1-12 湖畔の戦い Ⅱ

「フ――ッ、アッハハハハッ! わざわざ死ににくるなんて、バカな子達ね! その程度の力でどれだけ群がったって、勝てないって判らないのかしら?」

「ハッ、バッカじゃねぇの? 勝てる戦いにだけ挑むとでも思ってんのか。こちとら仮にも勇者って名目でこの世界に来てんだ、仲間見捨てるようじゃ名が廃れっちまうんだよ」


 ちらりと倒れたまま動かない悠を見ながら、俺は剣先を蛇女に向けて啖呵を切った。


 さすがは悠だ。

 なんかの魔導具を用意してんのか、ぼうっと光が悠の身体を包み込んで、目を覆いたくなるような酷い傷が少しずつ癒えていってる。

 無茶無謀をただ単純にやるだけなんて、そんな柄じゃねぇよな。


 確かに、コイツはヤベェ。

 今まで結構魔物を倒してきたけど、こんなヤベェヤツを相手にすんのは初めてだ。


 正直に言っちまえば、勝てる気がしねぇよ。

 レベル一でよくこんなの相手に一人で立ち向かう気になれるよな、ホント。

 レベル一っつったら、あっちにいた頃と何ら変わってねぇんだぞ?


 ファンタジーに真正面からぶつかるって、どんな度胸してんだか。


「私を前にしておきながら考え事をするなんて、ずいぶんと余裕ぶってくれるじゃない」

「そいつぁこっちのセリフだ。余所見してていいのかよ、蛇女」

「――くッ!」


 細野とエルナさんが、左右後方の死角から一瞬で姿を現して攻撃を仕掛ける。

 短剣を逆手に持った二人の急襲は、例え真正面で構えてても見失う程に気配を消して襲いかかる二人の十八番だ。


 この一撃を喰らわないヤツは――こいつが初めてだ。


 蛇の下半身をうまく使うせいで、駆動領域がまず人間とは違う。

 まるで滑るように二人の下へと頭を下げると、ぐるりと回って尾をそのまま横薙ぎに振るって反撃に出やがった。


 空中に浮いてる二人じゃ避けきれない。

 俺はすぐに二人の前へと駆け出し、盾を構える。


「――ぐっ、ああぁぁぁッ!」


 骨まで軋むような衝撃に耐え切れず、俺の身体はあっさりと吹き飛ばされた。

 それでも、細野とエルナさんは俺という僅かな障害物によって生まれた蛇女の動きのズレを見事に読み切り、ダメージを喰らわずに離脱に成功した。


「加藤ッ!」


 二人を俺がどうにか助けると信じていたのか、すでに加藤は蛇女の懐に飛び込んでいた。両手で握った槍を鋭く突き出し、避けようと試みる蛇女の目が驚愕に見開いた。

 アイツの得意な【フェイント】だ。


 突き出された槍の初撃はフェイクで、身体を避けたその場所へと本命の突きが放たれた。


 直撃――けど、槍の穂先は蛇女の身体の前で透明な障壁によって阻まれた。


「呑み込め炎――【火球】」

「ぷりんちゃん!」


 蛇女の手のひらに生み出された赤い魔法陣と、野球ボール程度の大きさから一気に直系一メートル程度にまで膨れ上がった火の球が加藤に向かって放たれる瞬間、小島の相棒のスラ……ぷりんちゃんが触手を伸ばして加藤を引っ張り、戦線から離脱させた。


