1-1 突撃ジーク侯爵さん

「――要するにゲームファンタジーだね。うん、知ってた」

「はい?」

「あぁ、いや。なんでもないです」


 翌日から始まった、この世界の常識を学ぶという授業。

 この数日で、王宮務めの侍女さんであり、僕の部屋――というより僕についてくれている二十歳前後の女性であるエルナさんから教わった。


 世界各国の情勢やら、国の名前とその特徴。魔王率いる魔族達の本拠地と思しき島と、その近隣国の状況。

 さらに、人間――この世界だと〈普人族ヒューマン〉――以外にも、〈森人族エルフ〉に、〈鉱人族ドワーフ〉といった、総称で人族と呼ばれる者達の存在や、『冒険者ギルド』とかダンジョンだとか。

 中世から近世ヨーロッパ文化に魔法技術が合わさっているため、妙なところで近代化していたりとか。


 ともかく、僕は比較的に下地となるサブカルチャーを知っているおかげで、ゲームファンタジーというものをあっさりと受け入れる事ができたというわけだろう。


「ユウ様は飲み込みが早いようですね。他の部屋では、なんだか妙に奴隷に関心を寄せて気持ち悪……ゴホン、不思議な笑みを浮かべる方がいらしたり、「俺はなんでも知ってるんだ」的な顔をしながら意味不明な質問を投げかけてくる方がいたりと大変なようなのですが」

「……それって安倍くんと小林くんの部屋の話じゃない?」

「な、何故それを!? ……失礼しました。さすがは異界の勇者様、という事なのでございましょう」

「いや、そんな凄い人扱いしなくていいけども」


 あの二人の部屋付きの侍女さんには、心の底から謝罪したい。


 多分だけど、なんか変わったスキルを手に入れたから「俺主人公きた」とか心の中で歓喜しながら、いきなりなんでも知ってるようなキャラになりきっちゃったんだろうなぁ……。


 隠していた熱いパトス中二病が再燃したんだよ、それ。


「それにしても、思ったよりも早く説明が終わってしまいましたね」

「一応、明日いっぱいまでは授業の予定なんですよね?」

「その通りです。女性の勇者様がたの理解には少し時間がかかっているようでして……。いえ、変な事を言ったりされないだけでも素晴らしいですが」

「……安倍くんと小林くんを毛嫌いしてるね……」

「も、申し訳ありません。ユウ様とご同郷の大切な友人を貶してしまうような、出過ぎた口を……」

「え? あはは、確かに出身地も学校もクラスも一緒だけど、別に大切な友人じゃないし、どうでもいいですよ?」

「え、笑顔でどうでもいいとか……」


 同じクラスだからって全員仲間なんて、それはない。

 加藤くんグループとは話は合いそうだけど、性格は合わないと思うし。

 ゲームしながら「はぁ!? んだよコレ、うっぜぇなー!」とか騒ぐタイプの人と一緒にゲームしたくないし、その声の方がよっぽど耳障りというか、ウザさで言えば勝ってるって気付いて貰いたいぐらいだよ。


 ……あれ?

 なんでエルナさん、僕をそんな若干驚愕したような目で見てるの?


「あ、そうだ。エルナさん。城下町に出てみたいんですけど、許可ってもらえますか?」

「じょ、城下町ですか? 特に禁止されているとは言われておりませんので、外出は可能かとも思いますが……。確認してまいりましょうか?」

「お願いしていいですか? 今日もまだ昼食食べ終わって間もないですし、時間余っても退屈ですから」

「そう、ですね。簡素な服もユウ様の分程度でしたら用意するのも難しくはないでしょうし、確認してまいりますので少々お待ちください」


 もしこれで外出禁止されたりしたら、僕らはこのまま軟禁生活を強いられる可能性だってありそうだ――とか思うような精神構造はしてないよ。


 ただ単純に、退屈なんだ。娯楽もないし、ネットもゲームもないし。

 スマホ?

 電池切れてるんだよね、もう。


 しばらくぼけーっと天井を見ていたら、ノックをしてエルナさんが帰ってきた。

 と思ったら、ジーク侯爵さんだった。


 ……何故に?


