0-3 僕のこれから
どうやら僕らが召喚されたのはすでに夕刻だったらしく、ジーク侯爵さんの話が終わるとほぼ同時に夕食が運ばれてきた。
それぞれに用意してもらった夕飯を、学生服を着ているのにファンタジーなお城の一室で食べるという、世界観に真正面から喧嘩を売るような光景にげんなりしつつも、僕らは黙々とご飯を食べていく。
食べ終わった後、食器が下げられていく。
マナーだなんだって言われなくて、正直ほっとしたよ。
そんな事を考えていたら、同席していたアメリア王女様がすっと立ち上がって、小さく深呼吸した。
「――明日から、皆様にはそれぞれの部屋付きの侍女を通して、この世界の常識や状況について学んでいただきたいと思います」
アメリア王女様が噛まずに言い切った……っ!
心なしかドヤ顔してる気がするけど、いいよ、許すよ!
細野さんも親指立ててるしね!
「あの、一日中ずっと勉強、ですか?」
「そうですね。まずは世界を知り、この国を知っていただきたいのです」
「戦闘訓練とかはしなくていいんですか?」
「訓練は、まずは皆様に一般成人なみのステータスを得てもらってからでないと、その……、一撃が致命傷になりかねないので……」
なにそれ切ない。
でも、そうなんだよね。
僕らはこの世界の一般成人の半分以下しかステータスがない。
HPやMPっていう概念はないみたいだけど、もしもそれがあったらそっちも似たようなものだと思うし。
「アメリア王女様。走り込みとかすれば、ステータスも上がるんですか? 俺、向こうではサッカー……っていうスポーツやってたんですけど、なのにそういう部分もステータスに反映されてないような気がして……」
「えっと、何のために走るんです?」
「えっ?」
「え?」
赤崎くんだけじゃない。
さすがにこの答えには僕ら全員とも、思わず驚いた。
「ステータスを上げるには、そもそも『存在力』を得るしか方法がありません」
「なんですか、それ?」
「えぇっと、私達も詳しい事は分からないんですけど、日々の生活もそうですが、魔物を倒せば『存在力』が手に入るのです。特に魔物は『存在力』を多く有しているので、皆様ならすぐにレベルが上がると思います」
「じゃあ、この世界の人達は魔物とかを倒して平均ステータスまでステータスを上げてるってことですか?」
「そうです。本来、十歳を迎えたら村や町でも大人達が率先して子供の「存在力」得てレベルを五まで上げる『成人の儀』があるのですが、皆様は事情が異なりますから……」
なるほど。
多分、「存在力」っていうのはゲームで言うところの経験値なのかもしれない。そう考えるとなんとなく辻褄が合う。
「じゃあ、走ったりしてもステータスには影響は……?」
「出ませんよ?」
「そ、そうなんですね……」
赤崎くん、まだまだだね。
ファンタジーの世界に運動部だったからって恩恵がないのは当然なんだよ……。
「皆さんは、戦闘経験はおありですか?」
誰一人、そんな稀有な人はいないよ。
だいたい、こういう勇者召喚だと都合良く古武術――と言う名のなんでもできる戦闘民族――とか、剣道――スポーツで対人を想定しているのに――をやってるからって剣術スキルがあるとかって話が多い。
まぁ、このクラスにそんな主人公系な人がいるわけない。
僕らは間違いなく、ごくごく平和な学生なんだし。
むしろ帰宅部推奨派だよ、赤崎くん以外。
「私達、そういう世界にいたわけじゃないから……」
「え、えっと、では、簡単な武器の扱い方とかも教えるように手配しますね!」
……アメリア王女様の気苦労を見ていると、僕らが居た堪れない気持ちになるよ。
色々と使えない勇者な僕らでごめん、と言いたくなる。
夜になって、僕らは二人一組の部屋に案内された。
男子は五人、総勢十一名。言うまでもなく、僕がぼっちだ。
気楽でいいけどね。同じ部屋で生活なんて、むしろ困るぐらいだしね。
ちょっとした洋風のホテルみたいな部屋。
大きなベッド、机に椅子が二脚。
絨毯がやけに高級に見えて、ついつい隅っこを歩きたくなる。
とりあえず上履きを脱いで、キングサイズぐらいの大きさのベッドに身を投げ出して、天井を見つめながらぼけっとする。
今日は疲れた。
あの後、まず服の採寸でしばらく時間を取られた。
侍女の人に次々に服を脱がされて身体のサイズを測られるって、ご褒美でもなんでもなく罰ゲームしかないんだって初めて知った。
あれは恥ずかしくて死ねる。
その後は、湯浴み――つまりはお風呂。
なんでも、かつての勇者様とやらは毎日風呂に入るべきだと強く訴えたらしく、今では風呂だって当然なんだとか。
世話をしてくれるっていう侍女さん達には全身全霊をかけた拒否を示し、一人で入った。
いくら思春期真っ只中な僕でも、知らない人にお風呂で世話してもらうなんてハードルが高すぎる。
「……僕らが異世界って、似合わないというかおかしな話だなぁ」
ぽつり、と零れた本音。
心の中でずっと考えていたものの、こうして言葉にしてみると尚更におかしな話だなって思ってしまう。
あの時――あの平和を享受してうとうとと微睡んでいた、あの昼休み。
僕らの身には何が起こったんだろう。
なんとなく勇者召喚だのなんだのって言われたものだから、あまり考える余裕もなかった。
女神様の言葉とかジーク侯爵さんの言葉とかを全面的に信用してみると、こうして異世界にやって来たって事は、紛れも無く僕らは死んだ事になる。
つまり、あの世界にはもう戻れない。
僕の家族は両親と兄がいる。
特に仲も悪くないし、両親がしょっちゅう海外に行ってるような家庭でもなければ、両親が年甲斐もなくラブラブだとかっていう家族でもない。
兄との仲だって、兄弟としても普通。用事でもなければ話さないけど、別に嫌いってわけじゃない。
――あぁ、そっか。
僕はもう、あの人達にはきっと、二度と会えないんだ。
そう考えると…………あれ?
