1-13 日常への帰還

 眠りから意識がゆっくりと覚醒していく時、最初に感じるのは音。

 どこかまだ意識が覚醒していないのに聞こえてくる音に気付いて、そこからゆっくりと、水面の底から水上へと引き上げられていくように目が覚める。


 パチリと音が鳴るほどに、僕の目覚めはなかなかに快適なものだった。


「……知らない天――」

「言わせないし知ってるし。そもそもそれ、起きた人が言うセリフだよね。というかそのネタやる為だけに待機してたの、細野さん」

「むぅ……、寝起きなのに隙がない」


 頬を膨らませながらも身体を起こそうとする僕を支えて、細野さんが起きるのを手伝ってくれた。

 差し出されたコップに注がれているのは、なんだか青汁をさらに濃くしているかのような奇妙な物体。


「……コレを飲め、と?」

「ゆうなんが作った。味は見た目ほど悪くない」

「見た目ほど、って事は、それなりには悪いってことじゃないかな」

「…………バレた? でも、身体にいいから飲むべき」


 佐野さんの作る代物は、〈火竜の粉〉でちょっとしたトラウマを僕に与えていたりもするんだけれども。

 それでも意を決して飲んでみると……あれ。

 意外とイケる。


「みんなに声かけてくる」

「あ、うん」

「悠」

「ん?」

「……覚悟しておくといい」

「…………なんだろう、すっごく眠くなってきたよ」

「それは通用しない。もし寝てたら、ゆうなんにもっと強いの作ってもらう」


 それだけ言って部屋を出て行ってしまった細野さんを見送って、退路を断たれた僕はぼーっと虚空を見上げていた。


 生きてる。

 なんだか裸に包帯ぐるぐる巻きで処置されているけど。

 布団を捲ったらパンツは履いてるけど、やっぱり包帯ぐるぐる巻き。

 だけど、生きてる。


「……意外と人間、死なないものなのか。それとも、魔法薬の効き目のおかげなのか……」


 穴が空いた腕でさえしっかりと動く。

 脚も大丈夫みたいだ。

 だけど、なんだかまだ動きに違和感と、痛みが蘇ってくる。


 そんな事を確認していたら、ドドドドドッと廊下を走るけたたましい足音が聞こえてきて、扉が乱暴に開かれた。


「悠ッ! テメェ、勝手に先走って死にかけやがってこの野郎ッ! ぶん殴るから覚悟しやがれッ!」

「いや、それ死ねるよ、僕」

「悠くん、反省するまで監視をおくからね」

「反省するから何も憑けないでください」

「悠、無事で何よりだ」

「加藤くん……、なんか渋いね」

「あのあの! 悠くんの裸、ちょっと眼福でした!」

「ちょっと赤崎くん、小島さんの趣向が僕にはなんだか分からない方向に飛んでるんだけども」

「悠くん、薬の感想聞かせてー」

「あ、意外と美味しかったです」

「悠くん! 子守唄とか作ったから聞く!?」

「起きた僕を再び眠らせるつもりなの、橘さん」

「まったく……。魔物にスルーされるんだかなんだか知らないけど、私がちゃんとした装備を作るまでダンジョン禁止だからね」

「あ、はい。お願いします」


 やいのやいのと騒がしく、流れるように赤崎くんから佐々木さんと加藤くん、小島さんと佐野さんに、橘さんと西川さんへと返事をしていく。

 こんな時でもみんなが一方的に声をかけてギャーギャーと何を言っているのか分からないような状態にならないあたり、やっぱり僕らのクラスは行儀がいいのかもしれない。


 まぁ、何がおかしいって、まともに心配してくれたのが加藤くんだけっていう点だよね。

