1-6 もはや黒歴史としか言えない
冒険者ギルドでの一幕から、明けて翌朝。
僕はエルナさんを通して冒険者とダンジョンについての情報を改めて確認していた。
冒険者は十級から始まり、実力や貢献度、依頼の達成を評価対象に位が九から八、七、六……と徐々に昇格していくらしい。
また、ダンジョンの内部は階層毎に気候や環境の変動が激しく、洞窟のような階層もあれば森、海辺、砂漠、雪山などといった、まさに異次元といった様相を呈しているため、防寒具や暑さ対策の油断は命の危険に直結するらしい。
しっかりと対策を取らないとならないだろう。
そこで関係してくる上に死活問題になるのが荷物だ。
環境の変化が激しいダンジョン内で、食糧問題も関係しているとなれば、当然荷物が増える。
ここで活躍するのが僕の手元にあるこの冒険者カード。
固有の魔力を読み込み、登録者しか使えないこのカードには、空間魔法が刻み込まれているのだ。
この空間魔法だけれど、亜空間が存在しているわけではない。
それぞれに倉庫や自分の家の一室にポータルと呼ばれる座標を設定して転移させるか、冒険者ギルドが経営している貸し倉庫を借りてそこに転移させるといった方法で素材を管理するのが一般的らしい。
転移できるのは直径一メートル程度の展開される魔法陣の範囲内に置ける物に限定されるし、もちろん時間が止まるわけじゃないので、早めに処置や血抜きをする必要もある。
一般的にはそういった作業に奴隷を使ったりするそうだ。
そしてもう一つ、冒険者活動で必要となるのが、僕が腕に嵌めている銀細工と魔石がついた『冒険者の腕輪』。
こちらは送還を専門とする冒険者カードとは対の効果で、道具を十個まで登録して手元に召喚できるという代物だ。
こっちも冒険者カードよりも小さな魔法陣でしか展開できず、五十センチ程度の大きさの物しか召喚できないため、十個のストックに食糧やテント類、水などが詰められたバッグや箱を登録して管理する必要がある。
ちなみに、ここでも使った物資を奴隷が補給したりという仕事をするらしい。
大金をかけて奴隷を買って戦場に連れて行くよりは、安全な場所で雑務をこなさせる方がよっぽど生産性に優れているのは間違いない。
僕らというかみんなのダンジョンでの狩り分の解体なんかは、オルム侯爵家で雇っている初心者冒険者なんかを使って解体しているし、実際に奴隷との面識はないんだけども。
「さすがにご都合主義よろしく何でもかんでも入る時間の止まる空間魔法とか魔法の鞄はないのかぁ」
「そんなものがあっては困りますけどね……」
ぼやく僕に、エルナさんのごもっともなツッコミが突き刺さった。
それでも十分過ぎる程に便利な魔導具だとは思っているけれどね。
「それにしても奴隷、かぁ」
「確かユウ様のいた世界には奴隷というものは存在していなかったそうですね」
「史実上は存在していたから、それなりには理解してますよ。ただ、僕は奴隷を持ちたいなんて思わないですけどね」
「そうなのですか?」
「自分一人の生活もままならない状況で、他人の命を預かるなんてできないですよ。せいぜい人材派遣所として利用するぐらいなら、まぁ考えられなくもないでしょうけど、そういう出番はないと思いますし」
人手を欲する程の事業を行う予定なんてないからね。
ラノベよろしく生活改善の為の文明開化を行おうにも、魔導具文明とでも言うべきこの世界で僕が知ってる付け焼刃的な知識を披露したところで、そうそう物事が簡単に良い方向に転がるとも思ってない。
そもそもそれを率先して行う程の必要性も感じていない。
「奴隷そのものに対して否定的というわけでもないのですね」
「んー、別に否定的ではないですよ。飢饉対策の身売りだったり、止むを得ずその選択をする人もいれば、周囲によって捨てるように奴隷になる人もいるでしょう。そういう点では、奴隷っていう職業や言葉を忌避するよりも、奴隷を使う側の気構えの方が余程大事だと思いますよ」
どれだけ綺麗事を並べても、じゃあ自分で面倒見れるのかと言われれば僕は首を横に振る事になる。
