2-4 獣人姉妹のファムとリルル

「――こ、この前はすみませんでしたっ! 大きな声であんな……恥ずかしい真似をしちゃって……!」


 喧騒に包まれていたはずの商業ギルド。

 そこに響いた恥ずかしそうな声と頬を赤らめる少女の姿に空気が固まり、僕らに視線が集まった。

 いや、僕ら、じゃない。僕に、だ。

 この子のこのやり口、実は狙ってるんじゃないかな……!

 思わず笑顔に青筋が立ってしまった。


「うん、ねぇ、ホントに反省してる? 今まさにこの前の再現みたいにすっごく見られてるんだけど。まるで僕が悪人みたいな扱いを受けてるの、分からないのかな……?」

「はぅっ!? ごごご、ごめんなさいぃぃっ!」

「あはは、うん、とりあえず――黙ろうね?」

「っ!?」


 いきなりだよ。

 いきなり頭を下げて謝るものだから、周りは何事かとすっごく興味津々な表情でこっちを見てるんだよ。前回同様に「何アイツ女の子に謝罪させるとか最低だな」みたいな大人の視線がぶつけられてるんだよ……!

 いや、そんな口を押さえながら涙目で頷かなくてもいいんだけどさ……。


 それにしても、だ。

 顔を合わせるなりいきなり謝るし、案の定というか、エキドナと直接的な関係者じゃないみたいだね。

 そもそも始めっから魔族の味方をしているような子には見えなかったし、その可能性は最初から考慮してなかったけど。


 なら、身内やらを誘拐されたり、言う事を聞かなきゃ殺されるとか、そういった脅しでも受けて言う事を聞かされたのかと一瞬考えはしたけれど、そういった背景があったなら、こんな風に謝ったりはしないと思う。むしろ距離を置くだろうし。

 素直でいい子なんだろうけど――だからってこれじゃ、前回の二の舞なんだよね……!


 そんな葛藤を頭の中で繰り広げていたら、少女の足に抱きつくように一人の幼い獣人幼女がしがみつき、僕を見て頬を膨らませていた。


「ねぇね? このひとだぁれ?」

「リルル、この人はお姉ちゃんの知ってる人なの。謝らなくちゃいけなくて……」

「むぅっ、ねぇねいじめるひときらい! どーしてねぇねいじめるの!」

「り、リルル! わたしが悪いの! この人に迷惑かけちゃったから……!」

「やー! ねぇねいじめるひときらい!」


 幼女が僕と彼女の間に割って入るように飛び出して、涙目で叫んだ。

 その光景にヒートアップする周囲からの殺意の篭もったような視線。


 ……ねぇ、ちょっと。

 僕の評判がどんどん落ちていくんだけれど、君達は僕に怨みでもあるんですかね……?


 慌てて止めたりしたら犯罪者扱いが激しくなりそうだし、放っておいたら幼女が泣き出しそうだし、もはや僕に退路はないのかもしれない。

 なるべく平静を装って、僕は引き攣った笑みを浮かべた。


「……えーっと、ちょっと落ち着いて話せる所に移動していいかな? このままここにいると、僕の風評被害がとどまるところを知らないんだけども。さっきから受付のお姉さんとかに汚物を見るような目で睨まれていて、すごく居心地が悪いんだけども」

「ご、ごめんなさいっ!」

「ねぇねつれてかないで! ばかー!」

「――ちょっといいですか?」


 突然肩を叩かれて振り返ると、眼鏡をかけた背の高い狐耳のお姉さんが僕の肩を掴んだまま微笑んでいた。いや、目がどう見ても笑ってないし、蔑むような冷たい光が突き刺さっているんだけども。

 というかこの人、さっきまで受付にいたのに。

 さすがはステータスが全ての世界……。


「お姉さん、助けてもらえませんかね……!」

「あら、見逃して、の間違いじゃないですか?」

「見逃して、ですって? あはは――バカ言わないでください。こうして来てもらった以上、僕の方こそあなたを逃がす気なんてありませんよ」

「――へ?」

「僕、別にこの子に何もしてないのに凄く風評被害を受けてるんですよ……! 言わせてもらいますけど、泣きたいのは僕の方なんですよ……!」

「え、えっと……?」


 肩から手を放して後退ろうとするお姉さんの腕を、今度は僕が掴んだ。

 ふふふふ、逃がさないよ?


