8話 水族館へ行こう!

遠足前日

 その日の20時ぐらい。店でお手伝いをしていた私は、外から稲光と雷の音が鳴り響く空に不安を覚えていた。


「明日、雨降らないかな?」

「そういえば、明日遠足だっけ?」


 カウンターから、栗色のポニーテルのキリおねぇちゃんが顔を出した。


「うん、水族館にいくんだよ」

「いいねぇー。私も水族館行きたいかなー。色々な魚見てみたい」

「キリの場合は、市場でいつも色々な魚見てるじゃない?」


 ドリンク場から、翼おねぇちゃんの声が聞こえた。


「市場で見る魚より、珍しい魚みたいのよ。ほらジュゴンとか、マンボウとか」

「それだったら、私スカイフィッシュみたいかも!」


 スカイフィッシュって、魚じゃないよね? UMA未確認生物だよね?


「僕もユニコーンが見たいなぁ」と、ホールにいる透さん。UMAって言うか、UMAじゃない? 水族館だよ?


「しっかし、変な天気だね。雨も降ってなきゃ、雨雲一つ見当たらないのに。結構近くで鳴っているね?」


 ホールにいる透さんが、ガラス張りの空を見上げてながらそう言った。


「狐の嫁入りだっけ?」と、キリおねぇちゃん。

「狐の嫁入りは、晴れている時に降る雨の事ですよ」


 キッチンから、ホールに出て来た右近寺さんがそう言いました。


「透さん、何で近くでって分かるんですか?」

「光と音では、まず速さが違うからね。音速がマッハ1だとすると、光速は、大雑把でマッハ89万。つまり、光の方が89万倍も早く辿り着くんだ。今鳴っている音と、稲光がほぼ同時に感じる事から近くで鳴っている事が解る。これが逆に遠くだと、光った後、音が遅れて来るのさ」

「ええ!? 光ってそんなに早いんですか!?」

「不思議なのは、近くにあるわりには音が小さいのよね。ほら、もっと鼓膜が破れそうになるぐらいの音がなるものよ? 雷って」

「鼓膜が破れると言えば、怒ると怖いリカさん!」と透さん。

「リカは、怒ると角が生えるからねー」とキリおねぇちゃん。


 確かにお母さん。怒ると角が生えそうな顔になって、鼓膜に響くぐらいどなるからなー。


「誰が怒ると角が生えるですって?」


 頬を膨らませ、睨みを効かせたお母さんがホールに入って来た。


「拗ねなくてもいいじゃないー? ゆすら・・・さんは、こんな事で怒ったりしてなかったよ?」


 え? 私?


「キリさん、その話はしない約束でしょ?」

「あ、ごめんごめん、ついつい……」

「透さんも、ホールに空いてるグラスありますよ? 仕事に専念して下さいね? いいですか?」

「うん、ごめんねリカさん」


 それだけ言って、お母さんはキッチンに戻って行った。ゆすら・・・さんって一体誰の事だろう? 私と同じ名前の人が居たのかな?


 そんな時に、またもや稲光と轟音が響いた。


「……明日晴れるかなー」

「心配しなくても、晴れるさー」


 カウンター席から、長い赤髪をして、黒のタンクトップにジーパン姿のアル子さんがビールジョッキを片手に言った。


「どうしてですか?」

「んんー? そりゃ、女のカンって奴さー。キリちゃん、ビールおかわりー」

「はーい、アル子おねぇさん。針魚さよりがありますけど、お酒のあてにどうです?」

「何々? それ何?」

「お魚ですよ。私、今お魚捌く練習しているんで、市場へ購入しては、ここで練習してるんですよ。お刺身どうです?」

「頂いちゃうー」


 アル子お姉さんは、いつも上機嫌だ。週5のペースで来てるけど、そんなに、お酒飲んでて大丈夫なのかな?

 キッチンに戻ると、キリお姉ちゃんが、まな板に学校で使っている30cm竹定規ぐらいの細さと長さの青魚を乗せていた。わぁー長い針みたいな口が付いてる。こんな魚見た事無い。


「桜桃ちゃん、これが針魚さよりだよー」


 キリおねぇちゃんが、包丁の反りの部分を使って、魚全体を撫でている。これは何をしているのかな?


「これはね、うろこを取ってるんだよ? ほら小さいカスみたいなのが出て来たでしょ?」

「鱗は食べられないんですか?」

「口に残っちゃうからねー」


 次に、お魚の腹の部分の小さなエラを、まな板と包丁で挟む様に取っていた。

 お魚の首を落として、次に腸を包丁の切っ先を使って、斬り開くと、黄土色とピンク色した、お魚の内臓が出て来る。うわぁ……ちょっとグロイ。

 内臓が出たお魚のお腹の中は真っ黒だった。キリおねぇちゃんが、お魚掃除用の歯ブラシを使って、お腹を優しく磨いていく。

 そして、手早く乾いた真っ白な布で、優しくお魚を拭き、再び包丁を手に取ると、今度はお魚の皮を剥いでいく。薄い皮がペロリとめくれる。

 尻尾に刃を当てて、そのまま中骨に沿う様にスパッと切る。裏返すと同じように、スパッと切る。表、中、裏と切り身が三枚になった。


「これが三枚おろしだよー」


 すごーい! キリおねぇちゃんカッコイイ!!


