悪魔ホルネイター・フォルネウス

 突如、ガラスを破ってエイは出て来た。宙をヒラヒラと動かして宙を揺蕩っている。破られたガラスからは、大量の海水が館内に入り込んで来る。ここは地下で海と繋がっている……このままでは、水族館が水没してしまう!


 館内は悲鳴が響いて、大勢の人がパニックを起こしては逃げて行く。


「敵を捕捉! これよりオペレーション1開始!」


 そんな中、静樹ちゃんは、膝を床に付けて水鉄砲を構える。


「ようやく見つけたぞ グニグニ。海を探し続けた甲斐があったというものよ!」


 喋った。やっぱりグニグニを狙ってやってきた悪魔なんだ。


「フォルネウスの末裔よ。まさかと思うけど、君は世界中の海を渡って、僕を探し回っていたのかい?」

「その通りだ! まさかこんな子供に頼らざるを得ないとはな——」

「ファイア!」


 エイの口に水鉄砲が掛けられる。もうブシュー! て


「ごぼごぼ……きしゃばもおちぶ——」

「ファイヤ!」


 再び、水鉄砲がエイの口に。


「おい、緑色の髪をしたお前! 喋っている最中に水鉄砲すんな! 後なんだ? これ? めっちゃ辛いんだが?」

「カレーの美味しい喫茶店『唐辛子亭特製 激辛スパイシーカレー』をブレンドして見ました」

「人のお店の商品を勝手に武器にしないでよ!」


 静樹ちゃん、ウチに来た事あったの? ああ、こんな事をしている間にも水が結構な勢いで流れてるから、浸水も早い!


「静樹ちゃん、危ないから逃げて!」

「総員! 退避せよ! 繰り返す! 退避せよ!」


「白兎。こいつは、頭が悪いけど、今までの下級悪魔レッサーデーモンと違って、上級悪魔グレータデーモンだ。かなり手強い相手になるだろう」

「うん、じゃあ変身するね」


 白兎くんは、光に包まれると一度裸になる。


「きゃあ! 白兎が裸にー!」

「ユマちゃん、落ち着いて」


 変身を終えると、白兎君はまず、宙に魔法陣を描いて剣を出してくれる。


「桜桃ちゃん!」


 私は剣を受け取り、鞘を引き抜く。


「人型じゃなかったら、私も思いっきり剣を振れる」


 悪魔のエイは身体を膨らませる。まるでサメみたいに膨らむと、背中の模様が円形に整って強く光り出した。


コールドブレス


 エイの口から、白い吐息を吐き出して来た! 白い吐息が通った床がピシピシと音を立ててゆく。これは凍らせる魔法?

 またもや、身体を膨らませて、魔法陣が光る。来る!


コールドブレス


 氷の吐息がまたもやこっちに来る。これじゃ近づけない。


「花見流——落花星!」


 剣をエイの真上へ投げつける。剣は重力によってエイの背中に真っ直ぐ落ちる。でも、皮膚が分厚いのか、突き刺さらず、背中に当たったあとは、浸水した床に落ちる。

 反撃の氷の吐息が飛んでくる。これをどうにかしなければ……。


「お前等、こっちだ! こっちに来い!」


 階段の上で叫ぶのは、針雨君だった。


「桜桃さん、白兎を連れて上へと上がりなさい」

「ユマちゃん?」

「一人で戦うなんて駄目だよ?」と白兎君。

「白兎。この間の戦いで、魔力を消耗しているでしょ? 体調も万全ではありませんわよね?」

「……うん」

「ここは私が囮になります。心配なさらずとも、あの様な悪魔に遅れなど取りませんわ」

「大丈夫なの? ユマちゃん。私も一緒に残るよ?」

「桜桃さん、よくお聞きなさい。私は夢の世界の住人。私がここにいるのは、夢の存在。つまり、本体は夢の世界にあるわけですの」

「どういう事?」

「貴方達が見る夢とは、真逆の存在という事。この世界で私は、やられても死なないけど、相手が私よりも階級が上の悪。私も本来の力は出せず、正直足止めぐらいが限界ですわ。やられてしまえば、すぐには戻ってはこれませんし」

