Stargazer

 誰も居なくなったその星は、王子さまを生んだ。

 どうして星が王子が生んだのか、どうやって星が王子を生んだのか。

 そのことについて説明を求めるならば、まずは、その星がどうして誕生したのかの経緯を話すべきであり、その星が浮かぶ宇宙がどうやって出来たのかの理由を語らなければならない。つまりは、誰にも分からない。


 その星の大地は全て砂に覆われていたため、必然的に王子は、砂漠の真ん中で目を覚ますことになる。そこは草木の一つも生えてないような世界だったが、その代わりに彼の周りには、色とりどりの絵具と一本の刷毛が置いてあった。

 試しに青のチューブを絞ると、地面に垂れた部分から冷たい水が湧き出てきた。緑色を水に溶かして辺りに塗れば、そこからは芝が生え、茶色混ぜれば樹木が伸びた。赤や黄のようなカラフルな絵具をふりまけば、その色の花が咲き乱れる。


 最初はそうやって、様々な色を混ぜて、何が作れるのかを学んでいった。

 しかし最後まで、誰がこんな絵具を作ったのだろうと、王子が考えることはなかった。彼にとっては、それがあることの方が当たり前であり、ないことなど考えられなかったからだ。

 同じように、彼が星を彩ったのも、それが楽しかったからではない。それしか成すべきことがなかったのである。


 どれ程の時間が経ったたのだろうか。世界には余すところなく色が溢れ、王子さまは、王様になっていた。

 しかし王様は、自分が作り上げた星を、白の絵の具で塗り潰して、何度も何度も描き直していた。それを繰り返す度に、星の姿は、より精巧に、より美しく、より機能的になっていったが、それでも彼は筆を置こうとしない。

 なぜなら彼は、その一枚絵が出来上がってしまうことを、恐れていたのである。描き続ける以外に、何をすれば良いのか分からないのだから。

 けれどもいずれは完成してしまう。これ以上もないほど完璧な世界が。


 星を描く必要がなくなった王様は、どうしようもなくなってしまった。

 喪失感から顔を伏せ、絶望感から膝をつき、倦怠感から地面に身を転がす。しかし、そうすることで、初めて王様は空に目を向けることができた。そうして、初めて王様は自分がやるべきことを見つけ出すことができた。

 夜空には、まるで彼の心の空白を埋めるように、一面の暗闇が広がっていた。新しいキャンバスがそこにあった。




 誰も居なくなったその星は、王子さまを生んだ。

 彼はその完璧な星で、何不自由のない生活を送る。

 誰がこの世界を創ったのだろうと王子が考えることはなかった。彼が生まれた時にはもう既に、世界は存在していたのであり、それ以外の事実など彼の中に存在しないのだから。


 彼はその変化のない星で、代わり映えのしない生活を送る。

 ただその中で唯一移り変わるものは、星空の煌めきであった。夜空に浮かぶ星は少しずつ、その数を増やしていき、その輝きを増していく。王子はそれを眺めることが、ただ一つの楽しみだった。

 彼は何も知らないのだから。自分が生まれた理由も、なぜ星が瞬くのかも知りえないのだから。

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クジラが降ってくる日常 はつみ @hatumi-79

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