2-6 僕の為だけに僕は動く

 ――屑魔石という呼び名はやはり間違っている。

 この数日で試してきた無属性の透明な魔石の汎用性は、正直言って目を瞠るだけのものがあった。


 属性魔石は確かにその属性に特化した働きという点では有用性が高いものの、自由度がどうしても低くなってしまう。その点、屑魔石ならばどんな魔法陣にも魔力を供給する核の役割をこなせる上に、属性の縛りがない。


 エルナさんにミミルやスキル関連について説明した翌日。

 僕は再び先日の『魔力計測器』に使っていた魔法陣を新たな屑魔石に刻印するため、ログウィンドウを見つめながらミミルと相談していた。


「――だから、こっちの「共鳴」を利用して、装置に取り付けた筒を振動させて音を鳴らそうと思うんだよ」

『できるけど、だったら新しく陣を足して連動させた方が強いよ?』

「うーん、強さはそこまで必要ないんだよね。そこまでやると必要な魔力量が増えちゃうし。このまま改造したらどれぐらいの音になるかな」

『でもでも、魔族相手なら魔力が強い方がいいんじゃないの?』

「あー、それはあるね……。どうせ魔族の魔力を使うんだし」


 巨大化したログウィンドウはもはや立体映像ホログラムであるようにすら思えるし、気分はファンタジーを通り越してSFだ。

 あれやこれやと相談している僕とミミルだけど、後ろにいるエルナさんから見れば、僕はミミルに向かって延々と独り言を語りかけつつ、何もない中空を指差して唸っているという構図である。


 なんだか微笑ましさを通り越して生温かい目で見られているような気がする。

 凄く気恥ずかしい。


 いや、いずれはミミルの為にもログウィンドウをどうにか可視化するか、ログウィンドウに似たような装置を作ってミミルと他の人がコミュニケーションを図れるようにしてあげたいんだけれど、まだそこまでのゆとりがないんだよね……。

 生まれたばかりのミミルは無邪気な子供のような性格と豊富な知識というアンバランスさがあるし、色々な人と知り合った方がいいと思うんだけどさ。


 ともあれ、一度断線した思考を戻す。


「じゃあミミル、試作してみようか」


 手を上げて返事をするミミルが、ログウィンドウに『やる気全開!』と書いて自分の頭上に掲げた。


 ……使い方に幅が出始めてる、だと……!

 応用を見せてくるあたり、ミミルは色々と好奇心旺盛な性格をしてるのは間違いない。


 この使い方に対する定着はもう免れられないんだろうなぁ……。


「さて――始めようか」


 夢もへったくれもない手彫り。

 手先の器用さには自信があるとは言っても、まだまだ失敗が多いため、かなりの数の屑魔石が犠牲となっている。

 ちなみに僕の手も犠牲になってしまうので、ポーションが欠かせない作業だ。

 痛みが麻痺するポーションとかほしい。


 そうして失敗しては新しく彫ってと続けること、一時間以上。

 僕は意を決して顔をあげた。


「……よし……! ――今日は諦めようか」


 何度も同じ箇所で失敗を繰り返している内に、手の痛みとかのせいで集中力が途切れてしまった。

 ミミルも何度も僕が失敗する度に顔を蒼くしながら涙目で両手をブンブン振って制止を求めていたので、僕の諦める発言には少し安堵した様子でため息を漏らすような仕草をした。


 そんなミミルの頭上のログウィンドウには『これは敗走ではない、戦略的撤退である』と書かれている。

 ……うん?

 それを読んで視線を下げると、何時の間にか迷彩色柄の服にヘルメットまで用意したミミルが僕に向かって敬礼をしていた。


 いや、いくら服も魔力で再現してるからって、ちょっと遊びが過ぎるんじゃないかな。

 一体この短い時間で何が……――って、そういう事か。

 ミミルには【魔導の叡智】を引き出せると同時に、僕のありとあらゆる知識もまた見えてしまう、と。


 …………うん。

 世界に初めて生まれた『知』の精霊が、僕のサブカルチャーに毒されつつある件については黙秘を貫いていようと思います。

 なんとなく、ミミルは細野さんとだけはコミュニケーションを取らせちゃいけない気がする……!


