2-7 幼女の取り扱い方

 ファムさんから事情を聞かされ、僕が僕の為に動くと決めた翌日。

 すでにコンテストまであと八日と迫っているというにも関わらず、僕はエルナさんを引き連れて、アルヴァリットの南東部にある住宅街へと足を運んでいた。


 目的地は、ファムさんの家だ。

 弱っているという彼女のお母さんの容態が気になる。もしもファムさんが言う通り、ロークスさんがファムさんを騙しているのだとすれば、薬は薬としての意味を為していない可能性もあるしね。

 今日の目的は、ロークスさんが売っているという薬の確保だ。


「って言っても、ファムさんの家ってこの辺りだとは聞いたけど、正確な場所とか知らないんだよね……」


 昨日の内にファムさんの手を取って「僕が助けるから」なんて言っておけば、ロークスさんと同様に家に案内してもらう事もできたかもしれない。

 惜しい事をした気がする。


「聞き込みしてみますか?」

「んー、それしかなさそうだね。とりあえず人がいそうなトコに行こう」


 エルナさんの提案に賛成しつつ、僕らは人がいそうな場所を探して歩いていた。


 アルヴァリッドの住宅街は集合住宅が多い。

 一軒家を建てれる程の敷地的な余裕がないっていう魔物事情の背景が思い切り影響しているような形だ。

 人が二人すれ違える程度の狭い路地が迷路のように入り組んでいて、何も考えずにふらふらと歩こうものなら、背の高い建物で四角く切り取られた空しか見えない。

 方角も判別できないし、迷子になりそう……。


 しばらくエルナさんと歩いている内に、ふと前方から子供が笑うような声が聞こえてきて、僕らは路地を抜けた。そこには、町の中央広場程の広さはないけれど、小さな広場があった。

 声の方向を見ると、小さな子供達が何やら楽しげに遊びながら笑っていた。


 その中に、白い少女――リルルちゃんを見つけた。


「あの子、ファムさんの妹のリルルちゃんだ」

「そうなのですか。でしたらあの子に声をかけてみましょうか」

「……うーん、どうだろう。僕あの子に嫌われてるからね……。素直に教えてくれそうにないんだよなぁ」

「はい?」


 小首を傾げるエルナさんには返事をせずに、僕はリルルちゃんへと近づいていく。

 案の定、リルルちゃんは僕を見るなりじとりと警戒の色を滲ませて、いつでも逃げられるようにと半歩後退った。


 うーん、やっぱり嫌われてるなぁ。

 小さい子供の警戒心を解くなんていう芸当、僕にとってはなかなか至難の業だったりするんだよねぇ。何故か小さい子って僕の目を見ると怖がって近寄らないし。

 なんかこう、小さい子供って感情に敏感らしいからね。

 僕が小さい子供を苦手としてるのが丸わかりなのかもしれない。


 しょうがない。

 ここは一つ、常套手段でいこうかな。


「やあ、リルルちゃん。お兄さんとちょっとお話しようか」


 ニヤリと笑みを浮かべて声をかけると、リルルちゃんが息を呑んでさらに後退った。

 逃げられる前に言葉を続ける。


「おっと、逃げようとしても無駄だよ。この町には僕の仲間があちこちにいる。残念ながらリルルちゃんのお家は分からないけれど、町のどこに逃げたって見つけちゃうんだ。ふふふ、諦めてこっちにおいで?」


 そこまで言い切ると、リルルちゃんが慌てて走り出した。

 下手に騒がれても困るので、周りにいる子供達にはにこりと優しい笑みを意識しながら笑いかけてみたんだけれど、周りの子供達は泣きながら走り去って行った。


「……ユウ様。普通そこは、もうちょっとこう、お菓子を渡したり優しく声をかけたり、そうやって警戒心を和らげていくものではありませんか……? 今のはまるで脅迫では……」