「これはジーク侯爵閣下」

「ユウ殿であったな、そう儀礼的な態度は取らなくても良い。楽にしてくれたまえ」


 立ち上がって挨拶したら、困った様子でそう言われた。

 向かい合うように置かれた椅子の前にやってきたジーク侯爵さんが座るタイミングに合わせて僕も再び腰を下ろした。


「ここでの暮らしも少しは慣れたかね?」

「えぇ、お陰様で。エルナさんのおかげで勉強もある程度一段落しましたし」

「そうかそうか」

「それで、ご用件は?」


 回りくどい会話をして迂遠に探りあうのが貴族流なのかもしれないけど、僕にはそんな面倒な事をする力はない。

 切り込むように訊ねた僕の顔をじっと見つめて、ジーク侯爵さんは小さくため息を漏らした。


「やはり、貴殿は落ち着いておるようだ」

「え?」

「実は、今朝から勉強の進捗を見るついでに各部屋にこうして挨拶がてらに顔を出しておるのだ。そこでそれぞれを見て回っておる」

「それ、バラしちゃっていいんですか?」

「構わぬ。貴殿が最後だからな。それにどうせ夕食の際に全員に知れ渡る」


 なるほど。

 僕らが顔を合わせるのは、朝と夜のご飯の時だけで、昼は自室で食べる。

 情報を交換できない内にそれぞれの部屋を回って、見極めようとしているって事なのかな。


「さて、本題なのだが――貴殿らの中で代表者を決めてほしいのだ」

「代表者ですか」

「うむ。今後を考えると、やはりそういった存在がいてもらえる方が我々としても助かるのでな。代表者、あるいは我々との交渉役と言っても問題はないだろう」

「……なるほど。ちなみに、誰が適任だと考えていらっしゃるんです?」

「貴殿だ」

「あ、僕はお断りなので、他を当たってくださいね」

「…………」


 良くも悪くも、僕らは平和な学生。

 突出するようなリーダーシップを発揮する勇者召喚ならではのテンプレ勇者様的な人もいないし、みんなを纏めるような人もいない。


 普通、リーダー役を担ってくれる人物がいれば、その人物とうまく付き合いさえすれば他はそれに追従してくれるけど、僕らの場合はそれがあまりにも難しいというか、手綱を握りづらいのかもしれない。


「そうですね。確かに僕らとしても、今後も付き合っていくならリーダーがいてくれた方が色々と丸投げ……相談できると思いますし、赤崎くんなんかが適任じゃないですか?」

「ふむ、シンジ・アカザキ殿か?」

「えぇ。加藤くんと安倍くん、小林くんともそれなりに付き合いがありますし、僕なんかと違って社交性もありますから。女子からもそれなりにモテるタイプですし、顔役にはピッタリかと」

「……本音は?」

「使命感に燃えて扱いやすくなりそうだなぁ、と。面倒な事とか頼られてるって思って色々やってくれそうですし」

「か、隠そうともせんのか……」


 うん? なんでちょっと顔が引き攣ってるんですかね。


「女性はどうだ?」

「うーん、ファルム王国は王国、つまり封建制度ですよね? 女性が代表で面倒な事態にはなりませんか?」

「いや、我が国は女性の権利をしっかりと認めている。そちらでも問題ない」

、ですよね? 僕らがこの国だけとの交流をしていられる間はそれでいいかもしれませんが、他国はその限りではない、と。その点、赤崎くんは好青年です。若さを侮られる程度に留められますし、体育会系なので上下関係はある程度理解しています」

「……なるほど。やはり、というべきか。しっかりとした根拠があっての事か」


 地球での封建制度は身分が何よりも重要視されるけども、それはあくまでも男性社会の中で、という注釈がつく。女性が飾り物のような扱いを受けた時代は間違いなく存在していた。

