バグ

私はとある小説家の取材に来ていた。


「バグを作っているんですよ」

私が質問をする前に、彼はそう答えた。


「ゲームのデバックとは逆なんです。この世界はあまりも完璧で、だから穴を見つけて、ほころびを作らなくてはならない」

短編小説を書くというのはそういうことだと、彼は言った。


「バグを作る方法は色々あります。例えば、時間は常に一定の向きを流れていますが、それを少しだけ変えてしまうんです」


 まるで訳が分からないと、首を傾げる私に向かって、彼はパチンと指を鳴らした。








私はとある小説家の取材に来ていた。


「バグを作っているんですよ」

私が質問をする前に、彼はそう答えた。


「ゲームのプログラミングと同じです。この世界の規則は、あまりにも単調すぎて、繰り返しすぎると飽きてしまう。だから、変化をつけなくてはならない」

短編小説を書くというのはそういうことだと、彼は言った。


「バグを作る方法は色々あります。例えば、2つの異なる単語を、無理矢理組み合わせて、エラーを生み出すんです」


 まるで訳が分からないと、首を傾げる私に向かって、彼は説明を続ける。


「一昔前にリンゴとペンを合体させる動画が流行ったじゃないですか。あれと同じです。今回はゾウ、タコじゃなかった、ええと、『エレファント』と『オクトパス』を組み合わせて『エレトパス』にしてみましょう」


 そう言って、彼はぶつぶつ何かを呟きながら、右手と左手で空を掴み、パチンと指を鳴らした。

「これが、オクトファントです」

 目の前には、いつの間にか、小さい象のような生物が鼻をくねらせている。私はそれを見て言った。


「これって、エラーでもバグでもなくて、バクなんじゃ…」

 その突っ込みは、どうやら「ゾウタコ」か「タコゾウ」かも分からない生き物の怒りに触れたようで、私に向かって真っ白な墨が噴出される。

















私はとある小説家の取材に来ていた。


「バグを直しているんですよ」

私が質問をする前に、彼はそう答えた。


「ゲームだって定期的にアップデートをしなければならない。この世界に矛盾など存在しなくても、人の手が加わったモノは、想定していないズレが発生してしまうんです」

 突然そんなことを聞かされ、まるで訳が分からないと、首を傾げる私に向かって、彼は尋ねた。


「世界五分前仮説をご存じですか?」


「はい。この世界は五分前に作られたかもしれないという思考実験ですよね」

私の答えに彼は頷き、肯定の意を返す。

 

「この世界だって5分前とは言いませんが、誰かがなにかの目的で…、例えば、突然発表されたコンテストに応募するため、大慌てで書いた作品の中にいるのかもしれない」

 まさか、そんなことあるわけ。と私は否定しようとしたが、自分の記憶の曖昧さに口を閉ざす。


「作り物なんですよ、何もかもが。私たちを縛る法律だって時間だって、あらゆる概念は、人間が作り出したモノに過ぎません。世界は完璧でも、世の中は不完全なままなんです。そしてその歪みが、現実から虚構を生み出し、その虚構が現実に影響与えている」

 小説を書くとはそういうことだと、彼は言った。


「では、始めましょうか。」

 何を?と尋ねる私に向かって彼は答えた。


「最初に言ったじゃないですか。バグを直してるって。」

 本当にそうだっけ?と思い出そうとする私を尻目に、彼は『ただいまメンテナンス中』と書かれたシールを2月のカレンダー最後の部分に貼り付けて、パチンと指を鳴らした。

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