1-2 原初と固有の違い

 ファルム王国王城から貴族が住まう上流階級区を抜け、ようやくやってきた城下町。そこはまさに、僕が憧れ、いつも想像の世界にだけ広がっていた石畳と洋風な景色が広がるファンタジーな町並みだった。

 王都は何度かネットやテレビで見たイタリアの古都を思わせるような造りで、足元もしっかりと石畳で舗装されているみたいだ。


 僅かに凹凸が生まれる石畳では、どうしても車輪を走らせるとガタガタと揺れそうだけども、この世界は魔導具の発展と科学技術の発展が組み合わされているため、その点では問題ない。

 ファンタジーの定番と言えば馬車だけども、実はこちらの世界でも馬車という存在は知られている。けれど、馬車なんて今では前時代的な試行錯誤な乗り物に当たるのだ。


 では移動の際に使われるのは何か。

 そこで出てくるのは、魔導車と呼ばれる魔力を動力にしている自動車のような乗り物だ。


 タイヤにはゴムの代わりにスライムの粘液――死亡後に特殊な薬品と混ぜて、ゴムのような弾力を生み出すように処置されている代物――が使われ、サスペンション機構代わりに魔物の素材を使った衝撃吸収に優れた皮などが使われている。

 こういった、魔石を動力源にしている、日本で言うとこの電化製品のようなものを総称して魔導具と呼ばれているのだけど、その分野は地球の科学に比肩し得る程の利便性を生み出し、種類は実に多岐に渡る。


 こうして見ると、魔物や魔法といった文明を利用した発展の仕方こそ違うけれど、地球が利便性を求めて科学を進歩させたように、この世界でも魔導具といった技術が進歩し、文明を築きあげている事がよく分かる。


 それでもどこか王道めいた中世ファンタジー調な空気が抜けきらないのは、魔物のせいだ。


 外壁を築かなくてはならない以上、どうしても土地は有限。

 町を簡単には広げる事ができないため、住宅の建築技術は限られた空間に家を建てなくてはならない。

 それに加えて、資材を取るのも魔物が跋扈する町の外になってしまうため、ふんだんに使うことはできず、規格化した家が立ち並ぶのは当然の帰結なのかもしれない。


 なんていうか、ファンタジーの裏側って感じでちょっと夢が壊れる気がするね。


「ではユウ様、どちらに参りますか?」

「うーん、特に目的があったわけじゃないんですよねぇ。色々見てみたいなぁって思っただけで。それにほら、無一文ですし」

「お金なら私が持っていますので、必要な物があればお支払いしますよ?」

「いやいや、それは悪いですよ。ただ見て回るだけでも楽しいので大丈夫です」


 エルナさんは相変わらずのメイド服仕様だけど、僕はちょっと上質な黒いズボンと白い七分丈のシャツに、編上げのブーツ。採寸してくれて作ってくれた服の一つだ。

 ちょうど出来上がって服飾職人さんが持ってきてくれたタイミングだったらしく、エルナさんが僕の分を受け取ってきてくれて、早速とばかりにそれを着る事にした。


 ファンタジーな世界に、日本の価値観を持ってる僕としては、どこぞのテーマパークやらにやって来た気分だ。

 ついついキョロキョロと周りを見ながら歩いてしまう。


「武器を持ってる人が多いんだなぁ」


 やはり目についたのは、どう見ても剣や槍、時々斧みたいなごつい武器を背に持って歩く、どう見ても強そうな人達だ。

 きっとあの太い腕で殴られたら僕なら即死するというのに、武器まで持っている。


「冒険者の方が多いですし、護身用に武器の一つや二つぐらいなら持つのは珍しくありませんから。ユウ様の世界ではそういう事はなかったんですよね?」

「そうだね。銃刀法違反っていう、武器を持っちゃいけない法律だってあるぐらいだから」


 日本でこんな光景を目の当たりにしたら大変だよ。

 警察だって腰が引けるんじゃないかな、これ。


「……平和なようで、恐ろしい世界ですね」

「恐ろしい? どうして?」

「ステータスを覆せるのが武器を扱うスキルです。男性の方が筋力はどうしたって勝ってしまいますし、スキルがなければ抵抗すらできないではありませんか」


 ただ平和だと感じる訳じゃなく、エルナさんが恐ろしいと言ってみせる意味がなんとなく分かった。


 僕らの世界は刑罰や犯罪として取り締まっている面があり、犯罪者は捕まるんだぞってマスコミを通して浸透している。けれどこの世界では、犯罪の多くは現行犯で取り締まるしかない。

 ある意味、捕まる事の方が珍しいぐらいなのかもしれない。


 自衛の手段を持たずに歩くのが「当たり前」だとして受け入れている僕らの感覚は、この世界ではまず通用しないと考えた方がいいのかもしれない。


 ――そう考えると、僕結構やばいんじゃないかな、今……。


 ステータスは成人の半分レベルだし、武器らしい武器も持ってないし……。


「ご安心ください、ユウ様。私とて王宮侍女。ステータスは一般人を越える所まで鍛えてありますし、暗器も用意しています」

「わーい……僕の知ってる王宮侍女のイメージが崩れそうだよー……」


 どこの暗殺者さんですかね。

 やっぱりそれはメイドの嗜み……なるほど、わかりません。


 それにしても、やはりファンタジーは素晴らしい。


 ケモミミさんがいる! 尻尾がある!