「そろそろ僕の魔力もなくなるだろうし、今日はおしまいだよ」

『はーい。おやすみなさい、宿主様』

「うん、ありがとね、手伝ってくれて」


 指の腹で頭を撫でてあげると、相変わらずすりすりと自分から頭を押し付けて満足した様子でミミルは消えていった。「あ……っ」と切なそうな声を漏らしたエルナさんには悪いけれど、僕の魔力はもうほぼ空っぽだ。

 まさかミミル、僕の魔力の残量を見越して迷彩服を生み出し、余った分の魔力を使い切る方向にシフトしたりは……してないよね?

 だとすれば、間違った方向に成長していると言わざるを得ない。


「エルナさん、子育てって大変だね……」

「っ!?」


 突然振られた話題に、何故かエルナさんが顔を赤くして固まった。




 精神的な疲労感はあるものの、まだ太陽は中天。

 肉体的にはまったくと言っていい程に元気だった僕は、気分転換も兼ねて久しぶりにエルナさんを伴って冒険者ギルドへと向かう事にした。


「こうして外を二人で歩くのも、ずいぶんと久しぶりな気がしますね」

「言われてみればそうだね。というか最近、僕のぼっちぶりに拍車がかかる勢いだったし……」


 赤崎くん達『勇者班』はエキドナとの戦い以降、レベル上げに精を出していて朝から夜まで、時には数日泊まり込んでダンジョンに篭もったりもしているし、『製作班』はやれ納期だなんだと忙しそうだ。


 そういえば、『カエデブランド』を設立している西川さんにも商業ギルドへの加入について訊ねてみたんだけど、西川さんの場合は僕と違って侯爵家のお抱えの服飾系に強い商会から紹介状を得ていたらしい。

 彼女の【原初術技オリジンスキル】――【人間ミシン】は伊達じゃないらしく、服一着を作る速度が尋常じゃない。その上、ファッション性や機能性においても優れているため、むしろ紹介状を書くから服を卸してくれと頼まれるという敬意があったそうだ。

 佐野さんの場合は一般販売じゃなくて冒険者ギルドや薬師ギルドが相手の販売なので、商業ギルドには所属していない。

 一般流通に手を出さない限りは問題ないらしいけど、最近はダンジョンで採集してきた様々な植物を使って、香辛料の製作にも励んでいるし、その内登録はするかもしれない、との事だ。

 ちなみに佐野さんの【調味料調合】は、やっぱり派生した【調薬】よりも優れているらしく、オルム侯爵家にやって来た貴族の皆様からも「いつでも紹介状ぐらい用意させますので、是非当家へと卸していただきたい」と言わしめている。


 これがステータスやら才能のある二人と僕の差だよ……。

 二人からは「コンテスト? 何それ面白そう」と高みの見物的な発言をされている。

 遠回しに喧嘩を売られた気分だよ。


「それにしても暑い……。冷房系の魔導具とか熱中症対策に使える魔導具とかも作ろう……」

「なんですか、それ?」

「夏の暑さ対策ってところかな。侯爵邸は敷地が広いし緑もあるから風が涼しいけど、やっぱり町中は熱気が篭もるし」


 じめじめとした湿気のある熱じゃない分、幾分かは過ごしやすくも感じるんだけれど、やっぱり現代日本人としてはクーラーや扇風機といったものが欲しくなる。それに冷蔵庫や冷凍庫も。

 オルム侯爵邸は貴族だから地下に暗室があって、氷の魔法で氷室を用意しているんだけれど、それは一般的ではないって話だし売れそうだ。


 絶対、いずれは佐野さんと西川さんより稼いでみせる。

 ……あれ、僕なんで異世界に来たんだっけ?

