒険者カードがあり、確かに相続先にはリルルの名が小さく書かれていた。

 お金は、間違いなくリルルに渡るように手配されている。

 長女が――ファムという存在が本当にいるのだとすれば、まず間違いなくファムにその権利は渡しているはずだという答えは、エルナも納得がいくものであった。


「……分かりました。では、ファムさんにお会いした事はないのですか?」

「えぇ。薬を渡してくれるのはリルルですし、意識がない間に来ていたのかもしれませんが、私の意識が回復してからは誰も……」

「ねぇねがどうしたの?」


 ちょうど二人の会話が一段落したところへ戻ってきたリルルへ、アムラが手招きして呼び寄せる。

 自分も会話に入っていいと言われて嬉しそうに笑顔を浮かべたリルルが小走りでアムラの座るベッドへと駆け寄り、ぽすんと小さな身体を投げ打つように乗せた。


「なーに?」

「ねぇ、リルル。ファムって誰?」

「う? ねぇねだよ?」

「リルルにはお姉ちゃんはいないわよね? どうしてお姉ちゃんなの?」

「……ねぇねは、ねぇねだよ?」


 ぴたりとリルルの笑顔が消え去り、虚ろな目でリルルがアムラへと振り返った。


「まま、ねぇねの事をきらいなの? ねぇねの敵になるの? あのひとみたいに」

「……あの人?」

「エルナと一緒に来た男。あのひと、ねぇねの敵」


 感情のない、冷たく鋭い敵意。

 アムラも、この年頃の少女には似つかわしくない、ましてや自分の娘から発せられている明らかな殺意と狂気を感じさせる声と雰囲気に、思わず息を呑む。


 ――誰だ、これは。

 実の母であるアムラでさえ、リルルの豹変ぶりには思わずそんな言葉が浮かぶ。


 その瞬間、エルナが動いた。


 エルナが懐から取り出した魔導具をリルルへと押し当てる。

 エルナの手に握っていた球状の物体が眩く光を放つと、リルルの身体から黒い煙がゆらりと立ち上り、ふっとリルルの身体から力が抜けるように崩折れ、咄嗟にアムラに支えられた。


「え、エルナさん、今のは……!?」

「洗脳系のスキルを解呪する魔導具です。立場上、こういった物は常に持ち歩くように言われておりますので」


 懐から取り出してリルルへと押し当てたのは、オルム侯爵家の使用人はもちろん、貴族の令嬢であるエルナがおかしな洗脳を受けないようにと最近になって持たされている魔導具――〈解呪の宝玉〉だ。

 精神操作系の魔法は、普通とは異なる魔力の蠢きが見つかる。それを正常に戻すという役割を果たすこの魔導具は、一度きりの使い捨てでありながらも効果が大きい代物である。


 ――ユウ様の仰られていた通りですね。

 確かに発動した魔導具を見つめながら、エルナは悠から聞いていた情報を思い返していた。


 エキドナのスキルである【魅了の魔眼】などの精神操作系の魔法は、かつての勇者であるリュート・ナツメのいた時代にはあまり使われていなかった部類の魔法だ。

 そもそも力ある魔族は、わざわざそんな真似をしようとはしてこなかったのだ。魔族の膂力と魔力があれば、人族に対して戦いを挑んでも、負ける事はない程の強さを持っているのだから。


 しかしエキドナは、敢えて悠へと【魅了の魔眼】を使った。


 その効果は文献によって後日知る事になった代物であったが、術者に支配される類の魔法であり、対象者は術者の命令には絶対服従を誓わされるといったものであった。

 ただのエキドナの嗜虐趣味による行動であったと片付けられる問題ではあるやもしれないが、どうにもやり方が力にそぐわぬものに見えるような、明らかなやり口だという印象を悠は抱いたのである。