「あはは、何言ってるのさ。そんなストレス溜まるし時間もかかるような事したってしょうがないよ。脅して家まで案内してもらう完璧な作戦だよ」


 ……おかしいな。

 僕の完璧な理論武装にエルナさんがドン引きしてこっちを見てる気がする。

 間違ってないと思うよ。ほら、家の場所は知らないって言ってあるし、追い詰め過ぎなければおかしな方向に走っていく事もないだろうし。


「とりあえず、エルナさん。見失わないように尾行してきてもらえる?」

「ユウ様は行かないのですか?」

「ほら、子供って目敏いしさ。僕が追いかけたら混乱して脇道に逸れたりしちゃうかもしれないでしょ?」

「なるほど」

「それに……あのスピードって僕よりレベル高いよね、絶対。追いつけると思う?」

「……行ってきますので少々お待ちを」


 リルルちゃんの足の速さは、僕が知ってる子供のそれじゃなかった。

 僕にはとても追いつけそうにないんだよ……! レベル一の僕じゃ、例え小さな子供が相手でも鬼ごっこしたら確実に勝てないだろうなぁ……。


 ……よくよく考えると、レベル一でステータスがゴミな僕が尾行されたら、誰からも逃げ切れないって事だよね、これ。


 子供相手ですら走って逃げられないとか、決して現代日本に比べて治安が良くないこっちの世界だし、暴漢とかが相手だと切実に死活問題になりそうだ。手当たり次第に獲物を狙ってる相手なら【スルー】が発動する気がしなくもないけど、最初から僕を狙っていたらそうもいかないだろうし。


 ……コンテストが終わったら姿を消すような魔導具とか作れないか試してみよう。


 なんとなく絶望した気分に打ちひしがれながら、着ていた西川さん製のパーカーのポケットから『魔力計測器』用に刻印を済ませてある汎用型魔石を取り出す。

 ログウィンドウを開いて改良点を見直していると、リルルちゃんが走り去った方からエルナさんが戻ってきた。


「すぐ近くのアパートの一室でした。あの少女が部屋に入る所までしっかりと視認してきましたので、間違いなさそうです」

「よく追いつけるね……」


 気を取り直し、僕らは歩いてファムさんの家へと向かった。


 ファムさんの家は、事情が事情だけに切迫した生活感のある貧民街の一角に佇むような家――というわけでもなく、ごくごく普通のアパートみたいだ。入り口の門を潜って建物の中に入り、階段を登って二階へと上がった。


「エルナさん、説得は任せていい?」

「……構いませんが、どうせ部屋に入るなら最初からあんな脅迫しない方が良かったのでは?」

「大丈夫だよ、ちゃんと考えがあるから」


 一室の前で立ち止まり、エルナさんがチャイムを鳴らすと、ゆっくりと扉が開かれた。

 そのタイミングで、すかさず僕は扉の間から身体を滑り込ませる。


「にゃっ!?」

「やあ、リルルちゃん! 遊びに来たよ!」

「やーー! 出てけ、へんたいー!」

「ちょっ、力も普通に強いんですけど……! え、エルナさん、手伝って!」


 内開きの扉に身体を滑り込ませたせいで、僕と同じぐらいの力でドアごと押し返されてる。

 これ子供相手だからまだ大惨事にはならないけれど、大人相手だったら圧死するんじゃないかな……!


 軽率なボケをかました事を後悔していると、エルナさんが片手でリルルちゃんの押さえるドアを開けた。


「リルル様、私達は怪しい者ではありません。お母様の病気を診るようにとファム様から依頼されてやってきたのです」

「……ねぇねに?」

「はい。もしかしたら私達が持ってきている薬なら効果があるかもしれません。少しだけ、お邪魔させてもらえますか?」

「……うん」


 エルナさんの説得でようやく納得してくれたのか、リルルちゃんが扉を押す力を弱めてくれたおかげで、僕もやっと普通に中に入れた。

 頬を膨らませたまま相変わらず僕を睨みつけるも、いちいち気にするつもりなんてない僕に痺れを切らしたらしく、リルルちゃんがお母さんがいるであろう部屋へと小走りに戻っていく。