 僕の扱いの軽さが露呈した気がするよ。


「あれ? エルナさんは?」

「あぁ、あの人なら今日ぐらいに帰ってくるぞ。王都に行ってたから」

「……へ? 王都に行ってたのに、今日帰ってくる?」


 オルム侯爵領と王都じゃ、片道で魔導車で四日かかるはずだ。

 もっとも、僕らがここに移動してきた時はなんだかんだでこまめに休憩を入れたり、スピードを落として車酔い対策をしている部分もあったりしたからだけど。


「悠、もうあの蛇女を倒して、十三日目」

「十三日!?」

「お、悠でもさすがに驚いたのか?」

「いや、僕が驚いたのは十三日も寝続けてたのに細野さんが開口一番でネタを突っ込むタイミングを虎視眈々と狙い続けてた点についてだけども」

「……ネタを突っ込むのは正義」

「パクりは悪でしかないよ」

「っ!?」


 とりあえず細野さんにはあまりにも王道ネタを突っ込み過ぎるので、一度釘を刺しておく事にした。

 それこそ、そのネタを使うなら赤崎くんを相手に展開すればいいのに。

 名前がシンジだし。


「それにしても、十日以上も寝てたんだ……」

「まぁ、あんだけ怪我してりゃそうもなると思うぞ……。つーか、マジでよく生きてたなって、本気で思うわ」

「それなりには保険をかけてたつもりだったんだけどね。でも、今回勝てたのは間違いなくみんなのおかげだよ。ありがとう、みんな」


 ……なんでみんなキョトンとしてるんだろ。


「悠が、まともにお礼を言ってる、だと……ッ!?」

「ゆ、悠くん、やっぱり怪我が……!」


 ……さすがに色々物申したい。




 話を進める前に、ある程度のメンバーは退出してもらった。

 包帯は巻いてるけど布団の下はパンツ一丁なんだ。少なくとも女子に近くにいてほしいと思うような格好ではない。

 ワイシャツを肩にかけてもらって、持ってきてもらったスープを口に運んでいる僕の目の前には、赤崎くんと佐野さんがリーダーとして現状の説明と、その他諸々の僕に対する意見を口にする形で残っている。


「――お前が戦った魔族はエキドナって言うんだな?」

「うん、そう名乗ってたしね。それがどうしたの?」

「魔族の中でも名前が知られている連中がいてね、エキドナって言えば傾城傾国の妖艶な美女の魔族として有名なのよ。実際、彼女一人の力で滅ぼされた国さえあるらしいわ」


 確かに、【魅了の魔眼】というあの力が通用する相手なら、エキドナは無類の強さを誇っていたのかもしれない。もちろん、それがなくたってあれだけの力を持っているんだし、強い魔族だったと思う。

 そういう意味では今回は運の良さと言うべきか、エキドナにとってみれば相性が最悪の部類にいる僕だからこそ、なんとかなったという事実は否めなかった。

 彼女の名――傾城傾国の妖艶な美女の魔族、という名を知らしめるに至った【魅了の魔眼】が通用しなかったのだから。


「そんなエキドナを討伐したんだもの。今回の功績は国から認めてもらえそう。エルナさんがジーク侯爵様にその報告に向かったのも、詳細を報告するためよ。シュットさんが言うには、前線で戦う人達の士気をあげるためにも国をあげての発表になる可能性があるらしいわ」

「へぇー」

「へぇってお前、何他人事みたいに言ってんだ。お前が倒したんじゃねぇか」

「いや、あれは僕だけじゃ間違いなく勝てなかったよ。みんなが来てくれたから、色々なものが僕にとって有利に働いただけ。もしエキドナが僕をさっさと殺すつもりだったら、あっさり死んでたよ」