 火球を避けた佐々木が裂帛の気合を思わせる声をあげて連打を入れながらも、即座に後退しながら詠唱を開始した。


「踊れ踊れ踊れ。そうら生者だ、羨ましかろう妬ましかろう。さぁ、奈落の底へ連れ帰ってやれ――【死霊術・宵の腕】」


 おどろおどろしい黒い靄を放つ魔法陣が蛇女の真下に広がり、一斉に青白い手が蛇の部分を掴もうと爪を立てながら掴みかかる。


 ……相変わらず佐々木の詠唱が不気味過ぎてヤバイ。

 ポーション噴き出すかと思ったわ。


 最近、アレをやると変な夢を見るからやめてほしいって小島が訴えてたけれど、さすがにあの蛇女を前にそんな遠慮してる場合じゃないよな。

 実際、効果はあるみたいで蛇女の身体が動きを止めたところへ、佐野が〈火竜の粉〉の入った袋を投げつけ、エルナさんと細野が一斉に針を投げつける。


 袋が破け、中空に舞う粉の中で、エルナさんと細野が投げつけた針がカチンと音を立てて火花を生み出し爆発した。

 俺にはよく分からねぇけど、なんでも粉塵爆発ではなく、純粋に〈火竜の粉〉の発火温度があまりにも低いからできる芸当だ、とは佐野の言だ。


 でも、あの程度で傷を負ってくれるとは誰も思ってない。


 視界を炎で潰した今がチャンスとばかりに、俺達は一瞬で間合いを詰め、殺到する。


 ――――それが悪手だと知ったのは、炎が消えた先で浮かび上がってきた、真っ赤な魔法陣の存在に気付いてからだった。


「フフッ、引っかかったわね」

「――ッ!」

「舞い踊れ火焔の乱舞――【葬送焔舞】」


 眩い程の赤い光が視界を埋め尽くしたかと思えば、炎が一瞬で広がり、俺達の身体を焦がしながら吹き飛ばした。


 さらに蛇女が、後方にいた小島に向かって手を伸ばし、魔法を詠唱する姿がちらりと見えて、俺は強引に小島の前方へと飛び込み、盾を構える。

 迫る炎の矢が西川が作ってくれた盾にぶつかって爆発した。


 俺に巻き込まれる形で、小島もまた後方へと弾き飛ばされた。


「フフフ、もうおしまい? 粋がって出てきたわりに、大したことないわね」


 ――届かない。


 俺達が束になっても、こいつには傷一つ負わせる事ができない。

 戦いに対する経験、圧倒的なレベル差、魔法障壁を打ち破れない俺達の実力の低さの全てが、純然たる敗北を示していた。


 付与装備は装着者の能力によってポテンシャルが左右される。

 西川が作ってくれた魔法防御を付与した装備でさえ耐え切れないのは、それだけ俺達の身体がダメージを負っているせいだ。つまり、それだけ蛇女の魔法が強力で、俺達を殺す力を有しているという証左。


 圧倒的な力の差を目の当たりにして――ここに来て、俺達は初めての敗北を前に、恐怖を覚えていた。


 まだ立ち上がるぐらいの体力程度なら、ある。

 なのに身体が、今になって恐怖を実感してしまったせいか、動かない。


 歯を食い縛って立ち上がろうとするエルナさん以外、みんな茫然自失としてしまっているかのように目を見開いて、震えていた。






 ――――そんな中、誰かが視界の隅で立ち上がった。






 あぁ、なんで。

 なんでお前が立ち上がれるんだよ。


 俺達みたいにレベルも上がらない、ステータスも低い。

 魔物相手ならともかく、蛇女相手じゃスルーなんてしてくれねぇだろうに……!

 さっきまで、ちらりと見ただけでもひでぇ傷を負ってたってのに。




 どうしてお前が立ち上がるんだよ、悠……!




「――あら、まだ生きてたの? でもいいわ。惨たらしく、苦しむだけ苦しめて殺してあげようと思ったけれど、気分が変わったわ」


 蛇女は、立ち上がったまま俯いている悠に手を向けたまま――嗤った。


「あなたを利用して勇者達に殺し合いでもさせようと思ってたけれど、少し趣向を変えてみましょうか。せっかく助けに来てくれた仲間たちの前で呆気無く死んだら、この子達はどんな顔をするのかしら?」


 煌々と浮かび上がる炎を示す赤い魔法陣。

 さっき、加藤を襲った火の球がどんどんと膨れ上がって、悠へと向けられてる。


「おい、悠、何してんだよ……ッ! 早く逃げろよッ!」

「フフフ、さようなら」


 放たれた火の球は悠の足元へとまっすぐ襲いかかり、強烈な爆風を放って爆発した。


「悠ーーーーッ!」

「アッハハハハハッ! この程度の力で勇者だなんて、笑わせる! 惨めに死ぬ仲間を助けられず、絶望すればいいわッ!」










 ◆ ◆ ◆








 ――――ぼんやりと聞こえてくる戦いの音。


 横たわる視界。

 穿たれたはずの右腕の痛みは和らいで、赤黒い血に覆われたままの指先もぴくりと動いた。


 魔導具――〈天使の息吹〉。

 レベル一という、本来この世界に生きる者なら赤子にしか使えない、装着者の命が危険になった時に治癒の魔法を発動させるという、出産祝いの定番でありながらもなかなか出番がないとアイゼンさんが零していた魔導具は、確かに僕の身体をゆっくりと癒やしていた。