「気構え、ですか?」
「奴隷を「命ある道具」として見るか、それとも「貴重な人手」として見るか、です。使い潰すようなやり方や欲を満たす為だけに買うのが前者で、利益の為にしっかりと環境を整えてあげて成果を求めるのが後者としたら、後者の方が僕としては共感できます。まぁ、綺麗事並べてるだけですけどね」
買って養っていけるだけの採算性。いざという時に手放さずに済むぐらいの地力がないのに奴隷を買うなんて真似、僕には無理だ。責任を感じてしまう。
僕が潰れてしまっても自分の足で歩いてくれる人を雇ってるぐらいの方が、よっぽど気楽に雇える。
要するに、僕にはまず覚悟が足りてない。
買わないからいいけど。
「まぁ、その話はいいとして。エルナさん、今日から改めてお願いします」
「はい、お任せください」
兎にも角にも、今日。
僕は初めてダンジョンへと足を踏み入れる。
――――「ダンジョンとは、世界が生み出した擬似世界だ」。
そうリュート・ナツメのダンジョン考察手記に綴られた一言は、僕の記憶に新しい。
かつての初代勇者は望郷の念から、ダンジョンという特殊過ぎる場所に自分の世界へと帰る糸口があるのではないかと考え、ダンジョンの踏破に乗り出したそうだ。
しかし、ダンジョンの踏破は不可能のまま、彼はその劇的な生涯に幕を下ろした。
ダンジョンの中の様々な環境変化は、魔法や魔力によって作られたものなどではなく、世界が創りだした、この世界の中にある更なる異世界だと彼は結論付けた初代勇者は、それ以降ダンジョンに足を踏み入れる事はなくなったんだって。
結局詳細は未だに分かっていない、というのが現実的なところみたいだった。
さて、僕らに馴染みのあるゲームに取り沙汰されているダンジョンと言えば、ボスが待ち構えているかレアな装備が残されているか、その二つの目的があるからこそ踏破する必要性というものが出てくる。
しかしこの世界の冒険者達は、そんなものを望んでいる訳ではないらしい。
例え踏破までせずとも、奥で強力な魔物を倒して素材を取ったり魔石を確保できさえすれば、一生暮らして過ごせる程度には金が儲けられるのだ。わざわざ無理に踏破する必要なんてない。
では、何故冒険者がそれでもなお、ダンジョンの奥へと向かうのか。
それは偏に、彼らが冒険者だからだ。
かつての勇者ですら踏破できなかった、ダンジョンという存在。
もしかしたら桃源郷とでも言うべき楽園があるのか、あるいは世界を手中に収められる程のお宝が眠っているのか、その真相を知る者はいない。
誰も知らない、誰も見た事のない世界を求める有史以来の冒険者達と同様に、冒険者は冒険者としての夢を追い続けている、というわけだ。
ハッキリ言おう。
カッコ良すぎて、思わず鳥肌が立った。
もちろん、それを目的とせずに金を手に入れたい者達はごまんといるのも事実だ。
軍に所属した者達はレベルを上げる為にダンジョンに潜ったりもするし、観光気分で入る者だっている。貪欲なまでに強さを求める人だっているだろう。
目的は十人十色で、それらを否定するつもりはない。
僕だって、生きる為にそれなりの強さを求めてダンジョンに入ろうとしているだけだ。
けれども――夢を追いかけるというのも悪くはないかもしれないと、男の子らしい願望が少しばかり生まれたのも事実。
いつか、魔王を倒して世界が落ち着いたその時は、そういう夢を追いかけにまたこの場所に戻ってきてみたいな、と思う程度には、僕もまた感化されてしまったらしい。
「ユウ様はまだレベルが一しかありません。正直、一階層の魔物の一撃ですらかなりの痛手を負う事になってしまいます。なので、私が瀕死寸前まで魔物を追い込みますので、まずはトドメを刺す事だけを考えてください」
「……お願いします」
男の子の夢は今、完全に寄生しなくてはならないという現実によって凄く虚しい妄想となっているけれど。
ダンジョンの一階層は、洞窟型と呼ばれるタイプの道だ。