 そこでカマをかけてみたけど、やっぱり苦い顔をしている辺り、女性に対する目線は地球のそれに近い部分もあるのかな。


「一つ、聞かせてもらいたい。何故そこまで物事をしっかりと見ていられる?」

「そう言われても、自分も関わる事ですし。それぐらいは」

「いいや、それは確かに正しく聞こえるが

「え?」

「貴殿らから見れば、自らの常識が通用しない場所で、しかも権力者の懐に放り込まれているのだぞ? 混乱や恐怖があってもおかしくない。事実、ここ以外の部屋ではそれを感じ取れた」

「まぁ、そうでしょうね」

「だが、貴殿からはそれが感じられない。かと言って、知恵が回らないのかと言われればそれは違う。エルナからも報告はあがっていたが、貴殿にはこの国の内情を見透かすかのように正論を並べられる程に知恵がある。我が身を守るのであれば、自らの価値を売り込んで保身に回る方がよほど正常だ。しかし貴殿は、まるで自分は与り知らぬとでも言いたげに物事を捉え、振る舞っておる」


 まぁ、職業が傍観者って言われるぐらいだからね、不本意だけど。

 それにもともと、僕はあまり物事に動じるタイプじゃないからなぁ。


 そんな「さぁ、真意を話してみろ」と言いたげに見つめられても困るんだけども。


「つまり、どういう事です?」

「我らを意に介さない程度に振り払える何かがあるように思えてならん。そういう意味でも、貴殿は勇者の中でも最も勇者らしい存在であると私は踏んでいる」

「買い被りですよ。僕にはそんな力はありません」


 そう答えてみても、ジーク侯爵さんの厳しい目はどうやら納得してくれないらしい。


「そうですねぇ……。僕がもし、閣下の考えている通りの力を持っていたとしたら、恐らくは増長していると思いますよ」

「……ほう?」

「僕らのいた世界には、この世界にあまりにも似た世界をテーマにしたゲームやアニメに小説……まぁ、分かりやすく言えば遊戯やお伽話があります。その物語の主人公のような力をある日突然手に入れたら、僕だったら万能感に酔い痴れて、このお城から抜け出して旅をしようとしたり、或いは自分は勇者様だぞって偉そうに振る舞ったりって変化が生まれたりもするでしょうね。エルナさんならこの言葉の意味も分かると思いますけど」


 どれだけ自戒しようとしても、僕らは一般人でしかない。

 努力もしないで分不相応の力を手に入れたりすれば、気が付かない内にその力に溺れ、傲慢に力を振るう事を厭わなくなる。

 安倍くんと小林くんがやらかしてしまっているのは、そういう事だ。


 きっと僕だって、普通じゃない力を得たりしたらそういう節も出ると思う。

 そういう振る舞いをした人が痛い目を見るのも創作物のセオリーだけど、それを理解していたって「力があるから」と都合の悪い結末を覆せるなんていう勘違いをするのも仕方ないんじゃないかな。


「それを理解しているのであれば、増長せずにいられるのではないかね?」

「それこそ買い被りです。閣下にはいまいちピンと来ないかもしれませんが、僕らは所詮学生で若造です。家と学校っていう限られた世界でしか生きていないですし、知識として物事を知っていても活かせるだけの下地なんてあるわけがない」


