2-3 僕の時代がやってきた

「僕の時代がきたんだと思う」

「今度はユウ様が高熱を……?」

「ねぇ、ちょっとエルナさん。その真顔で言うのやめよう?」

「悠、少し眠るといい。疲れて……る?」

「あのさ、細野さん。言っておくけど僕だって僕なりに忙しいんだからね?」


 朝一番で行われた僕の意気揚々とした宣言を、あっさりと盛り下げるかのような二人には脱帽だよ。

 なんかこう、最近僕への扱いが日に日に悪くなっている気がするのは僕だけなのかな。


 しょうがないなぁ、まったく。

 二人には見せてあげようじゃないか。


「ステータス、閲覧許可。――さぁ、これを見て!」


――――――――――

《高槻 悠 Lv:1 職業:〈傍観者〉》


攻撃能力:7     防御能力:4

最大敏捷:12     最大体力:8

魔法操作能力:32   魔法放出能力:0


【原初術技オリジンスキル】:【スルー】


【術技一覧】

【精神干渉無視】・【存在力無視】・【突き破る一撃】・【魔の理】・【火の理】・【魔導の叡智】・【魔導具製作】


〈称号一覧〉:

〈徹底的な第三者〉・〈女神の抱腹対象〉・〈女神の心を見透かす者〉・〈千古不易〉・〈摂理を覆した者〉・〈叡智の神の加護〉

―――――――――――


 ふふふ、ふふふふふふ……!

 昨日、あれから三時間ぐらいかけてルファトス様が頑張って力を込めてくれたおかげで得られた、僕のスキル……!


「【魔導の叡智】、【魔導具製作】、〈叡智の神の加護〉……!? まさか、『叡智の神』ルファトス様とお会いになられたのですか!?」

「うん、図書塔で。いいお爺ちゃんだったよ。僕はこの恩がある限り、あのお爺ちゃんを忘れない」

「キリッとした顔で亡き者を悼むような言葉で言わないでくださいっ! まったく……。それにしても、ルファトス様と言えば高位の神の一柱。加護をいただくのはかなり困難な方であると耳にした事があるのですが……」

「……ま、まぁ確かに困難だったよ……」


 僕とエルナさんの指す困難さについては、絶対に共通していないと思うけども。


 三時間ずっと同じ姿勢で座りっぱなしで、トイレに立つのすら許されなかったんだよ……。

 あれを困難と言わないなら、他に何を困難と言えばいいのか。


 そうそう。なんで魔法は直接攻撃なら通るのに〈加護〉はあんなに時間がかかってしまったのかについては、ルファトス様にも理由は判然としなかったらしい。

 思い当たる節がない訳ではないみたいだったけれど、結局それは教えてもらえなかった。


「悠、悠」

「ん? なに?」

「悠は魔導技師を目指すの?」


 ちょいちょいと服の裾を引っ張って訊ねてきた細野さんに振り返ると、なんだかみんなが僕の答えを待つかのようにこちらを見ていた。


「うん、もちろんだよ!」

「でも悠、魔法放出能力ゼロだろ? スキル使えなくないか?」

「…………え?」

「いや、制作系スキルって、簡単に言えばスキルとしての製作だろ? 祐奈みたいに材料置いて手を翳して、スキル発動で完成。これって魔力使ってるんだから、放出能力がゼロじゃ使えなくないか?」




 ………………。




「――ふ、ふふふ、甘い。甘いよ、赤崎くん。今まで散々この世界にバカにされ続けてきたこの僕が、その程度の事を考えに入れていない、とでも?」

「――ッ、なんだって……?」


 これまで何度、持ち上げては落とされてを繰り返してきたのか、みんなにはきっと分からないだろうさ。

 何か光明が見えたと思ったらオチがついてしまう僕の理不尽過ぎる運命が相手だ、そう思うのも無理はない。


 ――だけど、何度も同じ手で騙され続けるほど、僕だってバカじゃあないのさ。


「僕の頭にはすでに、【魔導の叡智】が注ぎ込まれている。おかげで魔導陣に関する知恵は色々と理解できてるんだ。あとは手先の技術を習得して、頭の中にある完成品をそのまま再現さえすればいいのさ」

「それって結構時間かかりそうだよな」

「大丈夫だよ、赤崎くん。僕はこう見えて――手先と口先は器用なんだよ?」


 まぁ、口先は冗談だけどね。

 ……あれ、なんかみんなが本気で息を呑みながら後方に後退った?