 身体の芯から冷えていくように失われていた体温が身体に戻ってくるような気がした。

 完治する程の回復はしないらしい。

 ただ、命を取り留められる程度まで回復してくれるというのだから有り難い。


 頭を動かすだけでも重たく思える。

 それでも動かした視線の先では、みんなが戦っていた。

 人外と人外の戦いだよ、ホント。

 みんな、ハッキリ言って僕なんかじゃ絶対に勝てない程に強い。


 でも――エキドナはもっと、それ以上に強かった。


 初代勇者が作った〈古代魔装具アーティファクト〉――〈特異型ノ零〉が放った、あの強力な一撃さえも防ぐ魔力障壁。

 炎を司るという、よりにもよってわざわざ仕掛けたトラップとの最悪な相性。


 正直言って、お手上げ。


 だからって、さ。

 諦めて死ぬっていうのは、何故だろう――凄く嫌なんだ。

 みんなが僕のために戦って死ぬなんて、もっとごめんだ。

 勘弁してほしい。


 ホント、こんな時……正義の味方みたいな人がいてくれたらって、切に思う。







 ――――いつだったっけ。


 無敵のヒーローに、英雄に。

 勇者に憧憬を抱かなくなってしまったのは。


 埋没して右に倣え。

 出る杭は打たれるから。

 周りに弾かれるから、普通で在れ。

 夢を否定されて、現実を見ろと夢を捨てるようになる。


 そうやって少しずつ矯正されてしまって、「夢を見るのは子供だ」って自分にわざわざ言い聞かせてまで、好きなものを好きだと口にするのも憚られてしまうようになったのは。

 子供の頃は純粋に勇者っていう絶対的な正義に憧れていたはずなのに、皮肉を重ねて噛ませ犬のような扱いにしてしまったのは。


 綺麗過ぎる言葉を並べて、愚直なまでに正義を貫くなんて事ができないと知ってしまったのは、いつだったかな。


 異世界にやってきて、「これは酷いキャスティングミスだ」と思ってしまった。


 僕らのクラスには、勇者らしい勇者なんていやしないんだから。

 平和で、穏やかな、取り立てて珍しくもない高校生なんだから。

 そうやって、勇者という存在はただ綺麗事を言うイケメンみたいな印象を持ってみたり、リーダーシップを取るような、ちょっと痛い人を思い浮かべていた。


 でも――――それは僕らが作り出した、皮肉に皮肉を重ねた存在の方の勇者だ。


 僕らが子供の頃に純粋に憧れた勇者は、もっと英雄的で、どんな逆境をも跳ね除けるような、そういう存在だったというのに。


 そうだよ。

 どんな逆境をも跳ね除けて、立ち上がる存在。


 それが、かつて恥も外聞もないままに僕が憧れた、勇者の姿だった―――。








「――あら、まだ生きてたの? でもいいわ。惨たらしく、苦しむだけ苦しめて殺してあげようと思ったけれど、気分が変わったわ」


 嘲笑するエキドナの声。

 未だにどこか夢を見ているような気分で、気が付けば僕は立ち上がっていた。


「あなたを利用して勇者達に殺し合いでもさせようと思ってたけれど、少し趣向を変えてみましょうか。せっかく助けに来てくれた仲間たちの前で呆気無く死んだら、この子達はどんな顔をするのかしら?」


 煌々と輝く赤い光と、燃え上がる炎の球体がちらりと視界に入る。


 考えろ。

 この状況を打破できる方法は――なんだ。


 今僕がここで死ねば、みんなに矛先が向かう。

 それだけは絶対に阻止しなくちゃいけない。


 僕にはかつて憧れた勇者のような力も、チートらしいチートなんてものだってない。

 運良くこの状況下で新しい能力に目覚めてくれるような運命も、LUKが一しかない僕に期待してもしょうがない。


 僕にあるのは、現代社会で最近話題になってるスルースキル。

 いや、それ異世界で必要? って思わなくもないけども。

 そもそもスルースキルって、これ意味違うし。


 ――脱線してどうする。

 考えろ。


 何か手があるはずだ、なんてお気楽な力はないんだから。

 身体が痛いとか、そんなのはこの際、全部捨て置いて。


 今にも放たれようとしているエキドナの魔法は、明らかに耐えられるような威力じゃない。

 こんなの生身の身体で真正面から大砲に立ち向かえって言われるようなものだ。

 肝心の【スルー】も、あんな大きさをどうにかできるわけない。


 生きるか死ぬかの瀬戸際で、周りの声さえも聞こえないぐらいに意識を集中させて、瞑目する。

 ついさっきまで落ちていた真っ黒な世界に意識が向いた時、ふと思い出した。




 ――――そういえば、何かが鳴ったような。




 即座にログを意識――視界の隅に展開する。

 しばらく目障りだからと消していたせいで、『魔物がスルーしました』と『存在力をスルーしました』のログがずらりと並ぶのを、次々にスクロールさせるように答えを求めていく。