「何逃げようとしてるんです? ちょうどいいです。ちょっと立会人になってもらえませんか。あ、ゆっくりと話せて甘い物でも食べられるお店に連れてってください」

「え、えぇっ? ちょ、どういうこと……! それに甘い物って、なんで……」

「まずは幼女を黙らせるためです」

「……はあ。なんだかよく分からない状況ですね。分かりました、移動しましょう。あなた達もついてきてくれるかしら?」

「は、はいっ! リルル、いこ」

「う? うん」


 こうしてお姉さんを巻き込んで、僕と獣人姉妹の二人は商人ギルドの奥へと移動した。


 商業ギルドは入り口に入れば広いロビーが広がり、裏手にある倉庫と繋がっているためか、ロビー自体はそこまで広くない。

 二階へと続く階段を上がった先にある併設されている喫茶店へと案内された僕とお姉さんは、獣人姉妹を椅子に座らせてからカウンターに注文しに向かった。


「今の内に、まずはあなたの言い分から聞かせてもらえますか?」

「言い分って、まぁ分かりましたよ……」


 さらりと僕を再び悪者に決め付けるかのような言い回しには若干腑に落ちない点があるものの、僕は気を取り直して続けた。


「先日、町中であのお姉さんの方に急に声をかけられたんです」

「え?」

「魔族のエキドナから預かった手紙を僕に渡そうとしてきたんですよ。まぁ内容は僕を脅迫するような内容だったんですけどね」

「ま、魔族エキドナって、ついこの前、勇者様がたが倒したっていう、あの……?」

「えぇ、そのエキドナです。まぁそれはどうでもいいんですけど――」

「よ、良くないですよ!? って、その見た目。あなたも勇者様の関係者……!?」

「――その手紙を渡してくる時、「これ受け取ってくださいっ!」って大声で言いながら頭を下げて手紙を突き出されたんです。町中で。大勢の人が行き交う目の前で。なんとなく嫌な予感がして受け取り拒否してたら、泣きそうになりながら手紙を受け取るようにお願いされまして。それで、まさにさっきみたいな目を周囲から浴びせられまして」

「き、聞いてないですね……。しかし、それは……、なんとも……」

「それで今日、こうして会ったわけですけど……まぁ今回も大声で謝り始めたり、そのせいで妹さんか分からないですけど幼女の方からも悪人扱いを受けてるわけです」

「…………その、大変、ですね……?」

「まぁあなたも僕を悪人として扱った一人なわけですけどね」

「ごめんなさいっ!?」


 まぁ、あの状況で僕を悪人のように見るのは仕方ないとは思うんだけれども、だからって責めずにはいられない。

 謝るお姉さんにドン引きしてる店員さんに注文をして、三階層で採れるフルーツと生クリームで作られたパフェを二つと、僕とお姉さん用のコーヒーを注文して、僕らは改めて席に戻った。


「あの、お金は……」

「あぁ、気にしないで。僕の奢りだから」


 少女と幼女の服装はお世辞にも裕福そうには見えないし、エキドナとの戦いで全財産を使い果たしてしまったけれど、なんとか少しずつお金は溜まってる。佐野さんが作った体力回復ポーションの利益は素材代として僕にも入ってくるからね、これぐらいなら払える。

 遠慮しようとする少女は無視して、幼女の方に「美味しいから食べてごらん」って声をかけて、後には退けない方向で誘導した。


「ねぇね、おいしーよ?」

「あ、あの、ありがとうございます!」


 幼女の無邪気な勧めもあってか、少女もようやくスプーンをパフェに入れて一口。美味しかったのか目を輝かせて、尻尾をパタパタと椅子の向こうで振ってるのが見えた。

 僕もコーヒーを一口飲んで、狐耳なお姉さんに視線で取り仕切るようにお願いしてみると、お姉さんはカップを置いて小さく咳払いした。


「では、自己紹介といきましょうか。私は商業ギルド、迷宮都市アルヴァリッド支部の副支店長。狐人族のランと申します。先程の騒動を収拾すべくやって来ました」

「す、すみません……。あの、私は犬人族のファムです。こっちは妹のリルルです」

「リルルはリルルだよ! 猫人族なの!」

「僕は冒険者兼職人見習いのユウです」


 職人見習い、という言葉になんだか言い知れぬカッコ良さを噛み締めたくなった。


 ランさんは金色の眩い髪にスーツにも似たピシッとした服装で、眼鏡。頭頂部には狐を思わせるようなピンと立った薄い黄色の耳がある美人な女性だ。

 ファムさんは赤茶色の長い髪と頭頂部に少し垂れた耳を持つ少女で、少し気弱そうな印象のある茶色くて丸い目をしている。相変わらず貫頭衣みたいな、お世辞にもいい生活を送れていそうな印象は見えない。

 リルルちゃんは白い髪に白い猫耳を生やしてる、空のような透き通った青い目の幼女だ。


 ……はっ、僕今獣人三人に囲まれてる……?