道幅はせいぜい三メートル程度で、高さだってそのぐらいしかなく、広さはない。幸い、壁面と地面の間あたりにある苔のようなものがぼんやりと光を放っているため、真っ暗という程でもない。
僕の斜め前を歩くエルナさんは、今日は侍女服ではなく冒険者らしい服装だ。
編上げの膝まであるブーツと、黒いスパッツと白いスカート。
腰の革ベルトには二本の短剣と、投擲用の太い針などが装備されている。上着も白地の七分丈のジャケットで、黒に近い紺色のセミロングの髪が映えて見える。
一方で僕は、脛あたりまでの編上げブーツと黒い革のパンツ。
上着は魔物の革で誂えた茶色い胸当てと、黒いジャケット。腰にはアイゼンさんが直してくれた特異型魔導銃と汎用型魔導銃がホルスターに収められ、その横には接近された時の為に短剣が一本。
全体的に黒一色の服になってしまったのは、決して中二病だからじゃない。
返り血を浴びたり汚れたりするため、黒の方が良いという身も蓋もない現実のせいだ。
エルナさんが白を基調にしてるのは、普通に返り血を浴びずに戦えたり、戦い慣れてるからで、素材の都合もあるらしいけれど、思ったよりゴテゴテしていないというか、この辺は妙にゲームファンタジーらしいっていうか。
「きました。先手を取ります」
短く告げて、エルナさんが即座に短剣を逆手に抜き取り、肉薄を開始した。
その前方、曲がり角から姿を見せたゴブリンが、声をあげる間もなく喉元を斬り裂かれ、身体を傾いだ。
すかさず汎用型魔導銃を抜いて引き金を弾くと、光が生まれ――僕は初めて魔物を撃ち抜いた。
「…………」
思っていた以上に、動物を明確に殺すという行為は動揺するらしい。
魔導銃から放した自分の手が震えていて、心臓が身体を揺らす程に激しく鼓動しているようだった。
「……ユウ様。深く息を呑み込んで、一度呼吸を止めてからゆっくりと吐いてください」
言われるままにそうして、ゆっくりと震えながら息を吐き出した。
喧しい程に鳴り響いていた心音が、どこか遠くへと追いやられていくようだ。
「……ありがとう。少し落ち着いた」
「いえ、他の皆様も同じような症状に陥ったと伺っています。大丈夫ですか?」
「うん。……はは、情けないね。僕よりずっと子供でも『成人の儀』で魔物を殺すのに」
「子供は命の重さを理解しておらず、殺す事に動揺しません。ユウ様が魔物を殺してそうなってしまうのは、命の重みを知っている証拠です」
「……それでも、やれなきゃやられるだけですからね」
切り替えろ、と自分に強く言い聞かせる。
ここはただただ平和を享受して微睡みが許されるような場所じゃない。
もう一度だけ深く呼吸をした。
「もう大丈夫です。いけます」
「……では、慣れるまでは今の形でいきます」
「お願いします」
再びエルナさんが斜め前を歩き出し、僕はそれに追従した。
初めて歩くダンジョンは、まるでお化け屋敷を歩いているような気分だ。
どこから何かが飛び出してくるのかと考えて、警戒しながら進むというのは思った以上に体力と精神力をガリガリと削っていくようで、マンガやゲームのように淡々と進んだり、フザけられる程の心の余裕はない。
例えばこれが、多少なりともチート的な強さがあれば、魔物が出てきたら「ヒャッハー、経験値よこせぇ!」的なノリにもなれたのかもしれないけれど、生憎僕のステータスは見事に一般人以下であって、そんな強気な姿勢で挑めるはずもない。
ともあれ、三匹目のゴブリンとブラッドバットという魔物を倒したところで、頭の中で効果音がこれまで都合三度も鳴り響いてる。
もしかして結構あっさりレベルが上がるのかもしれない。
そういえばみんなもそれなりに早く上がってるって言ってたし、これが異世界からやってきた勇者補正というやつなのかな。
――――そんな事を思いながら、僕は視界の隅にログを表示させた。
――『存在力をスルーしました』。
――『存在力をスルーしました』。
――『存在力をスルーしました』。
――『存在力をスルーしました』。
「……へ?」
えっと、どういう事なのかな……?