 ――――そこに一つの活路を見て、思わず頬がつり上げる。




「――フフフ、さようなら」


 エキドナの笑みに僅かに思考が途切れ、ふと顔をあげた先。

 放たれ迫る火球――その奥から、涙を流しながらこちらを見て何かを叫ぶエルナさんや、目を見開いてこちらを見ていたみんなの姿が僕の目には映っていた。


 目の前で炎は爆発し、激しく燃え上がる。

 きっとエキドナやみんなの位置から見れば、恐らく僕は炎に包まれたように見えるだろう。

 けれど――実際は、炎に包まれながらもなお、一切の熱を感じていなかった。


 ちらりと見やる、見つけた活路を示していたログ。

 それは決して、新たなスキルに目覚めたり逆転の一手となり得るような攻撃を、さもご都合主義さながらに手に入れたわけでもない。


 ただ、ログによって齎された――だった。


 ――『直接攻撃により、スルーに失敗しました』。

 ――『【魅了の魔眼】をスルーしました』。

 ――『【魅了の魔眼】をスルーしました』。

 ――『直接攻撃により、スルーに失敗しました』。


 この並ぶ、四つの文。

 今まで直接的な戦闘を経験すらできなかったからこそ気付かなかった、【スルー】というスキルが持つ、まだ見ぬ可能性こそが僕の活路だ。


 ――ログが示す通り、「直接的な攻撃に対しては発動しない」のならば、「直接的ではない攻撃に対してならば発動する」という可能性でもあるのではないか。


 そんな考えが思い浮かび、僕はこの可能性に賭ける事にした。


 はたして再びの賭けの勝ち。

 どうやらエキドナとの賭けは、僕に分があるようだった。


 エキドナが放った火球は、僕自身を狙ったものであると同時に、を狙った魔法なんかじゃなかった。

 演出のつもりか、僕の足元を狙い、爆発した炎で僕を焼き尽くすつもりだったらしい。


 それは油断だよ――エキドナ。

 ほら、頭の中では効果音が鳴り響いている。

 視界の隅に表示させている光るホログラムのようなログウィンドウには――『炎をスルーしました』としっかりと表示されている。


 これは、最大にして最高の、同時に最後のチャンスでもある。

 懐に手を入れていた、を突き出す。


 この世界の魔法は、全てが魔力によって生み出されている。何が燃えているのか、何が水になるのか、何が風となって、何が氷となるのか。それらは全て、術者の魔力によって生み出された代物だ。

 裏を返せば、魔力がなくなれば消え去るしかない。もちろん、個体を放つような魔法の場合、放たれた速度と物質そのものが残るため慣性は残ってしまうけれど、それはさて置き――――火と風は、その限りじゃない。


「魔力を食らって力を蓄えろ」


 小さく呟くように、懐から取り出した魔器へと告げる。

 炎が手の中にある卵型の魔器によって――吸い込まれていく。


 圧倒的な魔力を必要とすると聞かされていた魔器を、たった一発の魔法で充填してしまう辺りがエキドナの強さなのだろうけども、今回はそれが幸いする形となったようだ。

 思っていた以上に早く魔器は魔力を満タンにして、描かれた紋様が薄っすらと青白く光を帯びた。


「アッハハハハハッ! この程度の力で勇者だなんて、笑わせる! 惨めに死ぬ仲間を助けられず、絶望すればいいわッ!」


 嗤っていられるのも今の内だよ、エキドナ。

 炎を呑み込みきってしまう前に、さらにもう一つの魔導具を発動させる。

 なんか使えるかも、とは思っていたけれど、まさかこんな使い方をするとは微塵も思っていなかった。


 けれど――これは唯一の勝機。

 奇襲を仕掛けるべく炎の中から飛び出した。

 

「――ッ、な……ッ!」


 まさか炎の中から飛び出してくるなんて、思いもしなかっただろう。

 驚愕に歪むエキドナは一歩も動けず、僕の接近を許した。

 傷が癒えたとは言え、穿たれたばかりの右手に魔器を握りしめたまま振りかぶり――殴りかかる。


 けれど、エキドナもまた僕の反撃など大した事はないだろうと高を括ったようだ。僕の動きに、その程度の攻撃など効くわけがないと言いたげにエキドナはニタリと嗤ってみせた。