 知識があるからってなんでも実践できるような有能な人間は存在していないと僕は思う。いるのかもしれないけれど、少なくとも僕はそんな天才なんて柄じゃないしね。


「随分と冷静なのだな。いや、達観しているとでも言うべきか」

「小心者なだけですよ。閣下の【誘導術】は僕のスキルでスルーされましたけど、少なくとも強さを得られるような力じゃないでしょうし」

「……気付いておったのか」


 ……忘れてた。

 そういえばログについてはどうも一般的ではないみたいなんだった。

 まぁ、言わなければバレないよね。


「あはは、あの時、あまりにもあっさりみんなが従ったので。まぁ、それはともかく。僕のスキルはその程度の力しかありませんよ」

「……なるほど。では、ユウ殿の言葉を信用するとしよう」


 ふぅ、誤魔化されてくれたかな。


 いや、それにしても怖い人だ。

 こんなにお世辞を言って相手を褒めて、乗せるだけ乗せてボロが出るのを待つなんて。まるで僕が凄く頭が良いみたいな言い方だったし。


「時にユウ殿、一つ相談があるのだが」

「相談? 僕に?」

「うむ。先程、貴殿は増長するという意見を口にしていたが、それはアキト・コバヤシ殿らの事を指しているのであろう?」

「まぁ、エルナさんの話を聞くにはそんな感じですけどね。熱いパトスが燃え盛ってるみたいですけど」

「パトス……? いや、彼らについて何か良い対策はないかと思ってな」


 良い対策って言われてもなぁ。

 あー、でも、一時期勇者召喚系のラノベブームがウチのクラスに流行った時、あの二人は自分だったらこうするとか熱く加藤くん達と語ってて、僕も巻き込まれた事あったっけ。


 あまり詳しく聞いてなかったけど。

 いや、語られてもどうでもいいって言うか、うん。


「えーっと、一応みんな、常識についての授業は明日で終わりなんですよね?」

「うむ、一応はその予定だ」

「だったら多分、彼らは今夜あたりには城を脱走すると思いますよ」


 僕の言葉に、ジーク侯爵さんは目を丸くした。









 ◆ ◆ ◆








 召喚された勇者らとの面会を終えて、私は自らに充てがわれている執務室の椅子に深く腰を下ろし、思わずため息を漏らした。


「どうぞ」

「あぁ、すまぬな」


 エルナに差し出された紅茶を口にしつつ、眉間を揉んだ。


「エルナよ。お前の言う通りであったな」


 ユウ・タカツキ。

 まるで婦女子のような小さく華奢な体躯に顔つきでありながら、堂々とした振る舞いをしてみせる彼との面会を最後に回したのも、彼に私の娘であるエルナを付けたのも私の指示だ。


 思慮深く、しかし何処か達観した少年。

 あの日、私の【誘導術】にただ一人それらしい反応を見せなかった事から興味を持った私は、この王宮侍女長を務める娘に監視の役目を任じた。


 結果は、エルナの言う通り――「常人ではない」。


「彼が気に入ったのですか?」

「分を弁える賢しさを持ち、堂々と意見を言うだけの胆力もある。そして何より、感情よりも理論を優先して物事を見れる視野の広さだ。気に入らないと言えば嘘になるだろう」

「……珍しいですね、お父様がそこまで他人を認めるのも」

「だからこそ、彼には勇者らを纏める立場についてほしかったのだがな。どうにも権力を欲しがるような輩ではなさそうだ」

「そうですね。あの方はそういったモノに興味を持ちそうにありません」


 世界が違うからなのかもしれないが、若者でありながら自己顕示欲のない男は初めて見た。

 貴族の子息などは己が認められる為ならば容赦なく自らを売り込むのが常であるためか、ああいう若者は私には酷く珍しく思えてならない。


「しかし、【誘導術】に気付いておったとはな。何かそれらしい話をしたのか?」

「いえ、スキルの説明などはしましたが、お父様のスキルについては何も言及していません。もしかしたら、【誘導術】だと踏んでカマをかけられたのではありませんか?」

「あり得るが……いや、あれは確信を持つ者の言葉であったな。もしかしたらユウ殿は、【鑑定】や【看破】のスキルを持っている可能性もある」

「なかなか有用なスキルですね。ですが、持っている程度ではお父様の【誘導術】を打ち破る事はできないと思いますが」

「ふむ、それもそうであったな……。ならば、見事に私を乗せてみせたという事か」


 ――面白い。

 思わず笑いが込み上げてくる。


 女神アルツェラ様から神託を受けた際、正直に言えば私は異界の勇者に頼るのは反対していた側の立場にあった。

 女神アルツェラ様の協力とアメリア王女殿下の力を借りて初めて成功した勇者召喚であったが、女神アルツェラ様からは被召喚者について「命を落とす瞬間にいる者」であり、「戦いに不慣れかつ戦いを好まない者」であると告げられていたのだから。