確か存在力っていうのは、レベル上げに必要な経験値だったはずだよね。
そんな存在力を、スルーしてる……?
思わず漏れた間抜けな声に、エルナさんがこちらを見て足を止めた。
「いかがなさいましたか?」
「……ステータス。閲覧許可」
エルナさんの問いかけには答えず、僕は無言で自分のステータスをエルナさんへと向けた。
――――――――――
《高槻 悠 Lv1 職業:〈傍観者〉 状態:良好》
攻撃能力:7 防御能力:4
最大敏捷:12 最大体力:9
魔力操作能力:32 魔力放出能力:0
【
【術技一覧】
【精神干渉無視】・【存在力無視】
〈称号一覧〉
〈徹底的な第三者〉・〈女神の抱腹対象〉・〈女神の心を見透かす者〉・〈千古不易〉【NEW】
―――――――――――
……レベルが上がってない。
もちろん、ステータスだって上がっているはずもないけれど、何やらツッコミを入れざるを得ない代物があるね、これ。
未だにレベルが上がらない僕のステータスを訝しむように見つめているエルナさんを他所に、今度はログを開いた。
―――――――――――
称号:〈千古不易〉
存在力を入手できないため、どう足掻いてもレベルが上がらないという不毛の道を歩き始めた者に与えられる称号。永遠に変わらない。絶対に変わらないので、諦めるが吉。
―――――――――――
「……ふ、ふふふ、ふふふふふ……」
「ゆ、ユウ様……?」
「どうやら僕、どう頑張ってもレベルが上がらないらしいですよ……」
「はい……?」
怒りや悲しみを通り越して、笑いが込み上がってくるとはこの事だった。
勇者らしい能力を持っているわけでもなく、素晴らしいステータスを持っているわけでもない。
レベルが上がった途端に突然チート的な何かが開花するでもなく、そもそも一般人にすら絶対に追いつかない、ときた。
これは……フザけてるのかな、ん?
せめて人並みのステータスを手に入れて、レベルを上げて一般人を超えた動きとかしてみたりとか。
なんかこう、超人的な力を手に入れて「やっべー、僕つえー」みたいな、ちょっと調子に乗っちゃうぐらいまで育ってみようかとか密かに考えてみたりしてたのに。
そんな小さな野望があったからこそダンジョンに入る前、「いつか魔王とかが倒されたら、夢を追いかけてみようかな」とか思っちゃってた僕に、この現実を突き付けてやりたい。
人並みにも成長できないのに「いつかダンジョンを」とか。
なんだろう、この黒歴史感……!
「あははは……、もういいよ、うん。帰ろう、エルナさん」
「えっ? えっと、ユウ様……?」
唖然とするエルナさんを放って、僕はトボトボと歩き始めた。
いや、うん。そうだよ。
そもそも僕はステータスあげて無双するような性格でもないし。
「――ユウ様、避けてくださいッ!」
「……へ?」
エルナさんの叫ぶような声に、僕は今更ながらにここがダンジョンだと思いだした。
そう、手遅れのタイミングで。
僕の目の前には今、光を放って湧き出たゴブリンが錆びた短剣を高々と掲げていている。
このまま振り下ろせば、ステータス的に僕は死ぬかもしれないとか、そんな事を走馬灯のように考えていた。
エルナさんが動き出すよりも、余程早く短剣は僕に突き立てられるだろう。
叫び声をあげる暇もなく、僕はぎゅっと目を閉じた。
――『魔物がスルーしました』。
衝撃の代わりに鳴った効果音。
僕の横をゲギャグギャと騒ぎ立てながら素通りして、エルナさんにあっさりと屠られたゴブリン。
ちらりとログ画面を見れば、その一言。
助かった、と安堵するよりもまず。
僕は思わず叫んだ。
「――もう意味分からないよッ! さっきからなんなのさぁ!」
僕の叫びは、ダンジョンの一層に響き渡った。
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