 そんなリルルちゃんを見送っていると、エルナさんが苦笑を浮かべた。


「……ユウ様、わざと嫌われるように仕向けなくても良いのでは?」

「ん? なんのこと?」

「とぼけないでください。あの子の警戒心を一身に向けさせる事で、あの子が私に対して警戒心を抱かないように誘導しているではありませんか」

「あはは、考えすぎだよ。子供に嫌われても痛くも痒くもないから、ちょっとからかってるだけだよ」


 ひらひらと手を振って答えていると、リルルちゃんがひょっこりと廊下を曲がった先からこちらを――というよりエルナさんを見て手招きしてきた。

 もはや彼女は僕を無視する方向でいるのかもしれない。

 ともあれ、僕もリルルちゃんのいる部屋へと足を進めた。


 部屋の中は、決して飾り立てているような部屋でもなければ、寂れた部屋でもないようで、家庭的な温かみのある木の家具などが置かれている。

 独特の温かみを感じさせる一般家庭らしさは、王城からオルム侯爵の別邸でばかり過ごしていたせいか妙に懐かしく感じられた。


 そんな部屋の中、奥に置かれたベッドの上に横たわる女性の姿を見て、僕は思わず息を呑んだ。

 犬人族の女性は高熱に魘されているようで、酷い汗をかいている上に息も荒い。

 その上、顔もすっかりと窶れてしまっていた。


「――エルナさん、身体を起こして。体力回復ポーションを少しずつでいいから飲ませてあげて」

「はいっ」


 エルナさんが即座に女性の身体を起こして、ゆっくりと体力回復ポーションを女性の口へと運び、飲ませていく。

 最初は弱々しく喉が動き、少しずつ渇きを潤わせるかのように体力回復ポーションを飲み干した女性は、先程よりも少しだけ顔色も回復したみたいだ。


 エルナさんにゆっくりと身体を横たわらせてもらうと、女性が薄っすらと目を開けた。


「……あなた、は……?」

「ファム様にあなたを診てもらうように頼まれた者です。今飲ませたのはただの体力回復用のポーションですが、少しは落ち着きましたか?」

「……はい。ありがとう、ございます……」

「無理はなさらなくて結構です。少しお休みになってください」


 エルナさんに言われるまま、落ち着いた呼吸で再び眠りへと入った女性の姿にエルナさんがほっと安堵の息を漏らすと、今にも泣き出しそうなリルルちゃんがエルナさんの腕にしがみついて不安げに丸い瞳を涙で揺らしていた。


 安心させるようにリルルちゃんの頭を撫でながら、やがてエルナさんが何やら思案げな顔でこちらへと振り返った。


「……シンジ様達の時の高熱に症状が似ています」

「この前の、だよね? そういえば、あれからお抱え医師さんに心当たりはないか訊いてみたんだよね? 何か原因については聞いてる?」

「いえ、咳や身体の発疹などがある訳でもなく、熱だけが出るような症状は滅多にない、としか」

「もしかしたらファムさんのお母さんも同じ症状かもしれないし、ってなると治療院の人に診てもらっても正確には判らないだろうね……」


 オルム侯爵家お抱えの医師さんでさえ原因が判らないんじゃ、治療院でも似たような見立てで終わる可能性が高い。

 あわよくばオルム侯爵家の財力を使って無理矢理この人を治してファムさんを解放するって手段を考えていたけれど、さすがにそう簡単にはいかないらしい。


「リルルちゃん、お母さんに飲ませているっていうロークスさんのくれる薬、見せてもらえるかな?」

「……ない」

「え?」

「いつももらうだけだもん。飲んじゃうからないもん」

「……エルナさん、通訳できる?」

「恐らく、飲む分を最低限渡されているため、手元には残っていないのでは?」

「なるほど」


 もしも薬にも何か仕込まれているんだとしたら、手元に証拠を残させない為に最低限しか渡してないっていう推測は成り立つ。この前僕らが見た時も、瓶を一つしか渡してなかったみたいだし、そういう意味では用心しているのかもしれない。

 このまま薬の正体が分からないんじゃ毒を飲ませているとも言えないし、糾弾しようにも「薬は渡してある。治らないのは予想していなかった」ってシラを切られてしまう。


「ファムさんが薬を持って帰ってきてくれるのを待つしかないね」

「そうですね……。あ、ユウ様。先日のフルーツは余っていませんか?」

「フルーツって、三階層で採ってきたヤツ? 一応まだ幾つかは残ってると思うけど」

「シンジ様達も高熱で魘されていた際、あのフルーツは食欲がなくても食べられると好評でしたので、もしよろしければ」


 なるほど――と返しつつ冒険者の腕輪を使って召喚。

 フルーツを手渡すと、目を輝かせているリルルちゃんを連れて台所へと向かって行った。

 リルルちゃんって、パフェにもすぐに食らいついてたし、食事で釣るの結構簡単なのかもしれない……。


 一人ファムさんのお母さんの所に残されてしまった僕は、暇を持て余すようにポケットから『魔力計測器』用の魔石を再び取り出し、ログウィンドウを開いて修正点を炙りだしていく。