 エルフ耳を探すのも忘れてないけど、いないなぁ。

 少ないのかな。


 あのケモミミ、触ってみたい。

 けど、それって他人の耳とか触ってるのと同じだもんなぁ。

 なんかこう、人に変換すると……うん、変態だ。

 僕にはとてもできない。


 そんな事を思っていたら、向かいから歩いてきた少年が身体をぶつけるように一歩、僕の方へと足を踏み出してきた。


 ドンと身体がぶつかってから、頭の中に効果音が聞こえてきた。


「今の少年……。ユウ様、だいじょう……ユウ様? まさか、今の少年はスリでは……!?」

「うん、どうやらそうだったみたいだね」

「何を悠長な事を言って……あっ。……そうでしたね」

「ねぇ、エルナさん? ちょっと、こっち向いてごらんよ、ん? 無一文ですけど何か?」

「ちょ……っ! ま、回りこまないでください……ッ!」


 目を合わせてくれないエルナさんの視界に映ってやろうとちょろちょろと動きまわってみるけど、ステータスの関係かあっさりと視界を外される。

 ちくせう。


 とりあえずログを確認してみる。


 ――『スリスルーしました』。


 でしょうね!

 そりゃスルーしますよね! 何も持ってないんだもん!

 どうせならぶつかる方をスルーしてくれれば良かったんじゃないかなぁ!?

 まったく。


 それにしたって、このスルーってスキル、よく分からない。


 ジーク侯爵さんの【誘導術】をスルーしてみたって事は、そういう精神的な作用のあるスキルやら魔法やらが通用しないって事なのかと思ってたけど、このログを見る感じだとちょっと違いそうだなぁ。


 この数日、時間がある時は色々とこのオリジナルスキルについて検証してみたんだけど、どうしても答えが見つからない。

 そのせいで行き詰まっているような気分があって、なんだかモヤモヤしてる。


 うんうん唸っていると、エルナさんが僕の顔を覗き込んできた。


「どうかなさいましたか?」

「うーん、オリジナルスキルについて、ちょっと」

「オリジナルスキル、ですか」

「うん。オリジナルスキルが珍しいっていうのは教えてもらいましたけど、なんだかこう漠然としてるっていうか……。色々試してみてるんですけどね。なかなか先が見えなくて。実は外に出たかったのも、ちょっと思考が袋小路にはまっちゃった感じで、気分転換もしたかったんです」

「そうだったのですか……」


 苦笑しながら答えると、今度はエルナさんが考え込むように黙りこんでしまった。


「エルナさん?」

「ユウ様、誰かのステータスをご覧になった事はございますか?」

「ううん、ないですよ。ほら、僕、一人部屋ですし」


 もし誰かと同じ部屋だったら、お互いに見せ合う事もできるみたいだし、そういう情報交換もできるかもしれないけどね。


 僕、異界を渡ってまでぼっちだしね……!


「ステータスは本人の資質によって伸び代が左右されますよ」

「うん、それは教わったから知ってますよ。けど、それがどれぐらいなのかとか、どういった影響が出るのかとか検証のしようがなくて。何より、オリジナルスキルが頭を悩ませる原因だったりもして……」


 例えばゲームなら、レベルが上がってスキルポイントが手に入るようなシステムだったり、レベルでスキルそのものを得られるようなシステムが使われているけれど、ここはゲームのようなファンタジーだけど現実だ。

