2月37日

 冬の残り香に肌を撫でられて目を覚ます。

 枕元に置いてあったデジタル時計を見ると、日付は「2/30」になっていた。私はそれを眺めて、しばらくの間、目をぱちくりさせていたが、考えてみるとそんなに驚くことでもないことに気が付く。閏年は四年に一回つまり、4分の1でやってくるのだから、2月30日が訪れるのは16分の1でやって来るはずだ。

 干支の一周よりもまれな出来事なのは確かだが、今日は休日の日曜日。二度寝の方が大事だと、私は再び寝床に潜った。

 

 スマートフォンを確認すると、日付が「2/31」であると表示されていた。鳴り響くアラームを止めて、頭をひねる。つまり、昨日の計算通りなら、64年に1回の珍事が起こったわけだ。人生で1~2回あるかないかの日。だがそんなことよりも、今日は月曜日である。私は慌ただしく家を出た。


 朝のラジオから、本日の日付が「2/32」であることが告げられた。普段は、淡々としているキャスターが、やけに興奮して喋っている。確かに256分の1。確率でいうと、0.4%にも満たない事象である。しかし、これはめでたい出来事なのだろうか。とりあえず、記念セールで安くなっていたケーキを、私は口いっぱいに頬張った。


 ポストに入っていた朝刊を見ると、日付は「2/33」と載っていた。一面の見出しには『1024年に1回の奇跡』と大きく書かれている。西暦が導入されてから、まだ2千年しか経っていないのだから、これほど稀有なことはないだろう。外に出ると、宝くじ屋には大行列ができていた。それを横目に、私は神社で手を叩いた。

 

 パソコンを立ち上げると、日付は「2/34」と出ていた。メールをチェックすると各所から『今月分のお支払いについて』のお知らせが届いている。なんせ4096分の1の事態。あらかじめこれをマニュアルに仕込んでいた企業はいかほどあるだろうか。

 これまでは、お祝いムードだったにもかかわらず、先行きの分からぬ不安から、あちこちでは買占めや暴動が発生しているらしい。もし明日になっても3月が訪れなかったら。そんな考えから逃げるように、私は目を瞑った。


 テレビに映ったアナウンサーが、今日の日付が「2/35]になってしまったと伝えた。16384年に1回の日。それは軽々と1万年の大台を飛び越えてしまった。だが、昨日の混乱は、ある程度終息に向かっている。

 繰り返される日々の中で、やっと人々は理解したのだ。変わらないと思いこんでいた暦が、時間の流れの方が変化したのだと。2月は明日もやって来ると。


 目を覚ましてから、何も見ずとも今日の日付は「2/36]であると理解した。昨日から点けっぱなしのテレビでは、国際連盟の代表のスピーチが行われている。

「これからは、もう割り切って過ごしましょう」

 彼の言葉で、ようやく世界に平穏が訪れた。言われてみれば簡単なことだったと、誰もがホッとした。暦が変わってしまうことで、多少の不自由はあるだろうが、表面上は今まで通り過ごせばよい。私は久々の安心感とともに寝床に入った。



 春の陽気にくすぐられ目を覚ます。

 枕元に置いてあったデジタル時計を見ると、日付は「1/18.5」になっていた。

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