 よくよく考えずとも、やっぱり僕が一番勇者らしくないかもしれない。


「暑さ対策なら、昨日見せてもらった、あの風を使うと言っていた魔導具は違うのですか?」

「あぁ、これの事? これはちょっと違うんだよね」


 エルナさんが言っているのは、僕が今首から下げているペンダント型の試作魔導具である。確かにこれは風というか、〈伝達〉を担う魔導具ではあるんだけど、厳密には少し違っている。


「そうなのですか?」

「うん。確かに風の系統の魔導具ではあるんだけど……って、あれは……」


 冒険者ギルドの中へと入りながら説明しようとしていた僕の視線の先には、先日再会を果たしたファムさんの姿があった。冒険者ギルドにいるなんて、ロークスさんの仕事の関係で依頼でもしに来たのかな。


「ユウ様、お知り合いの方ですか?」

「あぁ、うん。ちょっとね」


 僕の視線に気付いて問いかけるエルナさんに短く返事を返すと、ふとファムさんが僕の視線に気が付いたのか、こちらに振り返ると目を丸くしてぺこりと頭を下げた。


 うーん、あまり関わりたくない……。

 なんていうか、また僕の風評被害が加熱しそうだし……。


 それでも挨拶されちゃった以上、無視するわけにもいかずに、僕は覚悟を決めてファムさんへと歩み寄った。


「ユウさん……」

「こんにちは、ファムさん。依頼でもしに来たんですか?」

「……いえ」


 見るからに元気がなさそうなファムさんの静かな返事。

 視線を落とした彼女の目には、ゆっくりと玉のような涙が浮かび始めて……僕の本能が警鐘を鳴らす。


 ――これは、どう考えてもマズい。

 なんだか凄く嫌な予感がする――と思った時には、ファムさんが肩を揺らしながらボロボロと涙を零した。


「……わ、私、もう、どうすれば……!」

「うん、落ち着こう? ちょっと人前で――というか僕の前でいきなり泣かれても……!」

「ふぇ……ひっく」


 すでに僕の制止など聞けるはずもなく、ファムさんが泣きながら涙を拭う。

 その姿はやはり目立つようで、冒険者ギルドの冒険者達から僕とファムさん、そしてエルナさんへと視線が集まった。


「小さい女の子泣かせるなんざ、なんてひん曲がってやがる……。って、よく見りゃ〈陥れ〉のユウじゃねぇか……!」

「……お、おい、アイツ。あんな小さい女の子泣かせてやがるぞ」

「採集王子じゃん。って、〈陥れ〉って何さ?」

「知らねぇのか? アイツ、笑顔で他人を陥れんだぞ?」


 ……何やらヒソヒソと遠巻きに話してる声。


 あはは。君達、それ聞こえてないつもりなのかな? ん?

 陥れてほしいなら、冤罪ふっかけてあげようか?


「ゆ、ユウ様。落ち着いてください……! なんだか凄く邪悪な笑顔を浮かべていて、その子を泣かせて悦に浸っているように見えますから……!」

「はっ!? いや、そんなつもりないから! ファムさん、ちょっと落ち着いて。ほら、場所を変えよう、うん。僕がちゃんと事情を聞いてあげるから!」


 妙な疑いを払拭するべく、声をあげて何もしていないアピールをしたら、周りから「アイツ口止めするつもりだ」とか聞こえてきた。


 あぁ、もう帰っていいかな……。

 なんかこの子、僕に風評被害を与える方向に特化し過ぎてないかな……!