「だったら一緒に戦おうよ」

「白兎も魔力が少なって体調が悪くなってますのよ? 今は逃げる事を考えて。頼れるのは貴方だけですわ桜桃さん」


 ユマちゃん一人で戦わせて逃げるなんて、正直納得ができない。……でも、皆いるし、白兎君も万全じゃない。


「……うん、わかった。皆の避難が終わったら、助けに行くからね!」

「私の白兎に何かあれば、ただじゃおきませんからね? さぁ、お行きなさい!」


「皆! とりあえず今は逃げよう!」


 私は、白兎君の手を握り階段を上がる。その後ろに続く水奈ちゃんに、静樹ちゃん。


「サキュバス如きが、夢の世界以外でワシに勝てると思っているのか?」

「さて? サキュバスだろうが、これでも七十二柱の一本。魚如きに負けてられないのですわ」

「ぬかしたな!」


 羽が羽ばたく音と、凍る音が聞こえて来る。ユマちゃんと、悪魔の戦いが始まったみたい。


「こっちだ! 早く!」


 私達は、来た道へと戻る。すると、目の前にはシャッターが下りていた。


「何これ? 出られないじゃない!」

「この水族館は、海と繋がっている。これは浸水防止策の様だ」針雨君はそう言った。


「そんな! 私達まだここにいるのに! ユマちゃんだって!」

「落ち着け花見。こういった作りである以上、必ず安全なルートがあるはず、少し戻った所に非常用の通路があったな? そこを通ろう」


 やだ! 針雨君たくましい! そのガタガタ震えている足さえなければ。


 私達は少し戻り、非常用通路のドアを開けてそこから走る。


 上へと続く広い通路。これだけ上がってこれば、浸水も遅くなるはず。


 通路を昇りきろうとした時。


「待って桜桃ちゃん」と水奈ちゃんが手を止めた。


「どうしたの?」

「……さっきの奴が先にいる」


 一瞬だけど、エイがヒラヒラと目の前を横切っていた。多分探しているんだ私達を……ユマちゃん、やられちゃったのかな?


「グニグニ。聞きたい事があるんだけど」

「何かいい考えでもあるのかい?」

「悪魔の背中の魔法陣を消す事ができれば、魔法を使えなく出来るかな?」

「なるほど。なかなか鋭いね。確かに可能だ。でも、魔力で上書きをしないと駄目だ。魔力を込めたものなら、背中の魔法陣にぶちまければ、魔力の回路が混乱を起こし、結果的に魔法を封じる事が出来る」

「だったら静樹ちゃん、水鉄砲借りても良い?」

「いいわよ」


 静樹ちゃんが手に持っていた、水鉄砲を白兎君に渡した。


「水奈ちゃん、インクを分けてもらっていいかな?」

「いいよ」


 タッチアップ用の黒インクを握りしめると強く光る。白兎君が魔力を込めているんだ。そしてそれを、水タンクの中に流し込む。


「問題は、誰がエイの背中を狙うかだね」

「はい、私射的得意」


 手を上げたのは水奈ちゃん。え? 水奈ちゃんと、長い事親友やってるけど、初耳なんですけど?


「犬神だけに、良い格好させられるかよ。よし俺が囮になる。その間に背中を狙え」


 針雨君だ。相変わらずカッコイイことを言うなー。足震えてるけど。


「針雨君、ありがとう」と白兎君は言った。

「お前には、借りがあるからな。だから借りを返すだけだぞ」


 その時、ふらっと白兎君が倒れそうになったから、慌てて身体を支える。


「白兎君大丈夫?」

「魔力を使い過ぎだね。暫く安静にした方がいい」

「静樹ちゃん、白兎君を見ててくれないかな?」

「……わかったわ」

「僕も一緒に行くよ。何かアドバイスが出来るかもしれない」と、グニグニが私の頭に乗って来た。


「白兎君、ここで待っていてね。皆と一緒にやっつけてくるから」

「うん、……桜桃ちゃん。これ」


 白兎君の手には新たに召喚された剣。それを受け取る。


「うん、ありがとう」


 私は、魔法が使えなくなった所を一気に攻める。


「よし皆、行くよ!」


◇◇


 この先にあるのは広い十字路だ。

1 作戦は、針雨君が特攻し、敵を誘導する。

2 その後ろを水奈ちゃんの水鉄砲が、エイの悪魔の背中を狙う。

3 魔法が使えなくなった所を私が攻撃する。


「よし、行くぞ!」


 まずは、針雨君が突っ込んだ。


「おい! エイの化け物め!」

「そんな所にいたのか? 他の仲間はどうした?」

「へん、お前なんか俺一人で充分なんだよ!」

「小僧、足が震えているぞ?」

「うるせー! 頭おかしいんじゃないの? お前のかーちゃんでーべーそ!」

「小僧、フォルネウスの家系を侮辱ぶじょくするか?」

「知るか! レモネードみたいな名前しやがって!」

「死ね コールドブレス

「おっと、当たるかそんなん! こっちまでおいでー」

「待てい」


「針雨君が、先行してくれている。後を追うよ水奈ちゃん」

「任せといて!」


 私達は十字路を飛び出し、針雨君が逃げた方向。さっき浸水した階段に続く方向へと向かう。




 針雨君が、再び階段の所へ戻ると、階段より下は既に水没していた。


「小僧、もう逃げられんぞ? さっきの女と一緒に凍り漬けにしてくれるわ」


 エイの身体が膨らみ魔法陣が光る。


「今だ! やれ!」


 針雨君の合図で水奈ちゃんが、水鉄砲を構えて狙いを定める。


コールドブレス」悪魔がくるっとこちらに振り向いてきた!? 