 異世界らしい感じになってる、ような気がする。


「そういえば、二人は種族が違うみたいだけれど血は繋がってないの?」

「……はい? いえ、亡くなったお父さんが猫人族で、母が犬人族です。見た目は似てないんですけど、血の繋がった妹ですよ?」

「へえー、獣人の特徴ってミックスになるわけじゃないんだ……」

「みっくす、ですか? えっと、基本的にはどちらかの親の種族になりますよ?」


 そうだったんだ。

 そういえば種族特性についてもエルナさんからは細かく聞いてなかったかも。

 こうして職人として活動するにあたってギルドに登録が必要だとか、種族特性の事とか、やっぱり知らない事が多いのかもしれないなぁ。


「ところでファム様。ユウ様より手紙を渡されたと伺いましたが、誰から預かったものなのですか?」

「それが、知らない人なんです……」

「知らない人?」

「はい。フードをすっぽりと被ってる人が、その、ユウさんを指差して「あの人にこの手紙を渡してください」とだけ言ってお金を渡してきたんです。断ろうと思ったんですけど、指差した先を見てから振り返ったら、もうどこにも……」

「では、その手紙の内容も知らなかった、と?」

「は、はい。でも、私が手紙を渡した姿が、なんか噂になっちゃってて……。迷惑かけたかなって思って……」

「なるほど。それでさっきのやり取りだった訳ですね」


 ランさんとファムさんの会話の流れを見る限り、きっとファムさんの言葉は嘘じゃないんだろうとは思う。

 もしも魔族の、エキドナの味方だったりしたならとっくにこの町からは姿を消しているはずだし、何より悪意といったものをファムさんからは感じられなかった。だから僕も、この子が魔族の味方であるという可能性は最初から除外していたんだけどね。


 ファムさんの答えにようやく得心が行ったようで、ランさんは今度は僕に向かって頭を下げた。

 僕だけの意見で判断するつもりはなかったみたいだ。


「ユウ様、申し訳ありませんでした。どうやらユウ様の証言は正しかったようです」

「いえ、疑いが晴れればそれで構いませんよ。――貸しにしといてあげます」

「う……っ、なんだか凄く高くつきそうな気がします……っ」


 おかしな事を言うね。

 僕がそこまで高く取り立てるわけないじゃない。


「ところで、ファム様は商業ギルドに在籍していらっしゃるのですか?」

「してません……。今日はその、ちょっとロークスさんに用事があって……」

「ロークス様と言えば、ザーレ商会の若手でもやり手の好青年だと有名な方ですね。お知り合いなのですか?」

「はいっ。お母さんが病気で、いつも薬を安く売ってくれてるんです」

「そうでしたか。でしたら、受付で確認するついでにこちらにいると言伝してきますので、少々お待ちを」

「あ、ありがとうございます!」


 確認に向かうランさんを見送った僕らの間には、気まずい沈黙が流れた。

 リルルちゃんが口の周りを大変な汚し方をしているのに気付いたファムさんが拭きながら、チラチラとこちらを見ている。


 ……なんだか怯えられてる気がする。


「そういえばファムさん」

「はいっ!?」

「いや、そう怯えなくても……。そうじゃなくて、お母さんが病気で、お父さんが亡くなってるって言ってたよね? 生活、結構苦しかったりするの?」

「……はい。少しだけロークスさんにお仕事を融通してもらって、薬も安く買わせてくれているんですけど、なかなか治らなくて……。パンを貰えますし、飢えるほどでもないですから、ロークスさんには感謝してもしきれません……」


 ――でも、あと十五日しかないんです。

 小さく、きっと僕に聞かせるつもりではなかっただろうけれど、その呟きを僕はしっかりと拾っていた。


「あと十五日って、何が?」

「ふぇっ!? き、聞こえちゃってたんですか……? ごめんなさい、なんでもないんです!」


 聞こえが悪い言葉だけれど、みすぼらしい格好にやせ細った身体。女の子らしい膨らみはあるみたいだけれど、あまり健康的とはお世辞にも言えないし、切羽詰まっているような表情。

