1-8 僕はやっぱりぼっちなんだと思う
なんとも言えない結果となったダンジョンアタックを終えた翌日から、僕はまた一人で行動するようになっていた。
いつも一緒にいたエルナさんだけども、少しでも他の勇者達と行動する事で、ステータスを知られた時に誤魔化せるようにと考えたみたいで、最近は赤崎くん達と合流している。
そもそも僕についていなくてもいいのに、と告げたら笑顔で青筋を立てられた。
……もう二度と同じ言葉は言わないようにしよう。
「佐野さん、材料ここに置いておくよー」
「あ、悠くん。ありがとう」
佐野さんは調薬方面の能力を伸ばしたいらしく、薬草を調合してポーションを作ってスキルレベル上げに精を出している。
その効果はなかなかに出ているらしく、今では彼女の【調合】もレベル五まで上がっているらしい。
どうやら【
その他にも色々調べてくれたのだけれど、一般的な似た系統のスキルに比べて付随される効果があるみたいだ。
最近はみんな、レベルを上げながらスキルの派生探しを優先している。
ついでにステータスも伸びつつある。
僕以外は、ね。
僕が顔を真っ赤にして運んでた荷物を、細野さんが片手で持ち上げて運んでくれた時、荷物を軽々と運んでニヒルな笑みを浮かべてサムズアップしてみせる細野さんにちょっとキュンときちゃいそうだったよ。
まぁ、その直後には自分の非力さに我に返って泣きたくなったけど。
と、そんな事を考えて虚しい気分を味わっていたら、佐野さんが僕の持ってきた材料を確認しに、作業を中断してやってきた。
「わ、これシアル草だ。中級ポーションの材料らしいけど、なかなか見つからないのに……。これ、悠くんが取ってきたの?」
「うん。ダンジョンの二階層に自生してる場所があったよ」
「へぇー、知らなかったなぁ。あそこ大変だったから、それどころじゃなかったよ」
みんなはようやくレベルも十になったらしくて、二階層も普通に踏破して三階層へと足を伸ばそうとしている最中だ。
現代っ子の大敵である蜂と蛇が相手では、ポテンシャルが上がっても十分に発揮できない。さらにキラービーとポイズンスネイクは毒を持っているため、どうにも苦戦していたみたいだ。
「……ん? あれ、悠くん。そういえば悠くん、今ってダンジョンに行ってないはずだよね?」
「ん? 行ってるよ?」
「……誰と?」
「一人で」
「え、えぇ!? な、何してるの!?」
僕のレベルが上がらないという理不尽な現実は、すでに皆の知るところとなっているけれど、やっぱりレベル上げの効果については秘密にさせてもらっている。
エルナさんに言われた他者の【鑑定】スキルがある可能性と、僕らが一階層からダンジョンに潜り始めていた事は、オルム家に雇われて守秘義務を守っている冒険者だけじゃなく、ダンジョンで会っている何人かの冒険者だって知っている。
やっぱりこの町で急激な育成をしてしまうのはリスクが高いため、手伝うわけにもいかないし、けれど知っていると使いたくなるだろうから黙っている方向で落ち着いているのだ。
「まぁ、ぶっちゃけちゃうと一人の方が――」
「あ、【スルー】のおかげ?」
「……せっかくちょっとチートで調子に乗ってる感出そうとしてみたのに。はぁ、これだから〈発言勇者〉は……」
「ねぇ、悠くん? なんだか凄く失礼な言葉を言われた気がするんだけど?」
「気のせいだよ、うん。じゃあ、僕は用事があるから」
責められる前に、逃げるように僕は館を後にした。
さて、それぞれの【
佐野さんは【調味料配合】から調薬系を伸ばし、毛生え薬を作って財産を築いてやろうかと目論でいるらしい。もはや勇者とか魔王とか、そういう方向から外れた方向に目標を掲げてしまっていると思えなくもない。
西川さんは【人間ミシン】を利用してファンタジー世界に現代日本ファンタジー世界の衣装を逆輸入させるかのように、スタイリッシュな装備を作り始めている。
実はこれが凄く人気がある上に、装備に【魔法付加】――いわゆるエンチャントすら可能になっているらしく、見た目と能力の関係から最近では予約が殺到しつつある。