 おーい、ここはツッコミどころだよ?


「おい、なんか今の悠って、久しぶりに見た寒気がするタイプの悠じゃなかったか?」

「あれになったら止められない。是が非でも自分が決めた道を邁進する」

「ま、まさか悠くん、また「誰かを陥れたい病」に……」


 ヒソヒソと何かを喋り出すみんなの反応がつまらないので、僕はそっと屋敷を後にする事にした。






「――って事できちゃった!」

「…………おう」

「……最近みんながツッコミほしいタイミングでツッコミを入れてくれない」

「おめぇさんに毎度毎度付き合ってられるかってんだ。なんだ、愚痴でも言いにきやがったのか? そうだってんなら蹴っ飛ばすぞ」


 やって来たのは〈アゼスの工房〉。

 僕より小さいのにダンディーボイスをお持ちなアイゼンさんの冷たい反応はするっと無視する方向で、僕はカウンターに座るアイゼンさんと向かい合う位置に置かれている丸椅子に腰掛けた。


「アイゼンさん。お願いがあります」

「断る」

「僕も魔導具作ろうと思ってるんですよ。そこで、ちょっとオススメの材料とか教えてもらえないかなって」

「おい、俺の話を聞いてんのか?」

「あぁ、心配しないでください。顧客を奪うとかはするつもりはないですし、既得権益を侵すつもりはありませんよ」

「全然聞いちゃいねぇな……ッ! ――って、おめぇさんも魔導具製作に進むのか?」

「えぇ、そうなんですよ」

「……普通の会話だけ反応しやがって……。ちぃと待ってろ」


 相変わらず悪態をつきながらも僕のお願いを聞いてくれる辺り、やっぱりアイゼンさんはツンデレだと思うんだ。

 美少女じゃないのが残念で仕方ない。


 ……それにしても僕、この世界に来てから異世界王道とも言えるケモミミ娘さんとの触れ合いとか、〈森人族エルフ〉さんに気に入られて〈森人族エルフ〉の国に招かれたりとか、そういうお約束テンプレを踏んでない気がする。


 僕が唯一会話した事あるケモミミ娘さんって言えば……エキドナの手紙を渡してきたあの子ぐらいだなぁ……。


 ……あの公開処刑の怨み、きっちりと頭頂部の耳を揃えて物理的に返してもらおう。


「材料持ってきたぞ……って、何を悪どい顔してやがるんだ、おめぇさん……」

「え? 純真な天使と呼称されてるこの僕が悪どいだなんて」

「……まぁ確かに黙ってりゃ純真にも見えんだがなぁ。おめぇさん、喋って損してんじゃねぇか?」


 なんだか凄い言われようだ。

 それでも魔導具を作る材料を用意してくれてる辺り、やっぱりアイゼンさんはブレないツンデレさんだと思う。


「魔導技師を目指すってんなら、別に拒むつもりはねぇ。人の暮らしを豊かにする為のモンを作んのも、武器を作んのも職人の趣向次第だ。既得権益がどうのなんざ、いちいち構う必要はねぇ」

「そうなんですか?」

「あぁ。いいモンを作りゃ評価されんのが職人俺らの世界だ。遠慮なんざしやがったらはっ倒すぞ」


 にたりと笑いながら言い切ってみせるアイゼンさんは相変わらず男気が溢れていて、僕より背が低いのに凄く男前に見える。


「魔導具作りに必要なモンは、「術式の理解度」と「精密な刻印」だ。あとは何か、おめぇさん分かるか?」

「必要な魔力を供給できる魔石でしょうね」

「あぁ、そうだ。魔石の大きさ、魔力の含有量、属性の相性ってのは切り離せる問題じゃねぇからな」


 アイゼンさんはそう言いながら、持ってきた箱の中からまるで宝石のような赤い魔石を取り出し、僕の前に転がした。


「こいつは火の特性を含んだ”属性魔石”だ。こういった魔石についてる色は属性色って呼ばれんだが、一見して判るぐらいにハッキリと色に出る。火が赤、水が青、風が緑で地が黄色。光は白く、闇は黒い。そういった属性色と刻む魔法陣の相性が悪いんじゃ意味がねぇ。どうしたって適した属性色を含んでない魔石じゃ、効果が薄れっちまうからな」

