水族館へレッツゴー

 次の日、私の不安とは他所に、空は雲一つない快晴だった。

 学校のグラウンドには、大きなオレンジと白で彩られた観光バスが2台止まっている。


「6年1組は、こっちだぞー」


 墓川先生が、バスの前で小さな旗を振っている。その前を男子と女子で別れて、背の順で並ぶ。私は背が低いので、背の順で言うと前から2番目。目の前には、私より1cm低い水奈ちゃんがいる。


「楽しみだね桜桃ちゃん」

「うん、水族館とか初めてだよー」

「え? 桜桃ちゃん、水族館行ったことないの?」

「私の家、喫茶店やってるから。あんまりお外に行かないんだ」

「だったら、凄く楽しみだねー」

 

「よし、全員いるなー? 者共、弁当は持ったか? バスに乗りこめぇい! 出陣じゃあ!」

「先生、将軍様みたーい」

「針雨君がいませーん」

「とりあえず、お前等だけでも乗りこめぇい」


 バスの席は、特に決められ無かったので、一緒に乗り込んだ水奈ちゃんと一番後ろの席を陣取った。

 

「僕も一番後ろでもいいかな?」とTシャツと短パン姿の白兎君も、頭にグニグニを乗せてやってきた。

「うんいいよ! 一緒に座ろ!」


 5席ある内、右側の窓際に水奈ちゃん、その隣に私、真ん中に白兎君が座る。


「あぁん! 私も白兎の隣がいいですわ!」とメイド姿のユマちゃんが、白兎君の隣に座る。


 私の前の席には、美奈花ちゃんが座って、その隣の窓際には静樹ちゃんが座ったみたい。


「水族館楽しみだねー静樹ちゃん」

「ええ、海が私を呼んでいるわ……そのブレスレット可愛いね」

「えへへ、お兄ちゃんから貰ったんだよー。ステンレスなんだよー」


 前の席が騒がしい、銀色の髪をした男の子が入口から入って来た。


「針雨、遅刻だぞ! もう出発するから、早く席に座れ」

「すいません」


 どうやら針雨君が遅れてやってきたみたい。


「おー隣開いてんじゃん! 座らせて」

「覗きとは一緒に座りたくありませーん!」


「加島! 一緒に座ろうぜ!」

「悪いが、俺の隣は先生が座る事になっている。よそを当たるんだな」


「太井さん、よろしければ隣に座らせていただいても……」

「御断りします」


 そして一番後ろの席までやってきた。


「針雨君。まだ後ろの席、空いてるから一緒に座ろ?」と白兎君。

「長月! お前良い奴だな! 俺、涙で前が見えなくなってきたよ」

「ユマちゃん、端の席に針雨君座ってもいい?」

「いいですわよ、イケメンは大歓迎ですわ」

「ありがとう! 皆ありがとう!」


 ユマちゃんの隣の窓際に針雨君が座る形になった。


 そしてバスは動き出し、水族館へと向かう。

 

◇◇


 バスは、時々揺れる。この揺れが私はたまらなく好きだ。ふと隣を見ていると、水奈ちゃんが、とらじろう生首ストラップに筆を撫でていた。折り畳み式の机に、肌色のインク、黒いインクが小瓶に入れて並べてある。


「一体何をしているの?」

「ちょっと汚れちゃったからタッチアップしているのよ」


 タッチアップって、縫いぐるみにするものなのかなぁ? 凄く大事にしている事は良く分かった。


「あぁ、とらじろう様! 今日も美しゅうございます」


 そう言って、水奈ちゃんは、とらじろう生首ストラップを握り締める。


『まったりしていってね!!』と生首は声を上げる。

「私も、とらじろう様とまったりしとうございます」


 水奈ちゃん、握り締めた手に黒と肌色のインクが付いてるよ。でも二人のラブラブな空間に口を挟むには、少し勇気がいる。


「そういえば、最近学校の近くで魔法少女が出るらしいよー」と、前の席から聞こえて来る。


 魔法少女? 白兎君じゃなくて?