「エルナさん、移動しよう。ファムさんも、いきなり泣かれても困るから。とりあえず話は聞くから、ちょっとだけ我慢できる?」


 泣きながらこくりと頷くファムさんの手を引いて、僕らは入ってきたばかりの冒険者ギルドを後にした。








 ◆ ◆ ◆







 迷宮都市アルヴァリッドへとやってきたのは、まだ私――ファム――が産まれる少し前の頃だったって、お父さんとお母さんから聞かされました。


 お父さんとお母さんは冒険者としてあちこちを転々としていたみたいです。

 同じパーティの仲間達と一緒にこの町にやってきたらしいんですけど、しばらくこの町で活動している内に同じパーティの男女が結婚を決めてしまったそうです。


 新しくパーティの仲間を探そうかと言うお父さんだったけれど、お母さんがお父さんに半ば強引に結婚を迫った――よく分からないけど、お父さんが寝てる間にお母さんが攻撃した? 色々あったらしい――みたいで、結婚が決まったみたいです。

 お父さんにこの事を訊くと真っ赤な顔をして「大人になったら教えてやる」って言われていて、お母さんに訊くと「若かったのよねぇ」と頬に手を当てて笑うばっかりで、詳しくは教えてくれませんでした。


 私が九つになった時にリルルが産まれて、温かい家族がいる幸せな家庭でした。


 けど、ほんの数ヶ月前。

 お父さんがダンジョンの中で死んでしまったと聞かされました。


 いつかそういう日が来るかもしれない、とお父さんはよく私に言い聞かせていました。何かあったら、お母さんとリルルを頼むって。

 お父さんがいなくなるなんて、そんなの嫌だって小さい頃は文句を言ってましたけど、お父さんの言葉がなかったら、お父さんが死んでしまったあの日から私は動けなくなっていたかもしれません。


 お母さんはリルルを産んでから、身体が弱くなってしまっていましたし、お父さんの貯めていてくれたお金も徐々に減り始めて、生活が苦しくなっていくのを私も理解していました。


 そんな中、お母さんが寝込んでしまうようになったのです。


 風邪をひいたんだと最初は笑っていましたが、それが三日、五日、十日経っても治らず、お母さんは日に日にやつれていってしまいました。

 だから、私もどうにか仕事をしてお金を稼ごうと町を歩いていましたけど、まだ子供の私にできるような仕事をようやく見つけても、お金は全然貰えませんでした。


 リルルはお父さんが死んでしまってから、思い出したかのように夜中に泣き叫んでしまうようになりました。私も一緒になって泣きたかったけれど、でも私まで泣いたらお母さんが無理をしそうで。

 それ以来、お母さんの代わりにリルルの世話をしながら夜を過ごして、お母さんが起きてから私はまた仕事を探しに外に出ていました。


 そんな日が続いていて、しばらく経った頃です。

 ロークスさんが私に声をかけてくれたのは。


「――仕事を探してるのかい?」


 こくりと頷いた私の視線に合わせるように、ロークスさんはしゃがみ込んでくれました。


「……うん、。もし良かったら、少し話を聞かせてもらえるかな?」


 この時、ロークスさんは何を指してそう告げたのか。

 私には今もまだよく分かっていません。


 私はロークスさんに、家族の事を話しました。

 元々あまり明るい性格ではなくて人見知りがちだった私も、なぜだかロークスさんっていう年上の男の人が、お父さんとは似てもいないのにお父さんのような安心感を与えてくれたような気がして、ついつい色々と喋ってしまったのです。


「――なるほど。そういう事なら、薬は私の方で安く手に入れられる伝手があるし、その代金に充てる代わり給金は安いけれど……私のところで働いてみるかい?」

「本当ですか!?」

「それじゃあ、まずはお母さんに会わせてもらえるかな? 薬が合うものが手に入るか診てみないとね」

「はいっ」


 ロークスさんを連れて、私は家に帰りました。

 幸い、お母さんに合う薬は手に入るみたいですけど、どうしても値段が嵩んでしまうらしく、私の給金は全てそちらに回したとしてもそれでも足りないと言われてしまいました。

 再び目の前が真っ暗になってしまった私に、ロークスさんは何かを言おうとしては困ったように言葉を呑み込んでと、少し考える素振りを続けてから、決心したように口を開きました。