 みんなを陥れる為に僕に標的を定め、目的があるからこそ殺さない。

 その前提条件がなかったら、あんな強い相手に僕が勝てるはずなんてないんだから。


「もし表彰だとかなんやらがあるっていうなら、二人が僕らの代表なんだから二人に任せるよ」

「本音は?」

「身体も痛いし、僕が目立ったって弱いんだから目立つべきじゃないと思うし。何より面倒臭い」

「……まぁ、そう言うと思ってたわ。一応式典やパレードをやるにしても、悠くんの出席は断らせてもらうつもりよ」

「さすが佐野さん!」


 僕の性格をよく把握しているね。

 大体、僕が出て行ってこれ以上魔族に目をつけられようものなら死ねるよ。

 ホント、僕が戦うとか無理だよ、無理。


 そんな事を考えながらふと二人を見ると、何やら言い出すべきか迷っているかのような表情を浮かべて、「あー」だの「んー」だの何やら言葉を探っていた。

 思わず小首を傾げた。


「どうしたのさ、二人とも」

「あー、その。安倍と小林についてなんだけどな。一応、今回の件での活躍が認められて、どうにか釈放されそうなんだけど、な」

「おおかた、二人は僕らと一緒に行動したくはないってところかな?」

「……えぇ、そうみたい。態度は改めてるし、色々と反省したみたいなんだけれど、私達にはまだ顔を合わせにくいらしいの」


 それもそうだよね。

 ちょっとやらかしちゃった感があるのは事実だし、黒歴史を思いっきり目の当たりにした僕らと笑い話にできるには、まだまだ時間が足りてない。


「ったく、一言謝ってくれりゃ俺達だって怒らねぇってのによ」

「まぁ色々と最低な部分を見せられちゃったし、顔を合わせたくないっていう気持ちは分かるけど。それでも、赤崎くんの言う通り一言だけ謝罪してくれれば、私達だって……ビンタ一発で済ますわ」

「こわっ!? 女って怖ぇな……」

「何言ってんのよ。変な男より女子の方がずっとサバサバしてるわよ、知らないの?」

「いや、まぁ、なんとなくは分かるんだけどよ……」

「勝手な男子の理想を押し付けないでよね」


 うん、僕も女子のしっかり具合というか、そのサバサバ感は知ってるよ。

 召喚された時もなんだかんだで女子の方が色々と強かったし。


「それでもいいんじゃないかな。あのまま外に放り出してしまうよりは、そうやって反省を促せたのならよっぽど良かったんじゃない?」

「……だな」

「えぇ、そうね」


 斬首刑なんていう重い刑を免れられたのなら、それでいい。

 確かに周りには迷惑をかけていたみたいだったし、それをすっかり忘れて――なんてお互いにそう簡単にいくほど、気持ちは簡単に割り切れないしね。


「ま、とりあえず、釈放される以上は王都を出る形にはなるらしい。詳しい事はエルナさんが戻り次第、直接訊いてみようぜ」

「そうね。私達ももうすぐ夕ごはんの時間だしね。悠くん、まだ食べられる?」

「いや、スープのおかげでだいぶお腹が膨れてるみたい。胃もびっくりしてるみたいだし、ちょっと休むよ」

「分かったわ。一応、何か簡単な食べ物をお願いしておくわね」

「うん、ありがとう」


 佐野さんに食べ終えたスープの皿とスプーンを手渡してから二人が出て行くのを見送った僕は、ふっと身体の力を抜きながらずるずると横になった。

 頑張って起きてたけど、どうにも思っていた以上に身体はまだまだ本調子とはかけ離れてしまっているみたいだ。強烈な飢餓感とまではいかなかったものの、空腹を訴えていたお腹もスープで一先ずは落ち着いたらしい。


 そんな中、赤崎くんが何かを思い出したのか、再び扉を開けた。


「ワリィ、伝え忘れてたんだけどよ」

「ん?」

「……俺達はまだお前の性格知ってるからゴチャゴチャ言うつもりはねぇけどさ。お前、エルナさんにもちゃんと謝れよな。すっげぇ悲しそうだったぞ、お前が寝てる姿を見た時のあの人」

「……そっか。でも、赤崎くんに僕の性格を知ってるなんてそこまで言われるほど、僕らって親しかったっけ?」

「酷くねぇか!? ったく、そんだけ言えんなら大丈夫だろ。とにかく、ちゃんと伝えたからな」

「うん、分かったよ」


 相変わらず芸人のようなリアクションをしつつ、赤崎くんはそれだけ言って今度こそ部屋を後にした。


 エルナさんに謝らなくちゃって事は、僕だって分かってるんだけどね。

 あの時、僕のに気が付いておきながら無理に踏み込もうともしないでくれた事についても、しっかりと説明しなきゃ。聞けば、僕が捨てたエキドナから渡された手紙も、エルナさんが見つけてみんなに声をかけてくれたみたいだし。