ある意味彼女が一番の現代知識チートなのかもしれない。
橘さんは【天使の歌声】がアシュリーさんの琴線に触れたらしく、楽団を作ってコンサートをやると言われ始めているらしいけれど、これはどうなるかはまだ不明だ。
橘さんって結構上がり症なんだけど、大丈夫なのかなとちょっと心配していたりもする。
そして、後の皆はほぼいつも一緒に行動している。
どうやら男の子の夢が刺激されちゃったらしい赤崎くんと加藤くんは、それぞれのオリジナルスキルを利用して戦闘技術に特化しつつあるらしい。
赤崎くんは【センタリング】から、予想通り味方の補助をする方向になっているそうで、加藤くんは【嘘吐き】からフェイントが発生したらしく、手数を増やす事でプチ無双をし始めているみたいだ。
そして女子勢。
彼女たちにはもう、僕じゃまず勝てない。
本当に死霊術に目覚め始めた、【亡者の声】持ちである佐々木さん。
どうやらウィスパーやゴーストって呼ばれる実体のない魔物を喚び出し、魔物を混乱状態に陥れていたり、スケルトン召喚で物量押ししたりと続けつつ、自分も得意の空手で前線に突っ込んでいるそうだ。
細野さんは【不意打ち】を利用して、暗殺者と斥候の技術を優先してエルナさんから学んでいる。
意外と計算されているキャラ作りをしていらっしゃる。
愛され系少女こと【庇護欲増加】の小島さんは、町の外で狼系の魔物を見事にテイムしていて、美少女テイマーになりつつある。
そんな訳で、この五人がパーティになってダンジョンに篭もり続け、僕らの中でも群を抜いてレベル上げに励んでいる。そこにエルナさんも加わっているから、彼らについては心配する必要はないと思っている。
少しずつだけど確実に、みんな成長の兆しを見せている。
――――そして僕はと言えば。
今日も一人で冒険者ギルドへとやってきていた。
「あ、ユウさん! おはようございますー!」
僕がギルドに入ったあの日、僕に「陥れないでください」なんて不名誉な事を言った受付の女性――ミーナさんが僕を見つけて手を振ってきた。
妙な誤解もすっかり解けて、今ではこの親しい関係を築けている。
たまに笑顔を見せるとびくりと肩を震わせるのは、きっと気のせいに違いない
「おはようございます、ミーナさん。早速ですけど、納品からお願いします」
「助かります!」
右腕につけていた冒険者の腕輪を操作して、召喚起動。浮かび上がった幾何模様の中から取り出したのは、箱詰めされた中級ポーション。
ちなみに作ったのは佐野さんだ。
「はい、確かに! ありがとうございますー。すみません、今はポーションをこちらに納品しても冒険者としての功績にならないのに……」
「いえいえ。まだ相変わらずですか?」
「そうなんですよぉ。薬師ギルドで作られたポーションは基本的に前線に回されてるので、相変わらずの品薄なんですよねぇ」
ミーナさんが愚痴を零したくなるのも無理はなかった。
僕らが召喚された理由でもある、魔族や魔王。
幸い僕らが召喚されたばかりの頃は膠着状態だったみたいだけれど、最近彼らは動きを活発化させているらしい。
戦闘が激化し、どうしてもポーション類の消費が激しくなり、どうしても町という町からポーションの在庫が減り気味になっている。
普通の町ならばそれも許容できたのかもしれないけれど、この迷宮都市アルヴァリッド――冒険者の町。ポーションが満足に手に入らないのは、冒険者にとっても死活問題になってしまう。
必然的にダンジョンに篭もろうとする冒険者が減ればダンジョンで採れる資源が減り、冒険者が持ち帰る素材や魔石によって生活している商人に皺寄せがきて、物価が高騰化したり暴落したりって、そうやって圧迫は巡り巡っていく。
結局経済は異世界も地球も似たようなものなのだね。
魔法でなんでもできる訳ではないらしい。
「それで、ユウさん。またちょっと採集してきてほしい素材が幾つかあるんですけど……」
「薬草採集ですか? 討伐系じゃなければ受けますよ」