「実際に見たわけじゃないけど、隣のクラスの子が助けてもらったって。その魔法少女可愛いドレスにマントしていたらしいよ?」


 ドレスなら白兎君じゃないよね。そういえば私も公園で誰かに助けてもらったような。


「ビームを出す光の魔法少女だとか!」

「えー? 風を操る魔法少女って聞いたよ?」


「きっと、僕みたいに契約を交わした子がいるんだろうねー」とグニグニは言う。

「? 今、帽子が喋った?」


 前の席から立ちあがる静樹ちゃんが、白兎君の上のグニグニを見つめる。


「帽子じゃないよ、グニグニだよ!」


 白兎君は、グニグニを手に持って静樹ちゃんに見せる。


「僕はグニグニ。よろしくね静樹」

「…………。」


 静樹ちゃんは無言でグニグニを見つめている。そしてグニグニを掴んではペタペタと触り始めた。


「くすぐったいよ静樹」

「マイクは無い様ね?」


 静樹ちゃんは、グニグニを頭の上に持ち上げる。


「グニグニゲットだぜ!」

「ゲットしたら駄目だよ! 静樹ちゃん!」

「ごまだれ~♪」


 何? その効果音!? グニグニはアイテムじゃないよ?


「返してよー! グニグニ返してよー!」


 白兎君が、必死に手を伸ばすけど、静樹ちゃんが持ち上げるグニグニには届かない。


「桜桃ちゃん、前から気になってたんだけど、結局あれ何なの?」

「グニグニの事? 何でもレイティルフィアという世界から来たらしいんだけど」


 そういえば、グニグニの事あんまり知らない。


「グニグニは殴られるのが好き? みたいなイメージだよね?」

「いやいやいやいや。桜桃、君は一体僕にどんなイメージを持っているんだい?」


 静樹ちゃんは、グニグニの羽を引っ張る。


「いだだだ! ちょっと静樹辞めてよ!」

「どうやら羽も本物の様ね?」

「君は酷い事をするなぁ」

「形あるものはいづれ壊れる。それがこの世のことわりよ」

「今壊さないでよ」


 グニグニは、静樹ちゃんの手を振り解いて白兎君の頭の上に羽ばたいて戻って行った。


「おーい、者共。もう着くぞー」


 墓川先生の一言に、私達は降りる準備をする。


◇◇


 バスの駐車場から歩いて5分の所に水族館はあった。何これ!? 想像していたよりデカイ! 大きな入口の上には、「ハイパーアクアリウム」と書かれたロゴと、マスコットキャラクターのペンギンのペン太君の絵が真ん中に描かれている。 入口には、地下に続く階段が見えた。


「この水族館は、地下に作る事によって、海とガラス張りで出来ているんだ! 凄いだろう?」


 墓川先生は、腕を組んでそう言った。海と繋がっているなんてすごーい!


「それじゃあ、各自自由行動って事で。迷子にならないようにな!」


◇◇


 私は、水奈ちゃんと行動を共にする。階段を下りると、管内は暗く、ガラス張りの場所にはブルーライトが照らされている。凄く幻想的だ!

 ガラス張りの向こうは、浅葱色の海が広がっている。変わった色をしている魚に、初めて見るクラゲ。まるでファンタジーの世界に飛び込んだみたい!

 わ、ガラス張りの向こうの砂浜に、赤と白の縞々模様の足がいっぱいあるヒトデがいる。


「見て見て水奈ちゃん! ヒトデとか初めて見た!」

「これはタコよ桜桃ちゃん。ミミックオクトパスって言うのよ」

「これタコなの!?」


 きゃ! 海の中にエクレアが! 砂の上にエクレアがある!!


「水奈ちゃん! エクレアだよ! エクレア!!」

「これはナマコよ エクレアナマコ」

「ナマコって何!?」

「ウニやヒトデの仲間よ。海の芋虫とでも思ったらいいわ」

「じゃあ、あれはフグだよね? 食べたら駄目な奴!!」

「これはね……そいや!」


 水奈ちゃんが、ガラスに向かって、思いっきり平手を叩いた。すると、フグの身体が膨らんでシャキン! って体中にとげが生えた?


「何これ何これ!?」

「ハリセンボンよ」

「これがハリセンボン? ヤリセンボンって漫才師がいたよね?」

宿野やどの 卓造たくぞうじゃないからね?」


「わぁ、この生き物グニグニみたいだね?」

「えー? 似てないよ? 僕こんなに不細工じゃないよ!」


 隣には白兎君。うーん確かに、グニグニには似てないかな?