 ……なんだかすごく怒られそうな気がするなぁ。


 そんな事を考えつつ再び重くなる瞼を抗うことなく受け入れて、僕はゆっくりと目を閉じた。







 次に目が覚めたのは、夜中だと思う。

 窓を見やれば、すでに外はすっかりと夜の帳が下りていて、灯された微かな明かりが申し訳程度に部屋を照らしていた。

 身体を起こしてみると、エルナさんが椅子に座ってベッドに突っ伏したまま、無防備に寝顔を曝していた。


 いつものキリッとした顔とは違う、まだどこかあどけなさが残るような寝顔。

 なんとなく、ついつい手が伸びて、顔にかかっていた髪をそっとどかしながら頭を撫でてみると、パチリとエルナさんが目を開けた。


「……ユウ、様……?」

「ごめんなさい。起こしちゃいましたね」


 慌てて手を引いて声をかけると、エルナさんは目を大きく見開いたまま、瞳に涙を溜めて、身体を起こしてそのままふわりと僕を抱き締めた。


「――っと、エルナさん?」

「……どうして……、どうして、あんな無茶をしたのですか……! 魔族に狙われて、たった一人で立ち向かうなんて……! 私では役に立たないと、信頼できないと、そう仰せになるのですか……っ?」


 肩に縋るように、顔を埋めながらエルナさんは小さく叫んだ。

 温かく濡れていくような感触は、間違いなくエルナさんの涙、なんだと思う。


「巻き込みたくないって考えて、私達を危険から遠ざけようとしたからこそ言わなかった事ぐらい、私も皆様も分かっています! これは私のワガママで、ユウ様を困らせるだけって事も、分かっているんです! でも――我慢、できません……。どれだけ心配したと思っているのですか。あの時、傷だらけの身体で倒れたユウ様を見て、目の前が真っ白になりそうで、私は……私は……ッ」


 涙に濡れた顔をあげて、エルナさんが僕の顔を見た。


「……エルナさん」


 なんだかんだで、この異世界にやって来てからというものの、ずっと一緒にいたような気がする相手。

 以前見たエルナさんが持っている称号を鑑みるに、いつもは他人に対して気を張っているのかもしれない。特に男性に対しては、僕以外に事務的な内容以外を話しかけている姿を見たことはなかった。


 いつもはキリッとした怜悧な女性であるエルナさんの顔も、今ばかりはなんだか歳相応の、大人なのにまだどこか幼さも残っているような、そんな表情を浮かべている。


 僕はそんなエルナさんの顔をまっすぐ見つめて、ゆっくりと口を開いた。








「……ぐ、ぐるじいでず……ッ」

「っ!? ご、ごめんなさいっ! 怪我、怪我は大丈夫ですかっ? あぁ、ユウ様の身体は決して、ただでさえ一般人ほども強くないのに……!」







 恐るべきステータス差による、ベアハグ。

 エキドナの蛇の部分による締め付けに近い力強さがあったような気さえした。


 あわあわと困った様子で謝るエルナさんの姿にちょっと可愛らしさを感じつつも、一般人以下と改めて突き付けられた現実に、身体こそは無事だったけれど心が折れそうだよ。


「……エキドナとの戦いは回避できないものでした。異界の勇者である僕……を除外して、皆はレベルが上がりやすいかもしれない。けれど、魔族と対峙するにはあまりにも時間が足りなかった」