そりゃ少しは寂しいけど、泣きたくなる程じゃない……かも。
どうせ高校出たら一人暮らしするつもりだったし。
ぼ、僕ってこんなにドライな人間だったのか……。
いや、そうじゃない!
きっと少し、まだ気持ちが追いついてないんだよ、うん!
ちょっと気持ちを切り替えよう。
――――この世界は所謂ゲームのようなファンタジー世界だ。
勇者に魔王、剣に魔法、ステータスやらスキル。
運動能力はステータスによって左右され、戦闘技術もスキルによって評価されてしまう、そんな――便利なようで理不尽な世界。
なりたい職業があっても、スキルが得られなかったら絶対になれない。
日本だって才能という点ではそれは一緒だけれど、ステータスとスキルっていうシステムに支配されている、この世界。
魔王とは戦わないはずなのに、それでも生きる為には戦う必要がある。
のうのうと平和だけを享受しているだけじゃ、何かのきっかけですぐに死ぬ。
そんな、命の軽い世界だ。
「ステータス」
再び自分のステータスを呼び出し、じっとその数字を見つめる。
生きていく為に僕に与えられた、【
女神様に命と力を貰ってやって来たこの世界で生きるには、まずは知らなくちゃいけない。
僕に与えられた、この【スルー】というスキルを。
その為には、まず…………――
――――何すればいいんだろ。
いや、だって、情報も集まってないし。
そもそも【
まだ佐野さんの【調味料配合】の方が、方向性が見えて色々捗るよね。
僕、制作系のゲームとか結構好きなのに。
あー、なんか細かい情報とか出ないかなぁ。
ログみたいに。ログみたいに!
そう念じて見ていたら、突然ステータスウィンドウの横にログウィンドウが開かれた。
――――――――――
【
多くの者、事象を堂々とスルーし続けた挙句、ついにはあまりにもスルーを続けるあなた自身に対し、周囲の者もまた徐々に諦念を抱き、「あぁ、アイツだし」と匙を投げられる程度にはスルーされるような世界を越えてやってくる「ぼっち」に与えられるユニークスキル。
――――――――――
…………気持ちだけ、受け取っておくよ、うん。
あれだよ。
スキルの効果とか、そういうのをログで出してほしいわけで、ね?
経緯とかそういうのじゃなくてさ……!
これフレーバーテキストであって、説明でもなんでもないよね?
っていうか僕のぼっちぶりを強調して、何がしたいのさ……!
ま、まぁ、一応は見ておくけども……。
――――――――――
称号:徹底的な第三者
例え自分が当事者になったとしても、まず自分が当事者であるという現実すら受け止めないまま、他人事のように物事を見られる者に与えられる称号。図太い神経を持っていなければこの称号は得られない。
称号:女神の抱腹対象
異界から召喚された勇者をなんとなく見ていた女神アルツェラが、オリジナルスキルのフレーバーテキストと当人の心の声に大爆笑したために与えられた称号。
女神の一言:「私はいつもあなたを見守っていますよ」。
――――――――――
どの口で言ってるんですかね、アルツェラ様?
称号の名前の時点ですでにダメだけど、そもそも綺麗に纏めようとしてもフレーバーテキストで思いっきり裏話が暴露しちゃってますけど。
これぶっちゃけると「面白そうだから観察なう」ぐらいの軽さだよね?
そう心の中で呟いたら、突然ログが流れた。
――――――――――
称号:女神の心を見透かす者【NEW】
女神は取り繕えなかった現実を前に焦っている。
女神の一言:「ちょっ、やめて! 私のイメージ……こら! それ書くんじゃないわよ!」。
―――――――――――
……フレーバーテキストを書いてる人はアルツェラ様じゃないんだね。
うん、見なかった事にしよう。
僕はそっとログを閉じて、そのまま退屈すぎる夜を寝て過ごす事にした。
明日からがんばるよ、明日からね。
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