「あれ? でも、透明な魔石もありますよね?」


 冒険者ギルドでは魔石の買い取りもやっていて、よく見かけていたのはむしろ透明な魔石ばかりだったような気がする。


 そう思って訊ねてみると、アイゼンさんはひらひらと手を左右に振った。


「ありゃ屑魔石だ」

「屑魔石?」

「あぁ。特性を持ってねぇからな、魔導具作りにゃ向いてねぇんだよ。一応は魔力を含むし、属性の縛りはねぇんだがな。昔は汎用性に優れてるってんで色々と研究されてはいたらしいんだが、どれだけいい魔法陣を刻印しても属性色を持つ魔石にゃ勝てねぇ。どうしたって二流品にしかならねぇんだよ」

「あー、だから属性色のついた魔石の方が買い取り額が高いんですか」


 要するに魔石は家電製品で言うところの「電池」の役割を果たしているけれど、魔石の持つ属性によって働く方向性が限定されてしまう面がある、という事らしい。

 魔導具は刻印された魔導陣によって効果が指定される。

 家電製品に比べればシンプルだけれど、その分だけ魔法陣の複雑さが増し、必然的に魔石の能力によってできる事とできない事が生まれてしまう。


 そういう意味で、魔石は出来を大きく左右する要因になるというわけだ。

 屑魔石と呼ばれる魔石じゃ、どれだけ他がうまく出来ていても限度があるのだろう。


 でも、属性に縛られないっていうのはちょっと面白そうだ。


「言っとくが、属性魔石はそれなりに値も張る。慣れねぇ内は屑石で練習するこった。屑魔石ならウチの見習い連中にも渡してやってるからな、二束三文で売ってやる」

「いいんですか?」

「あぁ、構わねぇよ。その代わりと言っちゃなんだが、おめぇさんが何かを作り出したら、俺のトコに持ってこい」

「ふふ、この僕から利権を貪ろうったってそうはいきませんよ?」

「バカ言ってんじゃねぇ、そんな真似するかってんだ! ……ったく、いいか? 魔導具を作って売るってのはな、信用ってもんがねぇんじゃ売れねぇんだ。新しい物になればなるほど、信用がある職人の作品じゃなきゃ買っちゃくれねぇんだよ」


 魔導具は基本的に高い。

 魔物の落とす魔石も、鉱物として自然発生した魔石も買取額は高価だ。

 試し買いするような好事家も少しはいるかもしれないけれど、それじゃ一般の人達には届かない。かと言って値段を落としても赤字を生むだけだし、高ければ性能を信用できなきゃ買う気にはならない。


 うーん、言われてみれば、確かにそれって結構大きな問題だ。


「アイゼンさんが名前を貸してくれるってことですか?」

「面白ぇモンができたら、だ。勘違いすんなよ。客としてならともかく、同じ職人として見る以上、甘い判断なんてする気はねぇぞ」

「……分かりました。きっとアイゼンさんもドン引きするような変わり種を作ってきますね!」

「ドン引きするようなモン作ってどうすんだ。とりあえず、冒険者カード用意してろ。屑石持ってきてやるから、転送して持って帰れ」

「ありがとうございます。代金はどのぐらいです?」

「フン、職人の世界に踏み入れるってんだ。おめぇさんなら面白ぇモンを作るだろうって俺の勘が言ってやがるからな。おめぇさんの作った商品が生み出す利益で賄ってやらぁ」

「おぉ……アイゼンさんカッコイイ!」

「……おめぇさんに言われるとそこはかとなくバカにされてる気がするんだが。まぁいい、待ってろ」


 僕の混じりけのない純度百パーセントの賞賛が貶された瞬間である。


 しばらく置いてあった魔石やらを見つめながら待っていると、アイゼンさんが弟子の人を何名か引き連れて箱いっぱいに詰まった透明な屑魔石を持ってきてくれた。

 弟子の人達が軽く会釈をして戻って行く姿を見送って、僕は改めて目の前の箱を見下ろした。

 ギッシリ、といった表現があまりに似合い過ぎる光景だね、これ。


「多くないですかね、これ……」

「最近、見習い連中も屑魔石はあまり使わなくなってきたんでな。だが、冒険者ギルドと買い取りの契約を結んでる以上、余っちまってしょうがねぇんだよ」

「そうなんですね」

「それと、ユウ。おめぇさん、工業ギルドと商業ギルドに所属してるよな?」

「え? してませんけど」

「やっぱりか……。やっぱおめぇさん、『異界の勇者』だな?」

「あれ、言ってませんでしたっけ?」

「直接はな。だが、その黒い目に黒い髪、薄い顔。それに――その常識のなさも納得できるってもんだ」


 エルナさんにも訊いてみたんだけれど、日本人はどうにもこの世界じゃあまりない顔の系統だそうだ。

 かのリュート・ナツメがヤマト議会国を作ったらしいけれど、そっちも特に日本人顔というか、黄色人種顔はそうそういないみたいだし。


 常識のなさ、かぁ。

 まぁ実際、エルナさんから教わったのはあくまでも一般常識と呼べる範疇でしかないし、抜けてる部分は色々あってもしょうがないとは思っていたけれど、ここまであっさりとバレるんじゃ少しは対策ぐらい考えた方が良さそうだなぁ。