 横一文字に銀色の一本線が入った切り身を、一口サイズに、斜めに切られていく。小さな陶器には、糸の大根が絡まって出来た小さな山と大葉が二枚敷かれている。切り身をおうぎみたいに広く並べてられると、とても美味しそうな御造りになった。針魚の頭も立てて飾りに使っている。

 

「最後にこれ!」


 桜の形をした人参を、切り身の真ん中に飾りで付けていた。わ、これ中が扇風機みたいに立体になってる!?


「キリおねぇちゃん、これどうやったんですか?」

ねじうめの事? よーし、なら教えてあげよう。その前に……アル子おねぇさん、針魚のお刺身どうぞー」


 キリおねぇちゃんは、カウンター越しに御造りをアル子さんに渡す。


「おおぉ! 流石だねーキリちゃん!」

「はい、お醤油つけて食べて下さいね」


 キリおねぇちゃんが醤油の入った小皿を、カウンター越しに渡す。

 アル子さんは、おはしで白色のお刺身を掴み、お醤油に少しつけて、口に運んだ。とても美味しそうだ。


「美味い! キリちゃんお料理上手だねー」

「私、魚切っただけですけどねー」

「いやいやいや! 大事なのは、美味しい物が食べられるって事なのさー。そんなわけでビールお代わりー」

「はーい、つばさー生ビールをカウンターにー」

「はーい!」


 キリおねぇちゃんが、まな板をたわしで一度綺麗に洗ってから、人参を取り出した。


「まずは、人参を輪切りにしていくよ」


 人参を横に置いて、牛刀万能包丁で厚さ5cmの輪切りが二つ、まな板に並んだ。


「そして、この桜型の型抜きを使う」


 型抜きで抑えると、輪切りの人参が桜の形になる。これだけでも充分飾りとして使えそうな気がする。


「んで、花弁はなびらと花弁の間、桜の真ん中の部分に切れ込みを入れて行く」


 花弁と花弁の間は、全部で5ヶ所ある。キリおねぇちゃんは、小さな細工包丁ペティナイフを使って切れ込みを入れていく。


「んで、切れ目から切れ目に掛けて、斜めにこうやって……」


 曲線を描く様に一つ、また一つと切れ目を渡って行くと、さっきみたいな桜の形をした扇風機みたいな立体が出来上がる。すごーい!


「これが捻り梅だよ。本当は、梅の型抜きを使うんだけど、ハナミンゴが桜にこだわるからねー」

「すごいすごい!」

「桜桃ちゃんもやってみる?」

「うん!」


 試しに捻り梅を作って見る事に。細工包丁を片手に、まな板の上の桜の型抜きを終えた人参に切れ目を入れる。厚さ5cmの人参を下まで切っちゃった。


「ここはねー半分ぐらいにするんだよ」

「切り過ぎてしまいました」

「失敗してもいいから、続きやってごらん」

「うん」


 今度は切り過ぎ無いように、加減して……残り四ヵ所はうまく加減が出来た。


「次が一番難しいよ? 切れ目から切れ目に掛けて斜めに切り口いれて」

「うん」


 まな板の上の人参に、抑えつける様に細工包丁を入れていく。全部で5ヶ所出来たけど、キリおねぇちゃんの見本と違って、角ばってたり、ガタガタだった。切り過ぎた所も、大きく広がっているし。


「んまぁ、初めてなら上出来でしょー。うまいうまい」

「ほんと?」

「ホントホント!」


「おい、桜桃いるか?」


 あ、お父さんの声だ。後を振り向くとお父さんが居た。


「明日遠足なんだろ? そろそろお風呂に入って寝なさい」

「はーい」

「あと、ニュースでもやっていたが、最近、誘拐事件があるみたいだ。知らない奴に付いて行かない様にな」

「なんか多いですよね。誘拐事件」と翼おねぇちゃん。

「小学生の女の子ばかり狙っているって、桜桃可愛いから私すごーく心配!」とキリおねぇちゃんが抱き着いてくる。

「ロリコンが多いんだよね。ロリコンホイホイ居る?」と透さん。そんなのあるの?

「はい、気を付けます。キリおねぇちゃん、色々教えてくれてありがとう。みなさんもお疲れ様でした」


 挨拶を終えて、勝手口を出る。その後は、お風呂に入り、自分の部屋に戻って、遠足を楽しみにしながら寝る事に。


「……明日晴れるかな?」


 部屋から見える窓の外、私の想いに応えるかの様に、稲光と雷の音が鳴り響く。

 明日は雨かもしれない。

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