「またまたー、みんな本当は凄い斥候さんなんじゃないかって騒いでますよ? だって、一度も怪我すらしてないし、汚れてもいないで帰ってくるんですもん。討伐依頼とかだって得意なんじゃないですかー?」
「あはは、買い被りですよ……。いや、謙遜とかじゃなくて、ホントに」
「またまたー」
「いや、うん。ホント無理なんで……! その”分かってますって”的な顔やめてもらえませんかね……!」
言うまでもなく魔物にスルーされる僕は、ダンジョンに篭もってどれだけ歩いていても襲われないので、いつも無傷で薬草系の素材を持ち帰っている。
というのも、ポーションが品薄だと言う話は比較的僕の耳にも早く届いたものだから、最近は素材採集に精を出して赤崎くんグループの回復アイテム作りを佐野さんと一緒にこなしつつ、余った分をこうしてギルドに卸しているだけなんだけどね……。
僕が役に立てる事って言えば、エルナさんに絶対にやるなって言われてるレベルアップ要員になるぐらいだったし。
ともあれ、そういった背景を知らない冒険者ギルドの人達は斜め上の解釈をしてしまっているのだ。
なんだか凄く隠密能力が優れているのではないかと、まるで僕が凄腕の斥候みたいに勘違いし始めている。
いや、僕そういう期待とかハードル上げられるのとか無理だから。
あの日手に入れた僕の唯一の攻撃スキルとも言える【突き破る一撃】。
トレントを粉砕するなんてチートじみた威力のスキルを手に入れた事に、なんだかんだで喜んだりもしていたけれども、案の定というか、やっぱりオチがあった。
――――――――――
スキル:【突き破る一撃】
十日に一回しか使えないため、使いどころを温存し過ぎて後悔されやすい。強い相手と戦う主人公がよく最後の最後で使うアレにも似ているが、クールタイムも長く必殺技になりきらない。遠距離攻撃には付与できない。
――――――――――
……いや、うん。
特異型ノ零っていう魔導銃に【突き破る一撃】さえ乗れば凄く強いんじゃないかなって夢想したりもしたんだよ。してたんだよ。
やっぱり僕は戦うべきじゃないんだって納得させられた。
「シアル草とポポリの実。中級ポーションと状態異常回復薬の共通素材ですか」
「おぉ、さすがです。ポポリの実は三階層にあるんですけど、なかなか持ち帰ってくれる人が少なくて……」
「あー……、そうでしょうね……」
基本的に採集系の依頼は報酬が安く、いわゆる初心者向けの仕事に分類されている。
ダンジョンの三階層まで行ける人だったら、採集して小銭程度にしかならないお金より、魔物の素材や魔石を狙う傾向があるからね。
シアル草は二階層で群生しているので、採集ポイントはだいたい分かるけど、状態異常回復の素材になるポポリの実っていうのはまだ見た事がない。
一応、エルナさんを通して本で材料の名前なんかを勉強してはいるけれど、なんでもかんでも鑑定できるチート能力とか僕にはないしね。
フレーバーテキストさんはどうもステータス関連でしか仕事をしてくれないらしいし。
間違えないようにミーナさんに見本を見せてもらって、最近通い慣れたダンジョンへと足を進めた。
ダンジョンの二階層までなるべく人に会わないように進む。
魔物をスルーできる以上、僕にとって本当に怖いのはダンジョン内で冒険者狩りをするような迷賊と呼ばれる連中だ。
もっとも、このダンジョンにはそういう連中は滅多にいないらしいけれど、用心するのに越した事はない。
二階層の森林内も多くの冒険者が進むため、獣道程度には道ができていて、森の奥深くに進もうとする人は少ない。
そんなセオリーから外れて歩いているのが僕だ。
昨日も向かったシアル草の群生地に向かって、普通の冒険者が向かう道から横に逸れて、ガサガサと草を踏み倒しながら奥へと進む。
途中、何度かポイズンスネイクを踏んだ気がするけど気にしない。
しばらく歩き続けると、森にぽっかりと穴でも空いたかのように広がる湖に出た。
二階層の空は夜空のように暗く、星が出ている。