 ――「もしかしたら、魔族が表立って戦争を起こしているのは、ただの陽動なのかもしれない」。


 そんな風に呟いていた何気ない一幕ではあったが、リルルが洗脳されている事も鑑みると、あながち間違っていると一概には言い切れなかった。


 ともあれ、これでファムがただの少女ではない事が確信へと変わった。

 明らかな解呪の兆候を見せた以上、ファムこそが〈魔熱病〉をばら撒こうとしている張本人――つまりは魔族である可能性が浮上したのだ。


 急ぎ、悠にこの事実を伝えようと考えたエルナは、即座に立ち上がった。


「すみません、アムラさん。私は急がなくては」


 短く挨拶を残して、エルナはアムラの家を後にした。









  ◆ ◆ ◆








《――それでは、これより〈火の精霊祭〉を開催いたしまーすっ!》


 迷宮都市アルヴァリッド、町の中央に広がる噴水広場に築かれた特設ステージの上から、商業ギルドの元気娘による開催宣言が告げられ、人々がわぁっと一瞬で沸いた。


 ついにやってきた、〈火の精霊祭〉。

 僕にとってはお祭りの方がおまけのようなものだけれど、こうして沸いた人々の熱気に当てられて、柄にもなく僕もまた少し浮かれている。

 立ち並ぶ露店の数々に目を輝かせながら、午後のコンテストまでの時間を潰す予定の僕を含め、今日は久しぶりに全員で揃って歩いていた。


「悠、見てみろよ! オーク肉の串だってよ! うっわー、ファンタジーだなぁ!」


 お祭りに賑わう大通りじゃ、近くにいても大きな声じゃなきゃ声が届かない。赤崎くんが大きな声で僕の肩を掴んで、空いた手で屋台を指差して叫んでいた。


 ちょっと赤崎くん、すっごい気を遣ってくれてるのかもしれないけれど、レベル一の僕にはそれ、結構痛いんだけど……。


「せっかくだから食べてみる?」

「うぇっ!? なにお前、意外とオークとかイケちゃうの?」

「え? 僕は食べるなんて言ってないけど?」

「いやいやいや! 今の流れ、どう見ても一緒に食べるかって誘う言い方だろ!?」

「だってさ、加藤くん」

「俺は問題ないぞ。肉と考えれば食える」


 サムズアップしてみせた加藤くんが、最近僕にはよく分からない。

 なんかこう、寡黙路線にいってたんじゃなかったっけ。

 細野さんと若干被ってるから、早急にどうにかキャラ定着をお願いしたい。


 そんな事を考えていたら、赤崎くんと加藤くんが屋台に行ってオークの串焼きを買ってきた。


 ……見た目は完全に豚の串焼きのそれだけど、なんだかサイズ感がちょっとおかしい。

 一応ぶつ切りになっているお肉は脂が滴っていて、香ばしい匂いが食欲をそそるのに、一切れあたりのサイズを見ただけで軽くげんなりするってどうなのかな……。


「あたらなければどうという事はない、と」

「それ、の意味が違うよね? それにミミル、それちょっと違う。それはオペラ仮面だ」


 つつつ、と近づいてきた細野さんの一言にすかさずツッコミを入れておく。

 まさかの変化球だよ。

 けれど、どうやら細野さんには僕のツッコミは届いておらず、目は目の前を浮いて見覚えのあるコスチュームと似た仮面に間違えてしまっているミミルに釘付けだった。


 ――あ、そういえば……この二人を会わせてしまった。

 後悔する僕を他所に、初めて対面した二人が何かを感じ合ったのか、お互いにサムズアップをした。


 あぁ、やっぱり細野さんとミミルが一緒になると、ツッコミ役が僕だけじゃ足りない! 