「だから、一人で立ち向かった、と?」

「まぁ、そんなところです。どうなるかは分からなかったですし」

「死ぬつもり、だったのですか?」

「あはは、それはないですよ。なんとか一矢報いてやろうと思ってましたし」

「無茶です。そもそも魔導具で倒せる程度なら、魔族との戦争にここまで苦戦なんてしていません」

「うぐ……っ、それはそうですね……」


 それはなんとも身も蓋もない話だ。

 だいたい、普通なら最初のトラップで死んでるはずなのに、理不尽過ぎるんだ。

 おかげさまで僕の採集によって稼いできたお金はあっさりと消え去ったよ……。


 自嘲気味に乾いた笑いを浮かべる僕を、エルナさんがじっと見つめてきた。


「……反省しているんですか?」

「それはもう、海よりも深く」

「嘘臭いです。どうせまた同じような事態に陥ったら、無茶をするんじゃないですか?」

「それまでにみんなが魔族やら魔王やらと戦えるぐらいに強くなって、左団扇で暮らせる方向を見つけてさえいれば、無茶はしませんよ」

「……はぁ。それ、結局は無茶をするって事じゃないですか」


 あはは、どうだろうね。

 みんなならすぐに強くなれそうだし、わざわざ僕が無茶する理由なんてあっという間になくなってくれそうな気がするんだけどね。


「もしもまた、同じような事態に陥ったなら。その時は絶対に、私はユウ様と一緒に行きますから」

「……危険だと判っていても?」

「はい。ですので、絶対に一人で何もかもを背負い込むような、今回のような真似をする事は絶対に禁止します。分かりましたね?」


 もはや有無を言わせるつもりもないみたいだ。

 すでにこれはエルナさんが決めた、決定事項らしい。


「……分かりました。ちゃんと言います」

「よろしいです。では――そろそろ今回一人で突っ走って皆様に、というより私に心配をかけた罰を受けてもらいますね」


 おもむろに突き出した右手。

 その右手は親指で中指を押さえつけた、要するにデコピンの形をして僕の顔に近づいてくる。


「あの、エルナさんの本気のデコピンとか喰らったら、僕の頭がトマトみたいに潰れてしまうとか、そういうオチはないですよね……?」

「安心してください。ちゃんと加減します」


 恐ろしい。

 本気でやったら潰れるという可能性は残された、というのか。

 ステータス怖い。


 甘んじて目をぎゅっと瞑り、額に近づいてくる指を迎える。

 左手で髪をかき分けられ、いざ――――。





 僕の唇に何かが触れる。

 思わず目を開けようとしたところで――ペチンと軽い音が鳴った。





「ふふふ、キスをされた、とでも思って油断しましたか?」


 してやったり、と言いたげに笑うエルナさん。

 差し出された左手の指が僕の顔の前にはあって、どうやら僕は見事に騙されてしまったらしい。


「……思春期の男子の心を弄ぶとは、いい度胸ですね……ッ!」

「――その口調」

「へ?」

「その口調を、もっと皆様と接するような普段通りのものにしてください。それが今回の一件を許す条件です」


 何やら楽しそうにそう言いながら、エルナさんはベッドから離れて立ち上がった。


「あー……、前向きに善処させていただく所存にございます」

「それは絶対にやらない言い回しですよ、ユウ様?」

「……分かったよ。気をつけま……気をつける」

「はいっ」


 敬語を使っている相手に敬語を崩せって言われると、なんだか少し照れくさいものがあるっていうか、慣れない。

 けど、あんなに嬉しそうに返事されちゃったら、そうも言ってられなかった。

 どうにもバツが悪いというか、恥ずかしい。


「では、もう少しお休みください。まだあまり顔色も優れていませんし、細かい話はまた後日にしましょう」

「……うん。エルナさんも、ゆっくり休んで」

「ふふふ、はい」


 笑われると恥ずかしさが増すんだけども。

 そんな事を考えつつ、部屋を出て行ったエルナさんを見送り、ふと自分の唇にそっと触れた。





 指が触れたのか、それとも本当は唇が触れたのか。

 その真相はどっちなのか。



 なんとなく分かるけれど、とりあえず言及するのはやめておこう。





 妙に胸が高鳴る夜はその後もなかなか寝付けなくて。

 ずいぶんと長く感じた。 

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