星の光と森の中に咲く光る提灯みたいな花の光が湖面に反射して、きらきらと光っている幻想的な光景がそこには広がっている。
今日でここに来るのも三度目だけれど、相変わらず綺麗なところだ。
二階層にこんな場所がある事はエルナさんも知らないらしく、今度連れて行ってほしいと言われているけれど、ここって僕以外の人が来るのはちょっと面倒だと思う。
途中にキラービーの群がる蜂の巣があるし。
しばらく休憩しながらぼんやりと過ごしてから、湖畔に自生しているシアル草を採集する。
根は抜かずに、ハート型に似た葉の部分を茎を傷つけないように短剣で切り落として、湖の水で濡らした布に包んでいく。
こうする事で葉が傷まずに済むし、茎を傷つけなければ葉はすぐに生えるらしく、四日程前に初めて来た時に採集したシアル草ももう葉をつけている。
この穴場が荒らされない限り、しばらくはシアル草に不自由しなくて済むと思う。
シアル草の葉を五十枚程採集して、『冒険者カード』で送還完了。
さて、次はポポリの実を採りに三階層だ。
なんとなく最近エルナさんと一緒にいた日が多かったせいか、寂しく感じたりもしているのだけれど、やっぱり一人は気楽だと思うあたり、僕は自分がぼっちである事を歓迎しているタイプなのかもしれない。
そんなくだらない事を考えながら、僕は鼻歌混じりに三階層へと向かって歩いていく。
◆ ◆ ◆
迷宮都市アルヴァリッドに、一台の大きな魔導車が入ってきた。
まるで巨大なバスのようなそれは、周辺の町と町を繋ぐ移動用に使われるこの巨大な魔導車には、旅を目的とする多くの者や、あるいは遠い親戚を頼ってやってきた者などが多く相乗りする形で走る定期便として、多くの者に愛用されている乗合魔導車と呼ばれる代物であった。
停留所に停まった魔導車からは次々と人が降りていき、ようやく人の波が途切れる頃。
一人の女性が悠然と魔導車の中から姿を現した。
赤く艶やかな長髪を揺らす、金色の双眸。
豊満な胸元を惜しげも無く曝す白いシャツと、褐色とまではいかない健康的な小麦色の肌のコントラストに、男達の視線を釘付けにさせつつも、そんな視線を愉しんですらいるように堂々とした振る舞いで、二十代前半程度といった成熟した色香を振り撒く女性だった。
下卑た視線を向けるガタイの良い男達の視線に気付いた女は、まるで誘うように流し目を送り、小さく顎で先を示して歩き出す。
男達も予想だにしていなかった誘いに僅かに困惑したものの、それでも美味しい思いを逃すまいと女の後を追って人混みに紛れた。
アルヴァリッドの町中を歩く女と、それを追いかける下卑た笑みで頬を緩ませた男たちはやがて、人気のない路地裏へと入って足を止めた。
振り返った女に三人組の内の一人である男がゆっくりと近づき、手を伸ばして華奢な腕を触れようとした――その瞬間。
「穿て炎の矢――【焔矢】」
「――は? ぎゃああぁぁぁッ!」
足元が眩く輝き、描かれた炎を示す赤い魔法陣から突如飛来した炎の矢が、伸ばした男の腕を、踏み出した足を貫いた。
後に続いていた男達が突然の攻撃に戸惑い、逃げようと背後に走り出そうと振り返ると、そこには通路を塞ぐように佇み、人一人分よりも巨大な大剣を持った男が佇み、行く手を遮った。
――やられた、と男達は思う。
自分達はあの女に嵌められ、この場所へと誘き出されたのだ、と。
意を決して、二人は逃げるべき方向に佇む男に標的を絞った。
「くそったれがぁッ!」
「死ねや、オラァッ!」
二人の男が短剣と片手剣を抜き取り、行く手を阻んだ男へと肉薄する。
しかし――一閃された大剣に二人の首は胴体と離れ、その場に赤い花を咲かせながら崩れ落ちた。
そんな後方での騒ぎにも気付かぬまま、未だに炎に身体を穿たれ痛みに声をあげる男に妖艶な女が歩み寄った。
「ホント、男って単純で扱い易いんだから。ねぇ、その痛みから解放されたい?」
金の双眸に冷たい光を宿して冷笑を浮かべる女の問いかけに、男は痛みにガチガチと歯を震わせながら何度も頷いて答えてみせた。