「佐野さん、ヘルプ!」

「はいはい。ほら、咲良。悠くん困ってるから」

「ゆうなん、邪魔しないで。私はこの子と何か近いモノを感じる。この子は、磨けば光る逸材……ッ!」

「ちょ……っ、ここでステータスの差がっ、動かない~~……ッ!」


 以前までなら引きずっていけたはずの細野さんも、もはや佐野さんの力では動かせないらしい。


 佐野さん、これでもレベル二十ちょっとまで上がってたはずなんだけど……。

 もう僕じゃ絶対に動かせないよね、これ。


「細野さん、行くよ」

「悠、この子ちょうだい」

「ダメに決まってるでしょ。ちゃんと来ないと、ミミルも送還しちゃうよ」


 それだけ告げると『サーイエッサー!』と書いたログウィンドウを表示して、ミミルが僕の肩に戻ってきた。

 お祭りを見れないのは嫌みたいだし、僕だってそこまで本気でする気はないけどね。


「そういえば、午前中って屋台を回るだけ? 確か……」

「えぇ、今日はあかりんの初ステージよ。みんなで応援しなくちゃね」

「私も衣装色々作ったし、ステージで着てる姿見てみなくちゃ」

「うぅっ、緊張してお腹痛くなってきた……」

「大丈夫? ぷりんちゃん貸そっか?」


 佐々木さんに続いた西川さんのプレッシャーをかけるような発言に、橘さんが顔を蒼くする。うん、ここまではいいよ。


 ただ、小島さん。

 ぷりんちゃんが腹痛とか緊張緩和に効き目があるなんて初耳だよ、僕。

 それどんなスライム……。


 ともあれ、こうして始まった〈火の精霊祭〉。


 アイゼンさんが話してくれた通り、町には多くの人達が溢れ、楽しげに行き交いながら笑い声をあげている。

 こうした雑踏の中に埋もれるような場所を歩くのは、日本にいた頃以来だ。懐かしくもあり、なんとなく嫌気が差しそうだったりもする。


 赤崎くんと加藤くんはオーク串肉をぺろりと平らげ、次に面白そうな食べ物はないかと探したり、掘り出し物の武器があるのがお約束だと騒いでみたり。

 佐野さんと西川さん、佐々木さんと小島さんは甘い物を見つけに動き、なかなかの酷評を下して店主さんを引き攣らせたり。

 橘さんは細野さんに付き添われながら緊張に顔を強張らせつつも、段々と緊張も解けてきたのか、少しずつお祭り騒ぎを楽しむような笑顔を見せるようになった。


 やはり黒い髪に黒い目の風貌が集まっていれば自然と注目されるようで、気が付けば結構な人数に囲まれたり、『勇者班』のみんなは握手を求められたりと、さながら有名人のような扱いになってきた。

 さりげなく遠くへと離れて傍観者に戻った僕は、飲み物を片手にそんな光景をぼーっと見つめていた。




 ――このお祭りが終われば、僕らはそれぞれの目的に動く。


 まるでその現実を見ないかのように――いや、むしろそれを理解しているからこそ、別れを惜しむかのように、極力その話題には誰も触れようとはせず。僕らはそれぞれに何気ない日常を過ごしているかのような会話をしながら、屋台をしばらく練り歩いた。


 エルナさんは橘さんのステージが始まる頃に合流する予定だ。

 アムラさんの治療にも行かなくちゃいけないらしいけれど、本当のところは僕らの時間を邪魔しないように気を遣ってくれたんだろう。


 水臭いような気もするけれども、僕以外はまだエルナさんを嫌ってこそいないけれどどうしても遠慮してしまうみたいだし、これはこれで良かったのかな。


 ――ふと、そんな事を考えていた自分に苦笑が浮かぶ。


 傍観者を気取っておきながら、こういう時だけはどうにも事を考えてしまう自分に少しだけ辟易としつつ、僕はそれを気付かれないように噛み殺した。




 人混みを対処し終えたのか、みんなが僕を見つけて呆れたような表情を浮かべた。


「悠! 一人だけちゃっかり逃げやがったな? ったく……ほら、行こうぜ」


 赤崎くんの声を皮切りにみんなが僕を見て動きを止めている。

 そんな光景にどこか気恥ずかしさを覚えて頭を掻きながら、再びその輪へと戻っていった。

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