 ぶんぶんと首を振ってそう言うファムさんだけど、なんとなく想像がついちゃうんだよなぁ……。借金返済期限が迫ってるとか、そんな重い事情がさ……。


「ファムちゃん! リルルちゃんも!」

「あ、ロークスさん!」

「お待たせしました。ちょうどカウンターにロークスさんがいらっしゃっていたので、お連れしてきました」

「二人共、遅くなってごめんよ」


 立ち入った事を口にするかどうするか。

 逡巡する僕の思考を遮るかのように、ランさんが一人の若い好青年を連れて戻ってきた。サラサラとした金色の髪に、人の好さそうな二十代前半といった好青年が駆け寄ってきて二人に声をかけ、二人も嬉しそうに返事をしている。

 流れから察するに、この人がロークスさんみたいだ。


「初めまして、ザーレ商会のロークスと申します。サラさんから事情は伺いました、二人がご迷惑をおかけしてしまったようで、申し訳ありません」

「いえいえ、冒険者兼職人見習いのユウです。お気になさらず」


 差し出された手に握手を返しながら、僕はロークスさんの顔をじっと見つめていた。

 整った顔に爽やかな笑みを浮かべてみせる様は、確かに好青年と呼ぶのが相応しい気がする。


「あぁ、ファムちゃん。これ、お母さんに。薬だよ」

「あっ、ありがとうございます!」

「ちゃんと前に渡した薬も毎晩寝る前に飲んでるかい? 薬を飲むのを嫌がる人もいるけれど、身体を治すためだからね」

「はい、ちゃんとお母さんに渡して飲んでもらってます!」

「そっか、なら良かったよ。後でお見舞いに行くから」

「ありがとうございます、お母さんもきっと喜びます」


 イケメンロークスさんはどうやらファムさんの家とは長く付き合ってる親しい人みたいで、ファムさんとリルルちゃんも嬉しそうだ。

 さっきまでの僕への扱いとは天と地ほどの差があるよ……。

 やっぱり狙ってやってたのかな、さっきまでのアレ。


「あっ、それじゃあそろそろ時間なので、戻りますね。ユウさん、あの、ご馳走様でした。それにご迷惑ばかりかけちゃって、すみませんでした」

「むぅ? ねぇね、またいじめられる?」

「あぁ、うん。気にしなくていいから。また僕の風評被害が増える前にリルルちゃんを連れて帰ってくれるとありがたいな……!」

「ご、ごめんなさいっ! リルル、帰ろう!」

「ん。ロークス、またね」


 リルルちゃんがロークスさんに挨拶した後で、僕に向かって舌を出して歩いて行く。

 嫌われるような真似をした覚えはないのに、ずいぶんと嫌われてるなぁ。

 小さい子に一方的に嫌われるって結構傷つくんだけども。


「ところで――ユウさん」

「はい?」

「ユウさんは冒険者兼職人見習いと仰っていましたが、職人とは?」

「あぁ、魔導具製作に携わるつもりなんです。そもそも今日はそのためにここに来たもので。工業ギルドには入れてるんですけど、商業ギルドには生憎紹介状を貰えるような伝手もないので、ザーレ商会のコンテストに参加してみようかと」

「おや、そうでしたか。でしたら、私の方でユウさんの参加の件を承りますよ。さすがに紹介状を用意するとまでは言えませんが……」

「いいんですか?」

「もちろんです。一番近いコンテストの開催日は十三日後になるので、それまでに準備をして、当日は当商会の本部へお越しください。当日は私も審査員として声をかけてもらっていますし、贔屓はできませんが楽しみにしていますから」

「ありがとうございます、よろしくお願いします」

「えぇ、こちらこそ。それでは、私も仕事がありますので、これで」


 特に親しくなるわけでもなく、ロークスさんとの会話はそこで打ち切られ、彼は僕とランさんを残してその場を後にした。

 ランさんも残っていたコーヒーを飲み干して、椅子から立ち上がると、こちらをじっと見つめて何やら確信めいた笑みを浮かべた。


「ユウ様、コンテストでの好成績を楽しみにしていますね。次にお会いする時には商業ギルドへの加入の準備を済ませておきますので」

「あはは、プレッシャーじゃないですかね、それ。魔導具作りもこれからですし、まだなんとも言えませんよ?」

「あら、そうなのですか? てっきり――そんな風にものですから、相当な自信がおありなのかと思いましたが」


 そう言われて、僕は更に笑みを深めた。


「――久しぶりにに出会ったなぁって思ってるだけですよ」

「はい?」

「いえ、なんでも。まぁ頑張ってみますよ」

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