「ファムちゃん。君の稼ぎじゃどうしても薬の代金が足りないけれど、一つだけそれを穴埋めする方法がある」

「え……?」

「ただ、これはあまりいい方法だとは言えないんだ。多分なんとかなるとは思うんだけれど、その保証もない。それでも君がやるなら、今すぐにでも数日分の薬を渡してあげる事ぐらいはできるけど……」

「わ、私にできる事ならなんでもします! だから、教えてください!」


 お母さんもリルルも、私が守らなくちゃいけない。

 それがお父さんとの約束なんだから、できる事があるのなら迷うつもりなんてありませんでした。


「……君の決意は分かった。けれど、私が言う事をやってしまったら、きっとファムちゃんのお母さんが知ったらすごく悲しむ事になるよ。それでもやるのかい?」

「秘密にします。私が、二人を守るって、約束してますから」

「……そうかい。なら、君には借金を背負ってもらう事になる。返済期限は五十日だけど、その間に借金分と給金でお母さんの薬と、最低限の食事を賄えるようにしよう。大丈夫、借金の相手は僕だから悪いようにはしない。信じてくれるかな?」


 借金だけはしないようにと、お父さんと交わした約束が脳裏を過ぎりました。もしも借金を返せない場合、借金奴隷として身売りさせられる事になってしまうから、絶対にそういうお金を借りないようにと何度も言われてきました。

 その約束が、私を思い留まらせます。


「で、でも……。もし私がお金を返せなかったら……」

「――安心していいよ。もし返せなくても、君を奴隷として売った金額で借金は相殺できるはずだし、お母さんとリルルちゃんには負担をかけないようにする。それに、お母さんが治りさえすれば、薬代が減らなくなるから君の働きでも返せる金額になるからね」


 それなら、私が頑張れば薬も手に入るし、もし失敗してもお母さんとリルルに負担がかかる事はないのかもしれない。

 お薬さえ手に入らない今よりも、それはずっとずっと良い話でした。


「……じゃあ、お願いします」

「分かった。大丈夫、きっと良くなるよ」


 一度薬を取りに行くついでに、私との借用契約書を用意すると告げて、ロークスさんは帰っていきました。

 こうして、私はロークスさんの善意のおかげで、なんとかお母さんの薬を手に入れられるようになったんです。




「おい、犬ッコロ。今度はそっちの荷だ」

「は、はい!」


 次々と運ばれてくる荷が仕分けられる中、ただただ言われた通りに荷物を移動させていくのが私の仕事。

 もうずっとご飯をまともに食べてないせいで力が入らないけれど、つい先日ユウさんにご馳走してもらった甘いパフェのおかげでちょっとだけ元気が出てる。


 美味しかったなぁ。

 ……また、食べたいなぁ。


 でもきっと、もう二度とあんな美味しい食べ物を食べる機会はないと思う。


「健気なもんだな、あの犬っ娘」

「親の薬の為に働いてんだろ? 泣かせんじゃねぇか」

「だが、相手が悪ぃ。ロークスのクソ野郎に借りを作っちまうなんてよ」

「おいおい、我らが雇い主をクソ野郎呼ばわりはねぇだろうよ。おクソ野郎様って呼んでやれよ」

「ハッ、そりゃいいわ」


 彼らの言葉、私には聞こえないように話しているつもりみたいですけれど、私にはちゃんと聞こえています。

 犬人族の耳の良さは、獣人の中でもかなりいい方ですから。


 ここにいるみなさんは――「嵌められた」と口を揃えて言います。


 私はきっと、皆も何かがあって、それをロークスさんが助けてくれようとしたけれど、お金を返せなかったんだと思っていました。


 でも。


 お薬を貰っているのに、いつまで経っても身体が治らないお母さん。

 十日しか残っていない借金の返済期限に焦りが募ってしまって、仕事をくれて薬も用意してくれているのに、私でさえみなさんの言葉を鵜呑みにしてロークスさんを疑ってしまいそうです。