 エキドナみたいな物騒な人とは会いたくないし。


「でな、魔導具の製作は工業ギルドが、販売は商業ギルドが担当してるんだ。どっちにも登録しねぇと、職人として活動できねぇんだよ。まぁ工業ギルドは俺が紹介状を書けば入れるんだがな。正規のルートで売れねぇし信用がつかねぇんじゃ、商売なんてできるはずもねぇ。おめぇさん、商業ギルドに所属してそうなヤツに知り合いはいねぇのか?」

「紹介してもらえるような人は知り合いにはいないですね」

「ふむ。そうなると、今度行われるザーレ商会のコンテストにでも出た方がいいだろうな」

「ザーレ商会?」

「なんだ、知らねぇのか? ザーレ商会って言やぁ、このアルヴァリッドどころかファルム王国でも名の知れてる大手の商会だぞ」


 そう言われても、僕は商会とかとはほぼほぼ無縁な活動をしているし。


「へえー……それで、コンテストってなんです?」

「あそこは新人を発掘するためにも、職人として活動を始めるヤツや商人として活動を始めようって奴らを募って、面接やら職人としての魔導具の発表を行うのさ。見込みがありそうなら紹介状を用意してくれたり、直接ザーレ商会に雇われたりな」

「……なるほど。ずいぶんと上手い手を考えたものですね」


 要するに、「今後見込みがありそうな者を青田買いするための場」というのが本質なんじゃないかな。


 面接でハズレを落とし、当たりがいれば自分の商会へ。

 もしもザーレ商会に誘われた側が入らない方向に答えを出したとしても、紹介状を書いてあげさえすれば恩を売れるんだから損はないというわけだ。

 もしも問題行動を起こすような者が受かってしまった場合、ザーレ商会だって評判が落ちるというリスクもあるというのにそれをする。


 紹介状が必要だという制度を利用するなんて、本当に人を見る目に自信と経験がなきゃできる事じゃないと思うけどね。


「とりあえず俺が紹介状を書いてやるから、工業ギルドで登録したらその足で商業ギルドにも顔を出してこい。コンテストの受付期間は確か、明日か明後日あたりまでだったはずだぞ」

「ちょうど良かったと言えばちょうどいいのかもしれませんけど、僕もまだどれだけ、何を作れるのか分かりませんし、間に合わないかもしれませんよ?」

「なぁに、最悪おめぇさんなら商品がなくたって商人として期待されるだろうぜ。ゼーレのジジイはおめぇさんみてぇなのが好きだからな」

「ゼーレのジジイって誰です?」

「ザーレ商会の二代目商会長だ。偏屈なジジイだぜ」

「へえー、知り合いなんですか?」

「あぁ、結構古くから付き合いがあっからな。おめぇさんも、ゼーレのジジイの事だけはしっかりと憶えとけよ。なんせアイツは――この迷宮都市で最も恐れられる男だからよ」


 何やら不安な一言が付け加えられた気がする。


 ともあれ僕は、アイゼンさんの紹介を受けて荷物を冒険者カードで倉庫に送り込んでから、早速工業ギルドへと向かった。


 工業ギルドでは特に難しい話はなかった。

 アイゼンさんの〈アゼスの工房〉と言えばかなり有名な店であったらしく、僕はあっさりと工業ギルドへの加入が認められ、冒険者カードに金槌の紋章が刻印された。




 そして続いて、商業ギルドへとやって来たところで――――


「……あっ」

「ん? ……あ」


 ――――何やら声がした方向へと振り返ると、かつて僕に赤っ恥をかかせるかのような手紙を渡した犬耳持ちの獣人の女の子。


「……やあ、先日はどうも」

「ひ――っ!?」


 にっこりと笑う僕を見て、女の子が顔を蒼くしていた。

 なんだろう、ちょっとだけ傷つくよ、それ。

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