 スキルポイントなんて都合のいいものが手に入るとは思えないし、話を聞く限り、スキルの取得方法は鍛錬や経験によって蓄積される。


 じゃあ、オリジナルスキルとは一体どういうものなのか。


 与えられたものだけれど、一般的なスキルと違って鍛錬なんてしていない。

 ゲームによくある常時発動型――いわゆるパッシブスキルなのかと当たりをつけていたけれど、本当にそれだけなのか。

 答えが分からないままなのは、なんとなく気持ち悪い。


「……こちらへ」


 何かを思案するような素振りを見せていたエルナさんが、突然ステータスを呼び出すと、僕の腕を引っ張って人通りのいない路地へと入り込んだ。


「――ステータス閲覧許可。どうぞ、ユウ様」

「え……? これって……」

「はい、私のステータスです」


 光の四角い表示が空中に生まれた。


「って、いやいやいやいや、エルナさん? ステータスって家族とかに見せる事はあっても、そう他人に見せちゃダメなものだって教えてくれたのはエルナさんですよね……?」

「ユウ様には見せてもいいと判断しました」

「どうしてそうなったのさ……!」


 そうは言いつつも、僕もゲーマーの端くれ。

 ステータスにはついつい目が向いてしまう。


――――――――――

名前:エルナ・オルム

Lv:22

職業:王宮侍女長


STR:51

VIT:41

AGI:62

DEX:58

INT:42

LUK:21


スキル:

【暗器術】、【暗殺術】、【上級社交術】

魔法:

【中級風魔法】、【中級闇魔法】

称号:

 侯爵家令嬢、男嫌い、下半身直結は殺意対象直結、萌え道入門者

―――――――――――


 …………えっと、どこからツッコミ入れればいいのかな。


「困惑なさっているようですね……【暗殺術】に」

「いや、僕が一番困惑してるのはむしろ称号の方だけども」

「っ!?」


 いや、さっきの会話の流れからスキルはなんとなく想像ついたし、そんなキリッとした顔で「ついに話す時が来た」みたいなジーク侯爵さん的な明後日方向に表情作られても……って、オルム……?


「えーっと、エルナさん。オルムって、ジーク侯爵閣下と家名が同じですけど」

「はい、宰相は私の父です。エルは侯爵位の貴族名ですので、当主にしかつきませんので私にはついていませんが」


 父娘だったんだね……。

 侯爵令嬢って書いてあるし。


 道理で同じような明後日方向への表情作ってくれちゃってたわけだよ。


「侯爵家令嬢なのに、王宮で侍女さんやってるんですね」

「……少し、嫌な経験がありまして。実は――」

「あ、無理に話さなくていいですよ」

「……実は――」

「いや、うん。いいってば」

「………………」


 嫌な経験を無理に聞くつもりはないし、そういう部分に軽い気持ちで立ち入るのはダメだしね。

 称号を見る感じ、何かしらのトラウマみたいなものがあるのかもしれないし、僕だって他人の心に無理に入り込んでまで聞き出すつもりはない。


 ……あれ、なんでエルナさん頬を膨らませてるんですかね。


「それで、どうして僕にわざわざステータスを?」

「……はぁ。いえ、ユウ様がそういう類の人だとは存じておりましたが。えぇ、存じておりました、が」

「……?」

「なんでもありません。――ステータスをご覧になれば分かるとは思いますが、これはあくまでも一般人の数値、そしてスキルや魔法です」

「一般人の平均を大幅に超えてるのに一般人って言われても――なんでもありません、謹んで拝聴させていただきます」


 なんだか睨まれたので黙っておこう。


「ご覧いただければ分かるかと思いますが、私にはオリジナルスキルというものはありません。これは私だけではなく、この国の九割以上に対して言える事なのです」

「珍しいって聞いてはいましたけど、そんなに、ですか」


 確かにオリジナルスキル所有者は珍しいとは聞いていたけれど、そこまでだとは思わなかった。


「まだユウ様のレベルは一です。ですのでスキルや魔法などはありませんし、ステータスも軒並み子供と同じぐらいでしょう。私がステータスをお見せしたのは、いずれユウ様のレベルが私に近づいた時、その指標になればと考えたのです」

「どうして、わざわざ僕なんかの為に……?」

「私がそうしたいと決めたからです」


 顔を少しだけ赤くしながらそう言われて、思わず心臓が跳ねた。

 ついつい目を瞠ったまま固まってしまった僕の前で、エルナさんはステータスを消すと、「参考になるかは分かりませんが」と前置きして、改めて続けてくれた。


「オリジナルスキルは、どうやらその所有者の性格や特技などに根深くついて回った特徴が表れるそうです」


 ぐさり、と僕の胸に見えない槍が刺さった気がするよ……。

 だって僕、【スルー】だし。


「一見すれば珍しく、使い勝手の悪そうな印象を受けるスキル名であるため、オリジナルスキルを例え所有していたとしても、そのスキルがどういったものであるかを理解できずに死蔵してしまう方が多いのです。ある意味、活かせるかどうかは所有者自身の質によって大きく左右されてしまうと言えます」