 せっかくの一撃ぐらい、喰らってやってもいいぞとでも言いたげに、ただただその後に絶望を味あわせてやろうかと企んだのか、僕の攻撃を迎え入れてみせた。

 案の定、魔力障壁という名の見えないバリアのような透明な何かに、力のない右手がぺちりと触れた。


「アハッ! 残念だったわね、坊や」


 見下し、愉悦に歪むその笑顔をスルーして、僕は逆にニヤリと笑ってみせた。


「それはこっちのセリフだよ、エキドナ。――【突き破る一撃】」

「な……ッ!?」


 ――『【突き破る一撃】のクールタイムが終了しました』。

 あの真っ暗な暗闇の中で聞こえた間の抜けた効果音の正体はこれだ。

 十日に一度のこのスキルの定義は、何もきっかり十日前と同じ時間というわけではないみたいだった。

 スルーという単語にある、”突き破る”という意味合いを持つこのスキル。

 あのトレントを粉砕してみせた通りの能力――つまりは防御を無視するような一撃なのではないかという見解だったけれど、見事に僕の期待に応えてみせた。


 まるでガラスを砕くかのような音を奏でながら、透明な何かが砕け散り、今度こそエキドナの余裕は消え失せた。


 左手に持っていた特異型ノ零を、豊満な胸の下――みぞおちに打ち付け、右手に持っていた魔器をシリンダーに押し当てる。魔力を充填した魔導銃の銃身が青い光を放ち始める中、エキドナはみるみる目を剥いていく。

 銃口からはすでに魔法陣が幾重にも浮かび上がり、さらに飛び出す間際に発動させた魔導具が時間差で発動し、張り付くように近づいた僕もろともエキドナを光の膜が包み込んでいる。


 この光の膜こそ、僕の最後の魔導具によって齎されただ。


「くッ、離れろッ!」


 事態に焦りを覚えたエキドナが必至に身体を動かそうとしても、僕らを包んだ結界がエキドナの尾を弾く。


「穿て炎の矢――【焔矢】! 何故、何故……ッ! 魔法も、魔力障壁が作動しない……!?」


 ならばと魔法を放とうと手を詠唱をしても、魔法はうんともすんと言わなかった。


「〈魔族封じの結界〉。〈アゼスの工房〉の店長さん一押しのオススメだよ。結界の内部で魔法を放てなくなる優れもの。――但し、効果範囲は半径五十センチ。身体全体を覆えない上に効果時間が発動開始から五秒以上かかるし、持続時間が一分にも満たないせいで、ろくに使えないんだって」

「フザけるな! そんなゴミのような魔導具など……ッ! やめろッ! そう、そうよ! 今それを撃てば、この結界の中にいるお前も死ぬわよ!?」

「あ、僕は僕自身が対象にならない限り、攻撃は喰らわないんで」

「ふ、フザけるな、死ねぇッ!」


 鋭い爪を立てて振られた手が、僕の腹へと突き刺さる。

 吐血しながら充填を終えた魔器を捨てるように落とし、右手の痛みを無視してエキドナの手首を掴みながら、改めてエキドナを睨めつけた。


 怯えたように息を呑み、手を引き抜こうとするが――逃がさない。


「……一つ教えてあげるよ、魔族エキドナ。

 お前がさっきバカにした「勇者」っていうのは、異世界から来た人を指す為の言葉なんかじゃないし、強さを持っている選ばれし者みたいな存在を示す称号なんかでもない」


「な、なにを……ッ!」


「どれだけ勝てそうにない相手を前にしても、絶望に落とされても。

 それでも立ち上がれる誇り高い者――それが勇者だ!

 お前なんかに嗤いながら潰されていいような存在じゃないッ!」


「あ……ぁ……!」


 驚愕に歪み、必死に僕の腹から手を抜こうとしていたエキドナの身体から、力が抜け落ちる。

 そんな姿を前にして、万感の思いを叩きつけるように言い放つ。


 僕の憧れていたかつてのヒーロー。

 そして今、曲がりなりにもこの世界に「勇者」として来てしまったからこそ、この言葉を。









「――――勇者ナメんな」









 その言葉を最後に、僕の視界もまた特異型ノ零が放つ青く極大な光に呑まれた。








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