 さらに加えて、「異界の者達を無理矢理戦場に突き出したりしないこと」を条件に勇者召喚に協力していただいた。

 人道的な理由はもちろんだが、正直に言えば、そんな者達がこの魔族らとの戦いに晒される世界で、一体何の役に立つというのか甚だ疑問でならなかったのだ。


 だが、【固有術技オリジナルスキル】持ちというのは、それだけであらゆる分野に突出した成長を見せる。異界の勇者はレベルの上がりも早く、それらを鑑みれば有用性は否定できなかった。


 故に私も、最終的には異界の勇者らを召喚する事に賛同し、自ら彼らの説得役に回った。


 正直、アキト・コバヤシ殿とタイシ・アベ殿の二人の振る舞いを耳にし、実際に改めて面会をしてみて、この召喚は失敗であったかもしれぬと思いかけていたが、なかなかどうして逸材がいたものだ。


「エルナよ。引き続きユウ・タカツキ殿の監視と世話を続けよ」

「はい。ですが、あの二人はいかがなさいますか?」

「少し面白い提案をユウ殿からいただけたのでな。そちらは私が手を回そう」

「提案ですか?」

「なに、そう心配するな。あの者らの部屋付きの侍女にも、今夜は軽い世話のみに留め、部屋を空けるように伝えておくといい」

「部屋をですか。一体どうしてですか?」

「うむ。ユウ殿が言うには、今夜あたり彼らはこの城を脱出するつもりやもしれぬとの事だ」

「……宜しいのですか? まだ勇者様がたは、一般人にも勝てない程度のステータスしか持っていないというのに。いくら王都とは言え、タチの悪い輩がいない訳ではありませんが」

「それはそうなのだがな。まぁ、まだユウ殿の思い通りに事が運ぶかも分からぬ。それに、もし彼らが城を脱するなら、それをするだけの何か特殊なオリジナルスキルを持っているという事だ。保護すべき立場の我々だが、どうも他の部屋の者達も侍女を通じてあの二人の行いを耳にして、いっそ牢に繋いで頭を冷やさせた方がいいのではと過激な案も耳にしているしな」


 ユーナ・サノ殿とアカリ・タチバナ殿の部屋ではそう言い切られたな。


「ユウ様もどうでもいいと言い切っていましたが、随分と冷たいのですね、数少ない同郷の者だというのに」

「いや、なんでもあの問題の二人は、ユウ殿以外の全員に食事の移動の際に色々と吹き込んだり、自分達は特別だと言いたげに見下すような態度を取っておったらしくてな。それが頭に来ているそうだ。なんでも、身体を差し出せば自分達が助けてやると豪語しておったらしい」

「なるほど、万死に値しますね。ちょっと毒を盛ってきます」

「待て、待て待て!」

「下半身直結の屑など死に晒せば良いのです」


 王宮侍女長という立場にありながら、エルナはどうにも男の下衆な発言を嫌う。

 嫌うに至る経験があったからこそ、結婚せずとも地位を確立できる王宮侍女という仕事に就いたのだが……。


「お父様、こちらから彼らに自由になれると持ちかけた方が良いのでは?」

「いや、そうもいかんらしい。自分達を見捨てて放り出された、と曲解される可能性がある、との事だ」

「なんですか、それ。面倒臭い思考ですね」

「さてな……。それが「てんぷれ」とやららしいが、ともかく脱出の邪魔をしない方がいいとユウ殿は判断しておるよ」


 もしもこれでユウ殿の言う通りに事が運ぶのなら、あの少年は宰相――いや、いっそ軍師にでもなってもらいたいものだ。


「時にエルナよ。ユウ殿に対しては随分と心を許しておるのだな」

「えぇ、可愛いので。着替えを手伝おうと脱がせようとしたら顔を赤くしてあわあわしたり、下半身直結の屑ではないですし。あれは愛でるものです。あ、ユウ様と出かけて参りますので、失礼しますね」


 言うだけ言って、エルナはさっさと出て行ってしまった。

 少しは男嫌いもまともになってほしいと思った事はあったが……娘の妙な好みなど知りたくなかった。

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