「そうなんですか?」

「はい。正直に言えば、オリジナルスキルを所持しているだけでは、あまり意味が無いと言えるでしょう」


 それはそうなんだろう。

 オリジナルスキルを持っているとそのスキルに由来する系統のスキルの取得がしやすくなる、とは聞いている。

 けれど、佐野さんみたいに分かりやすいスキルなら答えを出しやすいけど、僕みたいな【スルー】なんて、その系統って言われてもいまいち理解できない。


 まして、【スルー】っていうのは謂わば若者言葉の造語。

 無視したり聞き流したりといった意味として、かなり曖昧で漠然と使っている言葉だ。


 その系統って言われても、いまいちピンと来ないんだよなぁ……。


 再び思考に沈んでいた僕の意識が、エルナさんが何かを思い出したかのように「そういえば」と呟く声に浮上する。


「かつてオリジナルスキルはもう一つの名を持っていたと言われています」

「もう一つの名前?」

「はい――オリジンスキルです」

「オリジンって……。確かに語呂は似てるけど、原初と固有じゃまるで違う……って、原初……?」

「ユウ様?」


 オリジンスキル。

 もし、僕らが持つのは『固有の術技オリジナルスキル』なのではなくて、『原初の術技オリジンスキル』だったら?


 そんな考えが思い浮かび――カチリと頭の中で色々な物が繋がった気がした。


 樹形図、というものがある。

 一本の樹を見立て、そこから枝が伸びてまた一つの分類が生まれたものを書く際に用いられる図だ。

 ゲームで言うところのスキルツリーなんかでも使われているけど、僕が思い浮かべたのはもっとシンプルなそれだ。


 僕らが与えられたオリジナルスキルとはつまり、その幹の部分を指しているのではないだろうか。


 ――「オリジナルスキルを持つ者はその系統のスキルを憶えやすい」。

 そう教わったけれども、その言葉は決して間違ってはいないが正しくもないのかもしれない。


 佐野さんの【調味料配合】を例にしよう。

 彼女のスキルは確かに【調味料配合】だけれども、やはりその根幹にあるのは以前も話に出た通り【配合】にある。

 薬の調合する調薬などに派生すると言われているが、恐らくはあくまでも【調味料配合】から伸びた一部分がそれに当たるだけであり、そこから先にスキルは派生していくものと、全く別のジャンルで【配合】や【調味料】の要素を持った方向にも派生する可能性を持っているとすれば。


 だからこそ、

 僕らはまだ、言うなれば芽が出たばかりの若木――でしかない。


 枝という名の派生を広げていく事で、初めて『原初の術技オリジンスキル』から『固有の術技オリジナルスキル』という真価を発揮する事になる。


 要するに、僕らはに過ぎないのだ。






「――ステータス」


 自分のステータスを開いて、【スルー】の部分に樹形図を思い描きながら注目してみる。大地から真っ直ぐ伸びる若木に【スルー】の言葉を当てはめるように。 


 ログが出ないかと願ってみたら、実際にそれは生まれた。

 でもそれが、「僕が望んだから生まれた」んじゃなくて、「そもそもそれが表示された」のだとすれば――――


 ――――はたして、それは表示された。


 ログ画面と同じく光のウィンドウが浮かび上がり、大樹の中心に【スルー】が書かれ、左右に伸びる枝の一部には【精神干渉無視】と書かれ、他にも幾つかの【?????】が表示されている。


「――はは……っ! なるほど、そういう事だったんだ……」

「ユウ様?」

「凄いよ、エルナさん……! 解った、解った!」

「えっと、どうなさったんですか? きゃっ!」

「あっはは! そう、そういう事だったんだ! エルナさん、ありがとう!」


 なんだかモヤモヤしていて正体の見えなかったものが、ようやく明確になった気がして、思わず嬉しくなって、路地裏でエルナさんの手を取ってぶんぶんと振り回してしまった。

 我に返って手を放すと、エルナさんが何やら微笑ましいものを見るように僕を見ていた。

 は、恥ずかしいぞ、これ……!


「何かが掴めたようで、何よりです」

「あはは……。ありがとうございます、エルナさん。おかげでスッキリできました」

「いえいえ。それでは、参りましょうか」


 オリジナルスキルの育成方針がようやく見えた僕は、その後エルナさんに連れられるまま城下町を歩き、気が付けばすっかり夜までうろうろしてしまった。


 城に戻り、すっかり疲れきったまま夕飯を食べてお風呂に入った後、そのまま泥のように眠ってしまった。




 ――――そして、夜中。




「――ユウ様。ユウ様、起きてください」

「んん……? あれ、エルナさん……?」


 薄暗い部屋の中、エルナさんが僕の身体を揺すって起こしてきた。


「お休みのところすみません。ユウ様、アキト・コバヤシ様とタイシ・アベ様が城から抜け出しました」

「……そっかぁ、おやすみなさい」

「ユウ様!?」


 クラスメイトの二人が出て行ったと聞いて、僕は二度寝を敢行した。

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