「どっちかと言うとハリセンボンの方が可愛いかも!」

「あ、言えてる言えてる」と水奈ちゃん。

「酷いよ!」とグニグニは言う。

「えー似てるよ? グニグニちょっと、ごめんね」


 白兎君は、グニグニを掴むと、グニグニのお尻を思いっきり叩いた。


「ぎゃあ!」


 なんと、グニグニの額から大きな一本の黄色い角が飛び出した! 角あったんだ!?


「もう! おどかすのやめてよ!!」

「ほら、はりせんぼんそっくりだよー」

くちばし収めるの大変なんだからね!」


 それくちばしなの!? 口そこにあったの!?


「こちらSHIエスエイチアイ聞こえますか? 大佐」


 わいわい騒いでると、後ろの方で、静樹ちゃんが、オレンジのサングラスに、スタイルの良い身体が良く分かる黒いコンバットスーツをピッチピチに着ていた。大佐って誰? その服何処に売っているの? そして誰に電話を掛けているの?


『あ、静樹ちゃん? 私まだお手洗いにいるから、すぐに追いつくから先に行ってて』

「……了解、これより任務を開始します」


 静樹ちゃんは、携帯で美奈花ちゃんに掛けていた。スピーカーモードでもろバレだよ。

 そして、ちょっと高そうな、両手で構えるタイプの水鉄砲を片手に持っている。


「ねぇ静樹ちゃん?」

「!」


『!』じゃないよ。そんな見開いた目で振り向かれても困る。


「一体何をしているの?」

「静かに。ここは、バイオモンスター研究所よ? 遺伝子の組換により生まれたDNA戦士がいるかもしれない」

「DNA戦士って何? ここは水族館だよ?」

「我、今から突入す。繰り返す。今から突入す」


 何処にもっていたのか、段ボールの中に入り、人の目を避けては移動をしている。まるで、だるまさんが転んだをしているみたいだ。


「わぁ、静樹ちゃんなんか、スパイみたいでカッコイイね!」

「そうかな?」

「あぁん! 白兎ぉ! 次行きましょ次!」と、ユマちゃんが、強引に白兎君の腕を掴み、次の所へ行った。

 振り返るユマちゃんの目と目が合う。すると鼻を掛ける様に笑った。なんなのよもう。


◇◇


 階段を下りると、さっきよりも更に広いガラス張りの部屋に辿り着いた。部屋も暗くなって、そしてガラス張りの向こうも、藍色の世界が広がる。天井を見上げれば、銀色の丸いミラーボールに、ブルーライトが辺り、青のネオンが乱反射して、さっきよりも幻想的な深海の世界をイメージさせる。そして黒くて大きな生物が横切った。


「わぁでっかい! 水奈ちゃんこれ何?」

「ジンベエザメよ。魚の中では世界最長とも言われてるのよ!」


 隣に居る静樹ちゃんも、巨大なジンベエザメを見て興奮しているみたい。


「なんて事なの!? これはベヒモスとリバイアサンの合成獣……クルセイドの研究は、ついに神獣の合成まで生み出したと言うの!?」

「ただのサメだよ」

「大佐! 嘘だと言って大佐!」


 私の両肩を、手でがっちり掴んで、怯え切った眼を向けて来る静樹ちゃん。


「落ち着いて静樹ちゃん。キャラがよくわかんないから普通にね? あと、私大佐じゃないからね?」


「うわぁ凄いよ! 桜桃ちゃん! 凄く大きなエイだよ?」と、白兎君も驚いていた。

「ほんとだ! 凄く大きい! ていうか、ジンベエザメより大きくない? 水奈ちゃん、ジンベエザメが世界一じゃなかったけ?」

「ホントねージンベエザメが世界最長だと思ってたのにー」

「んんー何処かで見た事があるんですのよねーこの生き物……」


 白兎君の隣にいるユマちゃんが、そんな事を呟いた。


「ホルネイター・フォルネウス? だったかしら? いてつきの悪魔が、これにそっくり何ですの」

「え? それって、まさか……」


 Uターンをしているエイの背中の模様が掛かれている。青い背中に、白の模様が描かれているのが見える。……まさかと思うけど、魔法陣?

 すると巨大なエイは、先端にあった大きな口を広げて、ジンベエザメに噛みついた。ガラス張りの向こうは、赤の血だまりが煙の様に、噴き出している。


 一体何が起きているの!? 

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