 ――――僕が決めた「魔族に徹底的に嫌がらせをする」というスタンス。


 色々やってみたい事もあるけど、目下の目標は魔族が簡単には町中に入れないように警報装置を作るという点にある。要するにエキドナみたいに町の中に普通に入ってくる可能性を潰してしまおう、という訳だ。

 町を覆う外壁は対魔物用の外壁の役割を果たしているし、一応外壁と町を繋ぐ門には門番だっているけれど、魔族を看破できるわけじゃない。

 誰何しつつ怪しい人物かを確かめるだけだし、絶対ではないんだ。


 その目的の為に『魔力計測器』を改造して、魔族が本性を隠すような魔法を看破できないかと試行錯誤をしている、というのが現状だ。


 まずは一定以上の魔力を持った者を警報で報せてくれるような魔導具を作っているんだけれど、それだと魔族に匹敵する魔力を持つと言われているエルフなんかにも反応してしまいそうだし、完成してそのまま使えるわけじゃない。

 最終的には魔族が持つ固有の魔力を割り出して、それに警報を作動させるような仕組みを作りたいんだけど、警報装置は警報装置でいくらか使い道は生まれるだろうし、いずれは組み合わせるつもりだ。


 魔族の固有魔力を特定する為にも、それぞれの種族の人に協力してもらって魔力パターンを割り出す必要もあるだろう。


 そんなわけで、少し改造を施し、本人の意思を無視して魔力を吸い取るという改造型が、今僕が持っている汎用型魔石には彫り込まれている。


 ……ちょっとファムさんのお母さんからも魔力をちょうだいしておこうかな。

 でも、さすがに寝ている人から勝手に魔力を頂戴するのも、なんだか非人道的な気がするんだよね。

 さすがに僕だって憚られる。


 ――なんて思っていた、その時だった。


 まだ触れさせてもいないのに、僕の手の中の汎用型魔石に刻まれた魔法陣が光を放って発動した。


「……へ? って、ちょっ、なんで急に!?」


 突然の誤作動に驚きの声をあげつつも、汎用型魔石はぐんぐんと魔力を吸い上げ、一定量以上の魔力を放出し始める。けれどその魔力は、汎用型魔石を持っている僕からではなく――どうもベッドで横たわるファムさんの魔力みたいだ。


「――ミミル!」


 止まらない汎用型魔石に戸惑いつつ、ミミルを喚び出す。

 ログウィンドウに映し出された魔法陣から飛び出てきたミミルは、汎用型魔石の動きとファムさんのお母さんの状態を見ると、まずは僕に「落ち着いて」と書いたログウィンドウを見せてきた。