「——駄目だ、気付かれている! 避けるんだ!」とグニグニが叫ぶ。水奈ちゃんの手を引っ張り、間一髪、氷の吐息を避ける。


「気付いてないと思うてか?」


 この悪魔、今まで会って来た悪魔の中でも、かなり強い。

 床が水に浸かり始めた。かなり早い、ここに長居も出来ない。

 針雨君がエイの悪魔に、浸水して入って来た、エクレアナマコを掴んで投げつけている。


「おい! こらトルネード! お前の相手はこっちだぞ!」

「小僧が! 貴様から食い散らかしてやるわ!」


 エイの悪魔が針雨君の方へと振り向いた! 背中を見せた今がチャンス!


「ファイア!」水奈ちゃんが、水鉄砲の引き金を引く……引けない? 


「駄目! さっきの氷の息が、タンクに掛かってしまったみたい! 中のインクが凍ってしまってる!」

「そんな!」

「来るぞ! 逃げろ!」

「凍てつけ! 凍凍ブリザード


 館内の温度が一気に下がり、辺りの海水を一気に凍りつかせる程の威力。浸水は収まったけど、靴に浸かっていた水も凍ってしまって私達全員動けない。


「安心しろ、全員仲良く食い散らかしてやる。まずはワシの母を侮辱した小僧! お前からだ!」


 悪魔の口が、尖った氷柱が生えた。牙の様に針雨君の頭を狙っている!


「……ウオ・ロシ・カ——きらめけ!」

「うお! 眩し!」


 光? 後から光線が、管内の天井のミラーボールに反射して、悪魔の目と水奈ちゃんの水鉄砲のタンク、私達の足元と照らしている。なんだろう? この光、物凄く暖かい。


「これはきらめきの魔法? 一体誰が?」

「これならいける! ファイア!」


 水奈ちゃんが狙いを定めて引き金を引く。水鉄砲からインクが飛び出して、エイの悪魔の背中を汚した。 


「なんだと!?」

「針雨君! こっちに! あとは任せて!」


 宙を揺蕩うエイの懐に入り込む。その真っ白なお腹に、切り上げ、振り下ろし、踵を返して回転、大振り一閃で斬り裂く。


 駄目だ。皮が厚くて生身まで届かない。——そうだ!


「グニグニ! 行くよ!」


 私は、頭の上のグニグニを片手で掴み、エイの悪魔に向かって投げつける。


「え? 桜桃何をする気だい!?」

「歯を食いしばれ!!」


 グニグニの額が、エイのお腹に接触した所、グニグニのお尻に、思いっきり剣の平の部分で叩きつける。


「——放閃花」

「ぎゃあああ!!」

「グオオオオオ!!」


 エイは光に包まれて消えていく。くちばしが生えたグニグニが凍った床に落ちる。


「ありがとうグニグニ、助かっちゃった!」

「『助かっちゃった!』じゃないよ! 君は可愛い顔してえげつない事をするね!!」


「倒せたの?」


 静樹ちゃんが、白兎君をお姫様だっこしていた。


「うん、早くここから出よう!」


「おーい! 大丈夫かー!」


 墓川先生の声が聞こえる。


「うわ? なんだこりゃ、床が凍っているじゃねーか? 花見、長月に犬神、静樹、針雨。皆無事か?」

「はいなんとか……ユマちゃんが、まだ奥にいます!」

「安藤が、お前たちがここにいると知らせてくれたんだ」


 墓川先生は、静樹ちゃんから白兎君を背負う。


「早くここから出るぞ。出口はこっちだ! ついてこい」


 そして私達は、水族館を脱出した。


◇◇


「……ったく。やっぱり水族館と海を繋げては駄目だな! とにかく皆無事でよかった!」

 

 先生の前に、私達は点呼を取る為に、男女に整列させられている。


「あぁん! 白兎! 無事でよかったですわ!」とユマちゃんは白兎君にべったりしていた。

 ユマちゃんも、戻ってこれたみたいでよかった。


「先生! 美奈花ちゃんが居ません!」

「音木がか?」

「音木なら、この騒ぎの中、お手洗いから知らない女の子と一緒に逃げたのを見たぞ?」と加島君は言った。


「知らない女の子?」

「なんか、ゴシックロリータみたいな服装に、マントを着けてた。あれが噂の魔法少女なのか?」


 ……魔法少女? さっきの光もその魔法少女なの?

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魔法少女になりたい! @ハナミ @hanami

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