その姿を見た女は、まるで愉悦を滲ませるように愉しげに笑みを浮かべると、脂汗を流す男の頬に指を這わせ、蠱惑的な笑みを浮かべたままゆっくりと口を開いた。
「そう。だったら――『異界の勇者』の情報について、知っている事があれば全部吐きなさい」
「い、『異界の勇者』……? な、何言ってやがる? お伽話のあれか?」
「あら、このファルム王国で召喚されたのよ? 知らなかったの?」
「し、知らねぇぞ、そんなの!」
「本当かしら?」
「本当だ! そんな話知らねぇッ!」
「そう。使えないわね」
「ま、待ってくれッ! は、話したんだから、助け――ヴッ!」
男の視界がゆっくりと下へと流れる。
そこにはさながら身体から生えたかのような巨大な大剣が赤い血に塗れて姿を見せていた。
ずるりと音を立てて引き抜かれた大剣の血を振り払うように、大きな男が風を切って剣を振るい、血の線を壁へと描く頃、身体を貫かれた男は血溜まりの上へと崩れた。
「……相変わらずだな、エキドナ。男を玩具のように利用したがりやがる」
「あら、心外ね。羽虫を払うように殺したのはあなたじゃない、ゼフ」
「貴様の思うままにやらせているよりは、いっそ殺してやった方がまだマシというものだ」
妖艶な女――エキドナは、ゼフと呼んだ大剣の男を見つめながらくすくすと笑った。
「それで、勇者らしい連中に目星はついているの?」
「……確信できるようなヤツはいない。だが、異界の勇者特有の黒目黒髪の連中なら、何人かは見かけている」
「ふぅん。なら、そいつら全員を殺しちゃえばいいかしらね」
「騒ぎを大きくすれば警戒されるだけだ、くだらない真似はよせ」
「フフフ、それって本当に――警戒されるのが面倒だからやめろって言っているの? それとも……」
歩み寄り、身体を密着させて頬に触れようとしてくるエキドナの手を振り払い、ゼフがエキドナを睨めつけた。
「馴れ合うつもりはない。くだらねェ心配はしなくても、利害関係が一致している以上はお前達と事を構えるつもりなどない」
「フフフ、そう。なら別にいいけど。それで、勇者の情報をくれるの?」
「仕事だからな、拒む理由はない」
それだけ告げると、ゼフは数枚の紙をエキドナへと手渡した。
「最近、ここの領主の館から黒目黒髪の連中が何人かダンジョンに篭もるように動いてる。それと、そいつらとは別口だがたった一人でダンジョンに行ってるガキもいる。恐らく、そいつらが『異界の勇者』だろう」
「複数いるなんて、星詠みの言う通りだったのね。前線でそれらしいのを見かけないって話だったけれど、やっぱり力を蓄えているみたいじゃない。ふぅん。――あら、可愛い子がいるじゃない」
「そいつが一人で動いているヤツだ。異界の勇者達と似たような顔をしているガキで、確か――ユウとか呼ばれていたか」
「へぇ……。決めた、この子から利用させてもらいましょ」
獲物を定めたかのように舌なめずりしてみせるエキドナに、ゼフは小さく嘆息した。
「せいぜい気をつけることだ。そいつはダンジョンに行ってもいつも無傷で帰ってきてやがる。その上、俺をダシにして露払いしやがるようなタマだぞ。正直、勇者と思しき連中の中じゃ、一番危険かもしれねぇ」
数日前の出来事を思い出し、面白くないと言いたげに鼻を鳴らしつつもゼフがそう言ってみせると、それが意外だったのかエキドナは一瞬目を丸くした後で、再び愉しげに妖艶な笑みを浮かべてみせた。
「へぇ、〈砕きの剣〉と呼ばれたあなたを? フフフ、ますます気に入っちゃったわね。顔も悪くないし、可愛がってあげなくちゃ」
「……勝手にしろ」
「えぇ、そうさせてもらうわ」
踵を返して去っていくゼフを見送り、エキドナは手に持った書類を燃やした。
「フフフフフ、陛下が危惧する異界の勇者。狂わせて味方同士で殺し合いでもさせてみようかしら。楽しみだわ……」
――――妖艶なる魔族の一角、エキドナ。
彼女の言葉は、血の臭いを伴う風に運ばれて消え去った。
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