「落ち着いてって言われても、これ誤作動じゃない!? このままじゃファムさんのお母さんの魔力を吸い尽くしたり……!」

『今吸ってるのは、あの人の余剰分の魔力みたい』

「余剰分?」

『ほら、落ち着いてきた』


 ミミルの言う通り、僕の手にあった汎用型魔石の魔法陣はゆっくりと発動を収束させ、やがて発動が停止した。


 奇妙な静寂が支配する中、あまりにも唐突な出来事に目を白黒させつつ、僕はミミルへと視線を向けた。


「……どういうこと?」

『あの人、身体の器以上の魔力があったみたいだよー?』

「器以上?」

『そーだよー。ほら、今は落ち着いてる』


 ミミルに言われてベッドに横たわるファムさんのお母さんを見ると、先程までの紅潮していた頬もすっかり元通りといった様相を見せていた。


「……熱が、引いてる……?」


 そっと額に手を当ててみると、高熱が引いているのか常温といったところだ。

 手を放し、今度は自分の顎に手を当てながら思考に耽っていると、ドタドタとリルルちゃんが走ってくる足音と追従しているエルナさんの足音が聞こえてきた。


「おかあさんからはなれて! へんたい!」

「ユウ様!? ……何かあったのですか?」


 リルルちゃんに言われるまま離れつつ顎に手を当てて思案している僕の様子に、エルナさんが声をかけてきた。


「エルナさん。ちょっとお母さんの容態見てくれる?」


 真剣な空気を読み取って、エルナさんが頷いて姉妹のお母さんへと近づいていくと、そっと額と首元に手を当ててからこちらへと振り返った。


「……熱が引いています。一体何があったのですか?」

「これが突然作動して、ファムさんのお母さんから魔力を吸い上げていったんだ。ミミルが言うには、器以上の魔力が抜き取られていったらしいんだけど」


 ミミルが僕の肩から離れ、腰に手を当てて堂々と胸を張ってみせた。

 リルルちゃんも初めて見るミミルの姿に目を輝かせ、「よーせーさん?」とミミルに声をかけ、近づいてきた。

 ミミルがリリルちゃんの近くを飛んで回りながら、何やらスキンシップを開始した。


 微笑ましい光景だけれど、僕としてはそんな事を言っている場合じゃない。

 だからエルナさん、帰ってきなさい。


 ミミルとリルルちゃんを見て恍惚としているエルナさんも、僕の真剣な表情に気付いたのか我に返った。


「器以上、ですか」

「いや、キリッとした表情で何事もなかったかのように言われても」

「っ!? す、すみません、つい……」


 ついツッコミを入れてしまった。

 話が逸れる前に、僕は改めてミミルの名を呼んだ。


「さっき言ってた「器以上の魔力」っていうフレーズだけど、何かそういう症状を引き起こすような心当たりはある?」


 リルルちゃんと追いかけっこを繰り広げていたミミルが空中に停滞し、顎に手を当てた。ついさっきの僕の真似のつもりのようで、頭の上には『考え中』とログウィンドウを展開している。

 しばし待つと『該当情報なし』と書き換えられ、ミミルもまた首を左右に振って、僕の目の前にやってきた。


「魔力って必要以上に溜めておいたりとかできるのかな」

『身体に余剰な魔力を宿すのは危ないし、普通はできないよ』

「そうなの?」

『うん。仮にできたとしても、余剰な魔力を宿してると魔法も制御がきかなくなって発動できなくなるから、発散できなくなっちゃう』


 言われてみれば、魔法の発動には精密な魔力操作が必要になってくる。

 余剰な魔力が邪魔をしてそのプロセスを失敗させてしまう、という事なのかもしれない。


 どうやらその推測は正しかったようで、ミミルは頷いて肯定を示した。


「じゃあ、今のが自然に発生するような病である可能性は?」

『有り得ないと思う。器以上の魔力を肉体に宿すのは、自然の摂理から外れてるもん』

「ってなると、ロークスさんの与えてた薬はそれを引き起こす為のものだった、っていう事かな……。でも、どうやってそんな薬を手に入れたんだろ」


 多分、ロークスはクロなんだろう。

 彼がファムさんを通して飲ませている薬とやらを調べてみて、その原因を突き止める必要があるけれど、自然に起こる病ではないのなら十中八九はそう考えられる。


 大体筋書きは読めてきた。

 多分、始まりは旦那さんを亡くして心労で倒れたであろう、二人のお母さん。

 そんなお母さんを助ける為に必死だったファムさんに付け入り、薬と称して毒を盛らせたってところだ。


 ……大方予想通りではあるけれど、なるほど。

 クソッタレな性格だね、ホント。


 さて、そうなると証拠品を押さえてあとは徹底的に追い込む詰めの段階だ。


「エルナさん。僕ちょっと図書塔に行って病気について調べてくるから、ファムさんが戻ったら薬を受け取っておいてもらえるかな」

「分かりました」

「それと一応、このまま容態に変化がないかを見て、もしも変化がなかったとしてもファムさんには病気が治った事は隠して動くように伝えといて。まだ証拠になる薬もないし、薬が何かを突き止めてもいないから動けない」

「承知しております」


 エルナさんにそれだけ告げて、ミミルを連れて家を後にする。


 とりあえず、後は証拠を基に薬の正体を暴いてしまえばいいだろう。

 こうなってくると、ロークスを糾弾して破滅に追い込むのは簡単だ。


 秘密裏にファムさん達の三人の生活場所を移して対処するっていう方法もあるけど、下手に動き過ぎるとかえって動きが漏れる可能性もあるし、こっちもなるべく早く解析する必要があるかもしれない。


 そう。

 この時の僕は、やる事はまだあるとは言っても、後は簡単だと心のどこかで侮り、高を括っていた。




 けれど――――それは甘かったのだ。




 図書塔で魔力を増やすなんて薬の資料は見つからず、それでも後は証拠を掴んで実証すればいいと、どこか勝ちを確信しつつも仕方なしに別邸へと帰った僕に告げられたのは――――予想だにしない報告だった。




「――……ユウ様。薬はもう手に入らないと言われてしまったそうです」




 まるで僕らが突き止めに動いた事を察知するかのように。

 嘲笑うように、ロークスは証拠品の流出を停止した。

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