 ――ううん、私はなんとなく、気付いているのかもしれません。

 ロークスさんが、私には嘘を吐いていたのかもしれないって。


 でもそれを信じたくなくて。

 だからって、もし本当は騙していたらって考えると、居ても立ってもいられなくて。


 こんな時、お父さんがいてくれたらって思いながら歩いていて、気が付いたら冒険者ギルドにやって来ていたのです。








 ◆ ◆ ◆








 突然冒険者ギルドで泣き出してしまったファムさん。

 彼女を連れて行った先の喫茶店で聞かされたのは、彼女のここ数ヶ月での出来事だった。


 一応は落ち着いて、仕事の時間だからとそそくさと帰ってしまったけれど、なんとも後味の悪い空気を残してくれたものだよ。

 あの子はやっぱり僕にとっての疫病神にしか思えない……。


「――ユウ様」

「ん? なに?」

「……あの子は、助けられないのでしょうか」


 夕暮れ染まるアルヴァリッドの町を歩きながら、僕はエルナさんには振り返らずに返事をした。


「僕らに深入りする余地ってないような気がするけどね」

「そんな……!」

「あの子のお母さんの病気だって、僕らが診たわけじゃないし、病気にだって全然詳しくないんだ。ついこの前も赤崎くん達が高熱を出したけど、僕らには対処らしい対処なんてできなかったでしょ?」

「ですが、もし騙されていたら……!」

「ロークスさんがあの子を騙しているのかなんて、ファムさんの主観で語られた勝手な思い込みかもしれない。一概には言い切れないよ」


 実際、何も証拠がないのだし、何より条件を鵜呑みにしたのは彼女自身だ。

 そこに僕らが介入する余地なんて、あるわけがない。


 エルナさんだってそれが分かっているからこそ、僕のその言葉には一切言い返そうともせずに――でも納得はいかないと言わんばかりに足を止めた。


「……冷たいのですね」


 ぽつりと呟いたエルナさんの言葉に、僕もまた足を止めた。


「僕には他人を助けるような力はないし、余裕もない。そもそも、面識はあるけど他人だからね」

「――ッ! 何故、何故そんなに淡々と物事を割り切ってしまわれるのですか!」

「他人事だから、かな。……まぁ僕の場合、そうでもしなくちゃ――――けど」


 ぽつりと呟いた言葉は、きっとエルナさんには届いていないだろう。

 僕のは、エルナさんも――クラスのみんなだって知らないだろうし、知ってほしいとも思わないし、届かなくていい。


「そもそも僕は聖人君子のように優しくもなければ、自分の為にしか動くつもりなんかないよ」


 エキドナと戦ったのも、僕がみんなを巻き込む事に忌避感を感じたからだ。

 所詮は自己満足でしかなかったのは否めない。


「……そうやって、また私にも本心を隠してしまうのですか?」


 エルナさんの声は、なんだか凄く切なく震えていた。


「本心を隠してるつもりなんてないよ」

「嘘です! 皆様からも聞きました、ユウ様はかつても皆様を守る為に……!」

「ううん、それは違う。あれは僕の為にやっただけだよ」


 ――だから。


 そう付け加えて僕がエルナさんへと振り返ると、エルナさんは悲痛な面持ちから一転して、目を丸くして僕を見つめた。

 構わずに、続きを口にする。







「――今度もつもりだよ。その結果、あの子が助かる事になったとしても、これは僕が僕の為にやる事だ。あの子がどうなるかなんて、知った事じゃないよ」








「……ッ! ……やはり、ユウ様はお優しい方ですね」


 勘違いしないでほしいな。

 優しさなんて、僕にはほぼほぼ存在していないと思うよ。




 だって、僕は嫌いな相手に容赦するようなじゃないからね。

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